14話 【滅】の力
いよいよ勇者金融を開店する準備が整い、今日は当日の流れをシミュレーションする、いわば最終段階だ。
気合いを入れて、いざ店舗へ向かおうと部屋を出ると、またしてもこちらへ向かってくる殿下に出くわした。今回はドーラさんとシバも一緒だ。
「お揃いで、どうしました?」
俺の出鼻をくじかないと気が済まないのか。ともかく、俺に用があって、俺の部屋の前までやってきたのだろう。
「ネーシャさん、これから外出ですよね?」
殿下の問いに頷く。
「良ければ、シバちゃんも連れて行ってあげてくれませんか? 最近ずっと屋敷に放置状態だったので」
殿下が視線を向けた先のシバは、確かに不貞腐れた様子だった。ガス抜きでもしてやらないと、膨らませた頬が破裂しそうだ。
「ボクは今日屋敷で書類仕事ですし、ドーラにも休みを与えたくて。お願いできますか?」
「私は別に」
殿下の申し出だが、休みを与えられるはずのドーラさんが口を挟んだ。
「駄目です。きちんと休養をとらないと、いざという時に力を発揮できなくなりますから」
「むぅ」
早口の殿下に気圧され、ドーラさんは押し黙った。ドーラさんは自分の仕事を殿下と比べて閑職だと言っていたが、殿下にだってそうは思われていないということだ。
「シバが楽しめるようなことはしませんよ?」
「外出自体に意味があるんです。ね、シバちゃん。ネーシャさんと一緒に行きますよね」
「うん。行く」
スススッとシバは近寄ってくる。屋敷の中でちょいちょい遊んでいたお陰か、結構懐かれているようだ。
「ドーラ」
「はっ。シガ・ネーシャ。念の為、これを持っていけ」
殿下の合図で、ドーラさんからシバの宝具が手渡される。相変わらずデカい大剣だ。しかも、布で包まれているとはいえ、やはりデバフを感じる。
「絶対に、シバには渡すなよ」
「じゃあなんで僕に渡すんですか」
「本当に最悪の場合を想定して、ですよ。ネーシャさんは起きていればそれなりに自衛力がありますが、シバちゃんは宝具無しだとただの幼女ですから」
起きていれば、なんて強調されると、俺がまるで寝坊助みたいだ。前科があるので、ツッコミはしないが。
「命の危険を感じたときに限って、シバちゃんに渡してください。既に以前言った噂は流していますから、恐らく悪魔教団の手は近づいているはずです」
そう言われると、外出が少し怖くなってきた。俺、囮にされるんだっけ。それなのにデバフを背負わされるの、なかなかに理不尽では。
「そういえば、エリーヌは護衛のはずでは?」
「あんな仮面がいたら目立つだろう」
ドーラさん、エリーヌに対して辛辣すぎる。詮索はしていないが、エリーヌにだって仮面を外せない事情があるのだ。
「あの娘はどちらかというと、対隠密ですから。気配感知に優れているようですし、誘拐や暗殺なんかは未然に防いでくれますよ」
前言っていた負け惜しみは本当のことだったのか。見つけ出しさえしてくれれば、俺にだって戦闘能力はある。対人の実戦は未だ未経験だが、そのために村で鍛錬を積んできたのだ。
「お兄さん、外、早く行こ」
「引き留めてしまってごめんなさい。さ、行ってらっしゃい」
シバに急かされ、殿下に見送られて、俺とシバは屋敷を出た。
店舗でのシミュレーションは恙無く終了した。シバにお客さん役をしてもらったことで改善点も色々と見つかったし、目的は果たしたと言える。
「おままごと楽しかった」
「おままごとにしてはリアルすぎるけどね」
キ○ザニアとか、そういう類な気がする。とにかく、シバもそれなりに楽しんでくれたなら良かった。
「せっかくだし、もう少し散歩して帰ろうか」
「うん。お腹すいた」
間食には丁度いい時間だ。近くの軽食屋まで足を運ぼう。
