6話 【商】の勇者はただの商人やろ
数日の旅路の末、俺とビエスさんは王都へと到着した。
揺れの激しい馬車にずっと揺られていたせいで、体の節々が不調を訴えている。しかし、そんなバッドステータスを吹き飛ばすくらい、王都の下町は活気に溢れていた。
「すごい人混みですね」
「勿論ですとも。この辺りは国一番の繁華街ですからな」
馬車を宿屋に預け、俺とビエスさんは徒歩で王城を目指している。その道中にある飲食店街は、昼間のピークでごった返していた。店の種類も豊富だが、そこを訪れる人の格好も多種多様だ。職人風の人や、事務員風の人もいる。
「あそこの店だけは、何だか静かですね」
俺が指を指した店は、飲食店のようだが、昼間だというのに閉め切っている。その扉には、何故か俺の右手と同じ勇者のマークの張り紙。
「勇者殿、あの印がどういったものかご存知ですかな?」
「勇者の印では?」
「そうです。さらに言えば、王家の印でもあります。あの印を掲げることができるのは、勇者と王族関係者のみ。勇者でさえ、宝具と自身の体以外にあの印を持つことは禁止されています」
「つまり?」
「あの店は今、王族関係者によって貸切にされている状態というわけです」
それで人が寄り付かないのか。俺みたいな田舎者はともかく、それを知っている人は、このマークを見た瞬間に緊張が走るわけだ。
「王族って、そんなに怖いんですか?」
俺はビエスさんに耳打ちをする。万が一にも誰かに聞かれたくない話題だ。俺が買っていた新聞は王族贔屓だったが、ビエスさんの主観も聞いておきたい。
「たしか、不敬罪で牢に入れられた者の話を聞いた事があります」
「ひぇ。僕、これから王城に行くんですけど」
下手を打てば牢獄行きって、今から胃が痛い。
「特に第2王子は気性に難ありと噂です。一方で第1王子は温厚な方と聞きますな」
「王や王妃は?」
「良くも悪くも、情報はありません。政策を考えれば、傍若無人ということはないでしょう。余程のことをしない限りは大丈夫かと」
ひとまず、第2王子にさえ気をつけておけば安心か。とはいえ、気を抜かないに越したことはない。
「さて勇者殿、もう見えておりますな。あの建物が王城です」
ビエスさんが指さす先。下町の建物は背が低いので、王城の高さが目立つ。あの尖塔の上から見れば、王都全てを見渡せるのではないだろうか。建築技術の粋を集めて作ったのが見て取れる。
「この道を進んだ先は、貴族も多く住まう区域です。そこを抜ければ、いよいよ王城。もっとも、私は行ったことがありませんがね」
王城までの道のりには、屋敷と呼ぶに相応しい大きな建物が並んでいる。というか、その口ぶりだと。
「私はここまでです」
「せめて王城まで一緒に行きませんか?」
「貴族街には少しばかり嫌な思い出がありましてな。勘弁して頂きたい」
「そう、ですか」
いよいよ、見知らぬ街に放り出されるときが来たのか。覚悟はしていたが、やはり不安だ。
「なぁに。大丈夫ですよ勇者殿。また宿屋で落ち合いましょう。何事も無ければですが」
「縁起でもないことを言わないでください」
「はっはっは。勇者殿の2つ名、楽しみにしておりますよ」
他人事だからと楽しそうに笑って、ビエスさんは来た道を引き返していく。
その姿を見送ってから、俺は深呼吸を一つ挟んで、王城へと足を向けた。
王城の門まで到着すると、こちらから声をかけるまでもなく、武装した門番に話しかけられた。
「そこの君。その紋章、勇者だな」
「は、はい」
「そうか。なら、付いてきてくれ」
俺の右手の甲を見て気づいたようだ。宝具を持っているようには見えない姿だと自覚しているので、怪訝な顔をされるかと思っていたが、無反応。そのまま門の詰所へ通された。
「少し待っていてくれ」
小さいテーブルと、椅子が2つ。門番は俺に座るように促すと、どこかへ行ってしまった。それにしても、なんだかカツ丼でも出されそうな雰囲気の空間だ。
「待たせたな」
そう言って、門番とは別の男がやってきた。腰に提げた剣の鞘を見ると、勇者の印が浮かんでいるのがわかる。体つきも屈強で、俺が当初想像していた勇者そのものだ。
「お前の宝具を見せてくれ」
「はい」
機嫌を損ねるのが怖いので、余計な質問はすることなく、言われた通り、鞄に入れていた財布を取り出す。
「失礼」
勇者の男は素手で、テーブルに出した俺の財布に触れた。その瞬間、バチッと痛々しい音が閉塞された部屋に響く。
