8話 多分いい人。知らんけど。
徐々に暗くなる平原で野営の準備を進め、夜空の星がくっきり見えるくらいの時間には、夕食を終えることができた。
王族と一緒の夕飯ということで若干期待したが、野宿のときの夕食なんてどこも大差ないらしい。こうしてみると、いつでも美味いものが食べられる文明は有難かったのだと実感する。
しかしこちらの世界の食事にも慣れたもの。それも貧しい農村の暮らしをしていたのだから、今更不満を抱くものでもない。
問題は寝床だ。第1王子殿下、ドーラさん、シバの3人は箱馬車の中で防寒対策バッチリ。御者のミスラさんには、御者席と毛布がある。
ちなみに、箱馬車は片方の背もたれを取り外して足元にセットすることで、1つの大きなベッドになるというハイテクぶり。寝台列車ならぬ寝台馬車だ。
一方、俺には何も無い。ほとんど飛び入り参加みたいなものだ。
金貨が入っていた袋を敷布団にして、芝生の上に寝転がる。寒空というほどではないにせよ、ちょっぴり肌寒い。何も考えずに付いてきたことを後悔し始めた。
何でわざわざ、第1王子は俺を馬車に乗せたのだろう。金貨で狭いからと言っていたが、俺が居たら占有面積はそんなに変わらない。
そればかりかこの状況、俺がその気になれば金貨を持ったまま逃げ出すことだってできる。
「変な気を起こすなよ。逃げようものなら、捕まえて拷問だからな」
「も、勿論です」
御者席からミスラさんに釘を刺された。どいつもこいつも心を読むんじゃない。
ともかく、そんなリスクを背負ってまで財布係を囲い込む理由は何だろうか。明日にでも聞いてみよう。
焚き火の熱が消えないうちに、俺は目を閉じて眠ることにした。
おそらく、数時間程経った後。手足の違和感に目を覚ます。
軽く動かしてみようとするが、動かない。金縛りというより、物理的に縛られている。
俺の逃亡を防ぐためにミスラさん辺りがやったのかと思った。しかし、手足を縛られたまま抱えあげられたことで、そんな楽観的想像は打ち消され、同時に眠気も吹き飛んだ。
「おい! 何をするつも」
「うるさい」
助けも呼べず、意図も分からぬまま、俺は殴られ、昏倒させられた。
最近ボコられてばっかりやないか。
次に意識を取り戻した時も、やはり手足は縛られたままだった。劣悪な就寝環境から来る悪夢ならよかったのに。
辺りを見回してみると、どうやら小屋の中だとわかった。そして俺は、その真ん中の椅子に座らされている。原っぱで寝るより雨風を凌げそうなのが癪だ。
小さな窓から外を見ると、月明かりに照らされた木々が揺らめいている。あの平原付近に森はなかったし、結構な距離を連れてこられたようだ。
これ、まずくないか。
洋画で見たことがある。誰も助けに来ないような場所で椅子に繋がれて、情報を吐くまでボコボコにされるやつ。
どれだけ殴られても情報を吐かず、終いには事切れた俳優の姿を思い出し、身震いする。
ろくな情報も持ってないのに拷問されたって、嘘を言うくらいしか手段がない。それも墓穴を掘った時点で殺される。
とにかく、逃げないと。幸いにも誘拐犯は、今はいないようだ。
手足を縛られていたって、芋虫のように這って移動することはできる。とにかく平原に出て、なんとか殿下たちに見つけて貰おう。
待てよ。それはそれで、金貨を持ち逃げしたってことで拷問されるのでは。
あ、これ詰んだわ。
ええい、正体不明の輩にボコられるより、せめて美人な騎士にボコられる方がマシだ。第1王子相手なら、殺されはしないだろう。
前門の虎後門の狼だが、まずは鬼の居ぬ間に脱走だ。
小屋の扉に向かって体を転がす。勢いよく体当たりでもすれば、ボロい小屋の扉くらい破れるだろう。
そう思った瞬間、突き破ろうと目論んだ扉が開けられる。
扉を開けたのは、夜闇に溶け込むように全身を黒い服に包んだ人。しかも、目元を覆い隠すタイプの仮面をつけている。
そんなどう見てもヤバい奴の足元に転がる俺。
「ど、どうも」
引き攣った顔で、そう言うのが精一杯だった。
「痛っ」
そいつは俺の首根っこを掴み、再度乱暴に椅子に座らせる。
「も、目的は何だ」
