10話 到着と身の振り方
王都から始まった馬車の旅は3度の夜を越え、ようやくソル領へと到着した。ソル領主が罷免されたのだから、旧ソル領と呼ぶのが相応しいか。
とはいえ、領主の館がある中心市街にはまだ距離がある。あと少しの辛抱だ。ようやく馬車漬け生活からおさらばできる。
「カーテンを閉めておいてもらえますか?」
「あ、はい」
そんな清々しい気分に水を差すように、俺は馬車に入る日差しを遮った。
「良い天気ですし、外を眺めても良いのではないですか?」
「おい、余計なことを言うな」
命令には従いつつ、軽く不服を申し立てる。すると、ドーラさんに苦言を呈された。殿下も苦い顔だ。
「ネーシャさん、お耳を」
隣に座る殿下が顔を寄せてくる。至近距離で見ても、やっぱり綺麗な目鼻立ちだ。前世なら間違いなくスターアイドルになれただろう。
「実は、間もなく戦場跡を通るんです。後処理に時間がかかってしまっていて」
そして、そんな美青年の口から血なまぐさい理由が語られた。彼の視線は、チラチラと対面のシバを向いている。情操教育に悪いということだろう。
「出来れば、シバちゃんの気を引いていてもらえませんか?」
カーテンを開けようとしては、ドーラさんに止められているシバ。中々の無茶ぶりだが、財布係以外の仕事も少しくらい頑張らないと。
「シバ、これで遊んでみない?」
「なにそれ」
俺がシバの目の前に取り出したのは、輪っか状の紐。案の定、シバは怪訝な顔をしている。
「僕の真似をしてみて」
「んー、わかった」
変に駄々を捏ねてドーラさんに叱られるよりはマシだと思ったのか、素直に俺の真似をして、両手の小指と親指に紐を通すシバ。
今からシバに教えようとしているのは、あやとりだ。前世で幼い頃、おばあちゃんに教えてもらったやつ。時代遅れの遊びだったが、まさか来世で役に立つとは。
「ここを外して、右手を引っ張ったら、ほら。箒の形になった」
「シバもできた!」
シガ村で子供たちに披露したときよりも、ずっと嬉しそうにしてくれている。何だかホッコリする時間だ。
「ねぇお兄さん、次は?」
「よし。次は蝶々さんを作るよ。難しいから、ちゃんと僕の真似をしてね」
シバのペースに合わせて、時間をかけて教え込む。
「できた! できた!」
「綺麗にできたね。すごいよ」
「シバ、こういうの初めて。楽しい!」
旅の途中、ずっと退屈そうにしていたシバが笑顔を向けてくれている。純真で可愛い。
見た目にそぐわない力を持っているということで、若干関わるのに気が引けていたが、気にする必要などなかったのだ。目の前の女の子は、こんなにも年相応の笑顔を見せているのだから。
「よーし、次は」
「ネーシャさんネーシャさん」
調子に乗って次の技にとりかかろうとする俺の肩を殿下がつつく。
「どうしましたか?」
「ドーラが興味津々なので、良ければドーラにも教えてあげてくれませんか?」
「なっ、殿下。私は別に」
ニヤニヤ笑う殿下に図星を突かれて、焦るドーラさん。
「オバサンもやりたいの?」
「オバサンじゃない!」
終いにはシバにまで言われ、必死で反駁する始末。最初は鉄仮面タイプかと思ったが、こうしてみると表情豊かだ。
数日の旅路ではあったが、なんだかんだ、仲が深まったような気がする。
馬車が止まり、カーテンを開けると、王城ほどではないものの、十分豪華な御屋敷が登場した。あやとりで遊んでいるうちに、領主の館に辿り着いていたらしい。
「んーっ!」
馬車を降りて、皆一様に伸びをする。その動きがあまりにお揃いで、クスッと笑った。ただ、1週間近く馬車に乗り通しだったので、体の凝り方は笑えないレベルだ。
「お帰りなさいませ、殿下」
御屋敷の庭で洗濯物を取り込んでいた女性が駆け寄ってきて、殿下に敬礼をする。メイドや使用人と呼ぶには、ラフな格好も相まって、少々武骨な印象だ。
「すぐに湯浴みの支度をさせます」
「はい。よろしくお願いしますね」
その女性はそのまま駆け足で屋敷の中へ入っていった。出迎えの態勢みたいなものはないらしい。
「お疲れでしょうから、ネーシャさんもゆっくりしていってください。やたらと広い屋敷ですから、部屋には困りませんし」
