7話 思いもよらへん旅路
クールな勇者にボコられた後、意識を取り戻した俺は、覚束無い足取りで門を出た。
「はぁぁぁぁ」
門の前で長い溜息を吐いて項垂れる。分かっちゃいたが、やっぱり無理か。
騎士団に入れないとなると、俺はどうやって生きていくべきなのだろうか。
単に金がいくらでも持てるだけではなぁ。いくら勇者といえど、アピールポイントがそれだけでは就活もままならない。地元のような田舎ならともかく、あの兵舎の大きさを見るに、王都で勇者はそれほど珍しくもないだろう。
俺、思ってたより一般人やったわ。
勇者として特別に監視がつく、みたいなこともあるかと思ったが、多分それほどの価値もないと思われている。
カッコつけて村を出た手前、せめて名を売りたいのだが、この調子では望み薄だろう。
「おい」
この際、冒険者とかいう職業もアリかもしれない。ダンジョンなんて危険だらけの場所に赴くのは気が進まないが、不安定な職業だからこそ、上振れた場合は一気に名が広まるだろう。
「おい!」
幸いにも、宝具なしならさっきの男勇者にも引けを取らないことが分かったのだ。すぐにとは言わずとも、きっと。
「おい!」
「はっ!」
楽観的な想像をしていたら、背後からの怒鳴り声に思わず飛び上がる。振り返ると、すぐ目の前に馬の顔面が迫っていた。
「おわっ!」
「ぼーっとするな! この馬車を誰の物と心得る!」
御者席から俺を見下ろすのは、女兵士。
珍しい。なんて感心している場合じゃない。箱馬車の側面には、思い切り勇者、もとい王族の印が彫られている。
「し、失礼しました!」
飛び退るようにして道を開け、跪く。
頼むから何事も起こらないでくれ。
「気をつけろよ」
御者を務める女兵士は、それだけ告げて通り過ぎようと馬を動かした。強ばっていた肩から力が抜ける。
「止まってください」
しかし、馬車の中からの一声に、俺は再度身を硬直させる羽目になった。
これ、もしかしてヤバいやつか。声音は第2王子と異なっていたが、もしアイツなら不敬罪などふっかけてきてもおかしくない。
箱馬車の扉が開く音。そして2人分の足音が降りてくる。
「顔を上げてください」
やけに丁寧な物言いに半分安心を覚えつつも、もう半分で怯えながら、恐る恐る顔を上げる。
1人は、護衛らしい銀髪の女騎士。女性ではあるが、腰に提げた細剣の鍔には、例の紋章。やはり勇者だ。かなりの美形でスタイルも良いのだが、顔は仏頂面。騎士をやっている勇者は皆そうなのだろうか。
そして、そんな彼女の護衛対象は。
「第1王子、殿下」
近くで見ても、謁見の間での印象通り華奢な人だ。この距離だと、顔立ちが頗る整っていることもわかる。男にしては長めの髪も相まって、中性的な印象だ。
護衛の美女騎士と並んでいると、非常に絵になる。って、見とれている場合じゃない。
「大変申し訳ありません、馬車の接近に気づかず」
「構いません。それより、シガ・ネーシャさんですね。どうぞ楽にしてください」
促されて俺は立ち上がり、休めの姿勢で固まる。立ってみると、第1王子の身長は俺より低い。ちなみに美女騎士は俺と同じくらいだろうか。
半ば現実逃避気味に2人の容姿ばかり注目しているが、いったい何の用だろう。
「シガ・ネーシャさん。ネーシャさんとお呼びして良いですか?」
「は、はいっ」
第1王子は温厚と聞いていたが、まさかこんなに物腰柔らかな人だとは思わなかった。一般人と大差ない俺に、敬語なんて使ってくれている。
「ネーシャさん、この後のご予定をお聞きしても?」
「は、はい。村から同伴していただいた方のところへ戻り、今日のことを報告するつもりであります」
とはいえ、相手はこの国で上から3番目の権力者。緊張は抜けない。
「シガ村からですか。それは報告の1つでも差し上げないと申し訳が立ちませんね」
「村をご存知なんですか?」
「ええ。この国のことですから」
なんという記憶力。いや、俺の名前からの推測かもしれないが、それはそれで凄まじい洞察力だ。
「その後は、村へ帰られるおつもりですか?」
「いえ。村には、帰れません」
ニュアンス1つで、第1王子は色々察したように頷く。
「とはいえ、騎士団には入れない。ですよね?」
「はい。その通りです」
苦々しい敗北の記憶を蘇らせていると、第1王子は逆に満足げな顔をする。
「この王都には、仕事が沢山あります。ですが折角なら、貴方の宝具を活かしてみませんか?」
