自分たちの愛しか認めない、とか言いませんよね?
さすがに当時とんでもなく叱責され、かつ、王家が多くの代償を支払ったことも知っているからには、察せないは通じない。おとなしくしているぶんには目溢しされているものが、表立てば今度こそどうなるかはよくよく聞かされていることだろう。
特にゴルトン国王に関しては、国王を退位に追い込み、両親を蟄居される原因ともなったのだ、再びの大きな問題を起こすわけにはいかないことくらい理解しなければならない。
理解して、きちんとおとなしくしていられる人間ならば、そもそもこんなことをしでかしたりはしないことくらい、エヴィディオもリリアも想定済みではあるのだけれど。
「まあ、いい。ではゴルトン国王、余興はこのくらいにしてもらえるかな? あいにく、私は忙しい身でね。かわいい姪のためにこうしてこちらに足を運んだわけだけれど、すぐにでも国に帰らねばならぬ身なのだよ」
「よ、余興……?」
「おや。だからこそ、礼儀もなにもあったものではない場を設け、こちらの意を踏みにじる提案をし、この場に相応しからぬ部外者を招き入れていたのではないのか? ……まさか本当に我が国を侮辱したかったというわけではあるまい?」
「い、いや、そ、それは……」
「そ、そのとおりにございます!」
これ以上この茶番を続けるならば、本格的に正式な場として扱うぞ、と。この場のことは寛大に見逃してやろうというエヴィディオの宣告に、さすがにゴルトン国王の顔色が悪い。いくら愚王とはいえ、ビスタリア王国の機嫌を損ねたらどれだけ国益に支障が出るかはわかっているらしい。……というよりも、その程度はがっつり言い含められているだろう。
だからこそではあるだろうが、一応そのあたりのことに関して理解した様子の国王は腐っても国王か。側妃と第一王子などは思いきりこちらを睨みつけてきている。
そんなふたりを御することすらできないのか、しないのか。とにかく、そんな国王と実りあるはなしなどできるはずもなく、慌てて声を上げた宰相にエヴィディオの視線が向けられた。
この場のことを彼にも伝えてはあったのだが、それでも実際目にしていると肝が冷える思いになったのだろう。かわいそうに、と、さすがにリリアが同情した。するだけだが。
「宰相! 貴様!」
「うん? 否定するのかい?」
「え、いや……」
どうにかなし崩し的にはなしを進めて、リリアと婚約をするのを第一王子にしたいという思惑はわかる。なにしろ、彼らはそうすれば第一王子が立太子できると思いこんでいるのだ。国王も側妃も、当の第一王子も必死だろう。
そしてそれをわかっていて今回の件をとおしたのはもちろん、エヴィディオやリリアにも思うところがあるからこそ。だけれどその目的には当然彼らの思惑と一致するものはない。
ゴルトン国王ら三人は、この場がいかに茶番であり、ゴルトン側の失態であり、ビスタリア側が寛大に見逃そうとしてくれているのだということは理解させねばならない立場にある。まあ、無理でしかないだろうことも想定済みなのだけれど。
エヴィディオとリリアの目的が別にある以上、第一王子の押し売りになんぞかけらも興味はない。不必要なまでの時間の浪費は望むものではないので、これ以上は調子に乗らせないぞと圧をかけておいた。
自国の宰相にこそ高圧的な態度を示すゴルトン国王も、エヴィディオにくちを挟まれれば萎縮するしかない。その間に、エヴィディオはリリアとともに席を立った。
「では、なるべく早めに正式な場を設けてほしい。これ以上、無駄な時間に付きあっている暇はないんだ」
「も、もちろんにございます! 早急に手配をして、ご連絡いたしますので、もうしばらくお待ちいただきたく存じます……!」
「ああ、よろしく頼むよ」
もはや国王とさえ会話をする気はないのだとばかりに、エヴィディオはにっこりと宰相に笑いかける。汗をだらだらとかきながら頭を下げる彼にひとつ頷いてから、エヴィディオはリリアへと視線を移した。
「そうだ、リリア。せっかくだから心配事についてはなしをしておいたらどうだい?」
「まあ、よろしいのですか、陛下」
「この場は正式な場でもなし、多少の無礼も許されるよ。そうだろう? ゴルトン国王」
「え? あ、それは……も、もちろんだ」
許さない、などとこたえられるはずもなく、なんとか威厳を表現したかったのか、大仰に頷くゴルトン国王にリリアがきれいな礼をとる。くちもとに笑みを描くエヴィディオのまなざしはどこまでも冷たかった。
「ではおことばに甘えまして。わたくし、それはもう幼いころからレノン殿下に恋焦がれて参りました。レノン殿下に相応しくあるよう自分を磨き、いつかレノン殿下の隣に並べるようにと研鑽を積んできたのです。わたくしのすべては、レノン殿下のためにあると。そう申しても過剰にはございませんわ」
恍惚に。頬を染めて恋する乙女そのものの表情を浮かべるなど、造作もない。ただレノンを思い浮かべればそれでいいのだから。
うっとりと、愛しいひとの姿を脳裏に描いてそこまで告げたリリアは、ふう、と、悩ましい吐息を漏らしたあとすっとゴルトン国王ら三人を流し見る。くちもとに笑みを残したまま。それはもう、冷酷に、怜悧に、瞳から温度を消して。
びくり、と、三人の肩が跳ねたことに気づき、呆れるものやら嘲るものやら。どうでもいいかと捨て置くことにして、リリアは続ける。
