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004

長らくキーボード怖い病にかかっていましたが、復活しました。


 野盗を一人残らず殺した後、彼女は返り血がついた頬を拭った。そして、僕に話しかけた。


「あんたってやっぱり強いんだね」

「別に強くないよ。こういうのは強さじゃない」


 彼女は笑いながら、「嘘つき」と言った。

 

「こいつら、野盗は野盗でも、五域にもちょくちょく顔を出していると思うよ。ほら、こいつの左腕に刻まれた数字。80万って……。こいつ、これまでいったい何人食べてきたんだろうね?」

「別にこの数字の分だけ人を食べたわけじゃないだろ? まず、千人食った時点でお腹が破裂しちゃうよ」

「流石に千人も食べた記憶なんてないよ。けれど、やってみようと思えば、一度に十人くらいは食べれるでしょ?」


 僕は口をつぐんだ。答えたくなかった。いや、答えられなかった。その答えを知りたくはなかったんだ。


「どうしたの? 食べないの?」

「い、いや……」

「食べなきゃもったいない。ほら、こんなにたくさんのご馳走があるんだよ? と言っても、普通の人間も混ざっているけどね」


 彼女はそう言って、死体が多く転がっている方に軽やかに歩いていった。


「——僕は人を食べちゃいけないんだ」


 すると、彼女は振り向いた。


「私も人は食べないよ。けれど、戦士は食べる。だって、人を食う化け物だもの。食べられて当然でしょ?」

「いや、僕は食べない。彼らも人なんだよ。絶対に食べない」


 すると、彼女はふーっと息を吐いて、僕の胸ぐらを掴んだ。


「何、偽善者ぶってんだよ。てめぇがてめぇの先生を食っちまった時点でてめぇは人の皮を被った化け物なんだよ」

「けれど、人間は食べちゃいけないんだよ」


 彼女は舌打ちをした。そして、僕の胸ぐらから手を放したと思うと、落ちていた野盗の部下の左腕を僕の口に押し込んだ。


 僕は食べたくなかった。だが、僕の身体は肉を求めた。気づいたら、齧り付いていた。そして、口に入れられた左腕をすべて腹の中に入れてしまった。


「ほら、美味しいでしょ? 心の中では美味しくない。食べたくない。食べてはいけない。そう思っても、身体は許してくれない。身体は肉を求める。そうでしょ?」

「い、いや、そうじゃない。そうじゃないんだ」

「けれど、食べたじゃない。やってしまったことを否定しちゃダメでしょ?」


 彼女は言葉を続ける。


「どうせ、私じゃ食べ切れないし、あんた、半分くらい食ってよ。別に戦士じゃない奴は食べなくていいからさ」

「嫌だ。僕は食べない」

「なら、食べさせてあげよっか? ほら、口を開けて。美人に食べさせてもらえるんだ。ありがたく受け取りな!」


 彼女は首領の死体を引き裂いて、心臓を取り出すと、僕の口に押し込んだ。

 

 僕は吐き出そうとした。けれど、肉はあっという間に僕の体の中に入っていった。


「どう? 美味しかったでしょ? 心の中ではどぶのような気分になっても、舌だけはバカになるくらい美味しいって言ってくるでしょ?」


 徐々に、周りの血の臭いに僕は耐えきれなくなった。気づいたら、僕は近くにあった死体に口をつけていた。


「やっぱり、あんたも化け物じゃない」

 

 彼女の言葉を尻目に僕は一心不乱に食べていた。


 嫌なことにあのとき、宿で食べた最後の朝食よりも野盗の肉の方がはるかに美味しかった。


 ******


「はぁ、不味かった」


 僕が数人ほど食べ切ると、彼女がそう呟く声が聞こえた。


 気づくと、辺り一面には死体は一つもなく、近くには人が埋められたような跡があった。


 どうやら、彼女が僕が食事に没頭している間にか埋めていたようだ。あれほど、人に食べさせようとしたくせに食べ切れなかったのか? 心の中で何か黒いものが沸々と沸いてきた。


