生誕パーティー①
「(分かっていたことじゃないか……なぁ、カルア?)」
「(そうね、分かり切っていたことね)」
王都に到着し、すぐさま王城へとやって来たフィル達。
どこかで滞在してからゆっくり足を運んでもよかったのだが、フィルのお仕事の関係で直パーティー会場。
そればかりは申し訳なく思ったフィルだが、二人共「気にしなくてもいい」という言葉を口にした。
―――煌びやかなシャンデリアに照らされた空間。
丸型のテーブルにはお目にかかれないような料理が並び、楽団による演奏が絶え間なく響き渡る。
それに混ざる様な貴族達の声も耳に入り、辺りに広がるドレスコードがキャンパスに彩られる色彩のように映った。
そして—――
『おぉ、あなたが『影の英雄』殿ですね!』
『お初にお目にかかります、フィル様。此度は、是非とも我が娘と縁談を』
『いえいえ、うちの娘の方が年も近い。ここは是非、私の娘と婚約してみてはいかがですかな?』
その色彩は、会場入り数分でフィルの眼前に広がった。
「(俺は期待値の高い新商品か。どうして開店直後にお求めにくるかね?)」
「(伯爵家嫡男っていうのが、お手頃なんじゃない? 将来は家督を継ぐでしょうし、『影の英雄』というオプションがつけば高得点。立場的にも問題はないから)」
愛想笑いを浮かべながら、いつも通りカルアと目配せで会話をするフィル。
フィル目当てで群がってくる貴族の山。まだ王族がやって来ていないからか、今のうちにと貴族がフィルを取り込もうと露骨に画策を始めた。
始めはミリスも一緒にいたのだが、流石にこの群れに小動物を放り込むわけにもいかず、教会の知り合いと話して来るよう伝えた。フィルなりの気遣いである。
「(あのさぁ、こういうのってザンにやってくんねぇかな? 同じサレマバートなんだし、俺じゃなくてザンを取り込めば少なからず縁が生まれるだろうに。こいつらは副賞で満足できないギャンブラーなのか?)」
「(ザンだと体裁が酷いからじゃないかしら。フィルは順調に評判がうなぎ上りだけど、ザンは綺麗に池に落っこちちゃってるから)」
「(そっかー……そうだよなぁ)」
目配せで愚痴を交わしていると、唐突に一人の貴族がカルアに視線を向けた。
『しかし、社交界から姿を消したカルア様がここにいらっしゃるとは……まさか、あの話は本当なのですか?』
噂とは、カルアが伯爵家の男に仕えたことを言っているのだろう。
今でこそフィルチョイスのドレスを着ているが、普段はしっかりとしたメイド服。
半信半疑に中途半端な信憑性が生まれたからこそ、尋ねた貴族は疑問として投げかける。
「カルア様などおやめください。私は現在、一介のメイドでございます」
ペコリと頭を下げるカルアを見て、周囲が一気にざわついた。
顔を出さなかったからこそ噂程度で止まっていたが、こうして本人の口からその言葉が飛び出してしまえば驚きもする。
公爵家という立場を捨て、このような社交界の場で使用人だと口にした。
それが意味することはなんなのか? 奇行だけでそのポジションに収まったと考える貴族は少ないだろう。
つまり―――
『やはり、先んじてスカーレット公爵が手を出していたか』
『まだ噂が飛び交う前だったぞ!? サレマバートの嫡男が『影の英雄』だとすでに見抜いていたということか!?』
『いやしかし、フィル様はまだ婚約はなされていない。つまり、まだ公爵家も手を出し切れていないと見るべきだろう』
『ならば、縁談の話を纏めることができればまだチャンスはあるな……』
フィルの周囲が一層に荒れる。
あーでもない、こーでもない。推測が飛び交うのは結構だが、本人の前ではやめてほしいものだとフィルは思った。
「(カルアさんは荒らしちゃってまぁ。こんな場所で言わなくてもよかったんじゃないの? 程よくの餌やりじゃないと、満足して池の中に戻ってくれなくなっちゃうよ?)」
「(池の中の鯉さんも好奇心でいっぱいなのよ。顔を見せた時点で言っておかないとあとあと面倒でしょ? 本来なら私は参加しなかったのに、どこかの誰かさんが噂のせいで困るからって一緒に来てあげたんだから、これぐらい我慢してちょうだい)」
「(はいはい、俺が悪かったわけですね。甘んじて受け入れまーす)」
三年も社交界に顔を出していなかったカルアが、どうして今になって顔を出したか?
それを理解したフィルはこれ以上何も言わなかった。
「(しっかし、今回はどう立回るか……このまま『影の英雄』だってことを誤魔化すいい方法はないだろうか? 誤魔化せるのであれば、全力を出すことに躊躇いはないぞ)」
「(もう無理じゃない? 今は誤魔化す小道具もないし、口先で言ったって「その場しのぎだー」って思われるのがオチよ)」
「(って考えると、いかにしてバーゲンセールから脱出できるかを考えた方が堅実か……)」
「(そこは任せなさい。私にいい考えがあるわ)」
「(おぉ!)」
カルアの言葉に、フィルは目配せしていた瞳を輝かせる。
「(流石は俺の相棒だ! こんなにも頼りになる女の子は見たことがねぇ!)」
「(ふふっ、ありがとう。じゃあ、《《今から私がすることには何も言わないでね》》)」
「(おうともさ! 全信頼全信用を込めた暖かい瞳で見守ってるぜっ★)」
フィルは小さくサムズアップをすると、群がる貴族から一歩引いた。
俺が口にするんじゃない、カルアが口にするから黙って聞け、というアピールを込めて。
そして、全信頼をその一身に背負ったカルアはこう言った───
「主人に対する縁談のお話は控えていただけないでしょうか? 主人は《《私との婚約》》が進んでおりますので」
カルアが口にした瞬間、群がる貴族が一瞬にして静まり返った。
突然のことで脳の処理が追いついていないのか? それは分からない。
そして、それは後ろで暖かい瞳で見守っていたフィルも一緒であった。
「あ、あっれー? これはちょっと予想外だったぞ、ぼくー? これでもある程度頭が回る秀才さんだったんだけどなー?」
「いいから、今がチャンスよ。商品を諦めて、さっさと主婦達から距離を取っちゃいましょう。バーゲンセールは逃げるが勝ちよ」
「なんか逃げ出すっていうより、主婦達よりも先に購入したって表現の方が正しいような……」
困惑するフィルの手を引いて、カルアはその場からの離脱を図った。
カルアの作戦は上手くいったのか、引き留めようとする貴族は誰一人としておらず、二人は無事に人気のいなそうな会場の隅へと移動することができた。
しかし───
「あのー、カルアさん? なんか鼻歌が聞こえるんだけど、もしかしてあなた様でしょうかね?」
「楽団も演奏が上手になったわねー」
「っていうか、今の話って嘘だよね? そんな話、聞いたことも───」
「ふふっ、どうかしら?」
「ッ!?」
いたずらめいた笑みを浮かべるカルア。
着飾っている彼女だからか、フィルは胸をドキッとさせるだけでそれ以上は何も言えなかった。
(ま、フィルが好きになってくれないと進める気にはなれないけどね……)
やろうと思えばできる。
それでも、進めるかどうかは結局本人達の気持ちの問題であった。