剣術の稽古1
王城に出勤する父さんを見送った後、私と姉さんは部屋に戻って剣術の稽古用の服に着替えた。
稽古用の服は白い詰襟のジャケットに白いピッタリしたスラックスのようなズボン。
父さんの騎士服をシンプルにした感じのものだ。
伸縮性のある生地でできているのか、長袖、長ズボンでも動きやすい。
ブラウスを中に着てから、ルベルにジャケットを着せてもらう。
ジャケットはサラサラして一人では着るのが難しいものだが、ルベルに袖を通してもらえるので楽だ。
「あら、よくお似合いですね。かわいらしい騎士様。」
ルベルが褒めてくれた。
鏡を覗いてみる。
私の顔立ちは父さん似だということもあって、確かによく似合っている。
光沢のある白い稽古着を着た私は、見た目だけなら騎士と名乗っても違和感はない。
とはいえ実力は全く伴っていないので、少し気恥かしかった。
髪は頭の後ろで一つにまとめてもらう。
この世界で初めてのポニーテールだ。
前世ではほぼ毎日この髪型だったのだが、この世界に来てからは長い髪が邪魔になるようなことはしなかったからだ。
首筋が涼しいのが少し新鮮である。
丈夫で足に馴染む短めのブーツをはき終えると、私たちは廊下に出た。
「ルルお嬢様はお着替えに少し時間がかかっているようですね。先に行って、庭で待っていましょう。」
ルベルが言う。
「うん!早く行きたい!」
元気いっぱいに返事をする私。
剣術の稽古とはどんなことをするのか、どんな先生なのか、もう楽しみで仕方がない。
私たちは両親の寝室の前を通って階段を降り、上品な細工が施された扉の前まで来た。
「へぇ。こんな場所があったんだ。知らなかった・・・。」
ルベルが言うには、ここはフローライト家の者たちが庭に出るとき、もしくはお忍びで外に出るときに使う玄関だそうだ。
扉の前はちょっとした温室になっていて、温かい部屋に花の香りが立ち込めている。
「ここの花々はシャルロット奥様が大切に手入れされているのですよ。」
とルベルは言った。
この温室は元々玄関に雪が吹き込まないよう作られたものだったが、春から秋の間には温室として使えることを母さんが発見し、植物を育てはじめたそうだ。
それにしてもこんな扉があったとは知らなかった。
私が昼間の特訓のために通っていた裏口は、ハイハイをしていた頃にメイドの目を盗んでウロウロしていた時に見つけたものだ。
あそこを見つけなければ日光浴が進まなかったので見つけられてラッキーだったが、確かにこのお屋敷に住む者があの裏口を使って庭に出るのは考えにくい。
かといって、ちょっと庭にでるためだけに表玄関を開けるのも大げさだ。
この玄関も、私と同じように考えた人が作ったのだろうか。
温室から出ると、涼しい風が吹いていた。
初夏とはいえ、夜はまだ涼しい。
しばらく待っていると、姉さんとスカーレットが下りてきた。
「姉さん、素敵!」
私は思わず見惚れてしまった。
おっとりした感じの容姿の姉さんだが、騎士服がまた姉さんの魅力を引き立てている。
いつもよりも足が長く見えて格好いいのだ。
「そう、かな。あんまり似合ってないと思うんだけど・・・。」
「ううん。格好いいしかわいい。姉さんは最高だよ。」
姉さんは前世から今までずっとかわいい。
きっと明日もかわいい。
私の姉さんは最強なのだ。
「本当?ルナも似合ってるよ。」
姉さんがそう言って笑ってくれた。
そうやって話していると、表玄関のある方から誰かが歩いてくるのが見えた。
あれが剣術の先生だろうか。
見たところかなりのおじいさんのようだ。
「わしはレイヴン・ニシコクマル。お前さんらに剣術の指導を行う者じゃよ。よろしくな。」
歩いてきたおじいさんは、ニコニコして私たちにそう告げた。
言葉だけ聞くと単なる好々爺のようだが、私たちを見定めるように視線が動いていること、気を引き締めていないと気配を感じ取れなくなることが油断できない感じを与えてくる。
見た目からしてヴァンパイアではないようだが、敵対したらかなり厄介な人物となるだろう。
「ルル・フローライトと申します。ご指導よろしくお願いします。」
「ルナ・フローライトと申します。ご指導よろしくお願いします。」
背筋を伸ばしたまま、私たちはさっきルベルたちに教えられた挨拶をする。
ちなみに姉さんから挨拶したのは、双子とはいえ姉さんの方が長女になるからだ。
「そう固くならんでよろしい。わしのことはレイヴン師匠とでも呼んでくれ。なんならおじいちゃんでもいいぞ。」
「そうですか。それでは、レイヴン師匠。よろしくお願いします。」
冗談を軽く流されたレイヴンは私の言葉に苦笑する。
一定の評価は得られたようだ。
とはいえ、まだまだ油断はできないが。
「さて、では本題に入るとするか。」
レイヴンがそう切り出し、私たちの初めての剣術の稽古が始まった。