この辺りの街並みにも慣れてきたものだ。特に店舗周辺は、念入りにチェックしている。
この街にも、王都のように区分けが存在している。王都で言う貴族街ほど顕著ではないが、比較的富裕層のエリアと、最低限の生活を保っているエリアと、本当に治安が終わっているエリア。スラムと言ってもいい。
店舗は、潔白感を出すため中間のエリアに位置しつつ、スラム街にほど近い。ちなみに、例の悪徳業者は思いっきりスラムに拠点を構えているらしい。ただ、首領がいたのは富裕層エリアの奥まったところだった。
シバを連れていて、その上宝具デバフもかかっているので、俺たちは中間エリアを主にぶらつく。スラムでは、悪魔教団など関係なく悪意に晒されるためだ。
「お兄さん、あれ何のお店?」
商店の立ち並ぶ通りで、シバが指さす。覚えのない店だ。最近になってできたのだろうか。
外見からは予想がつかないが、中は何やら騒がしい。近寄って聞き耳を立ててみると、獣の鳴き声のようなものが聞こえてきた。
「ペットショップみたいなものだと思うよ」
「ペット?」
「鳥とか、犬とか。動物を売ってくれる店じゃないかな」
とはいえ前世と違い、ただの愛玩動物ではなく、調教して暮らしに役立てるために買う人が殆どだろう。
「気になるなら入ってみる?」
「うん。シバ、犬好き」
名前からしてそんな感じがする。空腹も忘れ、吸い寄せられるようにシバはペットショップへ。
薄暗い店内は、数多のカゴがひしめき合っていた。その全てに、何らかの生物が入っている。
「かわいい」
シバはそのうちの1つ、シバより一回り小さい程度の大型犬のケージに張り付いた。思いっきり威嚇されているが。
「欲しい」
「だめだよ。そんなお金もないし」
「じゃあ見てる」
変に希望を与えるのもどうかと思ってスッパリ断じたものの、シバは駄々を捏ねなかった。物分りは良い子だ。そうでもないと、ほぼ軟禁状態の生活にもっと早く音を上げていただろう。
「い、いらっしゃい」
「すみません、勝手に物色させてもらってます」
「ど、どうぞどうぞ」
やけにオドオドした感じの店主が、奥からやってきた。人見知りなのか、俺たちを見て挙動不審になっている。
「大丈夫ですか?」
「ああ、いや、はは」
店主は曖昧に笑って、深呼吸を1つ。そして、俺をキッと睨みつけた。
「お客さんの方から来て貰えるなんて、ね」
何やら意味深なことを呟く店主。何か胡散臭く感じて、さっさと出ようとシバに目を向ける。
「あれ? このカゴ、開いてる」
動物を入れておくケージだ。普通は、中から脱走しないように鍵をかけておくものだろう。しかし店内をよく見ると、どれにも鍵はついていない。
そして、その中の動物たちは皆、俺たちに向かってギラギラと目を光らせていた。
「ははっ! 手間が省けた!」
さっきまでの緊張ぶりが嘘のように、店主が高らかに笑う。何かようわからんけど、これはアカンやつや。
「シバ!」
「さあ、行け! こいつらを捕らえろ!」
咄嗟にシバを連れ出して逃げようとするも、間に合わない。店主の一言で、店内の動物全てが一斉に俺たちへ向かってくる。
「うぉあっ!」
「はははっ! まさか勇者の方から来てくれるなんてな!」
完璧に調教されているのだろう。ひっきりなしに迷いなく、動物たちが俺たちを攻撃してきていた。
まさか、悪魔教団のやつが店を構えているなんて。しかし、勇者を襲うための動物を匿うにはうってつけだ。畜生。
「くそっ!」
なんとか攻撃を躱しているが、全ての獣が視界に入っている訳ではない。足元の犬に気を取られていれば、上から鳥が突進してくる。常に背後にも気を配らなければならない。
