表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/15

9話 殿下の御心

 波乱の夜が明けた翌日。朝日に背を向けて、俺たち第1王子一行を乗せた馬車はソル領に向かってひた走っていた。


 昨夜は俺を連れ去る誘拐犯の姿をミスラさんが発見し、ドーラさんに伝えて追いかけてきてくれたらしい。遮蔽物のない平原のおかげで、見失われずに済んだのは幸運だった。


 若干寝不足気味ながらも、何事も無かったかのように落ち着いた馬車の旅が再開される。


「悪魔教団を追う仮面の女性ですか」


 王族御用達の、比較的揺れが少ない箱馬車の中。昨夜の顛末を聞いた殿下が顎に手を当てて思考を巡らせた。


「すみませんが、ボクも聞いた事がありません」

「そうですか」

「ですが、誰かに恨みを買っていてもおかしくないでしょうね」


 ドーラさんはぼんやりとした情報しか知らない様子だったが、殿下は悪魔教団とやらについて詳しく知っているらしい。


「悪魔教団って、どういう組織なんですか?」

「詳しくは何とも。ただ、廃棄されたアジトから、勇者の肉体を使った人体実験の痕跡が見つかったそうです」


 もし誘拐犯が、あの人ではなく悪魔教団の手の者だったらと思うと、ゾッとする。


「怖がらせたくなかったので言わなかったのですが、実は、ボクが強引にでも貴方を連れてきたのは、悪魔教団から守るためでもあるんです」


 なるほど、そんな意図があったのか。お優しいことだ。しかし、それなら平原のど真ん中で野宿させなくても。実際に攫われたわけで、説得力がない。


「そんな目で見ないでくださいよ。ちゃんとドーラが助けに行きましたから。それに、王都近郊で人攫いに遭うとは思いませんでしたし」

「失礼しました。そういうつもりではなくて」


 殿下が慌てて取り繕う。考えが視線に表れていたらしい。そんなに分かりやすいだろうか。


「こほん。自衛手段のある勇者相手なら余計なお世話なのですが、どうしても心配で」

「お心遣い感謝いたします」


 ただの財布に自衛手段はない。自分でもそう思うが、他人から言われると舐められている気がする。かといって反論の余地もないが。


「お兄さん、弱いの?」

「こらシバ。余計なことは言うな」


 シバの無邪気な一言が刺さる。そして、ドーラさんにフォローをしようという気概はまるで無いらしい。


「いえいえ。こちらも助かっていますから。そのお財布、どれだけ入れても重くならないのですよね?」

「はい。そうです」

「あの量の金貨を載せていると、馬にも無理をさせることになりますから。貴方がいてくれて良かったですよ」


 その分、殿下には上手い具合にフォローされている。しかし、もし財布がちゃんと重くなるなら、単純に俺1人分の重量アップに繋がっていたはずだ。そうなると、馬車はいよいよまともに動けないだろう。


