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003


「シュンさーん、お帰りなさーい」


 宿に帰ると、宿屋の娘さんが笑顔で僕を出迎えてくれた。


「ただいま」


「夕食ならできているので、手を洗って、荷物を部屋に置いたら、食堂に来てください。——あれ? そこにいるおじさんはお客さんですか?」


 すると、ベンさんは突然、彼女の手を握りしめて早口で、


「はい、お客です。名前はコルネリウス。ベンさんって呼んでね。今日からだいたい五日ほどここに泊まるつもりだからよろしくね」


 彼女はベンさんの手を振りほどくと、


「いいですよ。コルネリウスさん。宿泊の手続きをするので、ついて来てくださいね」


 そして、僕の方を見て、


「あと、シュンさん。勝手に一人でご飯を食べないでくださいよ。今日こそは私と一緒に食べてもらうんだから!」


「今日は疲れたから早く眠りたいんだ。だから、一緒に食べなくても良いだろ?」


「ダメです。絶対に先に食べちゃダメです。みんなでご飯を食べないと美味しくないでしょ」


 彼女は自分の腰に左手を当てて、右手で僕を指さして注意した。


「えっ……」


「さぁ、行きましょう。早く宿泊の手続きを済ませましょう。早くしないと、この人、一人で勝手に食べてしまいますから」


「——お、おう」


 ベンさんは困惑しながらも、早歩きの彼女の後を追った。


 ******


 食堂で二人を待っていると、厨房の中から宿屋の主人が現れた。


 娘さんとは似ておらず、体格のがっしりとした顎髭を蓄えた男性だ。近寄りがたいが、話してみると良い人だってすぐに分かる。食事に関しては別だけど……。


「よう。坊主。今日はどうだったんだ?」


「散々でしたよ。依頼内容は済ませたから帰ろうとしたら、魔狼の群れに襲われたんですよ。あともう少しで魔狼に斬り刻まれるところでしたよ」


「そこは胃袋の中とか言いそうなところだがな。まぁ、とにかく災難だったな」


「ちなみに、そこの少年を助けたのは俺ですよ。親父さん」


 背後からベンさんが僕の肩に両手をおきながら、宿屋の主人に話しかけた。


「お前は誰だ?」


 宿屋の主人が顔を顰めた。すると、娘さんが中に入ってきて、


「今日うちの宿に泊まることになったコルネリウスさんよ。お父さん」


「気軽にベンって呼んでください。お父さん」


「てっきり、うちの宿に勝手に誰かが入ったと思っちまったよ。すまなかったな、コルネリウス」


「——だから、俺はベンって呼んでほしいんですけど」


 不満げそうな顔をするベンさんに、突然、宿屋の主人が頭を下げた。


「礼を言わせてくれ」


 すると、ベンさんは真剣な顔をして、こう尋ねた。


「あなたはそこの少年と深い関係でもあるんですか?」


「ただの宿屋の主人とそのお客って関係だよ。いや、少し違うな。シュンの坊主が死んじまったら、俺の自慢の料理を出す客がいなくなっちまうんだ。大金叩いてこんなに広い食堂を作ったっていうのに、客がいなくちゃどうしようもないだろう?」


「なるほど……。そういうことですか。ところで、ベンとは呼んでくれないのでしょうか?」


「いったいどうなったらコルネリウスがベンになるんだ?」


「家名からですよ。——と言っても、数だけは無駄に多いんで名乗るほどでもありませんが」


「そうか。なら、別にコルネリウスって呼んだっていいじゃないか。訳の分からないあだ名を呼んだって気持ち悪くてしょうがねぇ。ところで、お前さんも俺の料理食うか?」


 親父さんにそう尋ねられると、ベンさんは焦った顔をした。


「——い、いや、俺はいりませんよ。別にお腹は空いていないんで。ほら、教会からもらった干し肉をちゃーんと食べているんで問題ありませんよ」


「そりゃあ、随分と不健康な食事だなぁ。干し肉だけって大丈夫なのか? 腹が減っては魔獣と戦うことができねぇぜ。それに、シュンは毎日、朝、夕しっかり取っているぜ。ほかの戦士はほとんど死んじまうのに、シュンだけは生きている。やっぱり、毎日の食事は大事だと思うぜ。さて、俺は食事の用意をするわ。それまでに肚を決めとけよ」


