2話 悪夢にしたって嫌すぎるやろ!
とある夜、俺は夢を見た。
ここは何処かの建物の中。村では到底お目にかかれないほど凝った装飾の壁に囲まれている。前世ですら、テレビの中でしか見たことがないくらいだ。
窓は無いし、照明もないはずなのに、視界は明るい。夢ならではの非合理だが、どうやら、その非合理は夢が原因というわけではなさそうだ。
さながら王様の部屋のような豪華さだが、ツルツルの床には雑然と物が散らばっている。無造作に放置された物の内訳は、八割方が剣だ。
それらが特別な力を纏っていることは、触れずともわかる。肌で感じるほど異質な物体なら、そりゃ発光くらいするだろう。
「いったぁっ!」
試しに触ってみようと思って、手近な剣に指を触れると、バチッという痛々しい音と共に弾かれた。
勇者の肉体をして、鈍痛を響かせるほどの拒絶を受けたのだ。言っておくが、静電気なんてちゃちなものじゃない。どうやら、選ばれた者以外は触らせても貰えないようだ。
ここまで分かると、これがただの夢でないことは明白。目の前にある道具が何なのか、そして俺が何故ここにいるのかも、自ずとわかった。
この中に、俺の宝具があるのか。
散乱した宝具たちを俯瞰して、心が踊る。
ついに俺も、チートらしいチートを手に入れるのか。転生してから15年間、前世の知識はそこそこ役に立ったものの、それ以外が丈夫な身体だけでは物足りなかった。
炎の剣か、雷の剣か、はたまた氷の剣とか。概念を司る剣なんて面白いかもしれない。ザ・ワールドできる可能性だってある。
妄想を膨らませながら、右手の紋章に目を向けると、淡く光っている。呼応するように、部屋の対角にある宝具が光っていた。
他の宝具に触れないよう気をつけながら、ジリジリと近づいていく。自分自身を焦らすように、ゆっくりと。
いったい俺にはどんな剣が与えられるのだろう。ワクワクが止まらない。
「ん? あれ?」
他の宝具の隙間から、その輪郭が見えた。しかし、どう見ても剣の形をしていない。
もしかして、剣以外でも、この部屋にあるもの全てが宝具なのか。そして、俺に与えられる宝具も。
「お、落ち着こう。それでも宝具は宝具。剣の形でなくても、ほら、ハンマーとかさ」
気休めにしかならない言葉を呟きながら、手汗を拭く。意を決して、俺を呼ぶ宝具の元へと回り込んだ。
「う、嘘やろ」
俺の右手に呼応する宝具。それは、ただの財布だった。しかも、がま口の、おばあちゃんくらいしか持ってへんやつ。
ツッコミも忘れ、ただただ絶句するしかない。
頭のてっぺんからサーッと血の気が引いて、示し合わせたように夢の世界はホワイトアウトした。
目を覚ました途端、俺は逃げるように勢いよく上体を起こした。
「はぁっ、はぁっ!」
今まで眠っていたとは思えないほど、息が荒くて苦しい。それに、寝汗で寝間着が張り付いて気持ち悪い。
息を整えて、周囲を見回した。いつもの、俺の寝室だ。質素で、あんな煌びやかな部屋とは似ても似つかない。
「はぁぁぁ」
安堵の溜息をつく。
良かった。夢だった。異世界転生してまで手に入れる宝具がただの財布なんて、冗談じゃない。
「そんなわけあるかい、ってな」
自分でツッコミを入れて、空虚な笑みを浮かべた。
「まさか」
ふと嫌な予感がして、ギギギと振り返る。
「ほっ」
実は枕元にあの財布がありました、なんて最低なオチは流石に無いか。
俺は肩の力を抜いて、ベッドから立ち上がった。しかし、不安感はずっと付きまとってくる。
駄目だ駄目だ。この調子だと、何をしても身が入らない。部屋にGが出て見失ったときと同じだ。こういうときは、気分転換するに限る。
「行ってきます」
俺は動きやすい服に着替えて、さっさと家を出た。どんより曇り空だが、雨じゃないだけマシだ。
「返事無し、と」
勇者なだけあって、俺が何をしていても咎められるようなことはない。村長を継ぐ予定の弟は、今頃父と一緒に勉強漬けで、俺になんて構っていられないのだろうが。
「さて」
