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やっぱりクズは期待を裏切らない

「おい、お前。俺の女にならないか?」


 聖女が滞在してから二日目のこと。

 ついに、フィルの懸念が実ってしまった。


「え、えーっと……」


 屋敷の二階。客人にあてられた寝室が並ぶ部屋の前にある廊下で、女神の遣い───聖女であるミリスは、困った顔を浮かべていた。


「やりやがったぞこいつ。いい意味でもちゃんと期待を裏切らない……大道芸とかコメンテーターに向いてるんじゃないか? きっと色んなところで引っ張りだこになるぜ」

「お笑い枠だったら重宝されるかしら?」

「もう展開がコメディだろ……」


 頭が痛いと、後ろに立つフィルが頭を押さえる。

 同じクズで有名な弟であるが「まさか、聖女に迫らないだろ」と淡い願望を抱いていた。

 しかし、二日目にしてクズはコメディアンたる頭角を表す。


「もちろん、待遇は約束してやる。なんなら、お前の望むものをやろうじゃないか」

「で、ですが私は一人の信徒ですし……」

「信徒が男女の関係を拒む理由にはならないだろう? 教会には男女関係を禁じる決まりもないのだから」

「うっ、そうですが……」


 確かに、教会では男女の交友を禁止する決まりごとは存在しない。

 しかし、まず先に前提が間違っているということに、ザンは気がつかなかった。


 もちろん、恋愛的な意味で。

 そもそも、相手が好いていなければ意味がない。


 だけど、小太りな胴体を更に大きく見せるよう胸を張り、どこから出てくるか疑問な自信をありありと顔に浮かばせている。

 何故だろう? 不思議で仕方ない。


「ど、どうすればいいでしょう、フィル様……」


 突然の求愛? に戸惑うミリス。

 戸惑うといっても、嬉しいからくるものではなく「どう断ろうか」という戸惑いだということは、顔を見ればすぐに分かった。

 ザンを嗜める使用人がこの場にいないことが悔やまれる。


 フィルは大きなため息を吐くと、こっそりミリスに耳打ちをした。


「(うちの愚弟が失礼を。ここは兄として、《《穏便》》に断れるようお手伝い致します)」

「(ひゃ、ひゃい……)」

「(あの……顔、赤くないですか?)」

「(んにゃ!? にゃ、にゃんでもありませんよ!?)」


 噛み噛みの言葉で否定する猫らしいミリスに、どこか疑問に思ってしまうフィル。

 いくら娼館の常連客になろうとも、憧れる異性の顔が耳元まで近づいてきた際の乙女心は理解できなかったようだ。


「(であれば、私が言う言葉をそのまま口にしてください。俗にいう代弁作業というやつです)」

「(代弁ですね、分かりましたっ!)」


 ミリスは可愛らしく拳を握り締めると、真っ直ぐザンに向き直った。

 そして、フィルの言葉に続くように口を開く。


「(申し訳ございませんが、そのお話はお断りさせていただきます)」

「申し訳ございませんが、そのお話はお断りさせていただきますっ!」

「(私は子豚に飼われるほど落ちてはいません)」

「私は子豚に飼われるほど落ちてはいませんっ!」

「(一度体重から見直し、来世まで出直して来てください)」

「一度体重から見直し、来世まで出直して来てくださ───って、何を言わせてるんですか!?」


 順調にフィルの言葉を続けていたミリスは現実に帰る。

 並べられた罵倒のオンパレードに、ようやく気がついたようだ。


「兄上、貴様……ッ!」

「おー、怖い怖い。そんな形相で睨まないでくれ、夜が眠れなくなってしまう」


 明らかに兄の仕業だと気がついたザンが憤怒の色を見せる。

 だがフィルは両手を上げるだけで、飄々した態度を見せていた。


「兄上には関係ないだろう!? 無能は俺の邪魔をするな!」

「するだろ、普通。ミリス様はカルアと違って立場も形も客人だ、そんな相手をいきなり自分の女にするって馬鹿か? 俺はともかく、家にまで迷惑かけようとすんじゃねぇよ、母上と父上が枕を濡らすぞ?」

