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004


 オリガは一人走っていた。


 フードを被った男に頼みを了承された際に、「巻き込まれるといけないから君は逃げた方がいい」と言われたためだ。


 友の敵を討ちたかった彼女はそれを一度は拒んだが、男の眼差しに根負けして、こうして走っているわけだ。


 ——あれからどうなったんだろう? すっかり遠くまで逃げたから何がどうなっているのか分からない。


 ——それに、本当にあのフードの人は悪魔に勝てたのかな? どう考えても、悪魔の方が強そうに見えたんだけど。少し見に行こうかな。


 ——いや、ダメだ。もし、あの人が負けていたら、私はまた、あの悪魔から逃げなくちゃいけない。それは絶対に避けなくちゃいけない。


 オリガは立ち止ってしばらく考えた。


 ——やっぱり見に行こう。フードの人が本当に負けていたら、悪魔に遅かれ早かれ捕まって食べられるだけだ。私はこの三域でもう何年も生きてきた。少しくらい腕には自信がある。それこそ、あの悪魔から逃げることだってどうってことない。どうせ日が昇れば、誰かがきっと起きてくれている。そして、悪魔の悪事は文字通り白日の下に曝されるんだ!


 オリガは決心して、二人を探し始めた。


 しかし、街は思ったより広かったらしく、なかなか見つからない。


 何しろ彼女はここに来てまだ十日も経っていない。戦っている音さえ聞こえなければ、探し人など見つかるはずもない。

 

 夜はますます深まり、風の音だけが聞こえる。

 

 彼女は今にも眠たくなるようなひどい疲労に耐えながら、二人を探した。

 

 そんなとき、彼女は洞窟で聞いた岩を砕くような音を耳にした。途端に彼女の背筋は凍り、身震いした。


 しばらくして、体の震えが収まったことに気づいた彼女はバクバクと鼓動する胸を必死に抑え、何とか気持ちを落ち着かせてその音がする方に向かった。


 人気のない路地裏を進んでいくと、そこには人の肉片を食べている男の姿があった。


 それを目にした彼女は咄嗟に物陰に隠れた。


 そして、息を殺して男が人を食べている様子をじっと見ていた。


 ——今なら、あの悪魔を殺せるかもしれない。たとえ殺されることになったとしても、少しでもあいつに一泡吹かせてやる!


 そう思った彼女は懐からナイフを取り出して、後ろから男に切りかかった。


 しかし、そのナイフは刀身が黒いナイフに止められた。


「——あなたは……」


 彼女は驚いた。


 てっきり、人を食べているのはヘリティオだと思っていた。


 なのに、そこにいたのはあのフードの男だったのだ。


「嘘、嘘でしょ」


 動揺する彼女を男は悲しそうな顔をして見つめていた。


「あなたも悪魔だったんですか!」


 叫ぶ彼女に男は何も言わなかった。


「どうして、黙っていたんですか! あなたが悪魔だったら、私はあなたに助けてって言わなかった! まさか、私を食べようと思っていたんですか!」


「——そうじゃない。それに君は知っていたはずだ。戦士は人を食べるって」


「そんなこと信じられるわけがないじゃないですか! 人の姿をしているのに、人を食べるはずがないじゃないでしょ! ——そうだ! これは夢ですよね? あなたはポルポを齧っていて、それで口元が赤いんだ。そうでしょ? そうだと言ってよ!」


 オリガは目を潤ませながら、語気を強めた。


「夢じゃないよ。これは現実だ」


 男の言葉を聞いた途端、彼女は泣き出した。


 男は口元を袖で拭って、泣きじゃくる彼女をそのままにして去った。


 彼女の涙は夜が明けるまで続いていた。


 ******


 僕は喋る生首が息を引き取るのを見届けると途端に強い空腹に襲われた。


 涎は滝のように流れ落ち、腹の音は喧しく鳴り響いた。


 僕は必死に堪えながら、彼の遺体をまとめて袋に入れようとすると、いつの間にか彼の左腕に口をつけていた。


 それからしばらく記憶は無かった。ただ、久しぶりの人肉を食したため、黙々とその血と肉と脂の味を噛みしめていたのだろう。それほど美味しかった。そう思ってしまう自分にひどく嫌気がした。けれど、手が止まることは無かった。


 途中、殺気を感じたため、ナイフで受け止めるとそこにはあの子がいた。


 彼女はひどく怒っていた。ひどく泣いていた。僕が彼女の言う悪魔であることに気づいていなかったのだろう。


 彼女は散々泣き喚くと逃げるように去っていった。


 彼女の足音が聞こえなくなるまで僕は立ち尽くしていた。


 僕は残っていた肉を袋に詰めようとしたが、また、彼の肉に齧り付いてしまった。


 結局、彼のすべてを食べ尽くすまで僕の手は止まる事がなかった。


 戦士を食べ切ると、僕は立ち上がった。


 そして、フードを深く被りなおしてから一目散に門の方に向かった。


 たしか東門はあの戦士が食い散らかした門番が今も横たわっているはずだ。


 ひょっとすると、既に誰かが見つけて人だかりができているかもしれない。やはり、ここは西門から出る方がいいか。


 暗い街を歩いていると、ふと彼女の声が思い出される。


『どうして、黙っていたんですか! あなたが悪魔だったら、私はあなたに助けてって言わなかった!』


 僕は彼女がまだ戦士が人を食わないことを信じていることに気づいていた。


 けれど、彼女の言葉を修正することなく、こうして彼女に醜い食事を見られてしまった。


 本来なら、彼女を追いかけて彼女が二度と口がきけないようにしなければならなかった。


 けれど、できなかった。


 僕も心の中で自分の過ちを、自分たちが積み重ねてきた罪の数に罪悪感を感じていたのだろう。


 だから、彼女の言葉を否定することができなかった。


 戦士としての僕の行いを肯定することができなかった。


 あの人なら、どう答えたのだろう。


 いつも優しくて、時々厳しく接してくれたあの人なら……。


『この世に悪魔は一匹しかいないの。勿論、この世界には悪ーい人だってたくさんいる。けれど、それは自分が正しいと思ってやったの。それしか解決する手段がないと思う弱さがあって彼らはそうしたの。だから、彼らを悪魔だって言ってはいけません。だって、この世には悪魔は一匹しかいないもの』


 先生。あなたは嘘をつきました。


 いや、あなたは嘘ではないと思ったのでしょうね。罪を犯す人間は誰しも悪くない。心が弱かったからそのような行いをした。あなたはそう思っていたのでしょうね。


 けれど、僕にはそう思えませんでした。


 僕が先生から戦士の力を受け継ぎ、たった一人だけの旅の中でその疑いは確信へと変わってしまいました。


 この世には悪魔はたくさんいます。それこそ世界を覆いつくしてしまうほどたくさんいました。


 そして、僕もその醜くて悪逆非道な悪魔の中の一匹に過ぎなかったのです。


 この世で悪魔ではなかったのは先生、あなただけでした。


短いですが、これで一章は終わりです。


二章は明後日の夜から始めます。


ちなみに、ポルポっていうのはトマトみたいな野菜です。乾燥に強いため、三域や四域の内陸部や乾燥地域ではよく育てられています。

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