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006


 大蛇を倒してすっかり動けなくなった僕を運んだベルさんは魔獣がいないことを確認してから、落ちていた枝を集めて、火をつけた。


「そういえば、俺、聖都に戻らなくちゃいけないんだ」


 ベンさんは焚火で暖を取りながら、そう話しかけてきた。


「急ですね。何かあったんですか?」


「だいたい二ヶ月ほど前から『帰って来い!』と催促の手紙が何度も来るんだよ。正直うっとうしくてたまんないよ」


「普通、身内からそんな手紙が来たら、とっとと帰るんじゃないですか?」


「いや、特に用事のないくせに呼びつけるんだよ。ほんと、なんで半年に一回帰んなきゃいけないんだろうね」


 よく分からないけど、この人にもいろいろあるみたいだ。僕とは違って、心配してくれる人がいるんだろう。


「ところで、ベンさんって偉い人なんですか」


「偉いってどういう意味? 生憎、俺はそこまで偉くないさ。たまたま、人を食う呪いを受け継いだ凡人さ」


「いや、高貴な身分なのかなって思ったんですよ。ほら、まじないって古代語を使うって聞いたので、普通の家庭で育っていたら到底できないことでしょ?」


「へー。結構知っているんだね」


「いろいろ、()()()()()()()しているんで」


「——それで、どんな人だと思う?」


「いきなり何ですか?」


「いやぁ、一応、二週間ほどの付き合いだからさ。自分はどう思われているんだろうかって思ってね。少し聞いてみたくなったんだよ」


「自分のことを誰かに食べられたい自殺志願者でしょ?」


 僕が溜息交じりにそう答えると、ベンさんは項垂れた。


「ひどいなぁ。別に俺はどこぞの狼に好き好んで食べられたがる哀れな仔羊ではないよ。俺は自分の認める強い戦士に食べられたいんだよ」


「それって、自殺志願者と変わりないんじゃないでしょうか?」


「まぁ、そう思ってもいいさ」


 すると、ベンさんは地面に寝そべった。


「俺はね。もう疲れたんだよ。前にも言ったかもしれないが、俺も昔は悪魔を倒す英雄に憧れた青年だった。けれど、気づいたときにはもう棺桶に片足を突っ込んでしまっていた。腕もすっかり痩せ細って、全盛期の三割にまで力が出せなくなっている」


 彼は笑顔で自分の細い腕を見せつけた。


「まぁ、君にはそうなってほしくないからこうくどくど言うんだけどね」


 ——そんなこと言ってもしょうがないか。と、ベンさんは溜息をつく。


「あの蛇と戦っていたときも言ったかもしれません。僕は英雄の器じゃない。神話に出てくる戦士たちと僕はまったく違う。それこそ、仮に名が残せたとしても、僕なんて御伽噺で教訓として残される臆病者にしかなれませんよ」


 すると、ベンさんは苦笑した。


「別に歴史に名を遺すことがいいことじゃない。歴史に名を遺すことしかできなかった英雄になるよりも、命を、技術を、力を、意思を誰かに遺せた凡人の方が俺はずっといい。それこそ、自分はそうでありたい。まぁ、そんなこと、君に言ったってまだ分かりやしないだろうね」


 ベンさんは語るのを止めると、僕にこう話しかけた。


「さて、十分休めたかな?」


「まだ、歩くのもしんどそうです」


 息絶え絶えにそう答えると、ベンさんは微笑んだ。


「生憎、僕には時間があまりないんだ。元々、ここで道草食っている場合じゃないんだ。そこで、めんどくさいから君を担いで運ぶことにする」


 彼は細い腕で僕を担ぎ上げると、肩の上に載せた。


「えっ、嘘でしょ?」


「安心して、あの子の前ではちゃーんと降ろしてあげるから。ほら、惚れられている女の子にはカッコつけたいでしょ?」


「い、いや、別にそんなこと思ったことありませ、うわぁぁぁぁぁぁぁ、降ろしてぇぇぇぇ」 


 ******


「いやぁ、シュンさんが生きて帰ってきて本当によかったですよ」


 ベンさんに支えられながら、宿に戻ると、娘さんが温かく出迎えてくれた。


「俺は?」


「当然、コルネリウスさんも帰ってきてうれしいですよ。勿論、ちゃんと延滞料金はもらいますけど」


 ベンさんの問いかけに娘さんは笑顔で答える。


「少年にはもらわないの? こいつも遅れて帰ってきたよ?」


 ——おい! 人を売るんじゃない。そもそも、僕はあなたに勝手に巻き込まれたんだろう!


「戦士様には戦士割というものがありまして、宿に泊ることを決めた日から宿を出る日まで月に一回お金をまとめてもらうことにしているんです。だから、シュンさんの場合、延滞金は不要です」


