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専属護衛


 リリアがササメを連れ訪れた場所は鍛錬用区画。侯爵家の裏庭に設けられたそこは、レアリナが嫁いで来てから夫のために用意した場所である。

 リリアの父であるクレイブは、アライドフィード侯爵家の当主であると同時に、王太子付きの護衛騎士でもあった。一時その任から離れざるを得なかったこともあったのだが、現在は再びそれを任せられるまでに至るだけの実力を取り戻している。


 レアリナとの結婚当初は国内最強とまで言わしめた彼は、いまもなおその座を他者に譲っていない。


 というわけで、アライドフィード侯爵家の護衛たちは総じてクレイブにしごかれているし、さらには留学が決まり、アライドフィード侯爵家に世話になることに決めたレノンもまた護身と称して彼に弟子入りしていた。



「レノン様!」



 学院へは寮ではなく、アライドフィード侯爵家から通っているレノンは、時間をつくってはクレイブの指導を受けている。クレイブも多忙の身なのでそうそういつもついているというわけにはいかず、自主鍛錬のみの日も多いのだが、今日は稽古を受けられたようだ。

 木剣を片手にクレイブから指導を受けているらしいレノンを見つけ、リリアは高鳴る鼓動のまま思わず声を上げてしまった。レノンとクレイブが揃ってこちらを振り向く。



「リリア」



 ふわりとほほえむレノンに再び胸を高鳴らせながらも、ついうっかり邪魔をしてしまったと頬を赤らめたリリアは、もはやいまさらとばかりに彼らに歩み寄った。



「ご、ごめんなさい。お邪魔をしてしまって……」


「リリアが声をかけてくれることが邪魔になるはずがないよ」


「ま、まあ……レノン様ったら」



 熱がおさまるどころかより一層高まっていくような気がして、両手で頬をおさえる。その様子にあからさまにおもしろくないと顔を顰める父親の姿は、リリアの視界にまったく入っていなかった。



「どうしたんだい? なにか用事でも?」


「あ、いえ、あの……」


「お嬢様」



 すっと、さりげなく傍らのササメからタオルが差し出され、そのあまりの気の利きようにリリアは内心で思いきり彼女を褒め称えた。やはり自分の専属侍女は彼女しかいない。

 ありがとう、と、視線で礼を告げ、受け取ったそのタオルでそっとレノンの頬についていた土の汚れを拭う。



「レノン様、汚れが……」


「え? ああ、ありがとう。さっき汗を手で拭ったときについてしまったかな」


「張りきっておられますわね。鍛錬に精を出されるレノン様もとても素敵ですわ」


「あはは、ありがとう。リリアにそう言ってもらえると、より一層やる気が出るよ」



 にこりと爽やかな笑みを向けられれば、もはやリリアにとって卒倒ものである。けれどなんとか耐えてできるだけ可憐に見えるように笑みを返した。



「ん、んんっ!」



 そこで割り込む無粋な咳払い。だれが犯人かなどわかりきっているリリアは内心で思いきり不服を抱くが、レノンはもちろんそんなこともなくはっと我に返った様子で振り返る。



「あ、すみません、義父上」


「まだ義父ではありませんが」


「そうでした、師匠」



 不機嫌を隠そうともせず眉間に深く皺を刻む父に、リリアはちいさく呆れた。レノンとのこと自体は認めてくれているし、手助けだってしてくれてもいる父は、それでもレノンが気に入らないらしい。人間性は認めているけれど、父親は複雑なものなのですよ、とは母の談だ。

 あまりにひどい態度のときはレアリナかリリアが咎めるが、レノンもレノンでちょくちょく義父呼びをしたりしてたのしんでいる節があるので一概に父ばかりを責められない。愛娘を奪ってしまった自覚のあるレノンによる、あまり愛娘に責められてはかわいそうだと思っての行動でもあるのだが、伝わっているのはレアリナにだけだろう。ついでに功を奏しているかもよくわからない。



「それで、リリア。どうしたんだ?」



 リリアにかけられる声音はやわらかい。クレイブにとって紛うことなく愛娘である自覚のあるリリアは、だからこそあまり邪険にもできずに溜息は内心で留めた。



「いえ。実は用事があったのはライノになのですわ」


「ライノに?」


「はい。お母様に専属の侍女と護衛の希望を訊かれていまして」


「ああ、なるほど。それでライノか。……ライノか……」



 リリアのこたえに、クレイブは顎に手をやりうーんと唸る。なにか問題でもあるのかと小首を傾げるリリアに、レノンがそっと耳打ちをした。



「……男だからね。リリアの専属ということに悩ましくあるんだと思うよ」


「なるほど……。……あ、も、もしやレノン様も……?」


「ぼく? ……まあ、確かにまったく引っかからないと言ったらうそになるけれど、でも専属の侍女がいる以上、護衛は男性のほうがいいとは思うかな。どうしたって性差による適所は生じるだろうからね」



 戦闘に身を投じる職に就く女性を侮るわけではない。ただ、どうしたって生じてしまうものがある以上、適材適所というものはあるわけで。ゴルトン側からつける騎士に女性を登用するかどうかはあちらの騎士や配属も考慮しなければならないにせよ、一層身近となるビスタリア側から連れていく専属を男女それぞれにするのはバランスがいい。