獣の攻撃はどの攻撃も必殺の威力を持たない。しかし、体力を奪い、小さい怪我を増やしていく。攫うことが目的の奴にとっては、都合のいい手段だ。
「シバっ! 大丈夫か!」
「いたっ! いたたたっ! 髪引っ張るな!」
目を向ける暇などなく、ただ声でのみ確認する。一応、まだ元気そうだ。
しかし、こうしていても埒が明かない。反撃に転じる暇もなく、一方的に傷が増やされるだけだ。
「仕方ないっ」
俺はその場にシバの宝具を置いた。これでデバフ解除だ。そうなれば、もうこっちのもんや。
「悪く思うなよ!」
財布から剣を取り出し、申し訳なく思いつつも、動物を刺し殺していく。村でやっていた、野生動物を狩る訓練が活きた。人を斬るよりは、まだ罪悪感が少ない。
「ちぃっ! チート野郎め!」
吠えずらをかくのは向こうの番だ。シバの宝具を置いてから、ものの数分で、店内は血の海に変わった。こちらも傷だらけだが、コイツが使役していた動物は粗方再起不能になっている。
「こうなったら、覚悟っ!」
最後は男自身が、剣を持って襲いかかってくる。しかし、素人に毛が生えた程度の構えだ。
「てやあああっ! あ?」
掛け声だけは一丁前な男を、どうやって捕虜にして情報を吐かせるか考えていたそのとき。そいつの足元がパッと光った。
「かはっ!」
その瞬間。轟音と共に、俺は吹き飛ばされ、背中を地面に強く打ちつけていた。
一瞬飛びかけた意識をなんとか繋ぎ止めて、状況を確認する。いったい何が起こった。
半分血の色をした砂埃と羽毛が、視線の先で舞っている。さっきの爆風で、俺は道の真ん中までぶっ飛ばされたらしい。
いや待て。爆風だと。
「あはっ! あははははっ!」
俺がさっきまでいた、ペットショップだったものの中から、狂気じみた笑い声が聞こえてきた。
そう。俺が戦っていた建物は、既に倒壊していた。
「お犬さん、カワイイねっ! あははっ!」
辛うじて生き延びた、さっきシバが見つめていた犬。足を引きずって逃げようとするその胴体を、シバの宝具が突き刺した。
恐怖。それだけが俺の頭を支配している。
元々赤かった髪をさらに赤黒く染め、背丈ほどの大剣を軽々と持ち上げる、シバの姿。その顔は、猟奇的な笑みで歪んでいた。
「あーあ。もう壊れちゃった」
犬の骸が、シバの大剣からすっぽ抜けて、こっちまで飛んできた。さっきまで敵対していた男は、もはや跡形も残っていない。
「あ。お兄さんだ」
瓦礫の山に佇んでいたシバが、こちらに目を向けた。
「ひっ」
逃げなきゃ。でないと殺される。
そう思ったのに、足が竦んで動かない。本能が警鐘を鳴らしているのに、体は残酷なほど動いてくれなかった。
「ねぇ。遊んでよ、お兄さん」
ゆっくり、ゆっくりと、大剣を担いだシバが薄ら笑いで歩み寄ってくる。小柄なその姿が、俺には巨大な鬼に見えた。
「お兄さんは、壊れないでね?」
シバが宝具を振りかぶったそのとき。ようやく体が動いた。
咄嗟に真横へ飛び退いた次の瞬間。一瞬の光と共に、再び俺は吹き飛ばされていた。
「ぐ、う」
子供遊びの人形のように宙を舞い、地面に叩きつけられた。もはや全身が悲鳴を上げている。意識を保っているのが不思議なくらいだ。
「あははっ! 避けた避けた! すごいすごい!」
よく踏み固められた道に、王城の訓練場で見たのと同じクレーターが出来上がっていた。あの中心にいたら、間違いなく死んでいただろう。
「次も避けられるかな? それとも壊れちゃう?」
今度はもう、体が動いてくれない。そう察していた。
「シバ。これから、サンドイッチでも食べない?」
「サンドイッチ?」
「そう。お腹空いたでしょ」
時間稼ぎでも何でもいい。とにかく、気を逸らさないと。こんなところで、死にたくない。
「んー、でも、もっとお兄さんと遊びたい」
