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5話 子どもの遊びには壮大すぎるやろ

 翌朝。東向きの窓から差し込む朝日と共に、俺は部屋を出る。


 転生して15年、ずっと寝泊まりしてきたこの部屋とも今日でお別れだ。これからは弟が使うため、片付けたと言っても殺風景ではない。だから、改めて部屋を眺めても大して侘しさは感じなかった。


 変に浸らないように、敢えて深く考えず、家族との挨拶を済ませて外へ出る。日が昇ったばかりの広場には、既にビエスさんが馬車の点検をしていた。


「おはようございます」

「おはようございます勇者殿。新たな門出に相応しい天気ですな」


 空を見上げると、雲一つない快晴。朝の冷えた空気が心地良い。


「もう少ししたら出発できますので、少々お待ち頂けますかな」


 言いながらビエスさんは、俺の背後へと視線を向ける。視線の先には、走り来る人影があった。


「ネーちゃーん! はぁ、はぁ。間に合った」

「見送り、来てくれたんだ」

「あったりまえじゃん」

「その割にギリギリだったけどね」

「うぐ」


 痛いところを突かれたという風に苦笑いをしながら、ティアが何かを差し出してくる。


「実はね。夜なべしてこれを作ってたの」


 ティアの手に握られていたのは、小さなリング。多少不格好だが、鋳造したのかと思うくらいに綺麗な円形だ。


「作ったって、これを? どうやって?」

「超頑張って削った」

「パワープレイすぎん?」


 しかも精錬された金属ではなく、割とその辺で見つかる青みがかった石でできている。この細さにしようと思うと、真ん中の穴を空けようとした段階で割れてしまいそうなものだ。


