11話 殿下の深謀、新しい道筋
久々の暖かいベッドで熟睡した翌日。未だ残る馬車由来の腰痛を誤魔化しながら、ドーラさん、殿下と共に旧ソル領主館の位置する街へ繰り出した。
「シバを置いてきてよかったんですか?」
俺たちが街に出ていくと知ったシバは、自分も連れて行けとお手本のように駄々を捏ねた。屋敷の中が退屈だというのは、理解出来る話でもある。
「居ても邪魔になるだけだ」
素っ気ない態度で断ずるドーラさん。これは護衛モードに入っている。
「シバちゃんには悪いですけど、今日はお留守番です」
しかし、殿下までシバの同行に反対するのは珍しい。基本甘やかすスタンス、というかドーラさんが厳しすぎるだけのような気もするが。
何がそこまでドーラさんの注意を引くのだろう。宝具の力こそ脅威だが、それはドーラさん自身が管理しているし、実態はほぼ普通の幼女だ。
そんな疑念を抱きつつ、殿下に付き従う俺の足はどんどん薄暗い路地へと進んでいた。殿下は視察と言っていたが、こんなところに何の用だろうか。
「ぐぁっ!」
場合によっては犯罪の温床になりそうな怪しい通り。案の定、先の角を曲がった先から、男の呻き声が聞こえてきた。
「ドーラ、お願いします」
「かしこまりました」
殿下の指示で、ドーラさんが現場へ急行。俺と殿下も後を追う。
そこには、腹を抱えて蹲る若い男と、それを見下ろすガラの悪い男。どう見ても、暴力行為の現場だった。
なるほど、これはシバには見せられない光景だ。
「貴様、ここで何をしている」
「おっと、騎士様がご登場だ。騎士様こそ、こんな所で何用ですかい? 俺はちょっと、コイツに用がありましてね」
加害者風の男は、苦しそうに咳き込む男を指さす。
「第1王子殿下のお膝元で、暴力沙汰を起こして許されると思うな」
「おお、怖い怖い。俺はちょっとお話してただけですぜ。そしたらコイツが急に腹が痛いって鳴き出してよぉ。なァ?」
「ぐ、ぅ」
状況証拠からは明らかな嘘でも、強い圧力をかけられた被害者が否定しない以上、俺たちにあの男を拘束する直接的根拠はない。
「そうですか。そちらのお方も調子が悪そうですし、お話ならまた今度にしてはいかがです?」
「いやぁ、それは」
それを察した殿下は、一先ずこの場を収めようとするが、加害者の男はそれを渋る。
「こっちも急ぎの用ですんでね。コイツにゃ早いとこ出すもん出してもらわねぇと」
鋭い眼光で、倒れ込んだ男を睨みつける。俺たちの介入で直接手が出せなくなって、膠着状態に陥った。
「しょうがねぇ。今日のところはお暇させていただきやす。オイ、明日までには用意しとけよ」
痺れを切らした男は、倒れたままの男にドスの効いた声で催促して、路地の奥へと消えていった。
「大丈夫か」
ドーラさんが被害者の男を立たせる。フラフラと立ち上がった男は虚ろな目をしていた。
「早く、はやく返さないと。こ、殺される」
「おい、落ち着け。ちゃんと立て」
ドーラさんが男の体を揺すって正気を取り戻させようとするが、ほとんど効果はない。そこへ殿下が動いた。
「お兄さん、良ければお話を聞かせていただけませんか? もしかしたら、お力になれるかもしれません」
意気消沈しているところに、美形男子の優しげな、それも救いの可能性を含んだ声。傍から見ていると、これこそ新手の詐欺に見えてくる。
「か、金を借りてたんだ。食うに困って。そしたら、10日もしないうちにアイツらが、家の中のもの全部持っていって」
いまいち要領を得ないが、借金をしていて、担保として諸々持っていかれたということだろうか。
「そんなに多額を借りていたのですか?」
「い、いや。せいぜい1ヶ月分の生活費で」
「ふむ」
「仕事道具まで持ってかれて、俺、どうしたらいいか」
聞いていて分かるのは、恐らく借金を返させる気などないということだ。破産させて行き着く先に、目的があると見える。
「分かりました。話してくれてありがとうございます。これは、そのお礼です」
殿下は懐から銅貨を数枚取り出し、彼に手渡した。俯きがちだった男が、フッと顔を上げる。
「仕事道具だけでも、それで買い戻してください。貴方の生活がより良くなるよう、ボクも頑張ります」
「あ、ありがとうございますっ」