 主人が厨房の中に入っていくと、ベルさんは僕の方を何か気持ち悪いものでも見たような顔をした。


「——どうしてそんな目で見てくるんですか?」


 すると、ベンさんは僕の耳元に顔を近づけて


「——お前さん。まさか、ここ最近、()()()を食っていないのか?」


「はぁ?」


「ほら、教会が売っている戦士用の干し肉のことだよ。食べてないのか?」


 ——あぁ、あれのことか。教会にたまに礼拝に行く際によく薦められるけど、一度も買ったこと無い。


 あれは聖選品とか言いながら、ただの人の肉だ。たとえ、お腹が空いていたとしてもできれば食べたくはない。


「いや、普通の食事でも事足りますよ」


「まぁ、生きていくだけなら普通の食事を食べたとしてもなんら問題ないよ。けれど、本当に大丈夫なのか?」


「大丈夫ですよ。こういう食事は慣れているんで。それにここのご飯は美味しいですよ」


「——主人が俺に強く薦めてくる以上、たぶん、腕に自信があるんだろうけどね。なんだろうけどね」


「ちょっと二人で仲良くこそこそ話すのはやめてくれませんかね。ご飯が冷めちゃうんですけど」


 振り向くと、娘さんが鍋を持って僕たちをじっと見つめていた。


「「あっ、待たせてすみません」」


「ところで、コルネリウスさんも食べますか? コルネリウスさんの分も十分ありますよ」


 ベンさんは天を少し見上げてから答えた。


「——食べてみます」


 ******


「シュンくーん、やっぱり食べるのやめない?」


 ベンさんが食事を見てから僕にそう話しかけると、娘さんが注意した。


「コルネリウスさん。食べるって決めたんだから残したらダメですよ」


「俺は別に残しても構わないぜ」


「お父さん!」


「俺は一応、料理には自信があるんだ。不味けりゃ残しても文句は言わねぇ。代わりに一発殴らせろ」


 主人が笑顔でそう言うと、ベンさんが僕に聞こえる声でこう尋ねた。


「——ねぇ、この人っていつもこんな感じなの?」


「普段は温和な方ですよ。ただ、食事のときだけ性格が変わるんですよ」


「こんな迫力のある人のどこが温和に見えるんだい?」


 言われてみればそうかもしれない。見た目だけなら、親父さんの方が僕たちよりずっと強そうに見える。けれど、僕はこの人が優しくて、頼りがいのある人だってよく知っている。


「それは偏見じゃないですか? 少し付き合えばわかりますよ」


「そ、そうだね。まぁ、食べるとしますか」


「いつ見ても豪勢ですね」


「うちは農場も営んでいるからな。野菜とライ麦なら、いくらでも手に入る。それに、お前さんらのおかげで肉は簡単に手に入るし、金はたんまり貯まるんだよ」


「なら、もっと安くしてもらえませんかね?」


 ベンさんが手を合わせて、主人に尋ねると、主人は嫌そうな顔をした。


「ケチなこと言うんじゃねぇよ。俺たちも別に四域に住んでいたいわけじゃないんだぜ? なんなら、そこら辺の森で野宿でもするか?」


「——そうですね。野宿するよりはマシです」


「さぁ、食べましょう。今日はハリハリ鶏の丸焼きとポタージュ、うちの採れたて野菜のサラダですよ」


「ねぇ、ハリハリ鶏って何なの?」


 ベンさんがそう尋ねると、娘さんが答えた。


「この辺で飼われている鶏のことですよ。よくハリハリハリって鳴くんですよ」


「これまた、変な鳴き声だな。本当にこいつの肉は大丈夫なの? 鶏とか言いながら、人の顔とかしていないよね?」


「なら、明日でも見に行きませんか? ちゃんと鶏の姿をしていますよ。と言っても、ここら辺じゃ鶏といえば、ハリハリって鳴くのが普通ですけどね」


「それは気になるな。じゃあ、明日見せてもらうか」


「いつまでもハリハリ鶏について話しているんじゃねぇよ。冷める前に、さっさと食うぞ」


 主人に睨みつけられた僕たちは話すのを止めた。そして、僕とベルさんは手を合わせてこう言った。


「「いただきます」」


「「いただきます?」」


「食材に対して感謝を込める際に俺の家ではよくそう言うんですよ。少年もそんな理由でいつも言っているんだろ?」


「まぁ、似たようなものですよ」


 僕がベンさんの問いかけに答えると、娘さんがじーっと僕を見つめた。


「一度も言っているところなんて聞いたことありませんけど」


「一応、言っているよ。聞こえてないだけだと思う」


「へぇ、いただきます、か。そいつはいい言葉だな。これからは食べる前はそう言うとするか」


 感心する宿屋の主人にベルさんがまた言う。


「あと、食事の終わりの際にも挨拶があるんですよ」


「まぁ、それは後にしませんか? まずは食べましょうよ」


 二人は手を合わせて「「いただきます」」と言った。


 その後、ベンさんはスープを一口飲んで、顔を顰めた。


「——やっぱり()()


「薄いって味のことですか? ちゃんと味がついていると思うんですけど」


 娘さんはスプーンでスープを一口啜って、首を傾げる。


「少年はどうなんだい? 薄いと思わないかい?」


「——まぁ、薄いと言われれば、薄いんでしょうか?」


「嘘でしょ。どうしてこの味が薄く感じるんですか? 塩味が効いていて美味しいじゃないですか」


「ほら、戦士って毎日、魔獣と戦っているから塩味が欲しいんだと思うんですよ。だから、味が濃いものを欲しくなってしまうんだと思うんですよ」


「ほう、そうなのか。じゃあ、これからは濃い味付けにしようか」


「いや、そこまでしなくても大丈夫ですから」


 僕は慌ててそう言った。


「そうなのか?」


「そうですよ。ほら、塩分の取り過ぎって身体によくないじゃないですか。それに、たぶん、僕たちって魔獣と戦っているから舌がぼけちゃっているんだと思うんですよね」


「ほう。そうかい。けれどなぁ。俺は少しでも坊主に美味しく感じてもらいたいんだけどなぁ」


「まぁ、好みの話ですよ。それこそ俺たちが満足するくらいの味ってかなり濃いですからね。たぶん、普通の人なら悶絶するくらいだからあまり無理しないでくださいよ」


「——おぉ、そうかい。参考にするよ」


「さ、さぁ、早く食べましょう。喋っていたら、ご飯が冷めますよ」


「あぁ、食べよう」


 それから僕たちは取り留めのない会話を楽しみながら、夕食を食べた。ただし、ベンさんは美味しくなかったのか、半分くらい残した。


 結果、ベンさんは主人に三回ほど殴られた。


思ったより時間的に余裕があるので、明日も投稿します。


この話の中で一番書きたいところは当分先ですが、引き続き読んでいただけるとありがたいです。

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