「ふふん。凄いでしょ」

「凄すぎるよ。ティア、多分こっちの方面で食べていけるよ」

「やだよそんなの。地味だし、時間かかるんだから」


 ティアはそう言って欠伸を噛み殺す。その顔をよく見ると、目元にクマができていた。


「貰っていいの?」

「もちろん。そのために作ったんだから。手、出して。嵌めてあげる」


 比較的壊れにくい方と思って、利き手と反対の手を差し出す。ティアがその手を取って、薬指に指輪を嵌めようとする。


 左手薬指。その意味をティアが知るわけはないが、反射的にドキリとする。もしかしたら、こっちの世界でもそういう意味があって、ティアはそれを知っているのかも。


「あ、ごめん。サイズ大きかったみたい。親指にするね」

「ガクッ」


 最後の最後まで、やっぱりラブコメにはさせてくれないらしい。


 エンゲージリングとはいかなかったが、それでも嬉しい贈り物だ。


「ありがとう。大切にするよ」


 心からの笑顔と共に感謝を伝えると、ティアも寝不足の顔を綻ばせた。


「こんな素敵なプレゼントを貰えるなんて。僕も何か用意しておけばよかったな」

「じゃあそれも、次に会ったときにね。約束、追加だよ」


 そう言ってティアは、右手の拳を俺に向ける。それに応えて、俺も右手の拳を突き合わせた。


「絶対絶対、また会おうね」

「うん」


 ライバルらしいポーズのまま、ティアは顔を俯けて、鼻をすすり始める。


「絶対。絶対ね」

「うん」


 突き合わせた拳から力が抜けて、その手が彼女自身の目元を覆う。


 俺は少し迷って、でも後悔しないように、肩を震わせるティアを抱きしめた。驚いた顔で、目元の赤いティアが俺を見上げる。


 潤んだ瞳。赤らんだ頬。女の武器とはこういうことかと実感しながらも、俺は幼子をあやすようにティアの頭を優しく撫でる。


「ティア。1つ、遊びを教えてあげるよ」

「あそ、び?」


 幼い頃から俺とばかり時間を過ごしていたせいで、ティアには縁遠かった遊び。


「そう。逃げて隠れた僕を、この世界の中から見つけ出す、かくれんぼ。ティアはその鬼役だよ」

「この世界の中って、世界中?」

「そう。ティアは器用だから、きっと僕を見つけ出せるよ」


 そんな無茶ぶりをすると、ティアは不服そうなジト目で俺を睨む。


「無理だよそんなの。ヒントでもないと」

「そうだな。もし僕が新聞に載るような功績を残したら、ヒントになるかな」


 ちょっとどころじゃなく荷が重い。けれど、それくらいの無茶ぶりを背負ってトントンだろう。


「あ、でも。ティアは新聞読めないか」

「読む。読めるようになる。それで、絶対ネーちゃんのこと見つけ出すよ」


 決然とした表情で、ティアは俺の目を見据える。


「もしあたしがネーちゃんを見つけ出したら、その時は、なんでも1つ言うことを聞いてもらうよ。これも約束だからね」


 一方的に約束を取り付けて、ティアはニッと笑う。勿論、断ったりなんかしない。


「わかった。なんでも1つ、叶えてあげるよ」


 ティアの体が俺から離れ、数歩距離をとる。


「勇者殿、準備ができましたよ」


 タイミングを見計らったように、ビエスさんがそう声をかけてきた。


「じゃあ、またね。いってらっしゃい」


 ティアともお別れだ。でも、俺たちは約束した。必ずまた会うことを。


「うん。またね」


 俺が荷台に乗り込むと、馬車はゆっくりと動き出す。


 ティアの姿が見えなくなるまで、俺はずっと、遠ざかる村に手を振り続けた。






 ビエスさんが本拠地を置く町を経由して荷を下ろし、途中関所を通りながら、さらに王都へ向かって馬車は南下する。


 前世の車とは比べることすら烏滸がましい乗り心地の馬車に揺られることしばらく。御者を務めるビエスさんが口を開いた。


「騎士団には入られないので?」

「ええ、まあ」


 唐突に思える質問に面食らいながらも、考えをそのまま打ち明ける。


「昨日の宴で見た限り、実力は申し分ないと思いますがね」

「それでも、一般人のティアといい勝負でしたから。自惚れる気はありませんよ」


 その程度の実力で、勇者の部隊に肩を並べられるなんて到底思えない。


「勇者枠でなくとも、騎士団に入る方法はあるはずです」

「本気で言ってます?」


 それは、一般枠で入団試験に挑戦するということだ。勇者であって、勇者にあらず。仮に合格できたとして、どんな目で見られるかわかったものじゃない。


「ですが、約束を果たすには一番確実です」


 ビエスさんの言うことももっともだ。ティアと再会しようと本気で思うなら、そうするべき。だが。


「そんな予定調和じゃ、意味がないんです」


 例えるなら、同じ学区で小学校を卒業した1個上の先輩と、翌年中学で再会するような。そんな分かりきったものでは、俺たちの覚悟にそぐわない。


 ティアは、例え俺が勇者の部隊に入ったとしても、勇者ならざる身でそこに入ってやると公言していた。


 俺は、例え宝具が使えない財布だったとしても、ティアに誇れる姿を見せると決めた。


 それが今更、エスカレーター式に出会うなんて納得がいかない。


「少なくとも、胸を張って自慢できるような何かを残せる道にしか進むつもりはありません」

「はっはっは。若いですな」


