どうやら噂に勝る模様
そんなわけで最短の日程を組んでやってきたゴルトン王国。会談として場を設け、案内された室内にゴルトン国王がいるのは当然として、なぜか側妃と第一王子がいたあたり、侮辱ととられて抗議されてもおかしくないと気づいているのだろうか。
気づいていないのだろうな。うしろに控えるゴルトン王国の宰相がとんでもない顔色で汗をかきまくっている。
愚王とは知っていたが、聞きしに勝る愚かさに内心侮蔑するやら嘲るやらではあるが、その一切を微笑に隠してリリアは伯父であるエヴィディオとともに席に着く。
「久しいな、エヴィディオ殿」
「……ええ、本当に。ところで此度のこの場を設けた理由は我が姪であるリリアの婚約の件ではなかったのかな?」
相手が最初から失しているなら、こちらも特段礼を尽くす必要などあるまい。きちんと礼を尽くしたところでそれが社交的なものと理解できるかもわからない相手だ。下手に出ているとでも勘違いされてはたまらないし、素知らぬ顔をしてエヴィディオが返す。
その態度とことばとの意味を正確に察したのは宰相のみだろう、いまにも倒れそうだ。
当然のように察することのないゴルトン国王はもちろんだともと大仰に頷き、なぜか満面の笑みを浮かべてことばを重ねようとしてきたので先手を打つ。
「ではここに部外者がいるのはどういう了見か。当事者たるレノン殿下とその母である王妃オーフィリナ殿下こそが同席しているべきなのでは?」
笑みは変わらず。けれどどこまでも冷たい声音ではっきりと告げるエヴィディオに、ゴルトン国王の笑みがわずか引きつる。きっぱりと側妃たちを部外者呼ばわりしてやったというのに、それでも退席させないゴルトン国王も、自ら退席しようともしない側妃とその息子も自分たちがなにをしているのかわかっていないのだろう。
「いや、その件に関してなのだが、こちらとしてはリリア嬢の相手はレノンなどではなく、このゲイルはどうかと思ってな」
「第一王子のゲイル・ゴルトンと申します。リリア嬢のお美しさに」
「部外者がくちを挟まないでくれないか」
「なっ」
ゴルトン国王に促され、席を立ち礼をとり自己紹介をはじめたゲイルなる人物の口上をさらりと遮り、エヴィディオは笑みを消す。そしてゲイルに一切向けない視線を怜悧に輝かせ、ゴルトン国王を射抜いた。
「此度の件、レノン殿下にとしっかりと申し入れたはずだが、これは我が国を侮辱しているととってよいのだろうな?」
声音も低く。殺気にも似た圧を放てば、武にも劣るゴルトン国王からは悲鳴がもれる。リリアはただ静かに傍観するのみでひとまず伯父に任せているが、当然、側妃やゲイルになど一瞥もくれていない。
「そ、そのようなことは……。た、ただ、そちらの王家の血に連なる尊き血筋のリリア嬢なれば、第一王子たるゲイルのほうが相応しいかと」
「リリアの血が尊きと知りながら、第一王子が相応しいと?」
「ひどいです! わたしがもと男爵家の娘だからってそういうことを言うのですね!」
自身の血筋を侮辱されたと判断するやいなや、さも被害者然として声を上げた側妃に、むしろ思わず感嘆する。
他国の国王という賓客と対する場に、よくこんな人間入れたな、と。
ちなみにエヴィディオは終始ゴルトン国語を使っている。それはここがゴルトン王国であるからというわけではなく、ビスタリア国語はもちろん、大陸で広く使用されている公用語でさえもゴルトン国王に通じないことがわかっているからだ。会話にならないのでははなしが進まないので、致しかたなく会話ができる言語を用いているにほかならない。
「さて。第一王子が立太子できていない理由は、なにも血筋だけの問題ではないと聞いているけれどね」
「なっ、そ、それはあまりに無礼ではないか⁉」
