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騎士団の訓練

 ―――ミリスが滞在するようになってから一週間の月日が流れた。


 一週間もすれば、騒ぎというのは必然的に鎮静化していく。

 屋敷から見える領民の数も徐々に減っていき、今では「『影の英雄』様ー!」といった黄色い歓声は聞こえてこない。

 そのおかげもあって、最近のフィルはとても上機嫌。

 胸に「早く娼館に行きたいな~♪」といった性欲ダダ洩れな下心をよく抱えるようになった。


 といっても、カルアの言う通り聖女が滞在しているにもかかわらず娼館になど行けるはずもない。

 結果的にいつもと変わらない引き籠り生活を満喫せざるを得なかった。

 しかし、鎮静化してくれたのは間違いなくプラスのお話なので、そこまで気落ちはしていなかった―――


「フィル様、先程ミルーザス子爵がお見えになりました。フィル様にお会いしたいとかで……」


 心地よい陽気が肌を撫でる平和な一日。

 フィルは木陰に座りながら、一人の使用人からそのようなことを聞く。


「適当に帰してくれ」

「よろしいのですか?」

「いいんだよ、どうせ俺が『影の英雄』だと分かったからゴマでもすりに来ただけだろうしな。急に手のひらを返されても困るし、手首の心配するし……何か言われたらザンの名前でも出して体裁でも整えておけ。あいつも「自分にコネか! よく分かってるじゃないか!」って大喜びだ」

「それだと、ザン様が恥をかいてしまう可能性がございます」

「兄貴なりの気遣いってやつさ。恥にするかはあいつ次第だよ。まぁ、そんな感じで言っといてくれ」

「かりこまりました……ですが、よろしいのですか? そうすれば、またしても評判が―――」

「俺が気にするような男に見えるか? もしそうだったら、今まで陰口叩いてたお前ら使用人をクビにしてるっつーの」


 ストレートな言葉を受けて、使用人の顔が曇る。

 そこを口に出されたら弱い。

 確かに、今までは散々陰口を叩き、今になってようやく「もしかして凄い人では?」と評価をするようになったのだ。

 落ち目は自分、気にされていないと言われているのであれば、これ以上火に油を注いでは不興という名の大火事になる恐れがある。


 故に使用人は一度頭を下げると、それ以上は何も言わないでそのままフィルの下から離れていった。


「よろしいのですか、フィル様……大事なお話なのでは?」


 隣に座るミリスがおずおずと尋ねる。

 靡く金髪が日の光に反射し、煌びやかな雰囲気を醸し出していた。

 その姿は、幻想的かつ神秘的───百人が百人、「彼女は聖女ですよー」と言われたら納得してしまいそうになるぐらいに美しかった。


「いいんですよ。ゴマすりに付き合うほど馬鹿じゃないですし、今まで散々馬鹿にしてきた連中に擦り寄られても嫌悪感しかないですから。そもそも、付き合ってやる義理などないですし」


 フィルが『影の英雄』だと噂されてから、フィルを尋ねる貴族の数は日に日に増えていった。

 それはそうだ―――今や、フィル・サレマバートという人間の価値は、決して無視できるほどのものじゃなくなったのだから。


 民から慕われる『影の英雄』であり、今は聖女と懇意にする貴族。

 これからどこまで膨れ上がるのか? 早いうちに仲良くしておいて損はない。

 何かあれば、すぐさま助けてくれるだろう―――そんな下心や欲を抱えてしまうのは当然。

 それが分かっているからこそ、フィルは相手になどせず毎回無視を決め込んでいた。


「手のひらを思い切り返せるような暇があるなら、教会にでも行って手首を診てもらえばいいんです。ついでに頭の方も―――おっと、そろそろ始まるみたいですよ」


 フィルはミリスの方から視線を前に向けた。

 サレマバート伯爵家が所有する屋敷の一角———そこにある、砂地が広がる大きな敷地。

 ここは伯爵家お抱えの騎士達が駐屯し、訓練所として活用している場所だ。


 そこには、多くの甲冑を着た騎士達が綺麗な隊列を組んでおり、その中にはつい先日ミリスと共に屋敷を訪れた騎士達も含まれていた。


「教会の騎士達も訓練に参加させてもらって……ご迷惑ではないですか?」

「構いませんよ、どうせ布教ばかりじゃ飽きるでしょうしね。それに、力をつけることはいいことだ……あなたを守る力が増えるってことですし。俺としては、それだけで手を貸す理由には十分だ」

「あ、あぅ……そ、そうでしゅか」


 フィルの言葉に顔を真っ赤にするミリス。

 突然顔を染めたことにフィルが首を傾げるが、ミリスは首を振って上った熱を冷まそうとする。


『じゃあ、始めるわよ』


 そして、視線の先にいる騎士達の中央。

 いつも通りメイド服に身を包んだカルアが、抑揚のない声で合図を送る。


「そ、それにしてもカルアさんも訓練に参加するんですねっ! 護身のためでしょうか……?」


 冷まし切れなかった熱を誤魔化すように、ミリスは話題を作る。


「いえ、カルアは指導で参加しているんですよ」

「指導……?」

「えぇ、対《《魔術師》》用の訓練です」


 見ていれば分かりますよ、と。フィルはミリスの顔を見ることなく視線を前に向ける。

 言っていることの意味を理解しかねたミリスは不思議に思うが、とりあえず言われたように騎士達のいる方を見た。


「本当は俺が指導してやればいいんですけど、俺の魔術はそもそも戦いになりませんから。力を抑えたカルアなら、ある程度の訓練としてはちょうどいいんです。特に不意を突かれない訓練には、ね」


 その瞬間、メイド服を着た少女の姿が───《《ブレた》》。




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