4話 格好つけたい時もあるんや
墓参りを終えて広場まで戻ってくると、ビエスさんが宴の設営をしているところだった。
「ビエスさん、お疲れ様です。すみません、手伝わせてしまって」
「いえいえ。勇者殿の門出を祝わせていただけるのは光栄なことですから」
そう言ってビエスさんは柔和な笑みを浮かべる。世辞が上手い人だ。対する俺も、愛想笑いで返す。
「そうは言っても、割に合わないでしょう?」
今回、ビエスさんが宴の費用を全額負担すると申し出てくれた。決して裕福とは言えないシガ村の財政にとってはありがたい。しかし。
「主役がこれでは、盛り上がりに欠けるでしょうし」
右手のちっぽけな宝具に視線を向けながら、自嘲的な笑みと共に俺は肩を竦める。
「先程も申し上げましたがね。到底卑下するような宝具ではありませんよ」
困った笑いで、ビエスさんが頬を掻いた。
「私のような一介の商人にとっては、少しでも恩恵を授かりたいと思える、いわば神様のような宝具です。今回の宴も、私からの供物のようなものですから」
大仰に拝むような素振りを見せるビエスさん。確かに、商人であるビエスさんにとってはそうかもしれない。
「でも、やっぱり世間一般からすると、ハズレと思われて然るべきですよ。勇者と言えば、やはり剣ですから」
新聞頼りの情報網だが、勇者の宝具が剣以外であったという例は聞いたことがない。だからこそ期待し、そして裏切られた。
「これじゃあ、今まで積んできた鍛錬だって」
「無意味、ですか?」
機先を制したビエスさんの言葉を、俺は沈黙でもって肯定する。
「ありふれた言葉ですがね。人生に意味の無いことなんてありませんよ」
「そうでしょうか」
「ええ。少なくとも、勇者殿が鍛錬で得たものは、剣術だけではなかったはずです」
言われて思い浮かぶのは、やはりティアの顔だった。
「でも僕は、それさえも失って」
「失ったと決めつけるのは、早計に過ぎると思いますよ」
「でも」
俺はずっと、ティアの憧れだった。ティアが追いつきたいと言ってくれる背中を見せていた。それがハリボテだったと知れて、幻滅されたに違いない。
「ティアがずっと僕に付き合ってくれるのは、勇者の力故ですよ」
「力目当てで勇者殿に擦り寄っていると?」
「言い方が悪いですよ。友達というより、師匠として見られているんじゃないかって、そういう話です」
圧倒的な力も、指導力もない師など、最早滑稽だろう。
「勇者殿はあれですな。少々自意識過剰ですな」
「はい?」
急に何を言い出すんやこの人は。
「あの子が好いているのは、勇者殿の力だけではない。そんなことは、傍から見ていてもわかることです」
「じゃあ、いったいどこが?」
「それは、本人に直接尋ねるべきでしょう」
そんな恥ずかしい質問できるか。それこそ自意識過剰やろがい。
ツッコミが脳裏を過ぎったが、ビエスさんはいたって真剣な表情だったので口を噤んだ。
「1つ言えることは、少なくとも、あの子が求めるあなたの姿は、その自嘲的な笑みを貼り付けた姿ではありませんよ」
その言葉だけは、俺の胸に深深と刺さった。
傷ついていないようなフリをして、運命に責任を押し付けてヘラヘラしている今の俺は、大層格好悪いだろう。痛みを誤魔化して、楽になるように逃げているのだから。
きっと俺は、向き合わなければならない。与えられた運命と、そして傷ついた彼女に。
「俺にはもう、勇者としての強さは望めない。それでも、ティアに見せる背中だけは、ずっとカッコつけていたい」
こんな覚悟も、右手に握り締めたのががま口財布でなければ格好がついたんやけど。
