魔術師VSメイド
カルアの戦闘スタンスは基本一つだ。
速度を上げ、最大火力を叩き込む。
そのためには常に動き回り、動きを阻害されないことが重要となる。
カルアは名前も分からない魔術師の周囲を走り回りながら、じっと姿の観察から始めた。
「ちょ、ちょっと!? 全然目で追えないんですけど!? なんですか、こっちは蝿を相手にしているっていうんですか!?」
割と失礼なことを言いながら、駆け回るカルアを見て驚く。
魔術師とはいえ、肉体的身体能力を上げる魔術を使わない限りは、そこら辺にいる人間と大して差はない。
つまり、身体能力を上げる魔術を使う魔術師ではない限り、カルアの姿を補足することは不可能だろう。
「い、いいですよっ! ぶっちゃけ、姿が見えなくても私の魔術だったら関係ないですもんね!」
少女が手を鳴らす。
すると、自分の立っている場所以外の空間がゆっくりと歪み始めた。
そして、ミシミシと軋むような音が響き渡り、一帯全てが陥没する。
「さぁさぁ、皆様お手を拝借! よぉ〜っ!」
パン、と。
音が響くと、もう一度地面が凹む。その範囲は、鳴らす度に広がっていき───
『あがっ!?』
『サーシャ様!? 我々はみかガっ!?』
撤退を始めていた騎士、攻めに入った騎士を巻き込み始める。
人の形がパンケーキのように薄くなり、耐えきれなかった臓物が顔を出してはまたひしゃげた。
むごい、という言葉を並べられる余裕があるのなら、カルアは普通に口にしていただろう。
並の女の子が見るには中々刺激的な光景だ。
(どこまで範囲を広げられるのかが分からないわね。下手に離れた場所まで行くと、騎士達を狙われかねないし……かといって、私がサンドイッチになるのは避けたい)
ギリギリを見極め、速度が上がり切るまで耐える。
(それで、恐らく向こうの魔術は『重力』が関係している。単に押し潰すだけのテーマしか研究してないのか、それとも理想を深堀して新しい手札を使っているのか)
手札の探り合い。
カルアの魔術は一つのテーマを極めたものだ。
手札の数は元より少なく、こうして走っているだけで手札を全て開示したのと同じである。
カルアは走りざまに拾った剣を少女に向けて投擲する。
何も、自分だけが速くなり、重さが増すわけではない。
遠心力というものが回せば回すほど重心が外に向き、物体に対する威力が増していくのと同じ。
カルアという物体が物凄い速さで回っていれば、カルアが拾った剣ですら同じような重さを持ち、力となる。
投擲した剣はテリトリーに入った瞬間に地面へと落ちる。柄の原型も留めない状態で。
しかし、それはテリトリーに入ってしばらく進んだあとだ。
つまり───
(最大火力まで底上げして、重力の壁よりも勝る一撃を叩き込む)
速度の見極めを失敗すれば肉塊として。
速度の見極めに成功すれば勝者として。
放置すればするほど地面に染みる赤が増える現状、被害を抑えた状態で叩き込まなければならないのだ。
(私は賭博をしに来たわけじゃないんだけど……!)
自分の狙いが読まれないよう、四方八方から剣の投擲を続ける。
カルアが徐々に速さを増すように、剣も徐々に間合いを詰めていく。
───そこで、アクションが起こった。
「えぇい、まどろっこしいっ! 全部纏めて吹き飛ばしてしまえ!」
───カルアの体が、宙に浮いたのだ。
それから、周りの騎士達が一斉に吹き飛ばされる。
「まずッ!」
カルアはすぐさま足をもがくようにつけ、少女から背を向ける。
少女から放たれる重力を肌で感じた。宙に体が浮いたということは、重力の方向が変わったということだ。
もしもカルアの体が宙に浮き、周りの騎士と同じように吹き飛ばされたら?
あくまで、カルアの速度が上がる条件は己が体を動かし続けることだ。
宙に浮き、吹き飛ばされてしまえば自分の動きが阻害され、また一から速度を上げなくてはならない。
故に、目に見えない重力から逃げる。最短で最大火力を叩き込むために。
「どこですかー? こっちはもうマジで見えないんですよー? 戦場でかくれんぼとか、新しい遊びを発掘するのはやめてくれませんかねー?」
少女はどこまでいっても余裕だ。
それは己のテリトリーが破られないと慢心しているからか?
だから───
そろそろ、行こう。
───自分の生死を賭けた大博打。
カルアの顔に、自然と笑みが浮かぶ。
「魔術師との戦いはこうでなくっちゃいけないわよね!!!」
少女の背後に回った途端、カルアは方向を変え、飛んだ。
速度は十分、追う重力もこの際関係ない。
分厚い重力という壁を越えられるのなら、それ以外の一切を無視できる。
カルアの行動は至ってシンプルだ。
飛んで、膝を向ける。
その速度はどの砲弾よりも速く、世界を探しても並び立つものはいない。
故に、最強最大の火力を誇る肉弾が───
「……ば?」
───少女の頬に触れた。
重力という絶対的なテリトリーを突き破って。
触れてしまえばあとは簡単だ。
殺しきれなかった分の威力だけ、飛び膝蹴りという行為で少女に伝わる。
「ばべるごぶちゃえっ!?」
少女の体が、戦場に何度もバウンドする。
広がっていたテリトリーも姿を失くし、少女の体だけが彼方へ飛んでいった。
「頭蓋骨をかち割る気でいたけど……少し速度が足りなかったかしら?」
飛んでいった少女を見て、カルアはメイド服についた砂埃を払う。
周りから騎士達の歓声が一斉に上がった。
『『『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!』』』
「まぁ、むざむざ殺すのもはしたないし、これでよしとしましょう。フィルは……いけない、どこにいるか分からないわね。下手に動きすぎたわ」
カルアはメイド服を翻し、戦場を歩き出した。
「早く戦争を終わらしましょうか。私の英雄さんなら大丈夫でしょう」
最速で最短。
ここで、一つの魔術師同士の戦いが幕を下ろした。