普段なら、俺は村から程近い森に入る。わざわざ人目につかない森の中で何をしているかと言えば、前世の知識を生かした秘密基地制作、ではなく、ただの狩りだ。これも鍛錬の一環で、畑を荒らす害獣の駆除にもなる。一石二鳥だ。
害獣とはいえ、哺乳類を殺すことには抵抗があったが、こっちの世界では獲物の解体など日常茶飯事。すっかり慣れてしまった。
しかし、今日は中止だ。集中できないときは野生動物に勘づかれやすくなる。それに、足場の安定しない森での不注意は怪我の元だ。
「あれ? 確かこの辺だったはずなんだけど」
代わりに訪れたのは、ティアの家の畑。実際は、村長である父が所有地を貸与している形らしい。要は、村長イコール地主ということだ。もっとも、その父も、もっと上の人から土地を与えられている状態なのだが。
「だーれだっ」
考え事をしながら呆然と畑を眺めていると、視界が突然覆われた。
「そりゃ、ティアしかいないよ」
「せいかーい」
振り返ると、ティアが数歩下がりながら無邪気に微笑んだ。まるで恋人みたいなやり取りに、ドキッとしかけて、急速に萎えた。
「あ、ごめん。土付いてた」
「普通やる前に気づくやろ」
ツッコミながら、手で目元につけられた土を払う。無邪気すぎて、これじゃあ子どもがじゃれているのと一緒だ。
「ごめんごめん。怒んないでよ」
「怒ってないよ。ちょっとガッカリしただけ」
「もっと酷くない? ほら、こっち来て」
しょんぼりした顔で俺の手を引いて、ティアは井戸までやってきた。お詫びの印か、物凄い速さで水を汲み上げる。
「ごめんね。はい、顔洗って」
「ありがとう。でもガッカリって、ティアにじゃないから。気にしないで」
「じゃあ、どういう意味?」
サッパリした直後だったが、俺は表情を引き攣らせた。ラブコメ的展開を期待したとか、浮かれ野郎ですと自己紹介しているに等しい。
「まあいいけどっ。うりうり」
「ちょっ、自分で拭けるって」
露骨に逸らした俺の顔を、ティアが乾いた布でぐりぐりと乱暴に拭う。ゴワゴワしていて、ちょっと痛い。
「ネーちゃん、なんか元気ないね。簡単に背後とれたし」
「判断基準そこ?」
「でも当たってるでしょ?」
「釈然としないけどね」
肩を竦めつつ、頷く。
言い当てられた以上、理由を話してしまおうかと思ったが、如何せんその理由というのが、端的に言えば悪夢である。現実に影響があってもおかしくない類とはいえ、いざ言葉にすると幼稚すぎる。
「言いたくないようなこと?」
「いや、うーん」
俺が打ち明けるべきか迷っていると、ティアは優しげに微笑んだ。
「無理に言わなくてもいいよ。ネーちゃんにはネーちゃんなりの気苦労とかあるだろうし」
「ティア」
気遣いに溢れた言葉に、思わず感動しかけた。しかし。
「今の台詞。あたしってば、めちゃくちゃ良い女じゃん」
「いや、台無しやわ」
ノータイムでの自画自賛に、俺は大きな溜息をついた。同時に、口角が緩む。やっぱり、ティアといるのは楽しい。
「そういう訳で、気分転換に来たんだけど。ティア、何か手伝うことはある?」
「んー、今日やることは終わってるしなぁ」
「えっ、もう?」
時間的には、今はまだ昼前だ。収穫期も末とはいえ、他の村人のように、忙しそうにしているのが普通だ。
「鍛錬だと思ってやってたら、すぐに終わっちゃった。ちょっと気合い入れすぎたかな」
「えぇ」
俺たちの会話が聞こえていた村人も、俺と同じように引いていた。何事も、気合いで終わるなら苦労はしない。
「せっかく早く終わらせたし、ネーちゃんも来てくれたし、これは鍛錬日和だね」
「僕は良いんだけど、疲れてない?」
「ん、別に?」
化け物かよ。何らかの称号が与えられて然るべきなんちゃうか。
「それじゃ、木剣取ってこない、と?」
ティアは家に向かって駆け出そうとして、ふと上を見上げた。同時に、俺の旋毛に冷たいものが当たる。
「やば。降ってきた」
「ほんとだ。小降りなうちに帰った方が良さそうかな」