男はそこでようやく、自分と相対しているのがやんごとなき身分の方だと悟ったのか、その場で平服した。それを止めるでもなく、殿下は加害者の男を追うように路地を進む。
「さっきの男を追うんですか?」
「いいえ。当初の目的通りの道筋です。ただ、結果としては同じことですけどね」
何やら殿下には心当たりがあるらしい。そして珍しく、殿下の声音から強い気迫のようなものを感じる。
殿下が進んだ先の細い路地の先には、まるで壁と同化するように塗装された扉。
「シガ・ネーシャ」
「はい?」
「これを持っていろ」
ドーラさんは、俺にシバの宝具を渡してきた。言われるがまま預かると、一気に体が重くなったのを感じる。こんな状態で、ドーラさんは誘拐犯を追い詰めたのか。体感したからわかるが、ハッキリ言って異常な強さだ。
殿下に先んじて、身軽になったドーラさんがその扉を開ける。
扉の中には、さっきの男もいた。しかし先程恫喝していた時のような鋭い雰囲気はなりを潜め、ある男の後ろで、他数人と並んで直立不動となっている。
彼らの前で偉そうにふんぞり返って座っている男。この場の誰より屈強な肉体を持ち、その眼光は熊をも射殺さんばかりだ。まさにドンといった風格である。
「第1王子殿下。本日はどのようなご用向きで?」
丁寧な言葉遣いのはずなのに、悪そうなニヤつき顔のせいで欠片も尊敬の念を感じない。
「新しい商売を始めたようですね」
対して殿下の方も、言葉に圧を感じる。もし俺が当事者としてこの場にいたら、緊張感で吐いていただろう。
「以前の商売は殿下に見咎められましたからな」
「当然です。人身売買など許されません」
「人聞きの悪い。身寄りのない子供たちに居場所を与えてやっただけのことです」
察せられるだけでも胸糞悪い話だ。子供を奴隷同然に扱っていただけに飽き足らず、それを正当化するように言い換えるのだから。しかも、それで捕まっていない以上、金銭のやり取りを隠し通し、その建前を正式なものとして押し通したのだろう。
「それで、今度は高利貸しですか」
「高利だなんて言いがかりはやめていただきたい。戦後すぐでこっちも不景気なんです。相場より少し高いくらいは、ねぇ?」
「少し、ですか。それにしては随分手荒な取り立てをなさるのですね」
「チッ」
頭領の男はさっきの取り立てをしていた男を睨みつける。男は怯えた様子で、青ざめた顔を横に振った。
「それは申し訳ない。こちらも商売を潰されたもんで、苛立ってる奴が多い。なんなら、そちらで反省させてもらっても結構ですがね」
「いえ。突然の勧告ではありましたから、お気持ちはお察しします。ただし、度が過ぎる場合には、そういった手段が存在することをお忘れなく」
実際の暴行現場を見た訳では無いので、しょっぴくわけにはいかない。しかし、しっかりと釘は刺した。
王族の権限であれば、人から職を奪うことだって可能だ。しかし、それを濫用することは同時に信用低下を招く。できれば使いたくない手段だろう。
「それと。最近、失踪者が増えていまして。どうやら密出国の疑いがあるのですが、心当たりは?」
密出国、という言葉に男の眉がピクリと動いた。僅かに間を置いて、男は首を横に振る。
「はて。知りませんな」
これが嘘だというのは簡単に見抜ける。しかし、問い詰めたところで何も吐かないだろう。まさか、こちらが恫喝するわけにもいかない。
「そうですか。では、今日はこの辺りで。また来ることにはなると思いますが」
「いつでもお待ちしていますよ」
男は悪辣な笑みで、出ていく俺たちを見送った。
話が手短に終わって良かった。でないと、俺の心の中に憎悪が芽生えるところだ。犯罪を隠し通し、悪びれもしない様は虫唾が走る。
「殿下。密出国の証拠があるなら、早く捕まえた方がいいですよ」
領主館へ帰りながら、俺はそう進言する。しかし、殿下は首を縦に振らない。
「証拠はありません。そもそも、失踪者の存在も推測に過ぎませんから」
「え?」
「ボクはまだ着任したばかりですし、この土地の人口を管理するには至っていませんよ」
ここに来るまでに出会った、借金取りの現場。その被害者の証言だけで、失踪や密出国という核心に迫るワードを導き出したのか。
「返させる気のない高利貸し。行き着く果ては身売りでしょうから。的中したみたいで良かったですよ」
推察力もさることながら、それをあの場でさも証拠を得ているかのように突きつける胆力も尋常ではない。