「僕の宝具を?」
第1王子の発言を思わず聞き返す。確かに用途はあるだろうが、その口ぶりだと、殿下自ら仕事を斡旋してくれるような。
「はい。ありふれた職場よりは良い待遇を保証しますし、冒険者なんかより余程安定した生活をお約束しますよ」
冒険者、という単語に見透かされた気分になりながら、笑顔を浮かべる第1王子のあまりに上手い話に疑いたい気持ちも湧いてくる。
「そうは言っても、内容を聞かなければ胡散臭いですよね」
それすら見抜いて、第1王子はにこやかに箱馬車の中を指さす。そこでは、俺より何歳も年下の幼い少女がこちらを覗いていた。
王族関係者とは思えないほど質素な格好の幼女。ショートカットの赤い髪はボサボサだし薄汚れているが、磨けば光るタイプの可愛らしい顔立ちだ。
「あ。あの子ではなくて、その後ろです」
いや関係ないんかい。
幼女の奥を見ると、パンパンになった袋が数個積まれている。どれも重そうだが、もしや中身は。
「あの中に入っている金貨を運んでほしいのです」
確かにピッタリやけども。突然金を運べってのは怖すぎるやろ。
「あれらを全て財布に詰め込んで、ボクたちと共に馬車に乗って移動するだけですから。あれがあると馬車が狭くて」
「は、はぁ」
「王都からは数日かかりますが、帰りたいと言うのであれば、そこからシガ村までの旅費は負担しますから。いかがですか?」
それで勇者を雇おうという判断になるのが、王族の怖いところだ。しかし理由はわかった。この人なら、良いように使われてポイされるとも考えにくい。
それに、その荷物運びの後何をするにしても、第1王子との接点はあって困らないだろう。
「わかりました。喜んで拝命いたします」
「よかった。それならすぐ乗り込んでください」
「え」
第1王子が護衛に視線を向けたかと思うと、美女騎士は俺の腕を掴んで馬車に乗り込ませようとする。逃がす気はないと言わんばかりに。
「あの、報告は」
「すみませんが急ぎなので。王都を出る時に手紙を出すので安心してください」
「出せ」
初めて聞いた女騎士の声で、扉が閉まってすぐ馬車が発進する。
何が何やらだが、諦めて受け入れるしかないか。投獄は無いとわかったし、なるようになれだ。第1王子の近くにいれば、名前を売るチャンスもあるだろう。
戸惑いながらも、箱馬車に積まれた金貨をチマチマと財布に入れていく。
「ねぇお兄さん、狭い」
「ご、ごめんなさい」
当たり前だが、俺が乗り込んだ分馬車の中は狭くなるわけで。機嫌を悪くした幼女から背中を足蹴にされている。
「やめなさいシバ」
シバと呼ばれた幼女の隣に座って窘めるのが、美女騎士。その向かいに第1王子殿下だ。
「うっさいオバサン」
「なっ。私はまだ21だ!」
いきり立った美女騎士がシバの頭を掴む。よかった、無表情だったのは護衛に真剣だったからで、ちゃんと感情はあるらしい。
「痛っ! ぎゃくたい!」
「どこでそんな言葉覚えてきたんだ」
あまりに外聞の悪い言葉に、美女騎士は渋々といった様子でシバの頭から手を離した。
「シバちゃん、狭いならボクの膝に座りますか?」
「うん」
「殿下、それは」
「ドーラ。大丈夫ですから。心配しすぎです」
美女騎士の名前はドーラというらしい。確か、第1王子の名前はアルテ・ミストだったか。錬金術師っぽい名前だ。
護衛として過剰気味に反応するドーラさんを制止して、殿下はシバを膝上に乗せる。
「ネーシャさん、どうぞおかけ下さい」
「ありがとうございます」
今までシバがいたスペースに座り、引き続き向かいに鎮座する金貨を財布に納めていく。
「そういえば自己紹介がまだでしたね。ご存知かもしれませんが、ボクはアルテ・ミスト。一応、アルテ王国の第1王子です」
殿下は魅力的な笑顔を浮かべ、ぺこりとお辞儀をする。俺なんかに対してこの態度なら、さぞや人望があるだろう。
「改めまして、シガ村出身、シガ・ネーシャと申します。【商】の勇者で、宝具は見ての通りです。よろしくお願いします」
殿下には既に知られているので、主にドーラさんとシバに向けて。その視線を催促ととったようで、すぐにドーラさんが口を開く。
「第1王子アルテ・ミスト殿下の親衛隊隊長、【封】の勇者、メジェ・ドーラだ。よろしく頼む」
「親衛隊と言っても、今はドーラと、御者のミスラだけですけどね。あ、ミスラは勇者ではないですよ」