「ありがとうございます」
よかった。このまま流れるようにサヨナラされたら路頭に迷うところだった。
殿下に続いて、エントランスに入る。だだっ広い割に、装飾品は少なめだ。ドーラさんとシバは、それぞれに隣合った居室があるらしく、そっちへ荷を置きに行った。俺は殿下に案内され、ある部屋の前へ。
「ネーシャさんはこの部屋を使ってください。掃除が行き届いていなくて申し訳ないのですが」
「いえいえ。間借りする身ですから。気になさらないでください」
言いながら部屋に入ると、確かにテーブルには埃が積もっている。ベッドの方が心配だが、それでも野宿に比べれば雲泥の差だ。
「以前は数え切れないほどの使用人を住み込みで雇っていたようなのですが、今は管理の手も回らないくらいで」
「問題はお金ですか?」
「お察しの通りです。色々と厳しくて」
殿下は苦笑いで肩をすくめる。それなら、俺が今預かっている大量の金貨はいったいどこから集めてきたのだろう。
「この屋敷にあった調度品なんかを全部売り払って、ようやく纏まったお金が手に入ったところなんです」
「そうでしたか」
最早、タイミングが完璧な説明にも慣れてしまった。平凡な反応を返す俺に、殿下はちょっぴりつまらなさそうだが。
「そのお金も、反乱の後始末やら何やらですぐに飛んでいくことになるんですけどね」
トホホと肩を落とす。戦場の復旧もそうだし、亡くなった兵士の家族への手当だって支払わなければならない。戦そのものですら出費が嵩むというのに、後処理にまでコストがかかる。嫌なことずくめだ。
「反乱となると、何から何まで全部うちで賄わなければなりませんから、余計に苦労させられます」
「心中お察しします」
殿下は大きなため息をついた。他国との戦争であれば、勝利に託けて色々とふんだくれるものだが、国内での争いは、勝ったところで損するばかりだ。
「すみません、愚痴を聞いてもらって」
「いえ。僕で良ければ、いつでもお相手させていただきますよ」
立場上、心労が絶えないはずだ。何故わざわざ第1王子がこんな面倒な職に就いているのかは謎だが。
「ありがとうございます。ですが、愚痴を聞かせるために居座っている訳では無いんです。ネーシャさん、これからどうしますか?」
今日この後、という意味ではなく、今後の身の振り方を考えろという意味だろう。
便利な財布係として、馬車の荷を軽くするだけの役目を与えられていたわけだが、それも今日で終わり。預かっていた金貨を返せば、俺には再び自由という名の無計画生活が待っている。それも、全く見知らぬ土地でだ。
「ああ、すぐに答えてもらわなくても結構です。ただ、無理やり連れてきたような形なので、こちらから色々とサポートもできるとだけ伝えておきたくて」
「サポート、ですか?」
俺の困惑を見透かした殿下の提案。聞かない手は無い。
「1つは、この屋敷で雑用係として雇わせてもらうことです。勇者というだけで狙われる可能性も捨てきれませんし、その点で屋敷の中は比較的安全です。もちろん、衣食住は保証します」
掃除が行き届いていないというのは、既に体感している。俺1人加わったくらいで屋敷中を綺麗に保てるか自信は無いが、裏を返せば仕事には困らない。
「それにシバちゃんの相手も頼めそうですし、此方としては助かる選択肢ですね」
いつでも殿下やドーラさんの監視下に置いておけるとは限らない。ただ旅路を振り返ってみて、そもそも監視する必要もないと思うのだが。
いや、宝具を取り上げられた幼女の勇者など、俺以上に格好の標的だ。そういう意味では、行動を把握しておきたいところか。
「2つ目は、故郷に帰るという選択肢です。比較的治安の良い北方のシガ村は安全と言えるでしょう。住み慣れた土地に戻るのも1つの手です」
それは、俺としては取りたくない選択肢だ。なんと言ってもダサすぎる。どんな顔をしてティアや村人に会えばいいのかわからない。
「3つ目は、あまりお勧めしたくありませんが、この地で独立することです」
2つ目の選択肢が不評だと察した殿下は、渋々3つ目の選択肢を提示した。
「不甲斐ない話ですが、お世辞にも治安が良いとは言えません。商売をしようにも、景気も悪いですし」
