卵かけご飯
年の暮れだった。
この日。
残業を終えて夜遅くアパートに帰ると、居間のソファーの隅に白いニワトリがしゃがみ込んでいた。
ニワトリは私に気づいても恐れる様子がなく、ソファーの上からまったく動こうとしなかった。
部屋の鍵は私が持っているだけで誰も入れないことから、そのニワトリがどうやってここへ入ってきたのかさっぱりわからない。まあどのような理由があったにしても、ニワトリと同居なんて御免こうむりたい。
私はすぐに退居してもらうことにした。
ニワトリにそろりそろりと近づき、両手を広げてシッシッと声を出しながら、玄関に向かうよう背後から追い立てた。
ニワトリがゆっくりと立ち上がる。
すると腹の下から白い卵が十個ほど現れた。
――そういうことだったのか……。
どうやらこのニワトリはソファーで卵を産み、それをヒナにかえすべく一生懸命温めていたらしい。そんな母ニワトリを、冷たい風の吹く外に追い出すのはさすがに心苦しい。
私は押入れから空の段ボール箱を取り出し、それに古くなったバスタオルを敷いた。それからその上に卵を移し、ニワトリを中央に座らせた。
それを部屋の隅に運ぶ。
「申し訳ないけど、しばらくここで温めてね」
ニワトリはとくに不満な様子も見せず、再び段ボール箱の中でせっせと卵を温め始めた。
この夜。
予期せぬニワトリの侵入で、いつもより夕食をとるのが遅くなった。で、手っ取り早く何かインスタント食品でも温めて食べようと思ったところで、温かい卵かけご飯を食べたくなった。先ほど卵を見たからかもしれない。
卵は段ボール箱にたくさんある。
「ニワトリさん、ごめんね」
私はニワトリの背後から近づき、段ボール箱に手を差し入れて、気づかれないよう卵を失敬した。
指に温かい温もりが伝わってくる。
「ほんとにごめんなさいね」
ニワトリにあやまりながら、それでも私は卵かけご飯をこしらえていただいた。
実際、新鮮なだけはある。卵かけご飯はまことにもって美味しかった。
明日の朝食も卵かけご飯にしよう。
翌朝。
ニワトリは消え失せ、段ボール箱の中はバスタオルだけを残して空っぽだった。
おそらくあのニワトリは、私が卵を盗んで食べたことを知っていたのだろう。それで夜中、残った我が子を守るため、ここを出ていったにちがいない。
すまないことをしたものだ。
「ごめんなさいね」
私はあやまりつつ、夕べ失敬したもう一つの卵を冷蔵庫から取り出した。
朝食は卵かけご飯である。