「後でまた遊んであげるよ。だから今は、甘いフルーツを挟んだサンドイッチとかさ。僕もお腹すいちゃったな」
命乞いは無駄。むしろ楽しませるだけだとわかっていたので、何が何でも話を逸らそうとする。
「じゃあ、先に遊んでからね」
あ、終わった。
そう認識し、振り上げられた大剣が光って、諦めかけたそのとき。
俺の目の前に、銀の髪が揺らめいた。
「まったく。結局仕事じゃないか」
「ドーラさん!」
シバの大剣を、ドーラさんの細剣が受け止める。あんなに重そうな剣なのに、ドーラさんの剣は折れるどころか、しなりもしない。そればかりか、爆発も起こらなかった。
「シバに渡すなと言っただろう」
「悪魔教団の襲撃に遭って、その隙に」
「詳しい話は殿下に伝えろ。私は知らん」
言いながら、ドーラさんがシバを押し返した。攻撃を防がれたシバの形相は、怒りに満ち満ちていた。
「邪魔すんなオバサン! 死ねぇっ!」
シバがドーラさんに向かって叩きつけるように剣を振るう。重そうな一撃を、ドーラさんは片手に持った剣で軽々と受け止めた。そして、もう片方の手でシバの横っ腹を殴り飛ばす。
「おい。退いていろ」
「は、はい」
ドーラさんに言われ、這うようにして、なんとか戦闘から距離をとる。
「こ、のぉっ!」
再度、ドーラさんへ飛びかかるシバ。俺が逃げたことを確認したドーラさんは、また剣を剣で受け止める。そして。
「反撃」
そう呟いた。途端、まるでシバが起こすような爆発が、さらに規模を増してドーラさんの剣から放たれた。
せっかく距離を取ったのにまた吹っ飛ばされて、俺の意識は今度こそ暗闇に落ちた。
目を覚ますと、そこは屋敷の中。すぐに俺の部屋だとわかった。
悪魔のようなシバの姿を思い出して、あれは悪夢だったのかと身を起こそうとすると、激痛が走る。
「目が覚めましたか。あまり無理はしない方がいいですよ」
タイミングよく、殿下が部屋に入ってきた。
「どう、なりました?」
「シバちゃんと貴方をドーラが連れ帰ってくれました。シバちゃんも、今は部屋で眠っているはずです」
「そうですか」
「話せそうなら、何があったか教えていただけますか?」
幸いなことに、ズタボロにされた体でも口は動かせる。俺は事件の詳細を殿下に伝えた。
「それは、災難でしたね」
しみじみと殿下が言う。罠でも何でもないところに自分から入っていったわけで、そう聞くと間抜けな話ではあるが。
「シガ・ネーシャ。起きたか」
「ドーラさん」
続けて、ドーラさんが部屋に入ってきた。戦闘で砂埃を浴びる羽目になり、水浴びでもしたのか、髪が湿っている。
「助けてもらって、ありがとうございました」
「死なずに済んで良かったな」
「まったくです」
笑えない話だ。
「久々に緊張感のある戦いだった」
「そうですか? 余裕そうに見えましたけど」
「アレの相手は、下手をすると死ぬからな。全く、覚醒ナシであれは異常だ」
覚醒。聞き慣れない単語だ。ドーラさんに説明をお願いしようとして、踏みとどまる。解説は殿下の方がいい。
「殿下、覚醒っていうのは?」
「それはまた、元気になってから話しましょう。まずは体を休めることです」
正論だった。どこぞのゲームにおけるひんしと違い、こっちの瀕死はユウシャセンターで瞬時に治ったりしない。
「それでは、お大事に。あ、そうでした」
ドーラさんと連れ立って、部屋を出ていこうとする殿下。しかし、扉の手前で立ち止まった。
「シバちゃんが起こした器物損壊は、ネーシャさんの責任ということで処理しておきますね」
殿下。その話も、元気になったときで良かったんやないか。
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