「大丈夫ですか?」
「問題ない。確かに、宝具らしいな」
俺が夢で体験したのと同じように、宝具に選ばれたたった1人の勇者しか、触れることはできないらしい。
「儀式のために預かるが、良いな?」
「え、あ、はい」
咄嗟に頷くと、勇者の男は宝具を布で包んだ。いや直接じゃなかったら持てるんかい。特別感返せ。
「儀式の手順は」
勇者として、宝具を王族から下賜されるという体裁の儀式。いつぞやの新聞で読んだ話が始まる直前。
突如、爆音と共に地面が揺れた。
「はっ!? な、なに!?」
極度の緊張状態に思いもよらぬアクシデントが起こったせいで、俺はその場で飛び上がった。
「少し待っていろ。確認してくる」
一方で勇者の男は落ち着いて、部屋を出ていってしまった。なんとも慣れた様子だ。騎士団に所属して長いのだろうか。
というか、1人にしないでくれ。めっちゃ不安やから。敵襲やったらどうするねん。丸腰やし、逃げ道もわからんのやけど。
「ぴいっ!」
不意に扉が開いて、変な声が出た。思わず両手を上げてフリーズするが、入ってきたのはさっきの勇者の男だ。
「問題ない。座ってくれ」
「は、はぁ」
「説明を続ける」
いや冷静が過ぎる。せめて説明をくれ。
あまりにクールな男の説明を遮るのもはばかられて、事情は聞けず。ほとんど集中できない状態だったが、王族に謁見することだけは理解した。
「では向かおう。既に準備は整っている」
「え、早」
これが都会のスピードか。説明が終わった途端に男は席を立ち、俺を伴って門の内側へと出た。
「は?」
門から王城までの間は、兵舎らしき建物と、学校のグラウンドを彷彿とさせる訓練場がある。どこか懐かしさを感じながら、少し窪地になっている訓練場のど真ん中を見ると、クレーターができていた。
どう見ても、さっきの地震の原因あれやろ。
「あ、あれは?」
「問題ない」
んなわけあるかい。とツッコミそうになったが、口を噤んだ。よく考えれば、目の前の彼のように、ここには勇者がゴロゴロいるのだ。
にしたって、俺に与えられた宝具との格差ありすぎやろ。
夢で見たあの場所のように、ただの壁ですら意匠の凝らされた城内を歩く。目の前の男が敬礼をすれば俺も倣い、身分の高そうな人達をやりすごした。
そうして辿り着いた、謁見の間。巨人でも想定しているのかというくらい大きい、言うまでもなく豪華な扉の前に立つと、心臓がバクバク鳴り出す。
あまりに失礼なことをしたら、首が飛ぶ可能性だってある。緊張しない方がおかしい。
使用人の手で、ゆっくりと扉が開けられ、俺はガチガチになりながら玉座の前まで歩き、跪いた。
「シガ・ネーシャ。面を上げよ」
「はっ」
迫力のある国王の声に顔を上げる。
壮年で威厳ある顔立ちの国王の隣には、王妃が淑やかに座っている。そしてその隣に、上品な座り方の第1王子と、偉そ、もとい男らしい座り方の第2王子。ビエスさんからの事前情報のおかげで、座り方から兄弟を判別できる。
それに、第2王子は武勇に優れると聞くし、ガタイがいい。一方で、第1王子は線が細く、寧ろ第2王子よりも幼く見える。ジロジロ見るわけにいかないので、容姿の情報はこれくらいだ。
そういえば、シガ村では黒髪がほとんどで、せいぜいティアが茶色がかっているくらいだったが、この王都では文字通り毛色が違う。目の前の王族は、揃って眩ゆい金の髪だ。
「そなたを勇者と認め、宝具を下賜する」
「ありがたき幸せ」
わざわざ銀のトレーに乗せられて、あの財布がやってきた。その隣には、山積みにされた貨幣。
「勇者シガ・ネーシャよ。その力を示せ」
言われて俺は、チマチマと一枚ずつ貨幣を財布に入れていった。手のひらサイズの財布はいくらでも硬貨を飲み込んでいく。しかし、財布の重さは何も入っていないかのように軽いまま。
いや凄いけど。王族の目の前でやることちゃうって。やたら広くて荘厳な謁見の間で一枚一枚財布に硬貨をしまう男、あまりにシュールすぎるわ。
「ぶはっ! ははははっ!」
その光景に耐えかねて、第2王子が吹き出した。気持ちは分かるが、こっちとしては惨めすぎる。
「ロスタ!」
「だ、だって父様。これはさすがに、ふははっ!」
第2王子、アルテ・ロスタは国王に叱られようがお構い無しに嘲笑する。よく見ると、王妃も顔が引きつっていた。
「そりゃ、いつもは興味津々な家臣たちも来ないわけだ! はははっ!」
