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002


 オリガは泣き叫びたかった。


 ついさっきアルトを失っただけでなく、眠る前に話していた友達が戦士であるはずの男に食べられていたからだ。


 かつての面影が見えないほど食われてしまったことに彼女は激怒した。


 けれど、彼女は堪えた。泣き叫びたい気持ちを押し殺し、男に気づかれないように洞窟を出た。


 ——このままでは自分もルーと同じように食い殺される。その前に何としてでも逃げ切らなくちゃ。あれは戦士じゃない。人を食べる人がいていいはずがない。あれは悪魔だ。


 ——けれど、自分ではどうしようもない。魔獣を一突きで殺して、人を骨ごと食べるような化け物を殺すことなんて到底できない。


 ——今はなんとしてでも逃げてあいつを本物の戦士に殺してもらわなくちゃいけない。あの悪魔は殺されなくちゃいけない。絶対に殺されるべきだ。

 

 彼女は必死に走った。


 懸命に走った。


 怖かった。


 こんなに暗い時間に森を走ったことが無かった。


 それに、さっき友達が魔獣に殺されてしまった。


 尚更、怖かった。


 けれど、それ以上にあの人の皮を被った悪魔から逃げ出さなければならないと必死に走った。


 彼女が息を絶え絶えに走っていると、突然、彼女の目の前に一振りの槍が突き刺さった。


 咄嗟に槍が降ってきた方を見ると、木の上に男が立っていた。


「こらこら。逃げ出しちゃダメでしょ。まだ、夜だよ。魔獣に殺されたいの?」


 男は朱色に染まった口元を袖で拭いながら、じっと彼女を見つめていた。


「嘘つき! さっき、ルーを食べたでしょ! 戦士の振りして本当は人を食べたくて私たちに近づいたんだ! そうでしょ!」


「オリガちゃん」


 男は急に優しそうな目をした。彼女はそのあまりにも悲しげな顔に面食らってしまった。


「俺だって本当は人を食べたくはないさ。初めて人を食べたときなんか、それこそ胸が張り裂けそうなくらい痛かった。苦しかった。何度もその肉を吐きそうになった。なのに、美味しい。それがとっても気持ち悪くてしょうがないんだ。けれど、こうしなくちゃ俺たちは強くなれない。悪魔はおろか小さな魔獣一匹すら倒せないんだよ」


「嘘だ! 人を食べて強くなれるはずなんてない!」


「嘘じゃないよ。俺たちは悪魔に呪われたんだよ。人を食べるようにって。まぁ、悪魔も人をたくさん食べたら、強くなるとは思わなかっただろうね。だから、ごめんね。ルーちゃんを食べて。けれど、もう心配しなくていいよ。君もルーちゃんと同じように食べてあげる。そして、いつか必ず俺が悪魔を殺してこの呪われた因習を止めてあげるから」


 男が話し終える前に、オリガはまた走り出した。


 ——狂っている! 

 

 ——あの男はおかしい。人を何だと思っているの? まさか、ただの食べ物だと思っているの? そんなことあっていいはずがない! 戦士がそんな悪魔みたいな存在なわけがない! 


 逃げるオリガを木の上で見た男は口から滴り落ちる涎を拭ってから、ゆっくりと追いかけるのであった。

 

 オリガは必死に走った。懸命に走った。


 時には魔獣と遭遇したこともあったが、その度に彼女の目の前に槍が降ってきて魔獣の喉元を貫いた。オリガは男がすぐそばにいると気づいて、背筋が凍るような気分になった。


 しかし、立ち止っていたら、男に捕まって食べられてしまうので、彼女はまた走り出すのであった。


 そうしていくうちに、彼女はなんとか町の城壁まで来た。


 何かから逃げている彼女に気づいた門番は驚いた顔をして、小窓から顔を出した。


「嬢ちゃん! こんな夜更けにどうしたんだ?」


「悪魔に追いかけられているんです!」


 すると、門番の男は笑った。


「悪魔? そんなものここにいるわけないだろ? ――いや、魔獣のことか。なら、すぐに入るといい。すぐに門を閉めるから」


「ありがとうございます」


「いいよ。いいよ。魔獣が町に入ってきたらとんでもないことになるからな」


 門番はゆっくりと門を開けて彼女を通した。


「すみません」


「いいよ」


 すぐに門番の人が門を閉めて、閂をした。そのすぐ後に門を強く叩く音がした。


「開けてくれ! 俺も中に入れてくれ!」


 その声を聴いた彼女は急に青ざめた顔をした。そんな彼女の様子に門番は首を傾げたが、——あぁ、よくある痴情の縺れだな、と早合点して、


「なんだ? まさか、お前が嬢ちゃんを追いかけていたのか? まったく、夜這いを断られたからといってしつこく追いかけるなんて男らしくないぞ? 今、開けてやるから待っとけよ」


 少し冷やかしながら、閂を外そうとした。


「門番さん!」


「どうしたんだ?」


「開けないでください! 悪魔を中に入れていいんですか⁉︎」


「おいおい。いくらなんでもそれは冷たいんじゃないかい? いくら、気持ち悪い男だったとはいえ、夜に町の外に放っておくのはよくな」


 いつの間にか門番の胸に槍が突き刺さっていた。


 怯える彼女を一瞥してから、男は呟いた。


「まったく、俺は戦士なのにどうして開けないんだ? ほんの少しだけ開けてくれたから問題ないんだけど……。さて、殺したまま放っておくと、魂が還ってしまうからね。食べるとしますか。——あぁ、オリガちゃん。ちょっと待っていてね。別に逃げてもいいけど、くれぐれも外から出ないようにね。魔獣に殺されたくないでしょ?」


 男は息絶えた門番に近づくと、大きく口を開けて門番の肩に齧りついた。


 門番まで喰われていくのを見た彼女はすぐに門から離れた。


 ——まさか、町の中にまで入るなんて……。いったいどこに逃げればいいんだろう?