 もしかすると、謁見の時のデモンストレーションで、財布が重くならないことを見抜いていたのかもしれない。


 そして、それを理由に俺を馬車に乗せて保護する。門の前で出会ったのも偶然ではなく、計画通りだったのかも。なんて、考えすぎか。


「ふふ。どうでしょうね?」

「心を読まないでください」


 深い青色の瞳には、何もかもを見透かされている気分になる。






 街や村で休憩を挟みながら、馬車は進む。比較的王都近郊の街は活気に溢れていたが、西に進むにつれ、心做しか小窓から見える人々の表情が暗く感じられる。


 そして、今まで通過した中で最も貧しそうな村を通っている途中。血色の悪そうな村人たちは農作業に集中し、こちらを視界に入れずにやり過ごそうとしている。


「随分と、暗い感じの村ですね」

「北方のように豊かな土地ではありませんからね」


 王族の乗る馬車を歓待しようという気配は欠片も感じられない。間違いなく失礼ではあるだろうが、優しい殿下なら気にしないだろう。


「おい、あの子供」


 そんな中でドーラさんが指さした、ボロ布を纏った少年が、あろうことか第1王子の乗る馬車に向かって小石を投げた。


 これは本格的にまずい。こればかりは、言いがかりでも何でもなく不敬罪だ。


「止めてください」


 慌てる俺を他所に、殿下は低いトーンでミスラさんにそう告げ、馬車を止めさせた。温厚な殿下も、王族としての権威のために裁かざるを得ないのか。


「あ、あの殿下。子供のしたことですから」


 シバと同年代くらいの幼い子供を見捨てることはできなくて、情状酌量を申し立てる。


「ネーシャさん、安心してください。少し話しに行くだけですから」


 そう言う殿下の表情は柔らかなもので、俺はホッと肩をなでおろした。


「殿下を信用しろ。お前はここで、シバを見張っていてくれるか」

「は、はい」


 お守りを託されたシバは興味無さげに箱馬車の天井を見つめている。どうにも、ドーラさんがシバに向ける注意は過剰すぎるような気がするのだが。


 殿下と、護衛のドーラさんが馬車を降りる。その時には、周りの村人が少年を取り押さえ、地面に頭を擦り付けて謝意を表現していた。


 その光景はなんとも、見るに堪えない。


「本当に申し訳ございません! 何卒、何卒お許しください!」

「やめろ!」


 精一杯許しを乞う大人たちに対して、少年は反発し、大人たちの拘束から逃れようともがいている。


「頭を上げて。どうか、離してあげてください」


 高貴な方の思いもよらぬ言葉に、村人たちは互いに顔を見合わせ、少年の拘束を緩めた。


 地面に押し付けられていた少年の顔が持ち上がる。その表情は、明確な恨みを湛えていた。


「話を聞かせてもらえますか?」


 少年の形相に怖気付くことなく、殿下は彼と目を合わせるようにその場でしゃがみこみ、優しい声音で尋ねる。


 そんな殿下の態度に毒気を抜かれたのか、少年は落ち着いて口を開いた。


「1か月前、お前らと同じマークの奴らが村に来て、食料を持っていきやがったんだ。俺たちの1週間分の食料全部ッ。そのせいで、村の皆が飢えて死にそうになって、俺の母ちゃんも倒れて」


 少年が固く拳を握りしめる。


 1か月前。それは、第2王子の軍が、俺たちが今向かっているソル領に進軍する際のことだ。


 軍隊を動かすのに、兵糧問題は必ずついてまわる。それを道中で補給するのは、恐らく珍しいことではないのだろう。しかし、補給と称して物資を持っていかれては、村の生活が成り立たなくなる。


「アイツら、村の食料を持っていくだけ持って行って、金も寄越さなかった! 俺たちが死のうが、アイツらは気にもしないんだ!」


 ヒートアップする少年の言葉を、殿下はどんな表情で受け止めているのだろうか。馬車の中からでは想像することしかできないが、きっと、強く心を痛めているだろう。


「俺たちはお前らの奴隷じゃない! どうせ死ぬなら、お前らも道ずれにして」


 握った拳を、殿下に向かって振り上げる少年。咄嗟に剣に手をかけたドーラさんを、殿下の手が制する。


「話してくれて、ありがとう」


 振り上げたまま逡巡する少年の手を握って、殿下が感謝を述べた。虚をつかれた少年は、拳を解いて目を白黒させている。


「ごめんなさい。辛い思いをさせてしまって」


 謝罪の言葉を口にする殿下に、周りの村人たちもまた動揺しきっている。


「気が晴れないようなら、どうぞ、ボクで良ければ殴ってください」


 殿下はその手で少年の手を包み込み、再び拳を作らせる。自己を犠牲にするような発言に、俺ですら息を飲んだ。ドーラさんなんて、遠目から見てもわかるほど慌てふためいていた。


「殿下、それは」

「彼らの苦しみに贖えるようなものを、ボクたちは持っていません。お金を払えば良いなんてものではない。むしろ、お金なんて払って当たり前なんです。それ以上に罪を償う方法は、ボクにはこれくらいしか思いつきませんから」