「ふふふ。良い目付きになりましたね。では勇者殿、私から1つ、頼み事をしてもよろしいですか?」
「頼み事?」
随分と唐突だ。できれば、今すぐにでもティアの元へ行きたいのだが。
「広場に建てるステージの資材が足りないので、取ってきてもらえますか? お父上から、村外れに使わない木材があると伺っているのですが」
「ああ、はい。わかりました」
それに、さっきまでの話とまるで関わりがない。ビエスさん、歳をとって空気が読めなくなったのか。
「お1人では時間もかかるでしょうから、勇者殿に次ぐ力をお持ちの方にも声をおかけしましょう」
俺に次ぐ。それを聞いた瞬間、意図を理解した。素直に言えば良いものを、何とも回りくどい。
「先程お声掛けに回った際に、居場所は把握しておりますから。ここからなら、10分ほど遅れて向かうことになるでしょう」
それまでに言うべきことを纏めておけと、そういうことか。
「ビエスさん、ありがとうございます」
「いえいえ、こちらからお頼みすることですから。このぐらいのフォローはさせていただきますとも」
今日イチの笑顔を見せるビエスさんに背を向け、俺は走り出した。ティアに伝えたいことを、頭の中に書き綴りながら。
「ふふ。青春ですなぁ」
俺が資材の在り処に到着してから、およそ10分後。
実はビエスさんは一切空気を読めておらず、全く関係ない村の男が来たらどんなツッコミをしようかと思っていたが、いくらなんでもそれは杞憂で済んだ。
「ネーちゃん、お待たせ」
「いや。むしろ早いくらいだよ」
お互い、表面上はいつも通りを装った会話から始める。だが世辞というわけではなく、実際、俺が何を言うべきか纏めるには、短すぎる時間だった。
「それが、ビエスさんが言ってた資材だよね」
「そう。でも、運ぶ前に、少しだけ話をしよう」
ティアもそのつもりだったようで、黙って頷く。
話したいことは確かに俺の中にあるが、上手く言葉にできず、少しばかりの沈黙が生まれる。
「あのさティア。僕の宝具、剣じゃなかったよ」
「うん。見てたよ?」
口火を切ったは良いものの、既出の情報を伝えただけで、キョトンとさせてしまった。落ち着け自分。
「きっと僕は、勇者としての、皆が思い描くような強さを得ることはできないと思う」
的外れな開幕だったが、いざ喋りだしてみると、意外にも舌は回ってくれる。ティアも、真面目な顔で俺の言葉を聞いてくれている。
「僕に与えられた宝具で、何が出来るかはわからないけど」
俺がティアに見せたい背中は、下らない現実に打ちのめされて、これまでの努力さえも投げ出すような背中じゃない。
「きっとティアが、この村の皆が、胸を張って自慢できるような人間になるよ。それだけは、約束する」
それが、俺の覚悟であり、俺の見せたい背中だ。積み重ねてきたものが裏切られ、皆の期待に応えられなかったとしても、俺は諦めない。
「だから、ティア。どれだけ俺に幻滅しても、憧れの的にはならんくても。俺が何か成し遂げるまで、待っとってくれ」
前世では、こんな格好つけたセリフは到底吐けなかったろう。死にたいと願った前世なら、抗おうとさえ思わなかった。
それが今、俺の口から出たのは、きっとティアのお陰だ。幼い頃に出会って、純新無垢な憧れで以て俺と関わり続けてくれた。だから俺は、辛い運命にだって抗ってやろうと思える。
強い意志を持った眼差しで、俺はティアの反応を待つ。
「ばーか」
しかし、言い切った俺に、ティアは予想外の反応を返した。今度は俺がキョトンとする番だ。
ティアは不服そうに、俺の鼻先に人差し指を突きつける。
