001
前に言っていた勇者が魔王を倒すような話です。
基本、一話辺り3000字~5000字程度に調整しようと思っています。
グロテスクはシーンもあるので、耐性のない方はブラウザバックしてください。
あの日は異様に静かな夜だった。
いつもなら聞こえる野犬の遠吠えも、梟の鳴き声もせず、まるで街が寝静まったようであった。
そんな街の中を一人の冒険者の少女が走っていた。
その後ろには槍を持った男が軽やかな足取りで追いかけていた。
「ねぇ、どーして逃げるんだーい? 俺たちは仲間じゃなかったのかーい?」
彼女を追いかけていた男は息一つ切らさず、彼女に問いかけた。
しかし、彼女は男の問いには答えなかった。——いや、答えることができなかった。
勿論、彼女が喋る余裕がないほど懸命に走っていたということもある。
だが、それ以上に彼女には追いかけてくる男が怖かったのだ。
ついさっきまで仲間に対してあんなことをしていたのにも関わらず、何事も無かったかのように平然とした顔で彼女を追いかけるあの男のことが。
——どうしてこんなところに悪魔がいるのよ! 悪魔は一匹しかいないんじゃなかったの⁉︎
彼女は必死に走りながら、なぜこのようなことになったのか思い返すのであった。
******
三日前。
悪魔から逃げていたという彼女——オリガは冒険者ギルドで二人のパーティメンバーと話し合っていた。そんなとき、彼女たちは背の高い槍を持った男に声をかけられた。
「ねぇ、そこのお嬢ちゃんたち。護衛は要らないかい?」
「どうしたんですか? あたしたちは別に護衛は必要ないんですけど」
短髪で籠手をつけた目つきの鋭い少女——アルトがそう返した。
「第一、私たちは主に近くの森で薬草を採っているので、護衛なんていりませんよ」
オリガは短髪の少女の言葉を補足するように答えた。
男は少し考えてから笑顔で語りかけた。
「けれど、最近、この辺で薬草が採れていないでしょ? ついさっき、受付のお姉さんからそう聞いたんだよね」
「別に私たち、今のところお金に困っていないんですけど」
「けれど、いつかお金に困るんじゃない? そうなれば、森の奥深くに入らなくちゃいけなくなるよね。森の奥深くには怖ーい魔獣がうじゃうじゃいるから女の子三人じゃ危ないかな?」
男はガオーっと唸り声をあげる獣の真似をしたが、三人の少女は冷たい目で彼を見ていた。
「まぁ、言われてみればそうかもしれませんね。けれど、こう見えて私たち三人で協力すれば、鹿狩りができるくらい強いんですよ。あと、魔獣がいるところまで行きませんよ。それこそ朝なのに、そこら辺で酒盛りしている男たちの護衛でもしたほうがいいんじゃないでしょうか?」
アルトはそう言って、喧騒の方に目を遣った。
「まぁまぁ、アルトちゃん。確かに魔獣にあったらわたしたちじゃどうにもならないから少しくらいは話しを聞こうよ」
メイスを持った少女——ルーはアルトを窘めた。
「俺はヘリティオ。こう見えて戦士をやっているんだよ。だから、どんな魔獣が出てきても退治してあげるよ」
「へぇ、あなたは戦士なんですか」
ルーは目を丸くした。
「いや、嘘でしょ。第一、線が細いし、顔も無駄にきれいだから戦士の真似をしたどこかの貴族様じゃない?」
すると、男は肩を竦めた。
「辛辣だね。まぁ、疑うのも無理もないよね。これまで何度もそう言われてきたよ。じゃあ、これを見たら納得してくれる?」
男は懐から女性を象ったロザリオを取り出して彼女たちに見せた。
「ほんとだ。女神さまのロザリオだ」
彼女は目を丸くして、ロザリオを見つめた。
「いやいや、騙されちゃダメでしょ。どうせこのロザリオも偽物でしょ」
「けれど、目が青く光っているよ? 偽物が光ることってあるのかな?」
「どうしても信用できないなら、教会にも行ってもいいけれど……。——どうする?」
目の鋭い少女は少し考えてから嫌そうな顔をしながら、こう答えた。
「そうですね。確かに森の奥深くに入る際に、か弱い女の子三人だけじゃ心もとないですものね。ついてきたいなら、どうぞご自由に」
「こらこら、アルトちゃん! 信用できないからといって、そんな態度は失礼だよ」
メイスを持った少女が目つきの鋭い少女に注意する。
