13話 意外な再会
1から準備し始めた勇者金融も、開店がもう間もなくに迫っている。
護身用の剣も手に入れて、諸々の書類も準備を終えた。あとは開店場所の下見をして、内装のレイアウトなんかを考えるくらいだ。
とは言っても、扱うお金は全て俺の財布で管理できるので、必要なのは精々カウンターとお客さん用の椅子くらいだろう。書類も巻物状に丸めて財布に入れれば楽に管理できる。
「ネーシャさん。ちょうどいいところに」
予定通り、下見に行こうと部屋を出たところで、ちょうど俺の部屋に向かっていたらしい殿下に出くわした。
「殿下、どうしましたか?」
「以前言っていた悪魔教団に対する護衛の件で。ふぁぁ。人材が見つかったので、ネーシャさんにも会って欲しいんです」
「なるほど。わかりました」
殿下は途中で欠伸を挟みながら、要件を伝えてくれた。俺が頷くと、殿下は屋敷の廊下を歩き出す。
「殿下、眠そうですね」
「あはは。お恥ずかしい。昨夜、少し話し込んでいまして」
となると、昨夜のうちには屋敷に到着していたのか。その時に挨拶させてくれても良かったのに。なんて、来客に気づかない俺が言えたことではないか。
「どんな方なんですか?」
会う前に、その為人を聞いておいて損はないだろう。殿下ほどではないにせよ、話を上手く運べるかもしれない。
「ネーシャさんもお会いしたことがあると思いますよ」
「僕がですか?」
俺が今まで会った中で、戦闘力がある人となるとだいぶ限られる。ナチュラルに俺の交友関係を把握されている気がして怖いが、殿下だからしょうがない。
真っ先に思い浮かぶのは、俺が故郷に置いてきた幼馴染の顔だ。ただ、16歳の誕生日はまだだったと思うのだが。
「色々と訳ありみたいで。あまり詮索してあげない方がいいかもしれません」
「訳あり?」
オウム返しする俺に、殿下はそっと唇に人差し指を立てる。追及は無用だということだろう。
「本人が話そうと思ったときに、聞いてあげてください」
「はぁ」
なんだか面倒くさそうな予感がする。
そうこうするうちに、殿下の足が止まった。殿下の書斎の前だ。
「ふぁ、ふ。ボクは顔を洗ってくるので、先に入っていてください」
「えっ。紹介とかは」
「見たらわかりますよ」
それでは、と殿下は姿勢よく歩いていく。若干足元がふらついているので、演技ではなく普通に眠いのだろう。わざと2人きりにしようという計らいではなさそうだ。
「入ります」
このまま棒立ちしていても仕方がないので、ノックをしてから入室する。
「うわっ。びっくりした」
入ってすぐ左手、ドーラさんが壁にもたれかかっていた。護衛のときの装備で、目を閉じている。
「もしかして、寝てる?」
器用に立ったまま、安らかな寝息を立てている。殿下が夜更かししていたということは、ドーラさんも付き添っていたと考えて良い。
ほんとこの人、殿下の護衛以外は手抜きだな。
というか、わざわざ屋敷の中で殿下に付き添う必要があったのか。
「おい」
その疑問は、俺を待ち受けるように座っている人を見てすぐに解決した。
「あっ。誘拐犯」
あのときの格好と同じく、黒ずくめに貴族っぽい仮面の誘拐犯が、椅子に座っている。というよりは、椅子に縛り付けられている。
「その節は悪かった。なあおい、これ解いてくれよ。暴れる気はないから」
嘘を言っている風には見えない。そもそも、俺を誘拐こそしたものの、縛られるほど悪い人ではないと思う。
「僕は構わないけど、ここの責任者は殿下だから、勝手なことはできないよ」
「そこで寝てる奴は?」
「あの人にはもっと無理だね」
「そうか」
諦めて、誘拐犯は椅子に体重を預けて軋ませる。
「それで、誘拐犯がどうしてここに?」
あまり信じたくない予想から目を背け、事情を尋ねた。
「見てわかるだろ。捕まったんだ」
「また誘拐でもした?」
「してない。街に来たら、そのままソイツに縛り上げられた」
誘拐犯は顔を俯けたままのドーラさんを顎で指す。
なんともアグレッシブな。そして、よく誘拐犯は暴れもせずに受け入れている。
「逃げ出そうとかしないの?」