「ぐっ……!」


 ザンは悔しそうに拳を握る。

 そんなに自分の女にしたかったのかと、フィルは呆れてしまった。


「俺が言うのもなんだけど、そろそろその女癖は治せ。代わりといってはなんだが、娼館はいいぞ? なんのトラブルもなく思う存分、男の全てを満たしてくれるからな!」

「行くわけがないだろ!? あんな売女など、汚らわしい!」

「あァ!? 馬鹿にすんじゃねぇよ、お姉ちゃん達をよぉ! 何回も経験があるからこそあれほどまで満足させてくれるんじゃないか! 全部新品がいいってわけじゃないんだぞ!? 骨董品だって味が出て好まれるだろうが!」


 常連客は、偏見だけの男の言葉で堪忍袋の緒が切れる。

 その時───


「あの……なんの話をされてるのでしょう? 娼館って、マッサージをしてくれるお店ですか?」

「そうですね、きっとあのクズが喜びそうなマッサージのお店なのかもしれないですね」


 純真無垢。

 穢れを知らない聖女は、可愛らしく首を傾げながらカルアに尋ねた。

 なお、一方のカルアの額にはくっきりとした青筋が浮かんでいた。


「いいか! 今度無理矢理にでも俺の行きつけのお店に連れて行ってやる! 新品がいいなんてクソッタレな精神は、今度直々に───」

「死になさいよ、もう」

「───治してやるからァァァァァァァァァッ!? 目が、目がァァァァァァッ!!!???」


 青筋を浮かべた少女がいつの間にか視界に現れたのだが、それまた更にいつの間にか視界が暗転。

 突如、目に激しい痛みが走ったフィルは、そのまま目を押さえてのたうち回ってしまう。


「フィル……次、娼館行ったり口にしたりしたら目だけじゃ済まさないわよ?」

「おぉ……ッ!」


 冷ややかな目を向けるカルアと、悶絶するフィル。

 あまりの光景にミリスは「え、えっ……?」と、戸惑いを見せていた。


「ふ、ふんっ! 興が削がれた!」


 カルアの目に怯えたザンが、逃げる言い訳を残してノシノシとその場から立ち去る。

 どうやら、ミリスに対する不敬が大事になる前に阻止することができたようだ。

 しかし、約一名犠牲者が出てしまった。

 だが、正直これは確実に自業自得だろう。


「ふぅ……なんとかいなくなったわね。あなたの犠牲のおかげよ、フィル」

「そうだな、犠牲を出したのはお前だけどな……ッ!」


 充血した瞳で睨むが、カルアは冷ややかな目から一変して臆することなくスッキリとした顔で微笑んだ。


「大丈夫ですかフィル様……? もしよろしければ、私の癒しを───」

「必要ないわ」

「けど、とても痛そ───」

「必要ないわ」

「で、ですが───」

「必要ないわ」

「そ、そうですか……」


 綺麗な笑顔から放たれる謎の威圧に、ミリスはたじろぎ引き下がってしまう。

 どうして? と聞きたいのは山々であったが、ここは聞いてはいけない場面なのだと察した。


 そして───


「あの、フィル様……お客様がお見えになられました」


 唐突に、使用人の一人がやって来てフィルに声をかけた。

 おずおずとした態度に違和感を覚えたが、徐々に視界の回復したフィルは一瞬で理解する。


「どうして色紙を持ってやって来る?」

「その、できればサインを───」

「クズ息子だと知っているだろうに……っていうか、客人が来てんだろ? そっちを優先しろよ……」

「この機会を逃したら、次はないかもしれないので……ッ!」

「俺はアイドルか」


 あんなにも今まで「クズ」だ「遊び人」だと陰口叩いていた使用人が、よくもここまで、と。

 フィルは変わってしまった周囲にさめざめと泣きながらも、持ってきた色紙に適当なサインを書いていった。


 そして───


「んで、客人って誰?」

「ニコラ《《第二王女》》様でございます」

「は……?」


 フィルは、握っていたペンを落としてしまった。

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