 ビエスさんの笑いに嘲るようなニュアンスは欠片もなく、むしろ羨望に近いものがあった。


 関所のある町を抜け、馬車は街道を進む。


「そういえば僕、他の領地に行くのは初めてですね」

「おや、そうでしたか」


 父に連れられて、先程経由した町までは出てきたことがあるが、ここから先は完全に未知の領域。今更だが、じわじわと不安になってきた。


「何か気をつけた方がいいこととかあるんでしょうか」

「いやいや。北側の領地は治安が良いですからな。土地も豊かで、経済も安定しております。他の領地間の関所は、こんなに容易く抜けられませんよ」


 そういえば、入領税みたいなものは取られなかった。商品を積んでいれば関税はかかるが、その額も良心的らしい。


「野盗が出たという話も、長らく聞いておりませんな。少なくとも王都までの道のりは安全です」


 盗人として追われるよりは、自給自足でもしていた方が余程安定した暮らしができるのだろう。


「そう聞くと、他の方面に向かうのは怖くなってきますね」

「ははは。勇者殿が恐れる必要はありませんよ。勇者殿の紋様を見て、文句をつけるような輩はそうおりません。野盗に襲われたとて返り討ちでしょう」


 言われてみれば、その通りだ。だからこそ、村では村長レベルに尊重されていたわけだし。


 今の、笑うとこやで。


 それに、仮にも騎士団を目標にしていた者が、盗賊を恐れるというのも変な話だ。


 もしかすると、気にしていないつもりだったが、村民たちのあの目線が、いつの間にか俺の自信を奪っていたのかもしれない。


「私のような老いぼれには、最早住み慣れた土地を離れるのは難しいところですが、若い勇者殿には是非、色んな世界を旅してもらいたいものですな」

「それだと、来年には追いかけてくるティアが困りますよ」

「はっは。違いありませんな」


 ビエスさんが陽気に笑う。本当に、一緒に来てくれて良かった。治安もわからない異世界で1人きりの旅路では、王都に着くまでに心が磨り減っていたことだろう。


「では再会してから、新婚旅行にでも連れて行って差し上げてはどうです?」

「僕とティアはそういうのじゃないですから」

「ははは。そういうことにしておきましょう」


 ビエスさんのオジサンっぽい話口に苦い顔をしつつ、俺は左手親指の指輪を撫でる。


「各地を飛び回ることはないにしても、確かに新天地は魅力的ですね」


 今までずっと、全員の顔を覚え切れるくらいの村人しかいない村で過ごしてきた。前世ではコンクリートジャングルに訪れたこともあったが、こっちの世界での都会はどんなものだろうか。


「ほほう。せっかく宝具として財布を授かったのですから、商人を目指してみてはいかがです? 王都を拠点にする大商人にもなれば、噂はティア殿の耳にも届くでしょう」

「なるほど」

「勇者殿は算術も問題ないでしょう。適正はあると思いますがね」


 考えたことはある。宝具を手にする前、ティアと実力が拮抗していると感じた時、そういう道もあるんじゃないかと。前世の知識で商品を作って売り出してぼろ儲け、なんて妄想もしてみた。


 しかし、前世の不勉強が祟った。どういうものが売れるかの想像はできても、それを実現する技術がない。魔法や宝具で何とかなる世界なら良かったのに。魔法はないし、俺の宝具は財布だし。それに何より。


「大商人になるには、やっぱりコネが必要なんじゃないですか? ド田舎出身の僕には、そんな繋がりはありませんよ」

「おや。そこに目をつけるとは、意外に現実的ですな」


 意外は余計だ。


「仰る通りかもしれませんな。でなければ、私の商会はもっと繁盛していたでしょうし」


 自嘲的というわけでもなく、ビエスさんは愉快そうに笑う。


「しかしそこまで気が回るのであれば、やはり向いていますよ。上との繋がりは無くとも、勇者印の商品とあれば、興味を惹かれる方も多いでしょう」

「あぁ、確かにそうですね」


 村では勇者というだけで信仰を受けていた。結局裏切られたわけだが、勇者というブランドにはそれだけの力がある。


「とはいえ、ここまでお勧めしておいて何ですが、商人の道も楽ではないでしょうな。勇者殿のように、大成しようと思うと特に」


 商売の世界は、偶然はあっても、狙って一山当てることは難しい。商いの解像度は低いが、確かにそんなイメージがある。


「もし勇者殿が本気で商人を目指すというのであれば、先達としてアドバイスを」


 いつもにこやかなのに、今はやけに真面目くさった顔で、ビエスさんが俺を見る。


「ただ、欲張らないことです」


 言った直後、ビエスさんは照れくさそうに笑った。


「なんて、一度言ってみたかったんです。私のような小者からの忠言は余計なお世話かもしれませんがね」

「そんなことないです」


 ビエスさんは笑って誤魔化すが、俺の前世と今世を足したよりも長い人生を生きている彼の言葉だ。謙遜する必要などない。


「ビエスさんのお陰で助かっている人は沢山居ます。シガ村の全員がそう思っていますよ」

「そう言って頂けると、報われる気分です」


 素直に褒めると、ビエスさんは恥ずかしそうに目線を前に向けた。


 おじさんのそういう反応を見ていると、これが美少女ならなぁと思わざるを得ない。贅沢な話だが。

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