「ソイツがいる限り無駄だろ」
「思いっきり寝てるけど」
「オレが暴れれば起きるさ。そういう寝方だ」
寝方ねぇ。ただの居眠りにしか思えないが。
「それに、因果応報だ。お前を攫った分が返ってきただけ」
「達観してるんだな」
「ふん。いざとなれば、逃げ出す算段はある」
何やらモゾモゾとしている。そこそこ厳重に縛られているので、それでどうこうなるとは思えないが。
「それより、名前を教えてもらっていい? 誘拐犯呼びは嫌でしょ」
「呼び名なんてどうだっていい。好きに呼べ」
適当にあしらわれたが、何となく長い付き合いになる予感がするので、名前は知っておきたい。
「じゃあ、変態仮面女って呼ぶけど?」
「エリーヌだ。二度とそれで呼ぶな」
「了解。エリーヌね」
受け入れられたらどうしようかと思ったが、一応尊厳はあるみたいだ。
「お待たせしました。仲は深まりましたか?」
丁度名前を聞き出したとき、殿下が入ってきた。同時にドーラさんが目を覚まし、何事も無かったかのように殿下の傍らに立つ。凄いのか凄くないのかわからない。
「それなりに?」
「全然だ。早く解放してくれ」
にべもない。まあ、名前を聞いただけだからな。
「それで、お仕事の件は考えていただけましたか?」
自分で聞いておきながら、エリーヌの発言をスルーして殿下が問う。しかし、エリーヌは疑問顔だ。
「何の話だ」
「あっ。話し忘れてたんでしたね。いけないいけない」
殿下らしからぬ間抜けぶりだ。普段圧倒的な分、寝不足だと、急激にパフォーマンスが落ちるのかもしれない。
「エリーヌさん。貴女には、ネーシャさんの護衛になってもらいたいんです」
「は? 護衛?」
やっぱりそうきたか。悪い予感は当たっていた。誘拐した奴に護衛を頼むって、完全に情緒を無視されている。
「この人、結構隙だらけですから」
「まあ、そうだな。寝たまま縛られても起きないような奴だ」
今の殿下には言われたくない。が、エリーヌにそう言われるとぐうの音も出ない。
「悪いが断る。そんなことをしている暇はない。いいから早く縄を解け」
殿下の提案を、エリーヌは一蹴する。しかし、殿下に諦める様子は無い。
「寝床や食事には困らなくなりますし、貴女の目的のためにも、動きやすくなると思いますよ」
「護衛の任があるのにか?」
エリーヌの目的。それは恐らく、悪魔教団の壊滅だ。俺の護衛がそれに繋がるかと言えば、確かにそうだろう。何せ、俺は勇者で、宝具は武器じゃない。格好の標的だ。
「ネーシャさんが勇者なのもそうですが」
と、殿下は俺の考えを踏まえ、さらに追加の理由があるという。サラッと読まれているのが何とも言い難い気持ちにさせられる。
「貴女がこの街に来た理由は何でしたか?」
「決まってるだろ。悪魔教団らしき集団の活動が見られたという話を聞きつけたからだ」
「それ、ボクが流したデマです」
「なっ」
エリーヌは驚愕に目を見開いた。しかし殿下ならやりかねないと、俺は既に理解している。
「ボクの親衛隊に、そういう工作が得意な方がいまして。そうして撒いたエサに、見事に食いついてくれたわけです」
「通りで、待ち伏せされてると思ったわけだ」
エリーヌは奥歯を噛み締めた。
「その手口で、無防備な勇者がいると情報を流せば」
「悪魔教団も食いついてくる、と?」
「その通りです」
「ちょ、ちょっと待ってください」
いい感じに話が進んでいるところ悪いが、それだと。
「僕が囮ってことになりませんか、それ?」
「あはっ」
「なにわろてんねん!」
にぱっと笑う殿下に思わず無礼な言葉が飛び出してしまった。いやだって、悪魔教団から守ってもらうための護衛なのに、囮にされるなんて聞いてない。
「まあまあ。悪魔教団そのものが消えれば、護衛の必要もなくなりますから」
「そりゃそうですけど」
根本解決にはそれが一番だが、随分と蔑ろにされている気がする。
「どうしても嫌なら考え直しますよ? 今までずーっと屋敷に住まわせて、食事だってお世話して、勇者金融の開店資金まで融資しましたけど。ネーシャさんがそう言うなら、ね?」
「ぐはっ」
