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002


 宿を出た後、ギルドに向かった。ギルドで適当な仕事の依頼を受けると、僕はそそくさと森の中に入っていった。


 依頼は取るに足らないものだった。この近くにある迷宮がちゃんとあるかどうかの確認だ。別に中に入る必要はなく、ただ、そこにあることだけを確認するものだった。


 迷宮とは数百年くらい前に当時の教会が戦士を強くするために当時の凄腕の建築士や大工、学者、芸術家たちに命じて作らせたものらしい。


 ただし、その()()があまりにも悪趣味であるためなのか、今では誰も使われないただの遺跡となっている。


 誰も来ないとはいえ、文化的遺産が魔獣に壊されてしまうのは良くないということで、定期的に誰かが迷宮がちゃんとあるかどうか確認しなければいけないのだ。


 残っていることを確認した僕は帰路に着いた。


 だが、帰り道に魔狼の群れに遭遇してしまった。


 ただでさえ、魔獣はしつこいのに、その中でも一番しつこい魔狼が僕を追いかけてきた。


 普通の魔獣は人間と戦士の違いも分からず、適当に殺そうとしてくる。だが、魔狼は戦士の匂いと、普通の人の匂いを嗅ぎ分けることができるらしい。


 さらに厄介なことにあいつらはだいたい百匹前後が集まって生活しているのだ。


 殺しても食いやしないのに、なぜかあいつらは僕たち戦士を追いかけ回して噛みつき爪で引っ掻いてくる。


 こういうとき、一人で仕事をしなければよかったな、と思う。それでも僕は仲間を持とうとはしなかった。


 よく考えたら、どうして僕は仲間を作らなかったのだろう?


 裏切られるのが怖いから? 


 仲間を食料として見てしまう自分に気づいてしまうのが怖いから? 


 何度考えても答えは出ない。——いや、今は魔狼について考えるべきだ。こんなことは宿に帰ってからでも考えればいい。

 

 だからと言って、あんな百匹以上もいる魔狼の群れを一人でどうこうできるはずもなく、僕は一人森を駆け抜けた。


 勿論、最初はほんの数匹だろうと思って、魔狼を倒していた。けれど、殺した魔狼の数が二十を超えたくらいで諦めた。


 それから、あいつらを振り切ることができず、こうして走っているわけだ。


 そういえば、こういう夢は見たことがあったな。あのときはどう対処したんだろう。


 いや、あれは魔狼じゃなくて、蜂だった。——それはそれで十分厄介か。


 その夢の中の自分は魔法を唱えて炎でできた網で蜂を取り囲んで対処していた。生憎、僕には魔法はおろかまじないの才能がないので、それは使えない。


 野盗に取り囲まれていたときは?


 あれは人間だ。魔狼のように足は速くないし、動きには規則性がある。第一、野盗は細い枝の上を飛び跳ねたりしない。


 もうダメだ。これなら、せいぜい悪あがきして死のうか。


 そう思った僕は魔狼と戦い始めた。


 やっぱり多い。何匹、何十匹殺しても次の魔狼がどんどん出てくる。


 噂では『魔狼を一匹見たら、百匹いると思え』と聞いていたが、実際、千匹入るのではないかと思うくらい数が多かった。


 ——もう、ダメか。


 そう思ったとき、僕の目の前に一人の男の人が降り立った。そして、彼は近くにいた魔狼の首を薙ぎ払った。


「大丈夫かい? 少年」


 彼は暢気に微笑みながら、僕にそう話しかけてきた。


「これのどこが大丈夫に見えますか?」


「まぁ、そうだよな。降りてみて気づいたけど、——これはかなりまずいな。今すぐ逃げたい気分だよ」


 ——じゃあ、どうして降りてきたんだよ。


 僕は呑気に笑う男を訝しげに見つめた。


「けれど、このまま、魔狼の群れを野放しにするわけにもいかないし、助けてあげるよ」


 彼はケラケラと笑いながら、魔狼の群れの方に走り出した。


 そして、飛びかかってきた魔狼をあっさりと斬り捨てた。


 まるで、夢で見た仮面の踊り子の剣舞と同じだ。どんなに屈強な男に囲まれても、軽くいなして無駄のない動きで敵に致命傷を与えている。——ここでは屈強な男ではなく魔狼だけど……。


