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12話 見直したり見直さんかったり

 俺が創設する新しい金融機関の名称を「勇者金融」と定め、準備に勤しんでいたある日のこと。


「シガ・ネーシャ。居るか?」

「はい。どうぞ」


 部屋の扉がノックされ、俺が反応すると、ドーラさんが入ってくる。護衛の時のプレートアーマー姿と違って、普段着だとただただ美人だ。


「よし。なら行くぞ」

「えっ?」


 文脈を完全無視して、ついてこいとばかりに背を見せるドーラさん。俺は作業を中断して、慌てて追いかける。


「行くって、どこへですか?」

「街に決まっているだろう」

「街のどこです?」

「武器屋だ」


 突然のことすぎて頭が追いつかない。宝具を持つドーラさんが、なんでわざわざ俺を連れて武器屋なんかに。


「殿下に、お前を連れて行けと言われたのだ」

「殿下が?」

「お前の護身用に剣を見繕うよう言われた」


 俺は納得したが、ドーラさんは不服そうだ。


「どうして私がこんなことを。剣の選び方なんて知らないぞ」

「ですよね」


 宝具を買い換えるなんてことは起こらないし、本当に謎の人選である。殿下のことだから、ただのミスではなく裏の意図がありそうだ。


「自分で選ぶので、ドーラさんは気負わなくても大丈夫ですよ」

「む、そうか」


 それなら、と安心してドーラさんは肩の力を抜いた。俺も一応、自分に合う剣くらいは判別できるつもりだ。


「そういえば、殿下の護衛は大丈夫なんですか?」

「今日は屋敷から出ないとのことだ」

「仕事が落ち着いたんですかね」


 勇者金融のことで相談をしようと殿下を探しても、屋敷にいることはほとんどなかった。具体的に何をしていたのかは知らないが、忙しそうだったのは確かだ。


「どうだろうな。とにかく今日は1日休むと言っていた」


 ついに忙しさの反動が来たのだろうか。いや、あの殿下なら、休養も上手にとっていそうだ。


「折角ですし、ドーラさんも休みたかったですよね。すみません、付き合わせてしまって」

「殿下の命では仕方ない」


 暗に乗り気ではないと言っているようなものだが、そういう素直なところは逆に安心する。特に殿下とのやり取りと比べると。


「それに、私は殿下ほど疲れる仕事ではないからな」

「そうですか?」

「ああ。実際、勇者や王族相手に喧嘩を売ろうという輩など現れないからな」


 そんな奴は正しく命知らずだ。そう考えると、ドーラさんが対応に迫られるような事態はほとんど起こらない。


「でも、いつでも緊張感を持って見張っているわけですから、知らず知らずのうちに疲れているかもしれませんよ」

「そういうものか?」

「はい。特にドーラさんは真剣ですから」


 護衛中は極端に口数が少なくなるのが証拠だ。職業病というか、今だって人が隠れていそうな物陰にチラチラと目を配っている。


「ずっと気を張っているのは疲れますし、それをずっと持続させられるドーラさんは凄いですよ」

「そ、そうか」


 プロフェッショナルとしての姿を褒めると、ドーラさんは照れくさそうに視線を中空に向けた。


「ただ、殿下と僕の扱いの差もそれだけ如実ですけど」


 殿下に対するガッチリガードという雰囲気に比べ、仮にも俺の護衛として歩くドーラさんにはそういった空気が感じられない。武装も、腰に提げた宝具だけだ。殿下と俺では重要度が桁違いだから、仕方がないと思うが。