「余計なことは言わなくていい。俺の質問に答えろ」
精一杯の勇気を振り絞った台詞も一蹴された。反抗したって勝ち目はないので、もう投げやりになるしかない。
「お前の目的は何だ」
座った俺を見下ろして、誘拐犯が言う。俺の目的、それは。
「ビッグになることだ」
簡単に言うとそういうことだ。我ながら間抜けな答えである。
「真面目に答えろ」
「痛い痛いっ! 大真面目だって!」
思いっきり足を踏まれても、嘘は言っていないのだからしょうがない。
「故郷に錦を飾りたいって、そんなにおかしなことかな?」
「ふん。そんな力で何ができる」
見ず知らずの誘拐犯にまで煽られるの、酷すぎないか。
「それよりも、本当の目的を言え。このままお前の足を潰してもいいんだぞ」
「目的って、言った通りだって。いたたたっ!」
「嘘をつけ。王族にまで取り入って、何か目的があるんだろ」
「取り入ったわけじゃないよ。向こうから勝手に」
「そんなわけないだろ。お前のような人間に」
「嘘じゃない! 本当だって!」
誘拐犯の踏みつける足の骨が悲鳴を上げている。
「全部話すから! 一旦退いてくれ!」
悲痛な叫びを小屋に響かせると、誘拐犯はようやく、俺の足を解放してくれた。
「嘘を言えば、二度と歩けない体になると思え」
嘘かどうかの判別はそっちの裁量のくせに。そんな不満を抱えながらも、俺は俺自身のことを包み隠さず話す。
「僕はシガ・ネーシャ。北方のシガ村の生まれで、村長の息子として育った。弟がいて、母は弟が生まれて直ぐに」
「家族構成なんてどうでもいい。ソレの話をしろ」
誘拐犯が指さしたのは、俺の右手。勇者の紋章だった。
「これは勇者の紋章だよ。生まれた時からずっとあって」
「おい。嘘をつくな」
「え?」
嘘も何も、嘘になりうる要素がないだろう。いったいどんな想定をしているんだ。
「だから、僕は勇者で」
「見え透いた嘘を言うな。なら宝具の剣はどこにある」
そういうことか。一般に、勇者といえば剣。それを持たない俺は、勇者を騙る謎の男となる。その上で王族に付き添っているとなれば、怪しさ満点だ。
というか、シバのように宝具を別で管理されているとは思わないのだろうか。殿下だって、俺の宝具を没収しておけば逃亡のリスクを考えずに済むはずだ。
しかし、これは今考えても仕方がない。また足を踏まれる前に、正直に回答しよう。
「僕の宝具は剣じゃない。ただの財布だよ」
「は?」
自分で言っていて虚しくなるが、言葉を濁してどうにかなる状況じゃない。
「嘘じゃない。ポケットに入ってるから、確かめてみればいいよ」
そのまま持ち去られたら俺がドーラさんに殺されるが、金貨を取り出せるのは俺だけのはずだ。賭けではあるが、証明しないことには誘拐犯に殺される。
「おい、これのことか?」
「あひんっ! 逆、逆っ!」
左のポケットに突っ込まれた誘拐犯の手が、また別の袋をまさぐってきた。セクハラで訴えてやろうか。というか、同じ男なら分かるだろう。
「変な声を出すな。こっちだな?」
薄暗がりで分かりにくかったが、至近距離まで近づくと、誘拐犯が意外と華奢な体をしていることに気づく。もしかして。
「きゃっ!」
バチッ、と気の毒なくらい痛そうな音と共に、右ポケットに侵入してきた誘拐犯の手が弾かれた。
え、というか今、誘拐犯の口から女の子っぽい悲鳴が聞こえたんやけど。
そう仮定してみると、誘拐犯の声は、迫力を出そうと無理やり低くした女性の声とも思える。
「こほん」
誘拐犯は誤魔化すように咳払いをして、俺に向き直った。
「お前が勇者だということは理解した。最後に1つ聞かせてくれ」
俺が勇者だとわかった途端、誘拐犯の態度が変わった。多分、死亡ルートは回避できたと思う。よかった。
「悪魔教団という名前に心当たりはあるか?」
「ないよ」
即答で首を横に振る。そんな厨二病じみた名前の集団なんて知らない。勇者やら宝具やらがある世界で、存在していてもおかしくないとは思うが。
「そうか。手荒な真似をして、すまなかった」
そう言って、黒ずくめの彼女は深深と頭を下げた。誘拐犯にあるまじき態度だ。
