3話 正夢にならんとってくれ!
とんでもない悪夢を見た、その翌々日。
俺の宝具がただの財布とか、信じたくない。願わくば、本当にただの悪夢であってほしい。
とはいえ、あの夢以来、特に音沙汰もない。2日経った今日、突然枕元にあの財布が現れるとか、そんなことはなかった。あまりに衝撃的で記憶に残っているが、きっとただの悪夢に違いない。
「あ、ネーちゃん。おはよー」
「うん、おはよう」
村の広場にやってくると、既に村民が集まっていた。整列した彼らの最後尾にはティアの姿もある。俺もその後ろへ並んだ。
「ネーちゃんは並ばなくても文句なんて言われないんじゃない?」
「わざわざ割り込むようなことでもないでしょ」
今日は行商人が村にやってきている。こんな辺鄙な村まで来てくれるお得意様だ。
「そういう偉ぶらないところ、あたし好きだよ」
「ど、どうも」
面と向かって好きだとか言われると、幼馴染の関係性とはいえドキッとする。勘違いはしないけども。
気恥ずかしくて、顔に向けていた視線を僅かに俯けると、ティアが少し薄着なことに気づいた。タイミング良くというか、ティアの身体がぷるるっと小さく震える。
「今朝はちょっと冷えるね」
それを僕に見つかったティアははにかんで、露出した腕を摩る。上着とか貸した方がいいんだろうか。
「温まるために、一旦組手とかする?」
「一旦って何やねん」
欠片もTPOを感じさせない言葉と共に、ティアがファイティングポーズをとる。朝から、それも広場でやることじゃない。しかし寒いのは可哀想なので、貸し与えるつもりで上着を脱いだ。
「隙ありっ」
それをすぐさまティアに奪い取られる。俺は呆気に取られて、したり顔でにやつくティアに視線を向けた。
「ふっふっふ。上着はいただいた。引っかかったな」
俺から奪い取った上着を羽織り、悪役っぽく笑うティア。トラップに嵌めたつもりだったのか。本当に子供を相手にしているような気持ちになって、俺は苦笑する。
「引っかかるも何も、貸してあげるつもりだったんだよ」
「ほんと? 組手に乗り気だったわけじゃなくて?」
「ほんとだって。寒そうにされると、居心地が悪いからさ」
そう言うと、ティアは気まずそうな顔で、羽織っていた上着を俺に返してきた。
「そんな善意の塊みたいなこと言われたら、申し訳なくて着てられないよ」
「いやいや、元からそのつもりだったし、ティアが着ててよ」
「うぐ。ますます良心が痛む」
良心の在り処らしい胸元を苦しげな様子で押さえる。上着一つで大袈裟な。
「じゃあせめて、一緒に羽織らせて」
「えっ」
ティアが懐に潜り込むように近づいて、俺に上着の半分をかけた。妥協点のつもりだろうが、特大サイズというわけでもない上着を分け合うと当然、密着することに。
「おしくらまんじゅうにもなって一石二鳥だね」
ティアは無邪気に笑っているが、俺は温かさとは別の意味で顔が熱くなっている。鍛練のときはどれだけ触れ合っても平気なのに、何だかドキドキしてきた。
「ち、ちょっと恥ずかしくなってきた、かも」
俺の緊張が移ったのか、至近距離でティアの顔が照れ笑う。今回こそは、本当にラブコメ展開なのでは。
「おやおや。シガ村の勇者殿は朝からお元気そうで」
不意に声をかけられ、俺もティアもビクッとして、咄嗟に体を離した。少し火照った二人の間に肌寒い風が吹き抜ける。
やっぱり俺たちにはこういうの、向いてないかもしれない。
「ははっ。お次、どうぞ」
「あ、はいっ」
俺達の反応を見て笑いつつ、ティアを手招く彼は、このシガ村に訪れてくれる商人、ビエスさんだ。
もう結構なお年で、髪は白髪が大部分。しかし、体の方は意外とガッシリしていて、衰えは感じない。さすが、こんな辺鄙な村まで行商に来るだけはある。
「はい終わり。ネーちゃん、どうぞ」
すぐにティアの買い物も終わり、次は俺の番。最後なので、世間話をする余裕もあるだろう。
「すみません。気づかなくて」
「いえいえ。英雄色を好むと言いますから。それに、この歳になると若い男女は目の保養になりますしね。はい、いつもの新聞です」
「どうも」
気にするなということなのだろうが、若干皮肉に聞こえるのは、俺の性格が悪いのだろうか。
「これからも仲良く。あ、いや、失礼」
ビエスさんは、カップルへの常套句を繰り出そうとしたところで口を噤んだ。返す言葉に迷って、俺も口を開けず、ただ愛想笑いを浮かべるばかり。
勇者の俺と、ただの村娘のティア。悲しいことだが、これからが存在するか、疑わしい。