たしかに、お世話になりっぱなしで、ろくに返せていない。改めて羅列されると、俺ってダメ人間なんじゃないかと思えてくる。
「わ、わかりました」
「ふふ。助かります」
殿下が妖しく笑う。
かなりのリスクではあるが、これを飲まないと殿下への負債は溜まっていく一方だ。甘んじて受け入れるしかない。
「それで、エリーヌさんはいかがですか? ネーシャさんの従者になる形とはいえ、悪い話ではないと思いますが」
「くっ」
俺が体を張るというのに、何か不満な点があるのか、エリーヌは答えを出し渋っている。それに、さっきからずっとモジモジしている。
「ちょっと、先に縄を解いてくれ。頼む」
「駄目です。きちんとお答えを頂けるまで、外せませんね」
「た、頼むっ」
焦って懇願するエリーヌ。その様子に、殿下がサディスティックな笑みを浮かべる。
「Yesか、Noか。もしNoなら、もう少し説得させて頂くことになるかも」
「わかったっ! 護衛でも何でもやってやるからさっさと解け!」
「ありがとうございます」
にっこりと笑った殿下が縄を解くと、エリーヌは慌てて立ち上がって扉へと駆け出した。
「おい、ちょっと」
「や、やめろっ!」
逃げるつもりかと、慌てて腕を掴むと、物凄い力強さで振りほどかれた。目元の仮面で表情は分かりづらいが、必死なことはわかる。
「あ、お手洗いは左ですよ」
「くっ」
殿下の一言を聞いて、エリーヌは部屋を飛び出し、左へまっしぐら。せっかく黒ずくめでスタイリッシュなのに、その背中はちょっとダサかった。
「さて、ネーシャさん。言っていた通り、護衛を手配しましたよ。いやぁ、水分補給をしっかりさせてあげた甲斐がありましたね」
誰だ、殿下は眠気で思考が鈍るとか思ったやつ。全然恐ろしいままじゃないか。あと一歩で女の子の尊厳を奪うところだったぞ。
「ありがとう、ございます」
「いえいえ。お易い御用ですよ」
手段の選ばなさに若干引いていると、殿下も流石に悪かったと思ったのか、頭を掻いた。
「後で、甘いものでも差し入れることにします」
「そうしてください」
互いに苦笑い。
「しかし、エリーヌとやらは使えるのか?」
正式にエリーヌが仲間になったことで、護衛モードを解除したドーラさんが口を開いた。言われてみれば、悪魔教団アンチというのは知っているが、実力の程はほぼ知らない。
「試してみるか?」
お手洗いから戻ってきたエリーヌが自ら申し出た。ハンカチで手を拭いているのがかっこ悪い。
「そこのバケモン勇者には敵わないが、お間抜け勇者とはいい勝負になると思うぞ」
「え、僕?」
「そうですね。護衛の実力を知っておくのは大切なことですから、相手をしてみてはどうですか? ボクは寝ますけど、屋敷の庭なら好きに使ってください」
欠伸を噛み殺した殿下が書斎を出ていって、ドーラさんもそれに続いた。せっかくなので、お言葉に甘えよう。
それからしばらく経った後。屋敷の庭で、俺とエリーヌが向かい合っていた。
俺の手にはこの間買った剣。エリーヌの手には取り回しの良い短剣。そして、エリーヌの方だけが肩で息をしていた。
「なんだよクソッ。オレ、いらねぇじゃねぇか」
リーチが短い分、エリーヌはティアよりも距離を詰めてくるタイプで、若干慣れるのに時間がかかった。しかし、勇者の身体能力に加え、リーチの長い方が有利ということもあり、次第に俺が圧倒していく展開に。
「これでも一応勇者だからね。動きは良かったよ」
「慰めんな。ばーかばーか」
財布に剣をしまうと、エリーヌも短剣を鞘に収めた。お世辞ではなく、動きは俊敏で、リーチの短さをうまくカバーするように動いてくる。
「別に、オレはタイマンで勝てなくたっていいんだよ。夜闇に紛れて暗殺ってのがオレのスタイルだからな」
しかし、負け惜しみを言いまくっていて、非常にダサい。仮面まで被ってミステリアスなのに。
この世界では、見た目がクールな人はどこか抜けていないと気が済まないのだろうか。
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