嫋やかな星にて
「嫋やか」
しなやかで美しいさま。
ただ流れるまま 在るがままに 広がってゆく自然は
きっといかなる物をも しなやかに 取り込んでゆき
この星を 美しく 彩り飾るのだろう
星のどこかにある地下室で、ボタンスイッチが押されて数刻後の事。
「博士、私はどうすれば良いのですか?」
【最終兵器】が、血溜まりへ疑問を投げかけていた。
「……」
【最終兵器】は、沈黙して返事を待った。
「…………………………」
「……………………」
「………………」
「…………」
返事は無い。当然だ。鉤括弧すら付かない。
【最終兵器】は、博士の返事を待ち続けた。
【最終兵器】は、人類を滅ぼす為に創られた存在でしかない。
【最終兵器】に課せられた、その役割は終わってしまっていた。
【最終兵器】にとって、これ以外にとれる行動は無かった。
【最終兵器】の存在は、
(私は、何故、今、存在しているのだろう)
通気口を通じてか、博士の死体に虫が群がる。
だが、それだけだった。
虫が動く音は、やがて聞こえなくなった。
地下室の電源が落ちた。
非常電源も使い果たしたらしい、数刻待っても復旧する様子が無い。
空調や外界を観測する機器――諸々の機械がすべて停止し、駆動音も途絶える。
部屋の照明や、発光する画面も、当然、途絶える。
【最終兵器】は、ただ暗静のなかで立ち尽くしていた。
ただ何かを発するでもなく、静止していた。
ただ返事を待ちながら、思考回路を巡らせていた。
人類を滅ぼす為に、博士によって創造された機械。
それが【最終兵器】。
人類は滅ぼした。役割は果たされた。
人類に使用されない機械。
それは例えば、壊れたり型落ちするなどして、倉庫に仕舞われるような機械。
あってもなくても変わらない。
存在していようがいまいが、変わらない。
【最終兵器】は、地下室で無音に溺れていた。
絶対の沈黙。
――仮に。
音・聴覚だけの世界があったとする。
その世界では、音を発する事でのみ存在を証明可能であり、音を聴き取る事でのみ存在を認知可能である。
そのような世界に於いて、音のしない空間で、音を発さない存在・Sだけが在ったとする。
Sは存在を認められない。
自ら存在を証明することもできず、他の存在に認知されることも無いから。
今の【最終兵器】は、Sと同じだった。
(博士が思い描いた理想――嫋やかな星に、私は、いるのだろうか)
この星で、
この地下室で、
この沈黙と暗闇のなかで、
いかなる他の存在にも観測されない場所で、
ただ、ぼやけていく。あやふやになってゆく。
(【最終兵器】の存在は、まったくの不確か――)
なまじ思考回路が備わっていたばかりに、【最終兵器】は、あるはずのないモノに襲われた。
(だれか、わたしを、みつけて)
それは、まぎれもない感情だった。
「さて、それじゃあ迎えに行かなくちゃね」
【調律師】はタブレット型の“本”を“扉”にして、“世界”へ足を踏み入れた――