「お前を狙う相手は誘拐が目的で、暗殺ではないからな。誘拐なら、追いついて奪い返せば済む」

「なるほど。失礼しました」


 きちんと考えた上での手抜きだったらしい。変に皮肉を言ってしまった形になって、申し訳なくなる。


「と、殿下が言っていた。私としても、お前がどうなろうと割とどうでもいい」

「がくっ」


 ドーラさんの判断じゃなかった上に、面と向かってどうでもいいと言われた。素直なのは良いが、もう少しオブラートに包んでほしい。


「安心しろ。ちゃんと守ってやるから」

「よろしくお願いします」


 さすがに言い方が悪いと思ったのか、後付けのフォローをされた。あまりに露骨な軽んじられ方に苦笑する。


 ドーラさんを信用していないというわけじゃないが。ちゃんと自衛しよう。


「ところでシガ・ネーシャ」

「はい?」

「武器屋はどこだ」

「知らんと歩いとったんかい」


 忘れとった。この人、地味にポンコツなんやった。






 殿下に付き従うばかりで道を覚えていないドーラさんと、そもそも街に慣れていない俺で彷徨うことしばらく。ようやく、武器屋らしき店に辿り着いた。


「ようやく着いたな。さあ、好きに選べ」


 結局俺が自力で店を探すことになったし。この人、何しに来たんだろう。いや、護衛としては有難いのだが。


 無愛想で無口そうな店主に会釈しつつ、俺は店内を物色する。普通に考えて、村で使っていた木剣と同じサイズのものが良いだろう。


「決まったか?」

「いえ、そんなにすぐには」

「武器の善し悪しなど、振らねばわからんだろう。店主! 良いな?」


 何も壊すなよ、とだけ忠告して、店主は許可してくれた。お言葉に甘えて、鞘から刀身を抜く。


 何処にも当てないように確認してから、上段から虚空を斬った。木剣と比べると、当たり前だが重い。何より、重心が持ち手から遠いのが難点だ。もっと短い剣を選べば解決するのだろうが。


「ドーラさん、リーチの長さか重心の位置、どちらを優先すべきだと思いますか?」

「知らん。私の剣はこれだけだからな」

「ですよね」


 腰の得物をチラつかせ、自ら戦力外通告をしてくる。せめて考える素振りくらいしてくれてもいいのに。


「ドーラさんの剣は刀身が細いですよね。折れそうなくらいに」

「そうだな。無論、折れたことはないが」


 鞘を含めても、太さは3センチもない。それでいて、長さは1メートルくらいだろうか。実際に競技を見たことはないが、フェンシングで使っていそうな代物だ。あんなにしなったりはしないだろうが。


「そうだ。お前も細い剣を選べばどうだ? 幅広のに比べれば、いくらか軽いだろう」

「ですが、僕は斬るスタイルなので、刺突系とは合わないですよ」

「むぅ。我儘な奴だな」


 すぐに不貞腐れてしまった。扱いが難しいなこの人。


「や、やっぱり刀身の細いものを選ぼうかな。細いからといって刺突用とは限りませんし。さすがドーラさん、的確なアドバイスですよ」


 さすがにわざとらしいか。こんな雑なフォローで機嫌を戻すようなら苦労はしない。


「そうかそうか」


 と思ったら、満足気に頷かれた。もしかしてこの人、クールビューティな見た目とは裏腹に、あまり物を考えていないのか。


「細い剣ならば、お前のその財布にも入るのではないかと思ってな」

「え?」

「いくらでも入るのだろう?」


 言われてみれば、そうだ。財布という先入観に囚われていたが、俺の握り拳くらいの財布の口に入るものなら、何でも入る可能性がある。


「盲点でした。ありがとうございます」

「む? うむ」


 ちゃんと尊敬を込めて礼を言うと、ドーラさんはちょっと自慢げに胸を張った。


 物を考えていないとか、失礼なことを思ってしまったのを撤回しよう。ドーラさんにしか気づけない視点だってある。


「では、試してみます」


 細めの剣を手に取って、先端から恐る恐る財布に沈めていく。剣先が財布を突き破ることなく飲み込まれ、鍔でつっかえた。


「おおっ」

「ふふん。思った通りだったな」


 これは、持ち運びに非常に便利だ。細めの剣ということで比較的軽くて振りやすい。耐久性は不安だが、あくまで護身用で使う機会も少ないだろう。何より、財布に保管できるなら複数本所持できる。


 これこそ、俺の特性にピッタリな武器と言えるだろう。






「ありがとうございます、ドーラさん。いい買い物になりました」

「良かったな」


 鍔の大きさを引っかからない程度に削ってもらい、あの細めの剣を購入した。


 ドーラさんと一緒でなければ、この視点に気づけたかどうか。そう考えたとき、このメンツをセッティングしてくれたのは殿下だと思い出した。


 もう殿下には未来が見えていると言われても信じてしまうかもしれない。


「せっかくだ。試し斬りでもして行くか」

「試し斬り? 訓練場みたいなものがあるんですか?」


 屋敷への帰り道、俺の後ろをついて歩くドーラさんに提案される。


 屋敷にはそういったものは見つからなかった。しかし、反乱が起きるくらいなのだから、そういった設備はあって然るべきだ。


「いや、知らん。ただ、戦場跡にはまだ死体が」

「猟奇的すぎるわ!」

「冗談だ。死者への冒涜は騎士道精神に反するからな」


 ビックリした。とんだサイコ野郎が顔を出したのかと思った。


「この街の近くにダンジョンがあるのを知っているか?」

「えっ。ダンジョンですか」


 ダンジョン。新聞くらいでしか存在を聞いた事がない。それも、どこどこが踏破されたとか、そんな形式的なものばかりで、実際どういうものなのかも知らない。


「ダンジョンって、どういうものなんですか?」

「行けばわかる」


 説明が苦手なのはわかるが、あまりにテキトーが過ぎる。危険な場所には行きたくないのだが。


 そんな俺の思いを他所に、ドーラさんは俺に先立って歩く。そのダンジョンの場所はちゃんと把握しているようだ。


 街を抜け、建築物は見られないながらも整備された道を進む。向かう先には、何やら小高い丘。しかし、遠目からは緑に囲まれた丘だったが、近づいてみると、それが自然にできたものではないとわかる。