「いい? あたしがネーちゃんに幻滅なんて、ただの1回だってしたことないんだから」
「えっ。じ、じゃあ、宝具を見た時は?」
あんなに顔色を悪くして。確かにあの反応は幻滅とは違ったかもしれないが、どう考えても肯定的ではない。
俺の指摘に、ティアは少し気まずそうな顔をして、バッと頭を下げた。
「あの時は、逃げちゃってごめん」
「いや、いいんだよ。ショックだったのはわかるし」
顔を上げさせると、ティアはすぐに口を開く。
「違うの。いや、違わないんだけど。でも、誤解させてるみたいだから」
「うん。ちゃんと聞かせてほしい」
勢いで喋りそうなティアを落ち着かせ、資材に腰を下ろしてから、話し始める。
「あたしね。ネーちゃんの宝具を見た時、悔しかった」
「悔しい?」
「そうだよ。だってネーちゃん、毎日鍛錬して、強くなろうと頑張ってて。それが、こんな形で裏切られるんだって思ったら、なんか泣きそうなくらいで」
ティアの拳が、膝の上で固く握られる。
「一番辛いのはネーちゃんなのに、あたしが泣き出したら、ネーちゃんが自分を押し殺して心配するかもって思って。それで、逃げ出しちゃった。本当に、ごめん」
やっぱり俺は、自意識過剰だったのかもしれない。ティアが俺に憧れを抱いていて、それが裏切られて幻滅したなんて、見当外れもいいとこだ。
ティアはただ俺に同情してくれて、共感してくれて、涙まで流してくれる、そんな優しい娘だった。それを忘れて被害妄想なんて、失礼にも程がある。
「ティア、ごめん」
「へ? なんでネーちゃんが謝るの?」
「それは秘密」
疑問符を浮かべるティアに、俺は少しだけ微笑んで、立ち上がる。
「ありがとう、ティア。そんなに思ってもらえて嬉しいよ」
ラブコメにはなれなかったが、互いに互いを思い合う、そんな関係になれた。それが何より嬉しい。
しかし、俺は悲しみを堪えるように天を仰いだ。
前世では得られなかったほどの、尊い関係。だがそれも、今日限りだ。明日には、俺は王都に向けて発たなければならない。
それがどうしても惜しくて、目元が熱くなる。
「あ、ネーちゃん」
感傷的になっている俺に、ティアが再び不満げな声を上げた。
「さっきの発言に気に食わないところがあるんだけど」
「さっきの?」
どうにか涙を引っ込めて、俺はティアの顔を見る。
「何か成し遂げるまで待っててくれって」
確かに言った。だが、何かおかしかっただろうか。
「あたし、ずっと前から言ってるじゃん。絶対、ネーちゃんに追いつくって」
ティアの言葉に、ハッとして息を飲む。
「待ってて、なんて言われる筋合いないよ。これは競走なの。あんまり悠長にしてると、あたしの方が先に凄いことやっちゃうから」
ニッと笑って、ティアが拳を突き出す。
「望むところだよ」
俺も笑って、拳を突き合わせた。
夕刻になり、主役である俺と、村長である父の挨拶と共に、宴が始まった。
案の定、盛り上がりに欠けている。広場に響くのは、大体事情なんて気にしない子供のはしゃぐ声ばかり。
「ニセモノユーシャ!」
「ニーシャだニーシャ!」
そういう子供ほど、鋭利な言葉の刃を無自覚に振りかざしてくる。ユーシャより語感は近づいているというのがかなり癪だ。
「ネーシャだって」
「ニーシャが怒った! 逃げろー!」
訂正はするが、別に叱りはしない。こういう手合いは、ただこちらを揶揄って遊びたいだけなのだ。真面目に付き合ってやる義理はない。
扱いに困るのは、寧ろヒソヒソ内輪で話す大人の方だ。睨みつけてくるなんてことはないものの、チラチラと不愉快な視線が浴びせられる。大変に居心地が悪い。何せ、弁明も何もできないのだから。