「おーい! 見てないで手伝ってくれよ! 数だけは多いんだからさ」


 つい、彼の戦いに見惚れてしまった。僕も戦わなくちゃいけない。守られてばかりじゃダメだ。


 もし、無様に守られているだけなら、また、先生が夢に出てきて僕を叱りつけるに違いない。


 僕は彼に負けじと魔狼を狩った。

 

 ******


「いやぁ、災難だったな。まさか、これほどの魔狼の群れに遭遇してしまうとはお前さん、運がないな」


 魔狼を倒した後、僕は助太刀してくれた男に同情されていた。


 魔狼と戦っている間は気づかなかったが、この人は隙がまるでない。今まで会ってきた戦士にはどこかしら隙があった。もし、この人に命を狙われたら、まず生きていない。


 そう思っていると、彼は何か勘違いしたのか、「あっ、今、俺が結構年食ってるって思った?」と言った。


 言われてみれば、無精髭を生やしている彼の茶髪はくたびれていて、顔には皴が目立つ。腕には古傷が見えて歴戦の猛者のようにも見える。それにしては筋肉が異様に落ちていることが気になった。


「言われてみれば、そうですね。けれど、それくらいの人、いくらでもいるんじゃないですか? 僕も何度も年不相応な人は見て来ましたよ」


「そう言われると、なんか気を遣わせたような気がして心が痛むな」


 彼はわざとらしく悲しげな表情をした。


「けれど、三十は越えていないでしょ?」


「当然だよ。こう見えても俺は今年で二十五だからね。まぁ、それでも棺桶に片足突っ込んでいるんだけどね。それに、もし俺が三十越えていたら、今頃、どこかの誰かさんの胃袋の中に入っているよ」


 僕が驚いていると、彼は苦笑した。


「今、見えないって思ったでしょ? まぁ、僕は自分が老けていてもあんまり気にしないけどね」


「けれど、二十五なら……」


「まぁ、詳しい話は宿に帰って話すとしよう。ここでは少し危険が多すぎる」


 何かはぐらかされたような気がしたが、たしかに森の中で話していると、いつ魔獣が襲いかかってくるか分からない。僕は彼の言葉に頷いた。


 二人で森を歩いていると、突然、彼に声をかけられた。


「ところで、少年。名前は何って言うんだい」


「シュンです」


「君、いい匂いがするね」


「いったい何ですか? まさか、僕のことを食べようと思っているんですか?」


 すると、彼は目を丸くした。


「そんなことしたら、世界にとって多大な損失さ。ただ、どこかで嗅いだことのあるいい匂いがしただけ」


 あれ? 僕ってそんなにいい匂いがするのだろうか? 魔獣の臭い臭いが身体中に染みついているはずなのに……。——まぁ、考えるだけ無駄か。


「俺はコルネリウス。気軽にベンさんと呼びたまえ」


 ——えっ、ベン? 僕は聞き間違いじゃないかと思って彼の顔を何度も見た。


「おかしなあだ名だと思った? けれど、気に入っているから君にもそう呼んでほしいなって思ったんだよ」


「ベンってどこから来たんですか?」


「家名から来たあだ名だよ。まぁ、古い家柄ってだけでどこにでもあるような名前さ。別に名乗るほどでもない」


 彼は肩を竦めながら、そう言った。


「ところでさ、シュン君」


「なんですか?」


「君の泊まっている宿を紹介してもらえないかな? 今晩泊まる宿が無いんだ」


 ——ここにいるなら、せめて宿くらい探しておけよ。


 心の中でそう思い、少し悩んだ。


 だが、一応、恩人であるであるため、彼の頼みを聞いて宿に案内することにした。


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