「大丈夫です。あたし、ネーちゃんに追いつくので」
「おや。おやおや、そうですかそうですか」
センチメンタルな空気を、ティアの無邪気な理想が打ち砕いた。そんなティアの大言壮語に、ビエスさんはいたく感銘を受けた様子で、孫に対するように優しく微笑む。
「その時が来たら、きっとこの馬車で王都まで連れて行って差し上げますよ」
「やった。お願いしますっ」
俺の中の現実的な部分が、所詮夢物語だと囁いてくる。しかし希望も捨てたくなくて、俺はただ苦笑していた。
「もちろん、勇者殿も」
「ありがとうございます」
本当に、二人揃って騎士団に入団できる未来が来ると良いのだが。
話も一区切りついて、ちょうど俺の買い物も終わった。ビエスさんがほとんど品物の無くなった荷台を見回す。
「おや?」
その荷台の隅に、ビエスさんの視線が固定された。余った品物、というわけではなさそうだ。
「いつの間にか、誰かの財布が紛れ込んでいたようです」
財布と聞いて、身が竦む。しかし、ビエスさんが拾い上げたそれは、俺の夢に出てきたアレと比べて、何とも薄汚れている。安心は出来ないが、緊張は緩んだ。
「中身は無さそうですが、誰かの忘れ物でしょうかね」
「ビエスさんに心当たりはありませんか?」
「ううむ。思い当たる節はありませんね」
「ティアも、見覚えとかは?」
「ないよ。普通、人の財布をまじまじ見たりしないし」
しかし何だか、嫌な予感がする。そう意識してみると、あの財布が俺を呼んでいるような気もしてきた。
「おそらくこの村の方の物でしょうから。勇者殿に渡しておくこととしましょう」
なんの気負いもない足取りで、ビエスさんが近づいてくる。やばいやばいやばい。この感覚、あの悪夢と同じだ。
「いやっ。心の準備が」
「確かにお渡ししましたよ」
ビエスさんが俺の手を取って、財布を握らせようとする。抵抗する間もなく、勇者の紋がある手のひらに、例の財布が触れた。
途端、ボロボロだった財布が輝き始める。
「おっと」
「えっ! 何っ?」
ビエスさんとティアがそれぞれに驚きの声を上げる中、俺は血の気が引いていた。
すぐに光が収まって、俺は手中の財布を見る。案の定、その姿は夢で見たものと全く同じ、勇者の紋が刻まれた財布になっていた。
「なんと! 勇者殿の宝具でしたか」
「えっ? えっ?」
信じたくなかった事実をビエスさんが口にし、ティアはそれに動揺しきっている。
「あは、あははは」
そして、狂った情緒で笑い出す俺。
なんでや。勇者の宝具って、こんな雑に渡ってきてええんか。マスターなソードを見習えアホ。もっと荘厳な雰囲気で、せめて台座に乗っとけや。なんで馬車の荷台に転がっとんねん。
「これが俺の宝具やて。笑えるなぁ」
口に出すと、いっそ笑い飛ばせるような気がしてきた。
「ティア、どうや? 様になっとるか?」
ティアの方に向き直って、笑いながら財布を掲げて見せる。これがまた、手のひらサイズのがま口財布だから格好がつかない。
思わず笑ってしまうくらいシュールな姿だと思うのだが、ティアはニコリともせず、ただただ顔を蒼くしている。
「ティア?」
当の本人よりもよっぽど困惑した様子だ。いや、当の本人がこんなに巫山戯ているのだから、当たり前ではあるのだが。
「ご、ごめんっ」
そう言って、ティアは走り去ってしまった。
「おめでとうございます、と言って良いのですかね」
「はは、ありがとうございます」
ティアにああして取り乱されると、こっちは逆に落ち着いてくる。元々あの悪夢のお陰で、少しだが心の準備もできていた。
「私のような商人からすると、これ以上にめでたいことは無いのですけどね」
「ティアには、ショックだったんでしょう。何せ、未来の騎士として慕っていた人の、宝具がコレですから」
言葉の途中で、うっすらと視界がぼやける。
俺の宝具がしょぼい財布だったことよりも、ティアの期待を裏切ったことの方が、正直辛い。
「勇者殿、まずはご家族に報告を。明日か明後日には、こちらを発たねばなりませんからな」
「そう、ですね」
国の法律で、そう定められている。宝具を手にした者は、すぐに王都へ出向き、その力を見せなければならない。
「報告には、私も同行させて頂いても?」
「はい。これを宝具だと言って、信じてもらえるかわかりませんから。証人ということで」
それに、一人だと言い出せないような気がする。こんな、ギャグみたいなこと。
「証人の商人、ですな」
「いやこのメンタルで笑えるかい」