俺は畏敬の念すら抱いてしまうが、その殿下は浮かない表情をしている。
「しかしそうなると、彼らの得意分野です」
手口が変わっただけで、結局は人身売買に結びついている。そして、そのルートを隠し通す術も持っているときたら、予想的中を喜んでもいられないか。
「今回の視察でハッタリを効かせた分、少しは動きを控えてくれるでしょう」
確かに被害者の数は減るだろうが、根本的な解決にはならない。決定的な証拠で追い詰めなければ。
「何とか尻尾を掴めないんですか?」
「今回も隠し通されるでしょうね。隣国との取引となると、捜査の手も出しづらいですし」
「いっそ出国を禁止するとか」
「現実的ではありませんね。何せ、国境には壁もなく、ただの浅い川ですから。渡ろうと思えばどこからでも渡ることができます。変にバリケードなんか作ろうものなら、国同士の緊張を高めることにもなりますし」
難しい問題だ。少しでも物的証拠に繋がるような情報があれば良いのだが。
「そんな厄介な相手なら、そもそも存在自体の発見から難しかったのでは?」
取引の全てを隠し通せる集団。それを発見する過程になら、手がかりがあるかもしれない。
「あぁ、それはですね。彼らの以前の取引相手は、元ソル領主だったんです。残念ながら、証拠となる書類なんかは存在しませんでしたが、不自然な人とお金の流れがありまして」
「元ソル領主の言質をとるとか」
「彼は国家反逆罪で死刑が確定していますから。今更証言なんて取れませんよ」
腐敗しすぎやろ旧ソル領。もしかして、やたら広い屋敷に住み込みで働いていた人達って。
「想像の通りでしょうね」
当然のように心を読まれた。もしかして、そのまんま口に出ていたりするのだろうか。
「何にせよ、証拠を掴んで拘留というのは、厳しいでしょう。彼らが誘拐ぐらい直接的な手段に出てくれれば。あっ」
そろそろ領主館まで着くというくらいで、殿下が突然立ち止まった。俺はビックリしたが、ドーラさんは全く動じずに殿下を見つめている。
ドーラさん、帰り道で一切言葉を発していない。護衛モードのときは本当に寡黙なんだな。
「どうしましたか?」
何かに気づいた様子の殿下へ、改めて問いかける。
「いえ。彼らの元へ向かわなければならないような人が減ればいいのにと、当たり前のことを思っただけです」
素直に捉えれば民の生活を安定させるということだ。それは確かに当たり前のことで、わざわざ殿下が声を上げるような気づきではないだろう。
しかし、偏屈に捉えれば、高利貸しの仕事を奪ってしまえばいいということでもある。
「殿下。少なくとも今、やるべきことが定まったかもしれません」
「聞かせてください」
「僕の手で、新しく金融機関を作るんです。適正な金利でお金が借りられるような。勇者というブランドと、殿下の太鼓判があれば、向こうよりよっぽど信頼できるものになるはずです」
それに、その職業なら俺の宝具を十全に活かすことができる。帳簿管理なんてやったことはないが、それでも適正はある方だと思う。
「なるほど。安心してお金を借りられる場所というのは、確かに必要ですね」
「はい。ですが問題は」
「ネーシャさんには貸すお金がない、ですよね。良いでしょう。まずは、ボクから貴方への融資という形でお貸しします。特別に、軌道に乗るまで利息はゼロで構いません」
まるで準備していたかのように、俺に有利な条件を突きつけてくる。
「それと、これはボクのお節介ですが。悪魔教団に対する護衛として、1人つけることにしましょう。近々紹介できると思いますから、楽しみにしておいて下さい」
やっぱり、1から10まで全部お見通しなのだろうな。当たり前のことに気づいたフリをしたのだって、俺にこうやって考えさせるための誘導だったのだろう。
しかし、例え殿下の手のひらの上だったとしても、俺にしか出来ない役目であり、結果的に多くの人を救うことに繋がるのなら。誇りを持って臨むべきだ。
「僕、頑張ります」
「はい。その意気です」
それに、最悪の場合、殿下が何とかしてくれそう。
「あ、もし失敗したら、ネーシャさんも失踪者の仲間入りをすることに」
「物騒なこと言わんでください」
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