「よっぽどお腹が空いていたんだね。手あたり次第食べていたね」

「いや、そうじゃない」


 腹は満たされていた。なのに、手が止まらなかったんだ。


「私、戦士と聖選品以外は食べないことにしているんだ。だから、御者のおじさんや戦士じゃなかった奴を埋めたんだけど、———あんたはそうじゃないんだね」

「違う」


「嘘つき」と彼女はくすくすと笑った。


「結局、半分以上食べたじゃん。あともう少しで戦士以外も食べていたよ」

「君が食わせたんだろ?」

「私はあくまできっかけを与えただけ。実際、食べたのはあんた」

「そうだ。そうだった。僕が食べた。僕が悪いんだ」


 僕は座り込んでしばらく俯いていた。


「そうだ。ねぇ、私と契約しない?」

「契約?」

「そう、契約。と言っても、義兄弟になるとか、恋人になるとかそういうものじゃないけど」

「そんな契約なんて結びたい奴がこんなところに来るわけないだろ?」

「私もそんなお調子者はいないと思っている。けれど、この世界は信じられる存在っていないじゃない」


 彼女は急に顔を近づけて、耳元で囁いた。


「だって、私たちは人を食べる悪魔もどきだもの」


 確かにそうだ。僕たちは友情や親交と言ったものには尽く向いていない。必ず最後には心の奥底に潜む食欲にすべてを壊される。


「先生以外信じられるような人に会ったことがない。だから、弱いやつを適当に捕まえて口約束で縛ってしまおうって思ったの」

「弱いやつって……。そんな人と口約束結んだって意味ないだろ?」

「おっと言い間違えた。約束を守ってくれる人だった。あんた、強いもの」


 いや、弱いやつと約束を守る人って全然違うぞ。


「勿論、生き残れないような弱虫はいらない。悪魔を倒したいから。力ずくでやってもいいけど、あんたにも良い契約だと思うのだけど」

「——中身次第だ」

「もし、私たちのどちらかが死んだら、そのときは生き残った方が死んだ方を食べるって契約。殺し合うのはなし。そのときに力を使い果たしたら勿体ないじゃない」

「で、僕はどうすればいい?」

「契約を結ぶか結ばないか選択すればいい」

「これって契約を結ばなかったらどうなるの」

「そのときは私があんたを殺す」

「それって、契約って言うのか?」

「私が契約って言ったら、それは契約だよ。五域からは魔獣も強くなるし、弱っちいけど、こんな負け犬共が徒党を組んで襲いかかってくる。数はそんなにいないと思うけどね。知人兼非常食って思えば、かなりいいと思わない?」

「最後の非常食って言葉が無かったらそう思うよ」


 僕はとんでもない奴に出会ってしまったようだ。


「ねぇ、どうするの? 結ぶの? 結ばないの?」


 僕は少し考えて答えた。


「結ぶよ。何をすればいい?」

「これは孤児院の先生の本棚にあった本に書かれていた古いおまじないなんだけどね。互いの人差し指を噛みあうの。これで契約が結ばれる。と言っても、破ったら死ぬとかそんな呪いはかからない」

「じゃあ、なんでそうするんだよ?」

「決まっているじゃない。こういう儀式って必要だと思わない?」


 いや、そう思わないんだけどな。 


「ねぇ、噛まないの?」


 彼女は右手の人差し指を突き出してゆらゆらと揺らした。僕はその指に口をつけた。


「痛っ。そんなに強く噛まなくていいのに」

「噛めって言ったのは君じゃないか」

「まぁ、そうだけど、別にそこまで噛まなくて良かったのに。ひょっとして、欲求不満?」

「そうじゃない! さぁ、さっさと噛めよ」

「ご厚意に甘えて」


 彼女は僕の指を噛み千切るくらい強く噛みしめた。

 

次回、三章完結です。


明日の午前零時に投稿します。

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