「しょうがないじゃない。自分のことを戦士だって言う男には気をつけなさいってよく言われているでしょ。現にまだ信じていないもん!」
「けれど、ロザリオは本物っぽいよ?」
「はいはい。分かりました。どうぞついて来てくださいませ」
「じゃあ、パーティ申請しに行こうか」
「そうですね」
四人は受付の方に向かった。
******
あれから彼女たちは薬草を採りに森の奥深くに入り込んだ。
道中、魔獣とも遭遇したこともあったが、ヘリティオは難なく魔獣を退治した。
「いやぁ、こんなに採れるなんて。兄貴をパーティに入れて正解でしたよ」
「アルト、なんだか舎弟のように見えるよ」
彼女がそう茶化すと、アルトは赤面した。
「べ、別にあたしは兄貴のことなんて認めてないからな」
「まぁまぁ、アルトちゃんったら、ヘリティオさんのことを認めちゃって」
「何だと⁉︎ あ、あたしは別に兄貴のことなんてみとめちゃいねぇからな!」
アルトはメイスを持った少女の襟を掴んだ。すると、ヘリティオは場を鎮めようとして
「さぁ、そろそろ帰ろうか。いくら俺がそれなりに強くても、夜の魔獣は倒せないからね」
「よく言うよ。どうせ夜でも強いんでしょ?」
「まぁ、森じゃなかったら強いかもね」
「冗談言わないでくださいよ」
「——ちょっと静かに」
ヘリティオは急に真剣な顔をして自分の口元に人差し指を当てた。
「何かあったんですか?」
彼女が辺りを見回すと、そこには周りの大木と同じくらいの背丈の紫色のクマがのっそりのっそりと歩いていた。少なくとも、村で捕らえられたクマよりも三倍大きい。
「あんな大きなクマさんがいるんですね」
メイスを持った少女がポツリと呟くと男は否定した。
「いや、あれはただのクマじゃないよ。これはかなり魔素を吸っているな」
「マソ?」
「悪魔が身体中から漂わせる霧状の物質のことさ。その魔素が強ければ強いほどその魔素を吸いこんだ魔獣の色は濃い紫に近づくんだよね。——いやぁ、まさか、三域の中でこれほどのやつがいるなんて……」
「あれ? こっちに近づいてきていませんか?」
「そ、そうだね。逃げよう!」
男は突然、クマに背を向けて走り出した。
彼女たちは一瞬、面食らいながらも、ヘリティオの後を追いかけた。
「えっ! どうしてですか?」
「あれは正直言って相手にしない方がいい。仮に戦うにしても、俺が一人だけならまだしも三人を守りながら戦うのはちょっとね」
「ちょっと! 守ってくれるんじゃなかったんですか!」
「あんなに大きな魔獣は無理だ。敵いっこない。頑張って走って生き残ろう!」
「そ、そんな……」
「きゃあ!」
すると、突然、オリガの右隣で走っていたアルトがクマに捕まえられてしまった。
「アルト!」
「逃げて! 二人とも! 遠」
アルトはそのままクマに握り潰されてしまった。
「どうしてこんなことになったの!」
オリガが涙を流して、座り込んでしまった。
「オリガちゃん!」
潰したアルトを食べることなく、あっさりと手放したクマは動かないオリガに気づいたのか、ゆっくりと彼女の方に近づいた。
そして、クマの手が彼女に近づいたとき、――もう死ぬんだ、と彼女は思って目をつぶってしまった。
しかし、彼女はクマに潰されることは無かった。代わりにクマが呻き声をあげた。どうやら、男が槍でクマの手を突き刺したようだ。
呆けている彼女を見たヘリティオは突然、彼女の頬を叩いた。
「悲しんでいる場合じゃない!」
「だって、アルトが……。アルトが……」
動揺している彼女にヘリティオは強く言葉を投げかけた。
「確かに辛いと思うけど、今、悲しんでいてもアルトちゃんが帰ってくるわけじゃない! それに彼女の最後の言葉を忘れるな!」
「そ、そうでしたね」
気を取り直したオリガは走り出した。
******
彼女たちは懸命に走った。仲間を一人失いはしたが、その悲しみを堪えた。三人は洞窟に逃げこんだ。
ヘリティオは持っていたランプに火を灯すと、「ちょっと辺りを見てくる」と二人を洞窟に置いて出ていこうとした。
二人はヘリティオを引き留めようとしたが、「安心して。すぐ帰ってくるから」と言うので、彼女たちは渋々、ヘリティオが出ていくのを許した。
少し息を落ち着かせたメイスを持った少女が口を開いた。
「何とか生き残れたね」
「そ、そうだね」
二人がぽつりぽつりと話していると、男が洞窟の中に入ってきた。