変に悪い雰囲気にならないように、敢えて空気を読まない発言をしたのだろうが、もう少し気の利いた事を言って欲しい。
家族に報告すると、父は頭を抱え、弟は落胆した表情を見せていた。
言葉遣いはともかく、言語そのものは物心ついてすぐ習得していた俺。アニメ由来だが、色々な知識を披露して少なからず村に貢献してきた、そんな勇者の俺を、父は誇りに思ってくれていた。
しかし、その勇者の宝具が、およそ歴史に名を残すようなそれではないものだと知ると、父は苦虫を噛み潰したような顔で俯くだけだった。
弟だって、それなりに優秀な兄の俺を見て、憧れてくれていたように思う。森で獲物を仕留めてくると、決まって賞賛してくれた。ティアに負けず劣らず、俺の勇者としての強さに期待していた。
到底カッコイイとは言えない俺の宝具。現実を受け入れられず、駄々を捏ねる弟に、俺はただ謝ることしかできなかった。
「はぁ」
溜息をつきながら、俺は村の中を歩いている。
俺の今生での母は、弟を産んですぐに他界してしまっていたが、明日にでも村を発つので、その墓にも報告に行くことにしたのだ。
報告の後、情報はすぐにでも村全体へ知れ渡った。というのも、俺が宝具を手にした祝いとして宴を開くことになり、それが広まっているのだ。
お陰様で、村を行く俺には胡乱な目が向けられている。
半ば信仰すら集めていた人間が、結局は只人と大差ないとあって、失望するのも無理はない。普段敬ってくれていた人達のそんな視線には心が痛む。
しかしぶっちゃけ、普通の村民に関してはちょっと申し訳ない気持ちがあるくらいだ。俺が悪いというわけではないのだし。石を投げられているわけでもないので、理不尽ではあるが、怒りもない。
右手に持ったこの財布のことで、一番気にかかるのはティアのことだ。いつでも朗らかなティアのあんな顔、ほとんど見たことがない。
他の村民のメンタルケアは割とどうだっていいが、ティアにだけは、村を出る前にもう一度話し合っておきたい。こんな形でのお別れになってしまったら、俺は一生この宝具を恨む。
無駄に丈夫な繊維で出来た財布を強く握りしめていると、母の墓標に辿り着いた。
「母上、これが僕の宝具です」
墓標の前で跪き、財布を差し出す。初代勇者の宝具が今の今まで力を持っている世界なのだから、死者に礼を尽くして然るべきだ。
「これで僕に何ができるのでしょうか」
自虐的に笑いながら、俺は母に思いを馳せる。
母は裏方気質な人だった。例えるなら、旅館の仲居さん。いつの間にかご飯を作っていて、いつの間にか洗濯が終わっていて、いつの間にかベッドメイキングまでされている。陰ながら父や俺を支えてくれていた。
何なら、裏方すぎてご飯のときくらいしかまともに会話しなかった気がする。そのせいか、母が亡くなったときも、思い出が過るより先に、家事をどうしようか悩んだ程だ。
こうして墓参りに来てみてようやく、母と過ごした時間が思い起こされる。
「あの時言ってくださったこと、覚えていますか。僕にはやっぱり、世界を変えるような力は無かったみたいです」
弟が生まれる少し前のこと。お腹も大きくなって、安静にしている時間が多くなったとき、ゆっくりと話すタイミングがあった。
その頃は輪作の結果が出てきた時期で、村民の中で俺が神格化され始めた頃だったか。母はそれを知って、釘を刺すつもりだったのかもしれないが、こんなことを言っていた。
『ネーシャ。あなたはきっと、世界を変えるような子ではないと思うの。皆を幸せにするのではなくて、身近な人を目一杯幸せにする。あなたは優しいから、きっとそういう生き方が向いているわ』
優しくて力があるのなら、できるだけ多くを助けるべきだ。当時はそう思いつつ、反論も何もしなかったが、それこそが驕りだったのだと、今はわかる。
「でも僕には、それどころか、すぐ傍の人だって」
ティアの表情を思い出して、俺は俯く。
これから会って何を話したら、あんな顔をさせたティアに笑ってもらえるのか。勇者としての有り様以外に、ティアに何をあげられるのか。
『将来、あなたを慕ってくれる子たちにとって、あなただけにしかしてあげられないことが、きっとあるわ』
母はあの時こう続けた。けれど、今の俺には見当もつかない。
「僕には、何が残っているんでしょうか」
天国の母は、ついぞ答えてはくれなかった。
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