 こんな夜中にギルトは開いていない。宿は開いているところもあるかもしれない。けれど、あの男が宿にいる人まで食べないとは限らない。いったいどうしたらいいんだろう?


 彼女は少し考えてから、


 ——そうだ。教会に行けばいいんだ。そしたら、匿ってくれる。だって、女神様を信奉しているものね。きっと私を守ってくれる。


 彼女は教会のある方へ走り出した。


 男はまだ門番を食べているようで、彼女は追いつかれることなく何とか教会に着いた。


 彼女は教会の扉を強く叩いた。


「すみません! すみません!」


 しばらくすると、扉が少し開かれた。そこには司祭が眠そうな顔をして立っていた。


「こんばんは。こんな夜分遅くにどうかしましたか?」


「人に追われているんです」


 青ざめた顔で可たる彼女を察した司祭は扉を開けた。


「さぁ、中に入って。入ったら、好きな椅子に座って」


「失礼します」


 司祭に促されるまま、彼女は椅子に座った。それから深く息を吸って、心を落ち着かせた。


「お茶をどうぞ」


「ありがとうございます」


 彼女は司祭から出された紅茶を一口飲んだ。その温かさに彼女は少し癒されたような気がした。

 

「何かあったのですか?」


「ちょっと怖い目にあったので……」


「怖い目にあったとは?」


 彼女は悩んだ。


 ——ついさっきまであったことを司祭に話して果たして信じてもらえるだろうか? いや、そんな怪談噺のようなことがあるはずないって笑われるかもしれない。


 彼女は少し考えてからこう切り出した。


「司祭さんは人を食べる人はこの世にいると思いますか?」


 それを聞いた司祭は目をカッと見開いた。そして、すぐに柔らかい表情になった。


「——なんだ。そういうことですか」


 突然、司祭は彼女の手を掴んだ。


「いきなり何するんですか⁉︎」


 彼女は手を振りほどこうとしたが、司祭は彼女の腕を強く握りしめた。


「当然でしょう。我々は女神さまのために生きております。女神さまが悪魔を討ち滅ぼすために我々に授けてくださった戦士さま方に仕えるのも当然のことです。たとえ、彼らに喰われたとしてもそれはしょうがないことなのです。けれど、そんなことをしゃべってもらっては困りますね。あぁ、大変残念なことですが、戦士さまの秘密を知ってしまったあなたを捕まえなければならないのです」


「秘密?」


「安心してください。すぐに楽になります。それに、戦士様の供物になることは大変喜ばしいことです。あなたはいつかきっと実感することでしょう。この世に生まれ落ちてきたのはこの日のためであったと」


 ——狂っている。どうして、人が食べられることをそんな気持ち悪い顔して喜べるの?


 彼女は咄嗟に司祭の手を振りほどいて、司祭を羽交い締めにした。そして、司祭の首をきつく絞めつけた。


「ごめんなさい。私、まだ死にたくないんです。だから、ごめんなさい。本当にごめんなさい」


 顔を赤くして何か叫ぼうとする司祭に何度も何度も謝りながら、彼女は絞め続けた。


 そして、司祭の顔がすっかり青紫色になったとき、彼女は自分の過ちに気づき、手を放した。彼女は逃げるように教会から出ていった。


 ——いったいどこに逃げればいいんだろう? たぶん、ギルドであのことを言ってもそっけなく返される。たぶん、誰も守ってくれない。もうどうしたらいいんだろう?


 そう思いながら走っていると、彼女は誰かとぶつかってしまった。


 彼女はてっきりあの男だと勘違いして後退りした。


 よく見ると、そこにいたのは槍を持った男ではなく、フードを被った男だった。顔はよく見えなかったが、中肉中背でどこか頼りなさそうに見えた。


「すみません」


 男は頭を少し下げて、そのまま立ち去ろうとした。


 彼女は去ろうとする男の手を掴んだ。


 フードの奥の方に目を遣ると、男は嫌そうな顔をした。


「放してもらえませんか?」


「ごめんなさい」

 

 彼女が彼の手を離すと、「さようなら」とだけ言って、男は去ろうとした。

 

 すると、彼女は急に怖くなった。今、彼と別れたら、あの悪魔に喰われてしまう。なぜかそう思ったのだ。


「待ってください!」


「——どうかしたんですか?」


 フードを被った男の問いかけにオリガはこう言った。


「私を助けてくれませんか?」


教会:

この世界で主に信じられている宗教の団体。

女神とその女神が遣わしたとされる戦士を信奉する。信者の中には少々、妄信的な者もいる。

ちなみに、戦士の食事も提供している。

勿論、()()()仕入れ先から食材を入手している。


戦士:

人を喰らう呪いを悪魔にかけられた者及びその()()()のことを指す。

寿命は三十歳前後。

人を喰らうことによって力を増幅させる。

大半の戦士は槍を持っている。


この世界の街:

この世界の都市はヨーロッパによくある円形の城塞都市が大半。

勿論、魔獣や盗賊を中に入れないために城壁が築かれている。

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