2人だけの親衛隊で、しかも女性のみ。殿下が好色というわけではなさそうだし、何か事情がありそうだ。藪蛇にはなりたくないので、詮索はしないでおく。
「シバちゃん、自己紹介できますか?」
「シバはシバ。ナントカの勇者だって。王子様が言ってた」
「【滅】の勇者だろう。何回言えば覚えるんだ」
「まあまあドーラ。まだ9歳ですから」
ただの幼女ではないと思っていたが、9歳の女の子まで勇者とは。しかも、何やら物騒な2つ名を与えられている。
「可哀想ですけど、2つ名の通り、ちょっとだけ危ない子なんです。宝具はドーラが背負っていますし」
「あれって宝具なんですか?」
乗り込む時に気づいたが、ドーラさんは何やらデカい板を背負っていた。この板、というか剣は、シバの身長くらいある。その気になれば、その陰にすっぽり入るのではなかろうか。
「はい。能力は、触れたものを爆破させる能力です」
目の前の幼女が、身の丈ほどもある剣を振り回し、あらゆる物を爆破させる光景を想像する。うーん、世紀末。
「王城にいたのなら、訓練場を見たか?」
「もしかして」
「ボクがネーシャさんとの謁見の準備をしている間、訓練場の辺りでシバちゃんを預かって貰っていたのですが、やらかしちゃったみたいで」
こっっっわ。あのヤ〇チャが倒れてそうなクレーター、シバが原因かい。なるべく逆らわへんようにせな。命がいくつあっても足りひんわ。
「実は、ネーシャさんに急いでもらったのは、賠償請求から逃げるためなんですよね。あはは」
屈託なく笑う殿下。わろとる場合か。
「だ、大丈夫なんですか?」
「ただの事故ですから」
殿下は食い気味にそう言い切った。流石第1王子、強かだ。
「これだけ金貨があれば、賠償請求なんて安いものだと思うのですが」
真っ当な疑問をぶつけてみる。訓練場くらい、いくらか土を敷いて突き固めれば済みそうなものだ。
「できれば節約しておきたいんです。ボクたちの予定からすると足りないくらいなので」
「殿下の予定、ですか?」
まさか浪費の予定ではあるまい。というかそもそも、金貨を積んだ馬車で何処へ向かうつもりなのだろう。
「そうでした。まだ目的地を伝えていませんでしたね」
心を読まれたかと思った。しかし疑問としては湧いて然るべきものだ。いちいち気にせずとも良いだろう。
「ボクたちが向かっているのはソル領です」
「新聞で読みましたが、確か第2王子が反乱を収めたっていう」
「ご存知なんですね。それなら話が早いです。最新号の新聞は読みましたか?」
首を横に振る。最新号が村に届くと同時に、俺は宝具に出会ったのだ。それからはバタバタしていて、結局目を通していない。
「ボク、ソル領の領主になったんです」
「領主って、王子殿下がですか?」
反乱首魁の元領主に代わる後釜が必要なのはわかる。それが何故第1王子、言い換えれば次期国王の管轄になるのか。
「色々ありまして。気にする必要はありませんよ」
踏み込んでくるな、ということだろうか。ニコニコしているのが逆に怖い。変に勘ぐって機嫌を損ねないようにしないと。
「そろそろ収納も終わりですかね」
戦々恐々としていると、いつの間にか俺の手は空袋を掴んでいる。財布の重さが変わらないので、気づくのが遅れた。
「シバちゃん、スペースができましたよ」
殿下が促すと、シバは膝を降りてシートに座る。こう見ると、素直で可愛い幼女だ。
「王子様、トイレ」
「なら今日はここまでにしましょうか。金貨入りの馬車でしたから、馬も疲れているでしょう」
気づけば馬車は王都を抜け、夕日を追いかけて街道を走っていた。遠目に王都が見えるくらいで、周囲は平原。
「偏見で申し訳ありませんが、殿下、野宿するんですか?」
「何の為の箱馬車だと思っている。殿下はこちらでお休みになるのだ」
当たり前か。俺はビエスさんとの旅路で野宿には慣れたし、身分で扱いに差があるくらいで文句は言わない。
「シバもシバも」
「そうですね。シバちゃんも中で寝ましょうか」
「シバが我儘を言うから護衛の私まで箱馬車にお邪魔することになるのだ。本当は1人でお寛ぎいただきたいのだが」
「まあまあ。皆で寝泊まりするのも良いじゃないですか」
「殿下が甘やかすからつけ上がるのですよ、まったく」
文句は無いが、ハブられるのは違くないか。
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