「ですから、ええ。レノン殿下やそのお母君であられるオーフィリナ王妃殿下にもしものことでもございましたら、たとえそれが事故であるとされても、たとえその実行犯が捕まったとしても。わたくし、満足がいくまで徹底的に調べ上げて、然るべき対処をとらせていただくことになりますので、どうぞご理解くださいませね」
うふふ。あくまでも温度のない瞳でわらうリリアに、その圧に、ゴルトン国王らがことばを失う中、エヴィディオがあえて声を上げて笑った。
「はは。リリア、いくらなんでも杞憂だろう。レノン殿下はこの国の第二王子。そしてオーフィリナ殿下はこの国の王妃殿下だ。相応にしっかりとした身辺警護がついているのだから心配はいらないよ。そうだろう? ゴルトン国王」
「あ、ああ、もちろんだ」
必要以上にやけに明るく声を向けられ、はっと我に返った様子でゴルトン国王が頷く。その様子を目に、リリアは「まあ」と、くちもとに手をあてて恥じ入るように目を伏せた。
「わたくしったら、つい。少々心配性過ぎましたかしら」
「そうだね。でも気持ちはわかるよ。だからリリア、もしなにかあったら、すぐに頼っておいで。私たちはいつだってリリアの味方だからね」
「陛下……。ありがとうございます」
少々演技臭すぎる気がしないでもないが、ゴルトン国王らにはわからないだろうから問題はない。リリアはエヴィディオを見上げ、ちいさく頷いた。
エヴィディオはそんなリリアに頷き返し、彼女の細い肩を抱いてゴルトン国王らへと向き直る。
「では、ひとまずこの場は失礼しよう。改めて正式な場が整い次第、はなしを進めさせてほしい」
そう告げて、エヴィディオはリリアを伴い退室する。
最初から最後まで、二国のトップによる会談の体などまるで取れていなかったこれは、仕組んだのこそゴルトン国王らだったが、エヴィディオもリリアも事前にわかっていてあえてその場を利用した。
もちろん、ゴルトン国側はきちんと国王らの暴走を止めようとしたし、この暴走をエヴィディオらにも伝えている。伝えられたからこそ、あえてそれを開くよう提案したのはリリアで、目的はもちろん最後に伝えたことを国王ら三人ともに言い聞かせることだった。
「……さて。彼らはおとなしくしていると思うかい?」
控室に着くなりくちを開いたエヴィディオはどこかおもしろそうで。リリアは自身がビスタリア王国から連れてきた侍女のササメが淹れてくれた紅茶をひとくち含んでから、にっこりと笑った。
「その程度の分別くらい弁えられるかたがたなら、このようなことにはなっていなかったでしょう」
「怖気づく、という可能性もあるかもしれないよ?」
「あらまあ、それこそそのようなかわいげがあれば、オフィお義母様のご苦労も減っていたのでは? ……まあ、万が一、尻込みをされるようなことがありましたら、残念ながらほんのすこぉし苦痛が減ってしまわれるかもしれませんわねえ」
「そうだねえ。もっとも、それを苦痛が減ると捉えられるかどうかはひとによりそうだけれど」
「生き汚いかたがたでしょうし、そうかもしれませんわ。どのみち、行き着く先は変わりありませんから、過程にどう思われようともどうでも構いませんが」
「うーん。リリアのそういうところ、レアリナにそっくりだね」
「まあ、お母様にすこしでもお近づきできているなら、うれしい限りですわ」
「……私としてはあまり似てほしくないとも思うのだけど」
レアリナとはリリアの実の母親で、エヴィディオにとっては実妹になる。とんでもないカリスマ性の持ち主で、ビスタリア国中の令嬢や夫人がたの憧れや尊敬、羨望をほしいままにしている人物だ。
そんなレアリナと、リリアの父であるクレイブはだれもが羨むおしどり夫婦。政略的な意味も持ちながらも、大恋愛の末の結婚であり、互いの互いに対する溺愛ぶりは周囲に砂糖を吐かせるほど。親としてはアレだけれど、そうしたふたりの姿はレノンと自分を投影してそうなりたいと憧れを抱かせるには充分だ。
そんなふうにお互いに溺愛しまくる夫婦ゆえ、そこに水を差そうものなら容赦はされないと聞く。リリアが知る限りではそのような出来事自体起きていないが、リリアが生まれたあたりから三歳ころまでに問題が発生していたらしく、母はふたつの貴族家を潰したとのこと。
詳細はリリアに知らされていないが、その関係でリリアが実父と会えたのは三歳ころになってやっとである。けれどそのころにはすでにレノンと運命的な出会いも果たし、リリアのこころに父が居座るスペースなどほぼほぼ存在していなかった。
いや、両親とも大事にしているし、家族仲はとても良好だ。あくまで優先順位の問題でしかない。
母がなにをしたか、実際に目撃したわけでも詳細を聞いたことがあるわけでもないはずのリリアだが、その行動を見るからに間違いなくレアリナの娘だとエヴィディオは思う。レノンに対する執着にも似た愛や、それに伴う、彼に対する不要品への排除っぷり。ともすれば相手のほうこそ潰れそうなそれを、まさかレノンが受け入れて返してまでくれるとは想定外だったが、こういうのは出会うべくして出会うものなのかとリリアたち親子を見ていると思わせられる。
ゴルトン国王とその側妃の真実の愛とやらのせいで、それがとんでもなく薄っぺらかったり胡散臭かったりする代名詞となり果てている昨今のゴルトン王国とその周辺国の中、それでも運命で結ばれたものはあるのかもしれないとリリア達親子は思わせた。
きっとこれから、リリアは……リリアとレノンは、さらにその思いを強めさせることだろう。
もっとお淑やかに育ってくれると思ったのだけどなあ、と、妹の本質を思うとどう考えても無理だったリリアの育ちかたに、エヴィディオは遠い目をするのだった。