「どうでしたか?」
「アルトちゃんの遺体は回収できなかった。あのクマがこの辺りをうろうろしていたからね。近寄ることすらできなかった」
「どうして、そんな危険なことをしたんですか? アルトちゃんがクマに食べられていたら、遺体を持ち帰る意味がないじゃないですか!」
「あいつらは食べないよ。人を殺しはするんだけど、何も食べないんだ。だから、ダメもとで回収できないかなと思ったんだけど、無理だった」
「そうですか……」
表情を曇らせる二人に、ヘリティオは頭を下げた。
「ごめん。俺は戦士失格だよ」
「どうしてそんなこと言うんですか! あんな化け物に勝てないだけで戦士失格とか言わないでくださいよ」
メイスを持った少女の言葉に、ヘリティオは首を横に振った。
「ルーちゃん。戦士っていうのは人を守るためにいるんだよ。守れなかったら、俺は何のためにこれまで生きてきたんだろうって」
「そうですか」
「さぁ、早く寝よう。夜が明けたら、あいつらは巣に帰るから今のうちに寝ておこう。そして、夜が明けたら、すぐにここを出よう」
「寝ていていいんですか? 夜って魔獣が歩き回るんでしょう?」
オリガがそう訊くと、ヘリティオは自分の胸を強く叩いた。
「安心して。俺が入り口を見ているから大丈夫。もう二度と誰も失わせないよ」
そして、男は槍を持って洞窟から出ていった。
******
「ねぇ、オリガちゃん」
「どうしたの? ルー」
突然、ルーに話しかけられたオリガは驚きながらも反応した。
「あの人って戦士っぽくないよね」
「そうかな?」
「私たちがこれまで会ってきた戦士の人ってどこか荒っぽいって言うかなんていうかその……」
「まぁ、女だと見るなりいろいろ言ってくるからね。その点、あの人はそんな素振りはなかったね」
「それに、どこか恰好良くない?」
「そうかな?」
頬を染めるルーに、オリガは首を傾げた。
「あの人、なんか薄っぺらくない? こうなんていうか……そうだ! まるで作り物のような笑顔に見えるの」
——うーん、と少し唸ったルーはこう切り返した。
「まぁ、そういう人もいるよ。別にいいじゃない。それに、笑顔が苦手なだけかもしれないし」
「うん、そうだね」
「さぁ、早く寝よう。おやすみ。オリガちゃん」
「おやすみ。ルー」
オリガはランプの小窓を開いてフーっと息を吹きかけて火を消した。
******
オリガは目を覚ました。まだ辺りは暗かったが、物音がして目が覚めた。
寝ぼけ眼で隣の方を見るとブランケットだけがあって、ルーはいなかった。
オリガは目を凝らして辺りを見回したが、ルーはどこにもいない。
「どこに行ったのかな?」
オリガは起き上がって、ルーを探した。
すると、どこからか木の枝が軋むような音が聞こえた。
オリガは懐に入れていたナイフを手に取ってその音が聞こえた方に恐る恐る近づいていった。
近づいていくと不思議なことに鉄臭いにおいがした。
彼女は悩みながらもゆっくりとそちらの方に向かった。
木の枝が軋むような音は徐々に鮮明になり、岩を噛み砕くような音や時折、干し肉や革靴を引き千切るような音が聞こえてきた。
彼女は逃げ出したくなる気持ちを懸命に堪えながら、そちらの方に近づいた。
そのとき、彼女は水溜りを踏んだ。
——あれ? こんなところに水溜りなんてあったかな?
そう思いながら、前の方に目を遣ると、そこには白く細い腕を食べている男の姿があった。
『懲役一万年』のときのように用語一覧を残しておきます。
説明を簡潔にするため、順不同にしているところがあります。ご注意ください。
一章はとっとと終わらせたいので、今日の午後にもう一話投稿するつもりです。
【用語一覧】
戦士:
悪魔や魔獣を倒す運命にある者のこと。
この世界における勇者みたいな存在。詳細は話の中で語られていく。
魔素:
悪魔が身体中から漂わせる霧状の物質のこと。
魔獣:
魔素を吸いこんで凶暴化した生き物の総称。
食事はしない。深層意識に刻み込まれた命令に忠実に従っている。
魔素が強ければ強いほどその魔素を吸いこんだ魔獣の色は濃い紫に近づくと言われている。
三域:
この世界は魔獣の侵入を防ぐため(諸説あり)、五つの城壁(万里の長城のようなもの)に囲まれている。外から三番目の壁の内部のことをそう呼ぶ。