「待って待って。せっかくだし、うちで雨宿りしていけばいいよ。ネーちゃんの家、ちょっと遠いでしょ?」
確かに、帰る途中で本降りになる可能性は十分にある。問題は、雨が一日中続く場合だが、西の空を見るに、恐らく大丈夫だろう。
「じゃあ、お言葉に甘えようかな」
ちょっとだけ上機嫌なティアと、小走りで家に入る。俺がティアの家に来るなんて、当然知らされていないわけで。
「えっ、ええっ!? 勇者様!?」
「雨宿りさせてもらいに来ただけだから。落ち着いて」
ティアの母に大層畏まられた。父の方は、目で挨拶をして、黙々と収穫した作物を仕分けている。何とも対照的だ。
「また妹がご迷惑をおかけしたのでは」
「いやいや、大丈夫だから。お構いなく」
「そうだよお兄ちゃん。あたしがネーちゃんに迷惑かけたことなんてないんだから」
「お前はまたそうやって。どうしてそう奔放なんだ」
確かに、気弱な母と寡黙な父から、ティアのような性格の子が生まれたのも不思議ではある。兄の方は、両親に似て真面目そうな感じだ。
「ネーシャ様、この馬鹿のことは、容赦なく叱ってくださって結構ですので」
「わかった。そうするよ」
「えっ、ネーちゃん!?」
「冗談冗談。怒るようなことなんて何も無いよ」
「もーっ」
拗ねるティアを俺が宥める前に、ティアの母が立ち上がった。
「勇者様、せっかくですので、昼食など食べていかれてはどうですか?」
「ありがとう。せっかくだから、分けてもらおうかな」
「かしこまりました。ティア、手伝って」
「はーい。あたしの料理で、ネーちゃんをギャフンと言わせてやるんだから」
「謝るから、食べられる物にして。頼むから」
「あははっ。お楽しみにーっ」
何も言って貰えないのが一番怖い。
「あ、ネーちゃん、土間の松ぼっくり、何個か取って」
「こらっ。ネーシャ様をパシるな」
「まぁまぁ、いいから。はいティア」
「ありがと」
暫く経つと、台所からいい匂いがしてきた。それから間もなく、ティアとその母が、昼食を持ってきてくれる。
「はい、ネーちゃん。特製スープだよ」
「ありがとう。いただきます」
ティア、というかティアの母を信頼して、スープを一口飲む。野菜の優しい味わいに、素朴な美味しさを感じる。
「どう? あたしの料理スキル、なかなかでしょ?」
「うん。美味しいよ」
素直に褒めると、ティアは緩む口元を隠すようにお椀に口を付けた。代わりにティアの母が口を開く。
「お口に合ったようで何よりです。質素なもので申し訳ないのですが」
「いやいや、十分美味しいご馳走だよ。ありがとう」
「勇者様にお教え頂いた方法で、火起こしも楽になりました」
「そう言ってもらえると、伝えた甲斐があったよ」
某キャンプ漫画から仕入れた知識がこんな形で役に立つとは思わなかったが。
適当に話していると、いつの間にか、俺の器は空になっていた。そのことに、ティアが目敏く気づく。
「ネーちゃん、おかわりいる?」
「頂いて良ければ」
「もちろん。はいどーぞ」
俺が褒めたからか、ティアは嬉しそうにスープをよそってくれた。
「気に入ったなら、また作ってあげよっか?」
「機会があれば、お願いしたいかも」
「えへへっ。そっかぁ」
ティアは相好を崩す。何ならちょっとだらしないくらい、頬が緩んでいた。
「ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした」
ティアの母は恐縮しきっていたが、お礼に片付けを手伝った。それが終わるや否や、ティアが声を上げる。
「雨、止んだみたいだし、鍛錬行こっ」
せっかく家庭的な面を見せてくれたのに、すぐさまティアはいつもの脳筋さを見せる。そこがティアの、なんだか落ち着くところだ。
ティアに引っ張られるようにして外へ出ると、雨雲はすっかり東の空へ流れ、小さくできた水溜まりを太陽が照らしている。
いつの間にか、妙な悪夢への不安感は消え去っていた。
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