「ねぇ、俺も戦士だよ。今からでも戦士割にしてくれない?」


「申し訳ありませんが、それは受付のときにそう言ってもらわないと割引は出来ません」


「チクショー! 俺も最初からそれにすれば良かった」


 後悔するベルさんに僕たちは苦笑した。


「けれど、ベンさんは明日から聖都に行くんでしょ? 一月分をまとめて支払うのと五日間の宿泊料に二週間分の延滞料金なら、後者の方がまだましですよ?」


「本当はめんどくさいから、いっそのこと、ここにずっといたいんだけどね。出来ることなら君に変わってほしいくらいだよ」


「——僕はあまり聖都にはいい思い出がないので行きたくはありません」


「君、聖都生まれだったの?」


「そういえば、言ってませんでしたね。先生に引き取られるまでは聖都にいました」


 ベンさんは何かを察したのか、小さな声でこう呟いた。


「——あぁ、なるほど……。そういうことか。——なら、辻褄が合う」


「どうしたんですか?」


「いや、何でもないよ」


 すると、娘さんが両手を叩いた。


「さて、お二人にはご馳走を用意していますよ! 楽しんでくださいね」


「勿論、作ったのは俺だがな! それはそうと遅かったじゃないか! この野郎!」


 突然、宿の主人に僕は抱きしめられた。あまりに強く抱きしめられたので、必死の思いで主人の腕を叩いたが、なかなか放してくれない。


「私もサラダは作ったじゃない」


 主人の言葉に、娘さんは頬を膨らませる。


「この宿の竈はまだ俺以外には任せられねぇからな」


 主人はそう言いながら、僕の身体を放してくれた。


「また、そんなこと言っちゃって。——さぁ、手を井戸で洗ってきて、装備を部屋に置いて来てください。そしたら、ご飯にしましょう」


 娘さんは微笑みながら、僕たちにそう言った。


 ******


 荷物を部屋において、食堂に向かうと、七面鳥の丸焼きや黒パン、サラダ、ポトフなどなど僕が見た中で一、二を争うほど豪勢な食事が机の上に並んでいた。


「さぁ、召し上がれ」


 娘さんに笑顔でそう言われた僕たちは手を合わせた。その後、ベンさんが嫌そうな顔をしてこう尋ねた。


「ねぇ、俺、お腹空いていないから部屋で寝てもいい? ほら、明日、朝早くでなくちゃいけないし」


「そんな痩せた体で戦士やれているのか?」


 主人に怪訝そうな顔をされたベンさんは苦笑交じりに答えた。


「そりゃ、あなたに比べたら細いですけど……」


「つべこべ言わず俺の作ったポトフを食え!」


 主人はベンさんの口にスープを無理矢理飲ませた。


「ゲフォ! 薄っ! ほんと、薄いわ。まるで水を飲んだような感じだわ!」


「そうか。これくらいなら、水みたいにいつでも飲めるというのか。なら、もっと飲め!」


 主人はそう言って、また、ベンさんの口にスープを流し込んだ。


「ごほっごほっ! だから、止めて! 二人もそんなに笑わないでこの人を止めて!」


 ******


「いやぁ、疲れたよ。まさか、帰ってきたらお金は払わされるわ。飯は食わされるわ。ほんと、踏んだり蹴ったりだね」


 食事を食べ終わって、部屋に戻ると、部屋の扉を叩く音がした。そこにはベンさんがいた。彼は僕に有無を言わさず、中に入って、ベッドの上に座ると、愚痴を言い出した。


「それなら、食事の方は断ればよかったじゃないですか」


「まぁ、それはさすがに断り切れないじゃん。ほら、みんなご飯を楽しんでいるからね。俺一人、さみしく寝転がるのも癪だったのさ」


「勝手に寝転がってくださいよ」


「ひどいなぁ。少しは構ってよ」


「よくそれで一人で生きてきたね」


「いや、俺、一人で生きてはいないから、だいたい一人になる前に誰かと一緒に生きているからさ」


「やっぱり尊敬できませんね」


「尊敬してよ! 一応、大先輩だよ!」


 ベンさんは僕の肩を強く揺さぶった。僕はなんとかしてベンさんを止めた。


 すると、ベンさんは急に真面目な顔をした。


「なぁ、少年、北に行くと良い。そこには君の望む本物の悪魔が腹を空かせて待っている」


「いや、それは先生から耳に胼胝ができるくらい聞きましたよ」


「——まぁ、行けば分かるさ。あの壁の向こうは今までとは大違いさ。戦士も魔獣もそれこそ、環境も、だよ」


「環境、ですか?」


「これまで君は三つの白い大きな壁を越えてきたよね。それって何のためにあると思う?」


「それは魔獣や悪魔が入ってこないようにするためじゃ……」


 すると、ベンさんは人差し指を振って舌打ちを数回した。


「それだけじゃない。あれは魔素を遮るための物なんだよ」


「どういうことですか?」


「ほら、魔獣の力が四域と三域で違っただろう? 壁の数が多くなるほど魔素は少なくなって、その分だけ魔獣の力が弱くなるって考えられているんだよ」


 ——知らなかった。そんなことが関係しているんだ。


「まぁ、そのせいで弊害があるんだよね」


「弊害?」


「五域には戦士しかいない。それは知っていたかい?」


「そうなんですか? 知りませんでした」


「戦士以外の人間が許容量を超える魔素を吸えば死んでしまうんだよ。戦士にはどういうわけか魔素が効かないから、戦士しかいない。そこでは何が起こる? 弱肉強食の世界さ。一応、教会やギルドも置いてあるが、五域では特に戦士にも気を付けた方がいい」


 ——もっとも、君には問題ないか。と、ベルさんは微笑みかける。


「それなら、もっと強くなっておきます」


「頑張って俺を食べられるくらい強くなれるといいな」


「僕が人を食うのが嫌いだって知っていてそう言っていますか」


 僕が嫌そうな顔をすると、ベンさんは笑顔でこう答えた。


「勿論」


 僕が苦笑すると、彼は優しい目をして僕を見た。


「じゃあね。少年。また会うときまで生きていてね」


 彼は僕に手を振って僕の部屋から出ていった。


次回で二章は終わりです。短いので明日にでも投稿しておきます。


と言っても、幕間みたいな感じなので読まなくてもいいかな?

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