独立という視点で見ると絶望的とすら思える。変に就職するよりはここで世話になった方が良いだろうし、与えられた選択肢は実質最初の1つだけだ。
しかし、それに甘んじていて良いのか。俺の目的は何だ。そう、誘拐犯にすら告げた通り、ビッグになることだ。屋敷に閉じこもっていては、叶うはずもない。
「すみません。少し時間をもらえますか。できれば明日1日、この街を見て回りたいんですが」
「もちろんです。よく考えて選択してください。それと、明日はボクも視察に向かうつもりなので、一緒に向かいましょうか」
「よろしくお願いします」
また食事の準備ができたら呼びに来る。そう残して、殿下は去っていった。
与えられた部屋に残された俺は、軽く掃除をしながら、今後のことについて考えを巡らせる。
「身の振り方かぁ。けほっ、けほっ!」
舞い上がった埃で咳き込んだ。独り言くらいまともに発言させてくれへんか。
自ら呼びに来てくれた殿下に連れられ、俺は屋敷の食堂へとやって来た。やっぱりここも広いが、殿下が調度品を売り払ったと言った通り、飾り気はない。
俺が到着したときには、食堂の長いテーブルには20人分近くの料理が用意され、丁度その人数が席についていた。
「皆さん、紹介します。シガ・ネーシャさんです」
殿下の一声で、その視線が全て俺を向く。若干気圧されながらも、同じ屋敷に暮らす者として礼儀を損なわないように一礼した。
「縁あって、ここまで殿下に同行させていただきました。【商】の勇者、シガ・ネーシャと申します。よろしくお願いします」
俺が顔を上げると、集まった人たちは口々に話し始めた。何やら、男がどうのと聞こえてくる。
よく見ると、この場にいる人は皆女性だった。
「皆さん、仲良くしてくださいね」
何一つ気にしない素振りで殿下が締め、夕食の運びとなった。
一応、俺の歓迎パーティーを兼ねてもらっているようで、馬車旅どころかシガ村の生活ですら味わったことがないご馳走を用意してもらっている。
そりゃ、前世の完成された料理には及ばないが、それでも贅沢な晩餐だ。いつか、このレベルが当たり前の生活がしてみたい。
「でも意外ですね。王族といえば、これがスタンダードなのかと」
「そういう貴族もいるが、殿下はあくまで私たちと対等であろうとしてくださるのだ」
隣の席に座ったドーラさんが誇らしげに言う。敬愛が伝わってくるようだ。
「シバ、毎日コレがいい」
「我儘を言うな」
「オバサンの料理嫌い。いつも焦げてるし」
「ぐぬ」
ここまでの旅路で料理は持ち回りだったが、ドーラさんの料理はなんと言うか大雑把だった。
素朴なやり取りを微笑ましく思っていると、他の人たちからの視線を感じる。やっぱり、殿下が男を連れてきたというのが珍しいのだろうか。
「実はボク、軽い男性恐怖症なんですよね」
居心地が悪そうな俺の雰囲気を察してか、殿下がカミングアウトをしてくれた。割と深刻な話だと思うのだが、殿下はあくまでにこやかなままである。
「じゃあ、どうして僕は」
「個人的感情より先に、貴方の安全を確保したかったというのもありますが、何より、人畜無害そうだったので」
殿下が口にした理由に、あぁなるほど、と納得が食堂に伝播する。それってつまり、見るからに覇気が無いということで。泣いてええか。
しかし、改めて面々を見回してみると、皆全体的に体つきが屈強に見える。
「あ、ネーシャさんには皆さんのことを紹介していませんでしたね」
相変わらず惚れ惚れするタイミングの良さだ。
「ここにいる皆さんは全員、ボクの親衛隊なんです」
王都でドーラさんとミスラさんの2人だけの親衛隊と言われたときは違和感を感じていたが、こっちに集まっていたわけか。
「親衛隊と言っても、護衛は専らドーラの仕事で、他の皆さんには色々と雑務を押し付けるような形になってしまっていますけどね」
料理や掃除もその一部なのだろう。そりゃ、本職でもなければ掃除の手が届かないわけだ。
それから、一人一人に自己紹介をしてもらったのだが、揃いも揃って殿下への忠誠心を感じた。主に、俺への牽制という形で。
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