「無礼? こちらが婚約の申し込みを入れたのはレノン殿下だったはずなのだが?」
礼を失しているのは、果たしてどちらか。先程とまったく変わらないことばを重ねることで、ゴルトン国王の提案など一蹴に伏したエヴィディオ。一貫してレノンとの婚約以外受け入れない姿勢を崩さないエヴィディオと、その言に当然異など唱えず笑みを崩さないリリアに、ゴルトン国王ら三人があからさまに歯噛みする。
結婚して長らく経つというのにこの様である側妃もさることながら、生まれながらに一応、それなりの教育を受けているはずの第一王子でさえこれだ。まあ、一応国のトップである国王がこれなのだからさもありなん、というものかもしれないが。
他国との会談に臨むとあるなら、付け焼刃だろうとせめて体裁だけはどうにかなるように整えてこいと内心鼻でわらう。もちろん、エヴィディオ、リリア両名ともにだ。
「……それにしても、真実の愛とやらで結ばれたと名高きゴルトン国王と側妃殿に、まさかリリアとレノン殿下の婚約を妨害されるとは思っていなかったが」
「ぼ、妨害だなどと、そんなことはないが……」
「おや、違ったのかい? リリアとレノン殿下の婚約については政略的な面も確かに認めはしたが、それはそれとしてリリアのほうがレノン殿下を恋い慕っていると確かに明記した手紙を送ったはずなのだけれどね。かわいい姪の長年の恋ごころをレノン殿下が受け入れてくれて、いまではとても仲睦まじいとも記しておいただろう? だからこそまさか真実の愛とやらを声高に宣言したおふたりが認めないはずはないと思ったのに、第一王子を薦めてくるなど……。さて。これがふたりの愛への妨害でないなら、なんなのだろうか?」
「そ、それは……」
「そんなの! 出会った順番の問題でしかないわ! あの子が抜け駆けをしてリリアちゃんに会いに行ったのが悪いのよ! 先にゲイルと出会っていたら、ゲイルこそがリリアちゃんの真実の愛の相手になっていたわ!」
とんでもなく突っ込みどころ満載の、むしろ突っ込みどころしかない横やりを入れてきたのは当然ながらゴルトン国王の側妃。エヴィディオとリリアの瞳が怪しい光を宿したことに気づいてか、もしくはさすがにこれはマズいというくらいの判断はできたのか、ゴルトン国王が側妃を落ち着かせようと慌てる。
「お、おい、ちょっと黙っていてくれ」
「なによ! 本当のことじゃない! だからこれからゲイルとリリアちゃんでつきあっていけば、ふたりこそが真実の愛で結ばれるからって、あなただってそう言っていたでしょう!」
それなのに弱気になって、と、今度はゴルトン国王に牙を剥く側妃に、ゴルトン国王はたじたじだ。心境は側妃とおなじなのだろうが、すでに思いきり不興を買っているとあからさまにエヴィディオが示しているのだ。そこにきてのこのもの言いが功を奏すことなどありえないということくらいには頭が働いているのだろう。
その程度ではまったくもってたりない働きだが。
「……そういえば、おふたりの馴れ初めは学院生時代だったとか。当時、おふたりの仲を嫉妬したオーフィリナ王妃殿下が側妃殿にいやがらせなどをしたと大騒ぎして問題になっていたと聞いたよ。まあもちろん、品行方正で慈悲深いと評判のオーフィリナ王妃殿下だ、冤罪だったとすぐに知れたようだったけれど」
さて。オーフィリナは邪魔などしていないのに邪魔をしたと冤罪をかけられ糾弾されたのだから、事実本当に愛しあうふたりの邪魔をしたらどうなるのか。当時、オーフィリナは国外追放とまで言われたのだから、冤罪でない場合の処罰はきっともっと重いに違いない。
そこまで言わずともにっこりとほほえむエヴィディオがどこまで知っているのかなど察するに易く、だからこそ言外に言いたいことも察しただろうゴルトン国王と側妃の顔色が悪くなる。