高圧的な暴力行為の後でそんなにしおらしくされると、逆に同情的な気分になってしまう。DV彼氏に引っかかる女ってのはこういう気持ちなんだろうか。
「すぐに縄を解いて、さっきの平原まで送ってやる。信じられないかもしれないが、せめてその位はさせてくれ」
名前からして悪そうな組織、悪魔教団とやらの手がかりを探して、怪しい奴を捕まえては尋問しているのだろう。きっと悪の組織を裏から追い詰めるダークヒーロー的なやつなのだ。知らんけど。
「あっ」
「どうした?」
このまま無傷で帰ったら、金貨を持って逃亡したと思われるんじゃ。
「あの、縄、そのままでいいよ」
「は? 何だお前、変態か?」
「ちが」
違うと言いかけた途端、荒々しく小屋の扉がぶち破られた。突然の襲撃に、誘拐犯が飛び退る。
月光を浴びながら入口に立っていたのは、銀の髪をはためかせる女騎士、ドーラさんだった。
「大丈夫か、シガ・ネーシャ!」
手足を縛られ、椅子に座らされた俺を発見したドーラさんが声をかけてくる。しかしその視線は、油断なく誘拐犯に向けられていた。
「大丈夫です。何ともありません」
「そうか。金貨は?」
「そっちも大丈夫です」
二言目は金かよ。別にええけど。
「騎士よ。俺はもう手を出さん。見逃してくれ」
「問答無用っ!」
「ちっ!」
ドーラさんが腰の細剣を抜き、誘拐犯に斬りかかる。それを、誘拐犯は懐から取り出した短剣で受け流した。
狭い小屋の中では、細剣のリーチが活かせず、攻撃は全て誘拐犯にいなされている。それにしたってドーラさんの動き、勇者にしては緩慢なような。
「くそっ」
それでも、真っ当な訓練を受けた騎士の攻撃を受けていては、誘拐犯の分が悪い。
いつの間にか向きが逆転し、誘拐犯が出口の扉を背にしていた。しかし、ドーラさん相手に背中を見せるようなことはできない。
「大人しく投降しろ」
「ハッ、お断りだ」
ドーラさんの勧告を一蹴し、誘拐犯は懐からもう一本ナイフを取り出し、そして俺に向かって投げた。
「おいおいおい!」
正確に俺の眉間を狙って迫り来るナイフ。死を覚悟して、固く目を瞑ったが、それが俺に届くことはなかった。
「ふっ!」
ドーラさんの細剣がナイフを弾き飛ばす。しかしその隙に、誘拐犯は小屋を出て、夜の木々に紛れて姿を眩ませていた。
彼女が置いていったナイフをよく見てみると、本物ではなく、木でできた模型を塗装しただけの偽物だ。俺を狙ってドーラさんの気を逸らしつつ、殺す気は無かったらしい。
「逃げられたか」
ドーラさんは剣を鞘に戻し、俺の縄を解いてくれた。
「犯人に心当たりはあるか?」
「いえ。ただ、悪魔教団とやらを追っているらしいです」
「ふむ?」
ドーラさんは首を傾げる。王子付きの騎士でも、思い当たる節がないらしい。
「よかったな。悪魔教団そのものでなくて」
「知っているんですか?」
「勇者を生贄に悪魔を召喚する、らしい。私はよく知らないが」
それだと誘拐犯が勇者の紋章を見て俺を攫ったことの説明がつかないし、そこは本当によくわかっていないのだろう。
「それにしても、なかなかやるやつだったな。勇者の私に張り合うとは」
「そうですか? ドーラさんの動きが遅くなっていたようにも見えましたよ」
あ、やべ。つい本音を言ってしまった。侮辱と捉えられないだろうか。あまり気の長い方とは思えないし、キレられるかも。
「まさか。シバの宝具を持った状態でもあるまいし」
「他人の宝具を持っていたら、弱体化するんですか?」
「ああ。同じ勇者であろうと、一般人レベルにまで身体能力が落ちる」
間接的になら普通に持てるのかと思っていたが、そんなデバフ効果があったとは。というか、今ドーラさんが背負っているのって。
「ドーラさん、背中のそれは」
「ん?」
ドーラさんは、背負ったものを自身の目の前に手繰り寄せた。紛れもなく、シバの大剣である。
「これは見なかったことにしてくれ」
「はい」
月明かりに照らされたドーラさんの美人な顔が、ほんのり赤らんで見える。もしかしてこの人、結構ポンコツなのでは。
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