 そんなのはおかしい。だって、殿下が悪いわけじゃないのだから。


 口をついて出そうになった言葉を飲み込む。一瞬だけ、殿下に視線を向けられたからだ。この人は、一体どこまで見通しているんだ。


「もういい。アンタが悪いわけじゃない」


 俺が言おうとしていたことを、少年がそっくりそのまま告げ、殿下の手を振りほどいた。


「君が教えてくれなければ、ボクたちは気づくこともできませんでした。改めて、行動を起こしてくれて、ありがとう」


 地面に押さえつけられて汚れた服を払いながら、少年が立ち去る。そんな彼の背に、殿下はさらに感謝の言葉を述べた。


 ハラハラしたが、殿下が全て言葉だけで解決してしまった。何なら、ドーラさんや俺の反応まで全て予測した上で。驚きを通り越して、恐怖すら感じてしまう。


「村長を呼んでいただけますか?」


 少年を見送った殿下は、呆然とする村人にそう言付けると、こちらに戻ってきた。


「殿下、大丈夫でしたか?」

「何ともありませんでしたよ。ネーシャさんだって見ていたじゃありませんか」


 いつものように微笑む。俺はその笑顔から、人の良さ以外のものを感じ取れてしまうような気がした。


「ネーシャさん、ついてきてください。シバちゃんは寝てしまっているようですから」


 振り返って馬車の中を見ると、確かにシバは座席を占有して寝息を立てていた。今頃気づくなんて、子守り失格だな。


 そして俺とドーラさんを引き連れて、殿下は村人の案内で村長のお宅へと訪問する。


「この度は、村の者が大変な御無礼を」

「大丈夫ですから、顔を上げてください」


 ビエスさんより更に年老いたご老人が、初っ端から土下座をした状態で迎え入れてくれた。これには、さすがの殿下も苦笑いをしている。


「申し遅れました。ボクはアルテ王国第1王子、アルテ・ミストと申します。この度は、弟が大変ご迷惑をおかけ致しました」

「そんな、頭をお上げくだされ。こんな下賎で下等な老いぼれ如きに頭を下げてはなりません」


 今度は殿下が誠心誠意頭を下げ、そして村長が大慌てする番だった。それにしても、村長の卑下が物凄い。


「殿下自ら足を運んでくださっただけで、救われるような思いです。どうか、お気になさらないでくだされ」


 深い皺が刻まれた顔を優しげに微笑ませる村長。殿下の誠意が伝わったのだろう。


「村長、お頼み申し上げたいことがあるのですが、よろしいですか?」

「ええ、ええ。第1王子殿下のお頼みを無碍になどできません」


 敬い合戦がひと段落ついた後、殿下が切り出した。不和を取り除いたばかりの関係で頼み事というのは不躾にも聞こえるが、村長に気を悪くした様子はない。これも殿下の人柄故だろう。


「出来れば、毛布を1つ譲っていただけないでしょうか。もちろん、代金はお支払いします」

「お易い御用ですとも。すぐにご用意いたしますので、お待ちいただけますかな」


 殿下の頼みを聞き入れた村長は、ヨボヨボと立って歩き出し、押し入れの中身を探り出した。その間に殿下が俺へと耳打ちをしてくる。


「ネーシャさん、金貨を40枚ほど出していただけますか?」


 金貨40枚となると、大変な額だ。そもそも金貨自体、その日暮らしの村では滅多にお目にかかることがない。


 何をするつもりか、およそ見当はつく。この人はどこまでも、徳を積み上げたいようだ。


「お待たせ致しました。こちらでよろしいですかな?」

「はい。ありがとうございます。では、こちらが代金になります」


 殿下に目で合図され、俺は村長に金貨入りの袋を差し出す。


「ぬおっ!? こ、これは」


 その重みに、村長は思わず声を上げて、足元に袋を落としてしまった。ぎっくり腰にならないか、見ていてハラハラする。


「こんな大金、頂けません!」

「どうか受け取ってください。どうか、村の皆さんの生活が少しでも豊かになりますように」


 思った通りに、村長は目を見開いて辞退を申し出るが、殿下もやはり譲らない。これはまた、長くなりそうだ。


 暫く押し問答は続いたが、生活が厳しいのも事実。村長が折れる形で、話は決着した。






 村を後にした馬車の中。動き始めても眠ったままのシバの頭を膝に乗せて、殿下が口を開く。


「偽善だと思いますか?」


 自嘲的に笑って、殿下は俺を見つめる。


 偽善かと問われれば、そうなのだろう。あの時少年に対して自己犠牲的に身を差し出したのだって、結果を見越していたからだ。でなければ、視線で俺に口止めをするなどできない。


「偽善でも何でも、殿下は村の人達を救いました。それだけで十分、殿下は賞賛されるべきですよ」


 無機質に金貨をばらまいても、同じことだったかもしれない。それに脚色をして、殿下が感謝されることになった。けれど、その作られた感謝でだって、怒りや恨みを紛らすことに繋がっている。


「殿下の行いは全部、正しかったと思います」


 きっと殿下は聡明であるが故に、こんなものは演技で偽善だと自分自身に罵られているのだ。


 気持ちはわかる。わかってしまう。前世では結局、俺の行いは偽善でしかなかった。そんな悲しい共通点があるから。


 だからこそ、俺に出来るのは、肯定することだけだ。


「あはは。弱音を吐いてしまいましたね。忘れてください」


 真摯な眼差しを受けて、殿下は俺の思いに気づいたようだ。そして、いつものように笑って、何事も無かったように振る舞う。


 しかし、誤魔化す直前に見せた表情は、心からの微笑みだったように思えた。

感想、評価、いいね等頂けると続きを書く確率が上がります

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