表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/49

カルアの実力

 ミリスが視線を向けると、カルアの姿が急にブレた。


「えっ!?」


 カルアの姿が消えたことに驚きの声を上げるミリス。

 消えた姿は騎士達の間に割り込み、容赦なく甲冑に拳を叩き込んでいく。

 反撃しようと騎士達が一斉に襲い掛かるが、カルアは間をすり抜けるように一人の騎士の背後へと回り、脳天へと蹴りを放っていった。


 騎士達は一方的にされるがままで、カルアに触れることすらできない。

 剣を振ろうともカルアには掠ることすらできず、綺麗に組んでいたはずの隊列が徐々に崩されていく。


『あがっ!』

『止めろ! カルア様を目で追おうとするな! 動きを予測しろ!』

『背中合わせだ! 死角を潰せ!』


 慌てる騎士が体勢を整えようとするが、それでもカルアに行く手を阻まれる。

 始めは辛うじて追えていたその姿も、時間が経つにつれて捉えきれなくなっていく。

 肉眼では捉えることのできないスピードで動き回っているにもかかわらず、カルアは的確に一人ずつ騎士達を昏倒に追いやっていった。


 その光景はまさに圧巻。

 ミリスは開いた口が塞がらなかった。


「す、凄いです……」


 一人のか弱そうな女の子が、数多の騎士達を追い込んでいく。

 ミリスは驚愕せずにはいられなかった。


「この屋敷にいる人間の中で、魔術が使える人間は二人います」


 驚くミリスを他所に、フィルは淡々と説明していく。


「一人は俺ですが、もう一人はカルアなんですよ。魔力を持って生まれる人間の母数が少ないというのもありますが、魔術師が少ないのは理想を抱き、魔術として昇華させるという行為がかなり難しいからです。しかし、この屋敷の中でそれを成功させたのが―――カルアという女の子です」

「そうなんですねっ!」

「あんな成りしてますけど、実はすげぇやつなんですよ。メイドは今でも理解はできませんが」


 一人、また一人と目にも止まらない速さで倒していくカルアを見て、フィルは小さく口元を緩めた。


 カルアの刻み名は───『いついかなる時でも望む相手と寄り添えるための力を』。


 望む一人の人間とずっと寄り添いたいという理想から作られた魔術は、大きく三つ。


 一つは、自身の動作における速さの向上。

 速さとは比例して重さであり、それ即ち力である。

 カルアは自身の動きの速さを加えることによって非力な自分をカバーした。

 更に、カルアの速さは一定時間を経過すればするほどに増していく。


 ただし、その速さは動作に反応して増していくものであり、一度止まってしまえばその速さも一から元に戻ってしまう。

 それでも、動き出しの時点で目で追うことが難しくなる速さになるのだ。

 ミリスが「ブレた」と思ってしまうぐらいには、そもそもが強力である。


 二つ目は単純───視力の強化だ。

 自身の動きが速くなれば、視界はもの凄いスピードで動いていく。

 いくら速くなったところで、自分が何もできなければ意味がない。

 相手を追えずに速くなったとしても、徒競走ではない戦場では無意味。

 それ故の、視力強化。

 自身の動きについて来れるためだけに生み出した魔術である。


 三つ目も、二つ目とよく似ている。

 それは、肉体の強化だ。


 音速を越え、時に光速まで越えてしまうカルラだが、通常そんなことになってしまえば空気の抵抗に負けてひしゃげてしまう。

 そうならないように、肉体の強化。純粋にパワーを上げるのではなく、速度に耐えられる体のキープである。


 この魔術を使いこなしているカルアは、目に見えるような大きな力こそないかもしれないが、確実に戦場を動かす。

 それほどの力を持っている少女───


(フィル様だけでなく、カルア様まで……)


 一体、この人達はなんなのか?

 これほどまでの人間が、日に当たることなく影に埋もれていた理由。

 それが不思議でもあり、同時に「凄い」と、ミリスの中で評価が上がる。

 一方で───


「(ほんと、あんなにすげぇ人間がどうしてまた俺の横にいてくれるのか……)」

「ふぇっ? 何か言いましたか?」

「……なんでもないですよ」


 少し引っかかる疑問を片隅に置いて、フィルは再び視線を前に向けた。

 そこには、大半の騎士達が地面に倒れ伏し、メイド服を翻しながら中央に立つ少女の姿。


 いつの間にあそこまでの騎士達を倒したのか?

 カルアのことをよく知っていたはずのフィルですら、苦笑いを隠し切れなかった。


『今日はこの辺でお終いね。皆、前よりかは長く保った方じゃない?』

『そう言っていただけるのはありがたいですが……まだまだ未熟だと思い知らされました。カルア様、本日もありがとうございました!』

『『『ありがとうございました!!!』』』


 残った騎士達が一斉に頭を下げる。

 カルアは小さく笑みを浮かべると、役目は終わったとメイド服についた砂埃を払いながらゆっくりとした足取りでフィルの下まで歩き始めた。


「おう、お疲れ」

「お疲れ様ですっ!」

「えぇ、ありがとうございます」


 二人に労われたカルアは、フィル達と同じように木陰へと腰を下ろす。


「はぁ……疲れたわ。そろそろ、私のお給金も上げてほしいものね」

「でもお前、金はいらねぇっていっつも言ってるじゃん。タダ働き望む勢だろ?」

「お金はいらないってだけよ。何かご褒美はほしいわ……新しいお洋服、見てみたい」

「へいへい、今度見繕いにでも行きますかね。ちょうど屋敷を覗くギャラリーさんが少なくなって、プライバシーさんも帰ってきたことだし」

「うん、楽しみにしてる」


 カルアはその言葉を聞いて、口元を緩めた。

 柔らかくなった瞳と重なる微笑は、年相応の子供らしいもの。

 恐らく、万人が万人その笑顔を見れば目を奪われるどころか、高鳴る心臓を隠しきれないだろう。


 だがここに一人、見慣れてしまったことで目を奪われなかった男がいるのだが……その男は、ゆっくりと立ち上がる。


「さてと、俺もそろそろ行きますかね」

「ふぇっ? どちらに行かれるのですか?」

「んー、なんて言えばいいかなぁ……《《定期報告》》?」


 その言葉を受けて、よく分からなかったミリスは可愛らしく首を傾げる。

 一方で───


「……別に毎回律儀に行かなくてもいいのに」

「馬鹿言うな、大事な娘さんを預かってるんだ。俺は、そこら辺の筋はしっかり通しておかないとって思うタイプのジェントルマンなんだよ」

「はぁ……まぁ、いいわ。行ってらっしゃい」

「おう」

「え、えーっと……行ってらっしゃいであうっ!」


 フィルは、踵で一度地面を小突いた。

 急に現れた影の沼に驚くミリスだが、気にせずフィルは足から潜っていく。


「《《お父様》》によろしく言っておいて」

「誇張オプションをつけた状態で言ってやるよ」


 軽口を叩くフィルは二人の少女に見送られると、その姿を陰へと沈めていった。












評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