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いざ、スタートラインへ


 リリア・レイ・ヴィア・アライドフィードの初恋は、三歳ころとかなり早い。本人としては恋に違いなかったそれは、けれど当然のようにおとなたちは慎重だった。


 リリアの身分の問題もあっただろうし、リリアの想いびとの身分の問題もあったことには違いない。こどもの気まぐれと判断つきかねて様子を見られていたその想いは、けれど何年経っても褪せることはなかった。

 その想いをおとなも、そして相手の男性も認めたのはリリアが八歳になったとき。そこで改めてリリアの想いを確認され、彼女の身内や相手とその母親ともきちんとした相談の場が設けられた。


 相手はリリアよりも五つ年上で、けれどまだ婚約者もいなかったため、そういう意味ではリリアがその位置に座ることに問題はなかったのだが、いかんせん幼少時から交流のある相手。当時はリリアのことをかわいい妹分程度にしか認識していなかったようなので、はなしを聞いてそれはもう驚いていた。

 けれどそんなことでへこたれるリリアではない。恋愛対象として見られていなかったならこれから見てもらえるようになればいいではないかと、それはもう凄まじい猛アピールを開始した。


 結果、もともと悪印象などないどころかかわいらしいと好印象しかなかったリリアに、相手が絆されるまでそうはかからず。ふたりの仲は順調に親密度を増していった。


 婚約までに至らないのは、至らないのではなく至れない理由があってのもので、懸念されるそれらを跳ね飛ばせるだけの能力や下地、諸々を磨く期間がお互いに必要であり、交流を深める一方でそちらへも全力を賭し続けた。


 そうして迎えた、リリア十四歳の日。多くを学び、多くを得て、ようやくこの日は訪れた。



「ようやく。ようやく両親や陛下たちに認められるに至れましたわ。これでやっと、本格的にレノン様の隣に立つことができますのね」



 王城の一角。噴水のある中庭で、その噴水の前でリリアは三歳のころから想い続けてきた最愛の相手をまっすぐ見上げ、海色の大きな双眸に彼を映す。いとしい想いびとは、常のやわらかな微笑を、いつもよりもわかりやすく熱を宿してリリアに向けていた。



「すまない、ぼくが不甲斐ないばかりにずいぶんと待たせてしまって」


「いいえ。決してレノン様のせいなどではありませんわ。それに、待っていてくださったのはレノン様のほう。わたくしがここに至れるまでずっとお待ちくださり、ありがとうございます」


「リリアはぼくのためにがんばってくれていたんだ。ぼくだって、リリアを守るためにできることはしたかった」


「レノン様……」



 かつてお兄さま、と呼び親しんでいたリリアも、彼をなまえで呼ぶようになって久しい。それは彼にとってリリアが妹などではないと認識するにも一役を買っていて、いまではかわいい妹だなどと決して思ってはいなかった。

 感極まって思わず目を潤ませてしまうリリアを、いまこのときばかりは責めるものなどいない。胸もとでぎゅっと握ったちいさな両手を、リリアの想いびとたるレノン・ギル・ゴルトンがそっと自身の両手で包みこんだ。


 武技に名高いリリアの父に長年稽古をつけてもらったがゆえに、その手は身分にそぐわず節くれ立ち、タコが潰れては固まった武骨なものとなっていた。自身の身を、そしてなによりリリアを守れるように。そんな思いの結晶であるその手が、リリアはだいすきで、とても大切に思っている。

 長年稽古をつけてもらっている、といっても、そもそもリリアの父も力よりもスピードや技術優先タイプであるので、そんな彼に師事しているレノンもまたがっつりとした筋肉質というわけでもない。やさしげな笑みを絶やさないために柔和な印象を受ける顔立ちの割には、存外しっかりしたからだつきをしているな、という、その程度のものだ。



「……リリア。きっと、きみにはこれまで以上に苦労をかけてしまうと思う。けれどそれでも、ぼくはきみと歩みたい。きみがぼくを守ろうとしてくれているように、ぼくもきみを守ると誓う。どうか、どうかこの先もずっと、ぼくとともに在ってくれないだろうか」



 リリアが向けるまなざしとおなじ、まっすぐな双眸。揺るがない緋色の瞳には自分の姿だけがしっかりと映し出されており、リリアは満面の笑みを浮かべる。



「はい。はい、もちろんですわ。いついかなるときも、わたくしはレノン様のおそばに。ずっとずっと、末永く、おそばに置いてくださいませね」


「ああ、もちろんだ。リリア、きっときみをしあわせにしてみせる」


「あら。うふふ。わたくしはレノン様とともにいられるだけで充分しあわせですわ」



 だから。そう。


 それを脅かすものは、徹底的に排除しないと。


 ついさきほどまでの甘い空気はどこへやら。リリアの笑みの質が変わったと気づいたレノンもまた、笑みの質を変じる。


 獰猛さを秘めた、捕食者のそれへと。



「さあ、はじまりますわ、レノン様。正しきを正しきへと戻しましょう」


「そうだね。……自分たちのしてきたことへの責任はしっかり取ってもらおうか」



 リリア・レイ・ヴィア・アライドフィード。そしてレノン・ギル・ゴルトン。


 ふたりの関係は甘やかな恋人同士であり……。



 そして、ともに戦場を歩む戦友でもあった。




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