お出掛け①
『きゃー! 『影の英雄』様ー!』
『こっち向いてくださいフィル様ー!』
『お顔が見れたわ、お顔が!』
『俺、家族に自慢してやるっ! あの『影の英雄』様を生で見られたんだって!』
ガタンガタンキャーガタンガタンキャー。
プライバシーさんが帰ってきたと信じたフィル達は屋敷から抜け、街までの道のりを馬車で移動した。
そして、街の入り口で馬車を停めると、歩いて街の中へと入っていく。
流石はサレマバート領の中でも一番の大きさを誇る街、見渡すとあちらこちらに店や露店が並んでいる。
そのせいか、経済が順調に回っていると証明するような領民の喧噪があちらこちらから聞こえてきた。
更には、繁華街に集まる領民の姿が尋常ではない。
活気が溢れて何より。一応、現在政務をこなしているフィルは満足感を味わっていた。
そう、《《いた》》———
「もうやだよぉ……なんだよ、この黄色い歓声ッ! 勇者の凱旋じゃないんだよもぉ!!!」
繁華街を歩いているフィルは叫びたい気持ちを抑えながら嘆いた。
歩くだけで聞こえてくる歓声———色合い的には黄色かピンクだろうか? 国民的スターが歩いた時と同じような光景が、フィルの周囲に広がっていた。
「聖女様より人気があるって凄いわね。あ、もう少し離れて歩いてくれない? できれば関係者だと思われない距離を」
「俺とカルアは相棒じゃないか。そんな冷たいこと言わずにこっちに来いよ。一緒にスポットライトを浴びようぜっ☆」
「流石にイベントごとでもないのに、こんなに多くの人からの注目は嫌よ。ステージにはフィル一人で立ってちょうだい」
「わわっ、凄い人の多さですねっ。流石はフィル様です!」
「はっはっはー! 全然嬉しくねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
プライバシーさんはどこに行ったのか?
歩いても歩いても領民がいなくなることはなく、餌を待つ野兎のようにあとをついてくる。
噂を聞きつけてきたのか、フィルを囲む人間は増える一方———目立ちたくない、縛られたくない、そもそも『影の英雄』だと知られたくないフィルは絶望めいた顔で涙を濡らす。
横からカルアとミリスが可哀想な子をあやすように頭を撫でた。
これほどまでに哀れな両手に華は見たことがないだろう。
「俺、どこで人生間違えたのかな……? どうすれば前の生活に戻れるの? 神様にお手紙でも書けばいい?」
「まずは娼館とお酒をやめることからじゃない? あとは相棒を甘やかすところからとか」
「後半一つだけ検討してみる……アルコールと性欲は人間が生きるために必要な成分だから、ごめんなさい」
「ばかっ」
その成分が必須成分であれば、全人類はもはやお終いだろう。
「仕方ない……ッ! やりたくはなかったが、ここは領民の熱を冷まさせるために俺がストリップショーをしてやろう! 男のストリップを見れば、女性陣から懐かしき罵倒が飛んでくるに違いない! 英雄を変態にジョブチェンジだ!」
領民というファンの数に追い込まれてしまったフィルはそんなことを口走る。
確かに、そんなことをすれば英雄の面影など消え去り、再び『クズ』という称号と新らしい『変態』という称号を得られるだろう。
しかし―――
「フィル様、すとりっぷしょーというのはなんでしょうか?」
「い、いや、ストリップショーというのはですね―――」
「はいっ! なんですか!?」
「…………」
―――追い込まれたが故に生まれたその熱も、好奇心旺盛な純真無垢の瞳によって冷まされてしまった。
「冷静になった?」
「……美少女の瞳で熱を冷ますって、贅沢な方法だよね」
「あの? すとりっぷすしょーとはなんでしょうか!?」
とりあえず、熱が冷めてしまったフィルは純真無垢な少女に「綺麗なダンスですよ」と適当なことを吹き込んだ。
これで穢れを知らない聖女は今日も清いままの日常を送れるだろう。
「それで、ドレスのお店ってどこにあるの?」
「ん? 俺のオススメでよかったらそこにするけど……お二人さん、ご希望は?」
「私、この街にはあまり足を運んだことがないので、フィル様のお任せでお願いしたいと思います!」
「了解しました―――カルアは?」
「あなたのセンスに任せるわ」
「はいはい、男の子にプレッシャーを与える返答ありがとうございます」
肩を竦めながら、フィルは二人より少し先を歩き始める。
「ったく、クズ息子にオシャレを期待すんじゃねーよ」という愚痴を吐きながら。
一方で、カルアはそんな主人の背中を見て少しため息を吐いた。
「……今のは私の言い方が悪かったわね」
「ふぇっ? どういうことですか?」
「私は「フィルに選んでほしい」から言ったのです。私もあまりこの街のお店には詳しくありませんから、実際にフィルが知っていて薦めたい服を着たかったのです」
「なるほど、お気持ちは分かりますっ! 私もフィル様に選んでほしいですからっ! しかし……フィル様、拗ねちゃいましたね」
「私、やっぱり女の子らしさってないのかしら……」
少し落ち込んだような顔で、カルアはフィルの背中を見やる。
その時、ふとカルアの手が温かな感触に包まれた。
「大丈夫ですよ、カルアさん。女の子らしさは今のカルア様からは十分伝わってきます」
「そうでしょうか?」
「はい、確かに今回は言葉が間違っていたのかもしれません。ですが、あなたに女の子らしさがなければ、フィル様は「《《女の子に》》」などと口にしませんよ」
「…………」
「胸を張りましょう、カルアさん。もし、女の子らしさがないと思っているのであれば私が背中を押してあげましょう。それに、女の子らしさが全てではありません―――それ以外の全て、あなたをあなたとたらしめる良さは初めて出会った私でも分かっています。であれば、ずっと傍にいるフィル様が気づかないわけがありませんので、落ち込む必要などないのですよ?」
「……なるほど」
「ですから、気落ちせずに前を向きましょう。俯いてばかりでは、ほしいものは掴めませんよ」
優しく口にするミリス。
その瞳は柔らかく、とても優しげなものであった。
「……凄いですね、聖女様は」
「ふぇっ? そうですか?」
「そうですよ―――あなたの言葉は、とても温かったです」
「ふふっ、そう言っていただけると嬉しいですね。これで一つ、悩める人を救うことができました」
笑う聖女を見て、カルアは「本当に凄いわ」と思う。
たった彼女の言葉を受けただけで、沈んだ心が晴れるのを感じた。
これも聖女だからだろうか? そう思わずにはいられなかった。
「時に、カルアさん」
「なんでしょうか?」
「そ、その……やはり、カルア様はフィル様のことが好きなのですか?」
恥ずかしそうに、おずおずと頬を染めて問いかけてくる。
それを受けたカルアは、晴れた気持ちで堂々と質問に答えた。
「えぇ、もちろん―――私が《《寄り添いたい》》と思う相手は、今もこれからもフィルだけですので」
あの時から、ずっと。
カルアは薄く染まっていたはずの頬が真っ赤に染まったミリスと共に、フィルの後ろを歩いていった。