最初からやってくれるようです
「……婚約の申し込みを渋られている、ですか」
正式にレノンと婚約を結ぶにあたり、彼の国へとその申し込みを入れたところ、しばし待ってほしいという旨の返事が届いたらしい。
レノンは隣国ゴルトンの第二王子。リリアはここビスタリア王国のアライドフィード侯爵家の長女ではあるが、その母はこの国の王女であった。血筋的に問題はないだろうし、国同士の交友を結ぶ意味でも利はあれど害などないであろうに。
隣国ゴルトンとの関係は特段悪くはないが、よくもない。彼の国の公爵家から現国王陛下の弟へ嫁してきてもいるので、一応相応のやりとりとてあった。
けれどそれが一応、であるのには理由がある。
歯に衣着せずにさっくりと言ってしまえば、ゴルトンの国王がとんでもない愚王だからにほかならない。
なんでも、学院に在学中に当時男爵家の令嬢であった女性に惚れこんだとかで、ひと悶着を起こし。けれどどうしてもその娘を諦めきれず、真実の愛がどうたらとか熱弁した結果、ひとり息子である彼に甘かった前国王夫妻が側妃になら……と認めてしまったのだ。
当時彼には婚約者がいた。淑女の鑑とも言われ、才色兼備のご令嬢だ。ひと悶着の中に彼女が王子の真実の愛の相手にいやがらせをしたなどといったものも含まれていたらしいのだが、そもそも学院に通ってもいなかった彼女に真実の愛の相手との接点もなく、早々に冤罪だと晴らされた。とんでもない杜撰なそれらを、本来重く裁くべき案件であったにも関わらず、王家はその権力をもってなあなあに済ませてしまった。当然、多くの貴族から不服や不信を買ったし、忠誠心などだだ下がった。結果として王も王妃もその地位を追われるに至ったのだが、問題なのがその血筋だ。
王には子はひとりしかおらず、また、当時王にきょうだいもいなかった。王政として問題ではなかろうかと思われるのも致しかたないが、どうあれそうなのだから仕方ない。それでももうすこし遠ざかれば縁戚がいないわけでもなかったが、ここでの悲劇は王子の婚約者がとても優秀であったことか。
王は王として君臨するだけとし、実質王妃に国をまわしてもらおう。もちろん、周囲は王を立てつつ王妃に全面協力するものとする。……と、そんなはなしが通ってしまったのだ。
いっそもう王政でなくしてしまえば、と、他人事なら言えてしまうが、そのための制度などを調えるには時間が足りなかったし、そういう革新的な方面に柔軟に対応できるものが上層部にすくなかったのも事実。血筋だけ残してもらって、あとは引っ込んでいてもらえばいいのではと結論付けられて、割を食ったのは当然その婚約者だ。
当時……いや、現在でも、ゴルトン王国は国内外から多くの顰蹙を買っている。それでもなんとか国として機能させている当時の王子の婚約者であり現王妃が同情と敬意を集めており、どうにか周辺国に攻められる穴も作らず奮闘していた。
多分に、彼女の妹こそがビスタリア王国に嫁いできた令嬢だったから、だろうけれど。
ビスタリアは特段軍事国家というわけではない。けれど、そうした面を疎かにしてはいないし、なにより政治の面で強い。そんなビスタリアがバックについていると思えば、そこに喧嘩を売ってまでゴルトンに攻め入る旨味が特にないと思われるのも道理かと思える。
正直なところ、いくらゴルトンの公爵家の令嬢が王弟に嫁してきたからといって、どうしてもゴルトンを守るほどの義理はビスタリアにはない。交易の面で交わしてある約定で充分とさえ思っていた。……まあ、そんな内情をほかの国が知るわけではないので、バックについていると思われるわけなのだが。
ともあれ、ビスタリアからすればその程度の関係なのだ、ゴルトンとの関係は。
だからこそ、今回のリリアとの婚約の件は本来ゴルトン側の利に偏るもの。渋る意味はまったくないはずなのに、こうして渋ってきた。
ただそれは、想定内の反応ではある。
「予想どおりの反応だな。面白味のかけらもない」
鼻でわらうビスタリア国王陛下はリリアの伯父、エヴィディオ・ラ・ヴィオ・ビスタリア。この場には現在彼をはじめ、妃殿下と、リリア本人、そしてリリアの両親が揃っていた。
「もう、陛下。かわいい姪の一大事ですよ。ことばをお選びくださいませ」
「ああ、すまない。けどねえ、こうも愚かだとオーフィリナ王妃とレノン王子がかわいそうで」
「いまにはじまったことではないでしょう? リリアがなんのために長い時間をかけて努力を重ねてきたと思っておりますの」
妻の妃殿下に窘められ、エヴィディオは肩を竦める。わかっていて言っているのだが、どうにも妃殿下の不評を買ってしまったようだ。
とりあえず、はなしを逸らすに限る。
「まあ、うん。そういうわけだから、一緒にゴルトンへ行こうか、リリア」
「まあ! 伯父さま自らご一緒してくださるの?」
「もちろんだとも。かわいい姪のためだからね」
「うれしい! だいすきよ、伯父さま」
ちょっとばかり芝居臭かったか。もとよりそのつもりで準備をしていたクセに白々しい、とそう思うのは妃殿下とリリアの母。父は娘の伯父さまだいすき発言にあからさまに不機嫌な顔をしていた。
私的な場とはいえ、国王相手に不敬である。まあ、咎められないが。
「あらまあ、妬けてしまうわ。ねえ、リリア。なにかあったらわたくしにも頼ってね。かわいいリリアのためなら、わたくしも持てるちからのすべてを使って、ぜーんぶプチっとしてあげますから」
「まあ、おばさま。なんて頼もしいのかしら。ありがとうございます、わたくし、おばさまもだいすきですわ!」
国王夫妻のこどもは三人ほどいるのだが、みな揃って男の子。ゆえに、姪であるリリアを昔から娘のようにかわいがってくれていた。とっても頼もしい味方だ。
いとしいレノンを守るためなら、どんな手だって使うべき。にこにこ笑って伯父たちに媚びる我が子の姿に、リリアの母はだれに似たんだろうなとひっそり苦笑した。