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南北戦争①

 きっかり十分。

 フィルと離れて南へ下ったカルアはライラック王国の国境線へと辿り着いていた。


「さて、国境線までやって来たのはいいけど……」


 目の前に広がるのは、剣を構えた兵士達の戦姿。

 金属の甲高い音と雄叫びがそこらじゅうに広がり、兵士達が真正面から堂々と戦っている光景が広がっていた。

 補給地でも指揮官がいる後方ですらなく、見れば分かる戦場ど真ん中。

 カルアはその少し離れた場所———辺りが見渡せる丘の上までやって来ていた。


「そうよね、普通に行けばすぐに合流できるわけでもないし、フィルについて行った方がよかったかしら……いえ、でもあの縛られた空間って好きじゃないのよね。本当に縛られている感覚がしてぞっとするんだもの」


 さて、どうするべきか。

 カルアは立ち止まって思案する。


「普通に考えるのなら、フィルに合流して手助けをすること。間に合っている間に合っていない有無にかかわらず、それならフィルのサポートもできるわね」


 カルアの魔術を使えば、合流などすぐにできるだろう。

 目にも止まらぬ速さで移動することができるのだ、いくら戦場が広くてもくまなく探してもロスは少ない。

 皆が徒歩で中央まで袋の鼠を捉えるように探すよりも、カルアの行動範囲の方が大きいのだから。

 一方で―――


「フィルだったら間に合ってそうね。英雄の素質っていうのかしら? ここぞという場面で助けに行けるのよ。本当に不思議だけど……それを信じるなら、無理に合流する必要もないわ」


 フィルが暗殺を企てる輩と遭遇していたとして、参戦するのも悪くない。

 一緒に撃退すれば、助けられる可能性は高いだろう。

 だが、せっかくなら聖女だけでなく皆も助けてしまいたい。

 フィル程ではないが、優しい少女は戦場で戦う兵士を見てそう思う。


「ここで戦争を終わらせられれば襲撃者が戦争に乗じて殺すという名目は消える。戦争が終わったのにもかかわらず殺してしまえば、すぐに身内の犯人探しが始まるものね」


 どうせなら、戦争を早く終わらせる方向でいこう。

 探す時間を使う間にも、敵国の兵士を倒していけるのだからそっちの方が無駄がないというもの。

 カルアはこれからの方針を決めると、一気に丘の上から戦場へと駆けた。


 目的は『南北戦争』を早々に終わらせること。

 敵国の兵士を倒して回りつつ、指揮官を探すことを目的とした。

 駆けたカルアは初速が音速よりも遅い速さ。

 止まらない限り、『辛うじて目で追える』から『目で追えない』に変わっていく。

 そのため、動き出しこそ一番の注意を払いつつ、カルアは戦場まで降り立った。


 そして、敵国の兵士に向けて拳を振るっていく。


「な、なんだ……あがっ!?」

「貴様、一体どこから……!?」


 敵国の兵士と自国の兵士は正面からの鍔迫り合いをしていた。

 優勢に見えるのは、陣地近くまで押し寄せている自国の方。であれば、まずは敵国の陣地ど真ん中まで駆け下り、鍔迫り合いを混乱させることから始めようと考えた。


 一人の兵士が、こう呟く。


「なんでメイドがこんな場所に……ッ!?」


 未だ辛うじて追えるカルアの姿は、戦場には不釣り合いなものだっただろう。

 甲冑ではなくメイド服。剣も槍も弓も持たず、拳一つで降り立ったのだから。


(そういえば、フィルもそのままの格好で行ったわよね。私も私だけど、フィルはあとあと大変そう)


 戦場で戦う『影の英雄』の姿を見せれば、いよいよ取り返しがつかなくなりそうだ。

 カルアは音速に近くなった状態で離れた主人のことを思った。


(まぁ、とにかくこっちもこっちで集中しましょう)


