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お出かけ前

 ───どうしてこうなったんだろう?


 伯爵家嫡男、フィル・サレマバートは彼方を見つめながら思った。


「え〜、なんで元気のない顔してるの〜? ほれほれ、お姉ちゃんに話してごらん〜♪」


 頬をツンツン。

 餌付けした猫がじゃれてくるようなスキンシップが頬に伝わる。

 更にはおもむろに頭を抱えられ、そのまま撫でられたりもした。時折聞こえてくる「可愛いなぁ〜、もうっ♪」という言葉が、嬉しいはずなのに子供扱いされているようで心に刺さる。

 テラスのテーブルに座っているフィルの目には生気がまったく感じられず、されるがままであった。


「あの……いや、マジでつつくな」

「んー……いやっ♪」

「…………」


 日頃の軽口も叩けず、ただただ横で浮かべられる楽しそうな笑みにげっそりするばかり。

 二人がけのベンチ、フィルは横に座っている少女の顔をチラリと見た。

 アメジスト色の双眸、プラチナブロンドの艶やかな長髪。端麗で女神の造形を真似したような顔立ちと、叶うことなら釘付けのように見てしまいたい豊満な胸部。


 更に───金の装飾が目立つ《《修道服》》。


「いいじゃん、いいじゃん! そんなお時間取れないんだし───」


 げっそりとするフィルを置いて、少女は口にする。


「せっかく会えたんだもん、大司教様にも言われた通り仲良くしようよ───『影の英雄』くん?」


 どうしてこうなったのか?

 それは、今日の朝まで遡る───



 ♦♦♦



「街へ出掛けようと思うんだ!」


 朝食を食べ終わってすぐ、執務室でフィルは大声で叫んだ。


「何よ、突然? 娼館には行かせないわよ?」

「そこはとても要相談だ───ちなみに、前向きに「行きたい」という方向で議論しようじゃないか」

「じゃあ私は「行かせない」という議題と《《指》》を先に提示するわ」

「よし、ここら辺で議論はやめようじゃないか。何故か目が痛くなるビジョンが見えた。何事もお手手取り合う平和が一番だ」


 言い争いでは勝ち目がなく、両目の寿命を減らさないためにも早々に引き下がったフィル。

 長い付き合いだからこそ、引き際というものはしっかりと見極められるようになった。


「街へ……ですか? あ、あのっ! 私も行きたいです!」


 ソファーでお菓子をつまんでいたミリスが勢いよく手を上げる。

 陽の光が差し込み、煌びやかな金の装飾がついた修道服が輝いていた。


「もちろんですよ。そもそも、今回の外出はミリス様のために行こうと提案していますから」

「ふぇっ? そうなんですか?」

「はい、今度生誕パーティーに参加されるでしょう? そのためのドレスを見繕おうかと思いまして」


 聖女という特殊な立ち位置に立っていたとしても、パーティーともなればドレスコードは身にしておかなければならない。

 服とは個人の立場や目的を示すものではあるが、その場に適し、順応しなければならない時もある。

 海水浴で一人だけモコモコのコートを着ていくようなものだ。

 それは場違いであると同時に、それすら分からない馬鹿だと思われてしまう。

 更に、一緒にいる面々がたとえちゃんとしていた服を着ていたとしても、一人がおかしな格好をすれば周りも同じような目で見られてしまう。


 貴族の社交界というのは、そのイメージが更に強くなる場所。

 いくら聖女と呼ばれようとも、一人だけ修道服を着てしまえば教会全体やフィル達も変な目で見られてしまう可能性があるのだ。


「確かに、ドレスは持っていないです……ここには、フィル様に会いに来ただけですから」

「そうだろうと思っての提案です。見繕ったドレスはあとでちゃんと聖女様にお送りしますし、帰りの荷物にもならないでご安心ください」

「ですが、それだとフィル様にご迷惑がかかってしまいますっ! ただでさえ、こうしてお世話になっているというのに……」

「いいんですよ、約束もありますからね」


 散々な結果になってしまったが、以前に嘘をついてもらうお礼に「一緒に出掛ける」という約束をした。

 せっかくなら、この際履行しておこう───そう、フィルは考えての提案だった。


 まだ何か言おうとしていたミリスだが、少し悩むと花の咲くような笑みを浮かべて小さく頭を下げた。


「あ、ありがとうございますフィル様っ! あとでお金はちゃんとお支払いしますからっ」

「それこそ俺に出させてください。こう見えても、お金はいっぱい持っているんです。何せ娼館に───」

「あ゛?」

「───行く機会がなくなりそうなので! 是非とも! ここで消化させてはいただけないでしょうか……ッ!」


 隣から受けてしまう圧に、反射的に地に頭を擦り付けるフィル。

 下唇を噛み締め、今にでも血の涙を流してしまいそうな顔はなんとも情けなかった。


「聖女様、この際ですからたんとお高いドレスでも注文してしまいましょう。いっそのこと、聖女様に似合いそうなダイヤでも散りばめましょうか」

「いいんですか……? その、それだとかなりお高い気が……」

「構いませんよ。フィルは伯爵家の貴族ですから、それなりにお金は持っています」

「い、いやカルアさん……? 一応、俺が玩具がほしかった子供時代を思い出しながらお貯金したマネーから出すんですけど……? これじゃあ、次の『指名料無料セール』のお金が───」

「私もそろそろ新しいドレスがほしいわ。ね、いいでしょ?」

「……あ、はい。プレゼントさせていただきます」


 フィルは美少女の有無を言わせない見蕩れそうな笑みを受けて、床に座り込んだ。

 それから「『ポイント五倍デー』もあるんだけどな……」とブツブツ呟きながら、さめざめと泣いたりもしていた。


「(ほんと、なんでそんなに行きたがるのかしら……私じゃダメなの?)」


 だからか、唇を尖らせながら口にするカルアの呟きは、残念ながら耳に届かなかった。

 どこまでも残念なボーイである。


「い、いやっ! メソメソするな俺! たとえ娼館に行けなくとも、女の子のプレゼントを渋るような男になる方がダメじゃないか! 耐えろ俺! 嬉々として男らしいスタイルとロマン溢れるシチュエーションでプレゼントしろ! 女の子にプレゼントをあげるという喜びは男だけの特権じゃないか!」


 顔を上げ、無理矢理でもポジティブな思考へと切り替えたフィル。

 それを見たミリスは、ほんのりと頬を染めた。


「か、かっこいいです……フィル様」

「はぁ……嬉しいような嬉しくないような。ちょっと複雑だわ」

「さぁ、行くぞ! 動物園の観光客みたいな領民が少なくなっているうちにお外へ! 恐らくプライバシーさんが守ってくれているだろう間に!」


 二人の少女にドレスをプレゼントするために。

 色彩のように彩り溢れる「うふふ♡」なお姉ちゃんに会いに行くお金を削って。


 ───フィルはお外へ繰り出すことになった。


 なお、フィル行きつけの娼館の『指名料無料セール』は今日までだ。






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