 男女による視点や感覚の違いも、リリアにとって助力となるだろう。


 レノンはそうこたえながらも、すこしいたずらめいて笑う。



「リリアに目移りされないよう、ぼくもますます自分を磨かないとね」


「めっ、目移りなんてしませんわっ! わたくしにはレノン様だけですもの! 絶対、ぜったいです!」



 半分冗談ではあったのだが、思うよりも本気で返され、レノンは思わず瞬いた。それからすこしだけ頬を赤らめると、照れたような笑みを浮かべてリリアの頭を緩く撫でる。



「うん、知っているよ。ありがとう、リリア。ぼくにもきみだけだ。だからこそ、いつだってきみに相応しくありたい」


「レノン様……レノン様はもう充分かっこ」



 いい、とまでさえ言わせず、レノンの手がばしっと払われ、リリアとレノンとの間に壁が立ちはだかった。


 いわずもがな、リリアの父である。



「レノン殿下。休憩はもう充分では? さあ、先に素振りをはじめていてください。リリアをライノのもとまで連れて行ったら、また手合わせをいたしましょう」


「……お父様……」



 せっかくのレノンの手のぬくもりを振りほどくなど恨みしかないのだが。愛娘にじとっと睨まれ一瞬怯んだものの、クレイブがその場を退く様子は一切ない。これみよがしに盛大に溜息を吐くリリアと、苦笑を浮かべるレノンのほうがよほどおとなに見えるのだから不思議だ。



「それじゃあ、リリア。またあとで」


「はい、レノン様。お怪我にお気をつけてがんばってくださいませ」



 目の前の邪魔な壁から半身横に反って、顔だけなんとか覗かせて手を振る。それにこたえて手を振ってくれたレノンを見送ってから、リリアは目的の場所までの案内を壁……もとい、父に頼んだ。


 ライノとは、もともと王城に来ていた庭師の弟子だった少年である。平民の出で、家計を支えるために幼少期から近所の庭師に弟子入りして仕事をこなしていたらしい。

 たまたま王城で作業をしていた彼の、するすると木に登る様子に感嘆し、それを母に報告したところ、気に留めた母が直接彼に会いに行きいくつか身体能力を試した結果、騎士に向いているのではないかと気づいたのだ。

 希望をするならクレイブのもとで面倒をみるとはなしたところ、雇ってくれている庭師に相談をしたのちあっさりと受け入れた。本人的には騎士のほうがより儲かりそうだから、だったらしい。


 実際ライノの才は確かなもので、現在十六にしてアライドフィード侯爵家の抱える護衛騎士の中で上位の実力を有していた。侯爵家として抱える護衛の中で、といっても、国内トップの実力者であるクレイブの家だ。そんな彼の目に適い、かつ彼の溺愛する妻子を任せられると判断されたものしかいない精鋭部隊の中で実力を認められているとなれば、それはもう並大抵の実力者ではない。

 国からも正式に国の騎士団に移籍しないか打診がきたこともあったのだが、そのときにはライノ本人が断っていた。これ以上の給金はいいので、働きやすい環境の継続を希望したというのが本人談。なかなか居心地よくいてくれているようでなによりだ。


 ともかく、ライノをそこまで育て上げたのこそクレイブだが、もともと彼を見出すきっかけとなったのはリリアである。ゆえにリリアは彼に対する思い入れも一入で。彼がこの侯爵家に来たときからずっとその成長を応援してきたのだから、護衛騎士と言われて思い浮かんだのが彼だというのは当然とも言えるだろう。

 もちろん、恋愛感情はお互いに一切ない。リリアがレノン以外に目移りするはずもなければ、ライノからみたリリアは主家の娘以外のなにものでないとのことなので。ちなみに、ライノからの意識調査はレノンが行った結果である。


 ただ、気にかかるのはライノの家族。彼の仕送りで平民としてはそれなりの生活を保てている家族と離れることを、彼はどう思うのか。



「んー……。お嬢サマについて行っても、仕送りはできます?」


「ええ、もちろんよ」


「ああ、必ず届くよう手配しよう」


「ならいいっすよ」



 あっさり。それはもう軽く了承した彼に、すこしばかり拍子抜けする。



「……ええっと、こちらからもちかけておいてなんなのですけど、ご家族に会える機会は激減しますわよ? それでもよろしいの? あとほかにもこちらに未練とかそういうのはありませんの?」


「いや、別に。もともとそんなに頻繁に会いに行っているわけでもなし、必要なら手紙のやり取りできれば充分だし、未練っていうほどのものもなあ……。というか、お嬢サマが望んだんじゃないんすか?」


「いえ、ええ、そうなのだけれど……」



 あんまりにもあっさりしすぎていて、と、承諾を得たかったはずなのに困惑してしまうリリアに、持ちかけられたライノは不思議そうに小首を傾げた。



「えーっと……とにかく。ライノの気持ちはありがたく思いますわ。けれど一応、ご家族のかたに相談してみてくださいな。その結果、ご家族のかたの理解も得られたようでしたら、改めて正式にお母様におはなしをしてみます」


「んー……別にいいと思うんだけど……。まあ、いいや。わかりました。じゃあ一応はなしだけしてきます」



 頭を掻いてどこかおざなり気味にこたえるライノの家族関係とは。気にはなったが、そこまで首をつっこめるわけでもないのであとは彼に任せることにする。


 翌日。



「あ、お嬢サマ。例の件、仕送りもらえるならいいんじゃないかって言われたんでダイジョーブっすよー」



 そうあっさり報告にきたライノに、彼の家族内での立場を心配してしまったのは仕方ないのではなかろうか。……のちのちちょっと調べたところ、特段冷遇されているとか、搾取されているとかではなく、ただちょっとびっくりするくらいあっさりしているというかさっぱりしているというか、そんな家族だっただけであり、いろいろな家族がいるのだなとリリアの視野がちょっぴり広がるのだった。


 なんにせよ、リリアの希望が決まったことで、母への回答もできた。そうしてその希望はとおり、リリアの専属侍女と専属護衛は決まったのだった。




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