第2王子の言う通り伽藍堂の空間に、彼の笑い声が響く。本来なら、勇者の能力を見ようと貴族たちが集まるのだろう。
「シガ・ネーシャ。そなたには、【商】の勇者の2つ名を与える」
「ありがたき幸せ」
国王は第2王子を睨みながらも、儀式の手順通り、俺に2つ名を与えた。【商】の勇者はただの商人やろ。
「はぁ。その力、この国のために捧げよ」
「はっ」
「よろしい。下がれ」
思いっきりため息をついた国王に敬礼し、踵を返す。
「おい、財布勇者!」
その俺を、第2王子が呼び止めた。何かやらかしたかと思って、ビクッとして立ち止まる。
「せっかくだから、下町で大道芸でもしてみたらどうだ? きっと良い笑いものだ! はははっ!」
ただの煽りだった。畜生め。投獄よりはマシだが。
俺は心の中で舌打ちをしつつも、愛想笑いでお辞儀をすると、謁見の間を後にした。
その後、再びクールな男勇者に連れられて、王城を出る。
男はクレーターが残る訓練場を一瞥すると、何事もないかのように歩き続ける。
「あのっ」
訓練場を素通りさせようとする彼の背に、声をかけた。
「何だ」
「騎士団には、入れませんか。僕の宝具では」
地面を凹ませるような災害じみた力とは、比べるのも烏滸がましいけれど。それでも、僅かでも可能性があるのなら、ダメ元で挑戦するのも悪くないと思ったのだ。
「それは、勇者の部隊ということか」
「はい」
この時初めて、彼の表情が動いた。憐れむように。
「お前では無理だ」
にべもなく突き放された。しかし、これでもティアと一緒に鍛えてきた過去がある。挑みもせずに引き下がれない。
「試してみないとわかりせんよ」
挑発的な言葉で煽ってみるも、男は面倒くさそうに頭を降った。
「いいだろう。現実を見せてやる」
男は訓練場の隅にある剣を指さした。俺はそれを手に取り、男の正面で構える。
木剣に重りをつけて素振りをしたことはあるが、本物の剣を持つのは初めてだ。思っていたより重いし、何より重心の位置が持ち手から遠い。
剣を持ち慣れていないと察してか、男勇者は溜息をついた。そして、可哀想なものを見る目で俺を見据え、腰の剣を抜く。
勇者として育ち、宝具の力も伴わないのに思い上がった少年。彼の目には、そう映っていることだろう。
「いきます!」
「ああ」
まともに構えもしていない。適当に打ち込ませて終わりにしようという魂胆が透けて見える。
「はっ! やっ!」
彼の想像通りに、俺は数度剣を打ち込む。侮られるのは仕方の無いことだ。しかし、その無表情を驚きに変えてやらないことには、気が収まらない。
予想通り、俺の袈裟斬りを躱した男の反撃が来る。
これで終わるなんて、思ってもらっては困るのだ。
「む」
剣を狙った反撃。手首の動きで剣先を避けさせると、男が眉をピクリと動かした。
「はぁっ!」
この剣の重心位置にもある程度慣れた。あの日のティアとの試合のようにはいかないが、それでも、思い上がっただけの少年にはできない動きができる。
さっきまでの単調な剣筋とは違い、フェイントや駆け引きを含めた戦略的な攻撃。人が変わったような猛攻に、男勇者は目を見開いて、弛んでいた気を引き締める。そうだ。その顔が見たかったんだ。
しかし、油断することをやめた男には、俺の剣は届かない。それでも反撃の隙を与えないくらいには。
「ちっ」
男の舌打ちが聞こえた瞬間、目の前から男の姿が消え、横からの風圧に襲われる。
間違いない。宝具の力だ。恐らく、目に追えないほどのスピードで回り込まれた。
「くっ!」
背後を取られたことを瞬時に悟った俺は、無理やり体を捻って剣を後ろに振り抜く。
「はっ!」
男はそれを易々と躱し、俺の鳩尾に拳を捩じ込んだ。
「がはっ!」
激痛に耐えかねて、俺はその場で崩れ落ちた。激しく咳き込み、もはや剣を握ることもままならない。
「はぁ、はぁっ」
これが、勇者。ふざけやがって。目で追えないスピードとか、チートにも程がある。
「侮ったこと、謝罪しよう」
地面に倒れる俺を見下ろし、男が軽く頭を下げる。その目つきには油断などないが、代わりにより強い哀れみが込められていた。
「だが、お前の宝具では無理だ」
結局、どれだけ努力して、通常戦では勝てたとしても、宝具で圧倒的な差をつけられる。この差を埋められるような気は、全くしない。
「く、そ」
そして俺は、失意の中に意識を落とした。
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