「さぁさぁお立ち会い。これより、このシガ村を発たれます勇者殿と、長年切磋琢磨したティア殿。この二人の最後の試合を執り行います!」
予め決めた段取りよりも少し早いタイミングで、ビエスさんが余興の開始を宣言した。
ビエスさんの指示の元、広場の真ん中に空いたスペースに、木剣を2本携えたティアが立っている。俺はゆっくりと、彼女に近づいていった。
余興とはいえ、演武のようなものは知らない。いつもの鍛錬と同じく剣を打ち合うのみ。ただし、見栄えのする手順を組み込むよう、事前に談合済みだ。
「よろしくね」
「ふっふっふ。覚悟してよ」
何故か不敵に笑うティアに嫌な予感を感じながら、俺の分の木刀を受け取り、所定の位置に構える。
「では、始め!」
ビエスさんの合図で、俺とティアは剣をぶつけ合う。鍔迫り合いになって、ティアの引き際の一撃を、俺が大袈裟に避けてみせる。
「おおっ!」
俺を胡乱な目で見ていた大人たちもそれを忘れ、エンターテインメントとして捉えてくれたようで、歓声が上がる。
木剣同士の鈍い音しか出ない剣戟だが、アクション映画ばりに動きを大きくすると映えるものだ。次第に宴らしい空気になってくる。
「いいぞ!」
「がんばれ!」
盛り上がってきたところで再び鍔迫り合い。最初と似た動きだが、最後に俺がカウンターを決めてフィニッシュ。という段取りなのだが。
「ネーちゃん、いくよ」
ティアがニッと笑う。普通の合図よな。あと一撃ってところでアドリブを入れるとか、まさかそんな。
「せぇいっ!」
「うぉっ!」
気合いと共に放たれたティアの一振りは、予定とまるで違う、俺の足元を狙ってきた。やりやがったよコイツ。俺は慌てて跳び退いて退避。
「ここから先は真剣勝負! 今日こそ、勝つ!」
いつもの鍛錬と同じ、いやそれ以上の動きを見せるティア。打ち合わせでは、ちょっと手を抜くくらいが丁度いいとか言っていたのに。
チャンバラじみた打ち合いなんてしている余裕はない。必死で体を捻って、ティアの猛攻を躱す。
「あれ、勇者の方が押されてない?」
あーくそ。そらそうなるわ。せっかく僅かでも信用回復したってのに。
「空気、読めッ!」
間一髪でティアの突きを避け、反撃に移る。もう見栄えとか知らん。絶対に負けてやらんからな。
遠目から見ると何をしているかわからないほど地味な、しかし先程よりずっと高度な攻防を繰り広げる。木剣同士が真正面からぶつかり合うこともないので、音も静かなものだ。
「はっ!」
「ふっ!」
観客のざわめきも意識の外に追いやられて、今はもう、互いの息遣いしか聞こえてこない。
「あははっ!」
「ははっ!」
1歩も譲らない本気の試合。だからこそ楽しい。ティアの顔にはそう書いてある。きっと俺も、似たような顔をしているだろう。
今までで一番の、集大成とも言える長い長い試合。しかしそれも、終わりを迎える。
「はぁっ!」
次の攻撃に移ろうと、ティアの手から力が抜けた一瞬。その瞬間を狙って、俺の剣がティアの剣を弾いた。
武器を取り落としたティアは、諦めて降参のポーズをとる。なんともあっけない、余興としては赤点の幕切れだ。
「負けちゃったかぁ」
地味な最後に相応しい声音のティアだったが、その表情は明るい。
「ネーちゃん。またやろうね」
「ああ。必ず、また」
約束と共に、ガシッと力強い握手を交わす。
「でも、次も負けないよ」
俺がそう言うと、ティアは満面の笑みでこう返した。
「こっちこそ。首を洗って待っててよね」
やっぱり、ラブコメにはなりそうにない。
感想、評価、いいね等頂けると続きを書く確率が上がります