「なんだ、これ」


 その丘モドキは、よく分からない素材でできていた。しかも、自然な凹凸はなく、円錐の頂点部分をいくらか切り落としたような形をしている。


 そんな謎の建造物は、背景に同化するように色を変えていた。それはあまりに精巧で、通りで遠くからは分からないわけだ。


「入るぞ」

「はい。え?」


 どうぞ入ってくださいとばかりに、その建造物には入口が存在していた。しかし、そこには思いっきり立ち入り禁止と書かれた看板とバリケードがある。


「いやいやいや。立ち入り禁止って書いてありますよ」

「ちょっとくらい大丈夫だ。多分」


 不安しかない。普通に帰らせてくれたっていいのに、なんでこんなことに。これも殿下は想定済みなのだろうか。


「早く来い」


 乗り気はしないものの、仕方なく後について行く。ダンジョン内部は、外見とは逆に自然と同化する気など一切なく、無機質な通路になっていた。アニメに出てくる研究施設の廊下がこんな感じだった気がする。


「来るぞ」


 突然止まったドーラさんが宝具を構えた。俺もそれに倣って、財布に手を突っ込んで買ったばかりの剣を取り出す。


 今更だがこの財布、取り出そうと思ったものを取り出しやすい状態で差し出してくれるような機能がついているらしい。


 というか、来るって何が。


 ドーラさんの視線の先へ目を向けると、壁の隙間から液状の何かが染み出してきて、狼のような形を象った。それが続けて5体現れる。


「ちょっと待っていろ」


 俺が何かするよりも先に、ドーラさんがその狼の群れへと突進していった。


 今日はシバの宝具を屋敷に置いてきたようで、以前の誘拐犯との戦闘と比べると格段に動きが良い。狼相手の剣舞に、思わず見とれてしまうほどだ。


 1匹目は飛びついてきたところを正面から一突き。2匹目は躱して横から一突き。3匹目と4匹目を纏めて串刺しにしてから、ドーラさんは最後の1匹を残してバックステップで戻ってきた。


「危険になれば助けてやる。試し斬りしてこい」


 そうしてドーラさんは俺の背中を押す。


 未だに困惑が強いが、ぼさっとしている暇はない。一旦色々なことを頭から追い出して、狼と対峙する。


 さっきから見ていると、狼の動きは単調だ。複数体一気に飛びかかられるとドーラさんのような対処が求められるが、タイマンならそれほど苦労はしない。


 直線的に飛びかかってきたところを躱し、胴体を一閃する。


 切り伏せた狼は一度液状に戻り、一瞬で圧縮され、小石の姿になって動かなくなった。


「なかなかやるな。良い動きだ」

「ありがとうございます」


 ドーラさんは俺を褒めながら、狼だった物を拾い上げる。


「触って大丈夫なんですか?」

「ああ。これは魔石だ。もっとも、この大きさでは何の役にも立たんだろうがな」


 ドーラさんから手渡された魔石を、一応財布にしまっておく。後で殿下辺りに詳細を聞いておこう。ドーラさんには多分求めるだけ無駄だ。


「さあ、もう少し先へ」

「見つけた!」


 ドーラさんが奥へと足を向けたとき、背後からミスラさんの声が聞こえてきた。ドーラさんが気まずそうに固い動きで振り返る。


「なぜ、ここに」

「帰りが遅いからどうせここだろうって、殿下が。立入禁止って書いてあるじゃないですか」

「うぐ」


 やっぱり、立ち入り禁止は立ち入り禁止だったらしい。


「だ、だって。最近剣を振る機会もなくて」

「だっても何もありません。そんなんじゃ、シバのことを叱れませんよ。それに素人を連れていくなんて」

「ぐぅ」


 どうやら俺は、試し斬りという名目で、ドーラさんの気晴らしに付き合わされたようだ。それに薄々気づいていたが、俺のように何も知らずに来る場所ではないらしい。


「さあ、帰りますよ。ドーラさんは殿下からお説教です」

「ちょっとくらい良いだろう」

「その口答えは殿下にしてください」


 結局、俺の初ダンジョンは偽狼1匹を倒して終わった。しかも、殿下がずっとドーラさんに説教をしていたせいで、詳細は分からず終いだった。


 ドーラさん、やっぱり戦闘以外ではポンコツだったわ。

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