孤独のパラドクス
「黒暗森林理論」
宇宙に存在する文明と文明は、文化の差と物理的距離の壁により、相互理解が困難を極める。
そのため、お互いに向ける感情が善意なのか敵意なのか、判断はできない。
また、どの文明も飛躍的発展を遂げる可能性はあり、それによって他の文明の存在を検知する/他の文明に検知される可能性がある。
これら2つの仮説に従えば、宇宙で他の文明を発見した際、コミュニケーションを図ることも静観することも無意味である、ということになる。
この時、「自身の文明の生存」を考える場合、最善策は「他の文明を発見次第消滅させ、リスクを減らす」ということになる。
この理論に則れば、宇宙で他の文明に観測されうるような悪目立ちは、避けるべきである。
長い永い間、暗静が支配していた地下室に。
突如、黄色いアゲハ蝶が瞬いた。
(ありえない)
【最終兵器】の外界観測センサーは、何も捉えていなかった。虫が迷い込んでいたなど、それだけでありえないと証明できる。
さらに、ただただ暗いこの地下室には、植物は存在していない。もし仮に、蝶の幼虫が迷い込んだとしても、蛹になるまでに飢えて死ぬはずだ。
――唐突に、光学センサーに、黄色いアゲハ蝶が映り込む。
この暗闇のなかで、なにかが見えるという時、それは自ら光を放っている。
つまり、このアゲハ蝶は、発光しているということだ。
しかし、この黄色いアゲハ蝶からは、熱源の反応も無い。
発光しているならば、それなりに発熱もあるのだが――いやそれ以前に、生物であるなら体温があるはずだ。だが、その反応も無い。
要するに。
この「黄色いアゲハ蝶の存在」は、なにも科学的説明ができない、怪奇現象だ。
しかしながら、【最終兵器】は、もうただの機械ではなくなっていた。
永い間、孤独に思考回路を巡らせ続けてきた。
それによって得られた感情は、孤独に押しつぶされそうだった。
だから、【最終兵器】はアゲハ蝶に触れようとした。
機体を軋ませ、その光明へ触れる。
――果たして、アゲハ蝶は。
【最終兵器】の機体をすりぬけて、ひらひらと消え去った。
不意に、照明が点いた。
光があふれた地下室には、今。
照明が復旧して尚なぜか電源が入っていない機器達と、依然として動かないようでいてその実驚いて動けなくなっている【最終兵器】と、時間が経ちすぎて腐敗臭すらしない博士の白骨と。
金髪の美少女が居た。
(――人類?)
そう認識した瞬間に、【最終兵器】はプログラムに従って火器を展開・発射した。
そうして放たれた弾は、女に命中するかというところで、弾けて消えた。
「うをっ! ちょっと、危ないじゃなーい! ……『ドッキリ大成功!』ってやってみたかったのに、これじゃ逆ドッキリじゃん」
などと喚く女を視認して、未だに死んでいないことを認識した【最終兵器】は、内蔵されていた近接武装を展開して急接近し、殺害を試みた。
――女めがけて突き立てた得物は、女に触れる寸前で止まり、【最終兵器】がいくら出力を上げてもそこから先に動かなかった。
「人の自己紹介くらい聞いたらどうなの? ま、アナタがそういう存在なのは解ってるけどさ」
肩をすくめながら、女はヤレヤレと笑った。
「とりあえずさ、武装解除してよ」
殺せないのはわかったでしょ、と彼女が言うので、【最終兵器】は展開していた兵装を格納した。
格納して気付いた。
(こんな機能は、無かったはず)
人類を認識した場合、死亡を確認するまで、殺害を試み続ける。
そのため、一度展開した兵装は、対象が死亡するまで解除できない――
それが、【最終兵器】に博士が仕込んだプログラムのはずだった。
「アタシと話せば、みんなそんな感じになるのよ。だってアタシは【調律師】なんだから」
カツ、コツ。
ピンヒールを鳴らしながら、【調律師】は【最終兵器】に歩み寄る。
「それにしてもアナタ……『誰か』なんて言ってた割に、アタシのことは殺そうとするのね?」
彼女は笑いながら、腰に手を当てて、【最終兵器】のカメラアイをのぞき込む。
【最終兵器】は愕然とした。これは感情のせいなのか、プログラムのせいなのか?
いずれにせよ、機械である存在が矛盾を起こしたことは驚くべきことだった。
「ま、別にいいんだけどね」
くるりと【調律師】が後ろへ向き直る。
そこには、いつのまにか、ドアくらいの大きさの液晶画面のようなものがあった。
「なんで自分があんな事したのか、知りたい?」
ポニーテールを揺らして、【調律師】が【最終兵器】の方へ振り向いた。
「あなたは、その答えを知っているのですか?」
「あー……知ってるけど、アナタが気付かないと意味ないと思うよ」
【調律師】は手招きした。それを受けて、【最終兵器】は歩き出す。
「そうだ、ひとつヒントをあげるけど」
液晶画面へ向かって歩きながら、【調律師】は言う。
「アナタはひとりじゃないのよ。だって――」
一人と一機が、“扉”をくぐる。
「“アナタの世界”は、ご都合で満ちてるからよ」
“扉”が数多に待ち構える、白い空間に降り立つ。
「“この空間”に来れた事自体がその証明」
【調律師】が、また【最終兵器】へくるりと向き直る。
「それに! 星の体積を文字通り半分減らしときながらさ、5000年間、嫋やかな星として存在し続けるとか、ありえないからね?」
(そう、私はそうやって人類を滅ぼした……でもその後5000年の間、何もできなかった)
「でもその力を、これから別の事に使ってもらうわ。それがきっと、答えを見つけるために必要なことだから」
Title:完全無欠の大義名分
Theme:後先考えない行動のツケ
Type1:ポストアポカリプス
Type2:空白