 ここは戦場だ。誰もが動きを捉えられなくなっているとしても、転がっている剣が足に刺さることだってある。

 最新の注意を払いながら、カルアは順調に敵国の兵士に向かって拳を叩き込んでいった。

 その拳も時間が経つにつれて音が変わっていく。

 速さとは重さに変わり、それが純粋なパワーとなる。

 時間が経つにつれ速さが上がっていくカルアの拳は、徐々に重さが増していくわけで―――


「がぁぁあっっ!?」


 ゆくゆくは、胴体に蹴りを放っただけで遠くに吹き飛ばされるほどになる。

 こうなれば、敵国の兵士も混乱を極めるだろう。

 何せ、目に追えない砲台がいつ自分に照準を合わせるか分からないのだ。

 迫る自国の兵士よりも、奇怪な砲台の方が怖いと感じてしまうに決まっている。

 当たり前だ、誰も好き好んで原型があやふやになる砲弾になって彼方に飛ばされたいなどとは思わないのだから。


 カルアが一秒に何人もの兵士を吹き飛ばしていくと、敵国の兵士は逃げるように背中を向け始めた。


「い、今だっ! 押し込め!!!」


 どこからか、自国の兵士らしき声が響き渡った。

 カルアが暴れ、敵国の兵士が混乱している間に押し込もうとしているのだろう。

 それを狙っていたカルアは、小さく微笑む。

 目論見は成功、ならば最深部まで辿り着き指揮官を叩けばすぐに戦争は終わる。

 カルアは最深部を狙いつつ、ついに三桁を超える兵士を吹き飛ばすという記録を叩き出した。


 しかし、そこで。

 カルアが敵国の奥に足を進めていると、一つの空白地帯が視界に入った。

 逃げる敵国の兵士もわざとその地帯を避け後退し、誰もそこに踏み込もうとはしない。

 だが、一人だけ―――空白地帯のど真ん中にて、戦場に不釣り合いな純白のワンピースを着た少女が立っていた。


(分かりやすいわね……)


 明らかな罠。

 それでいて、そこに何かがあるという証拠。

 カルアは近くまで寄った一人の兵士を吹き飛ばし、探るようにわざと空白地帯に落とした。

 すると、宙に浮いていたはずの兵士の体が、空白地帯を横切った瞬間地に落ちる。


「ちょっと、誰ですか!? 私のテリトリーに男を落としたのは!? せっかく男臭い戦場に清潔感を保っていたんですよ!? ぽい捨てはいけないんですからね!」


 ワンピースを着た少女は、腰まで伸びた茶髪を靡かせながら愚痴を吐く。

 沈んだ兵士になど気にも留めない。癇癪を起しながら、ゆっくりと自国の陣地まで足を進めていった。


(まぁ、魔術師がいてもおかしくない戦争ではあるけれど……兵士の皆に相手をしてもらうっていうのは酷よね)


 はぁ、と大きなため息を吐くと、カルアは程よく加速し続けた足を止めた。

 そして、少女の正面へと立ち塞がる。


「あれぇ? どうしてここにメイドさんが? いつから戦場はデリバリーサービスを始めたんですかね?」

「そっちこそ、綺麗なお花畑はここにはないわよ。お洋服が砂埃で汚れる前に帰った方がいいんじゃないかしら?」

「ふむふむ、なるほど……失礼、《《同業》》さんでしたか。どうりで辺りが騒がしいと思ったんです」


 少女は肩を竦める。

 戦場に不釣り合い───それこそ、理想を求めた強者の特権だ。

 集団に馴染まないと身を守れない有象無象とは違う。


 故に───


「じゃあ、私のお相手はあなたってわけですね! こういうことがあるから、私は今日も働き蟻さんなんですよ!」

「お互いに振り回されて大変ね。まぁ、こっちも事情があるし……やらせてもらうわ」


 戦場に現れた魔術師は相対する。

 互いに役目をこなすために。カルアは、主人の手助けをするために。


『ははっ! いい感じに吹っ飛んだな、正義の執行者殿ッ!!!』

『こ、んのっ、悪人がァァァァァァァァァァァァ!!!』


 その時だった───


「もうっ、隠す気ゼロじゃないのよまったく……あとでぐちぐち言っても知らないんだからね」


 大槌を抱えた少女が吹き飛ばされるように戦場に現れ、それに追従するように黒い腕を背中に生やす青年が姿を見せたのは。

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