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警護員藍野と詩織お嬢様の初恋  作者: ななしあおい
2.0_出会い〜詩織13歳〜
8/30

2.6_家出の翌日

 次の朝、朝食後にパパの仕事部屋に呼ばれて私やパパの護衛についてくれる人と顔を合わせた。

 と言っても写真付きの名簿だけど。

 今日ついてくれる人から順に別途ご挨拶させます、と言っていた。

 実際に会ったのは私とパパの護衛の全体指揮を執る黒崎さんという人だ。

 昨日の男と同じ黒のスーツ姿でパパよりずっと若そうなのに物凄く落ち着いてて、雰囲気が仕事をしている時のパパに似ていて、少し冷たそうな感じもする。

 黒崎さんは今後の警護体制を説明してくれた。

 パパは東京で普段は秘書といる事が多いから2人、神戸の私は夜間の家の警護も任せるから4人、どちらかの欠員や交代要員で4人控えてるって事だった。

 本当は神戸のリーダーである藍野さんも来る予定だったけど、今日は来られないそうだ。


「黒崎さん、藍野さんはどうして来なかったんですか?」


 貰った名簿の藍野さんのページを開くと、昨日の男の顔があった。

 あの人、藍野さんというのか。


「藍野は本日より3日間の謹慎処分です。こちらには参りませんが、謹慎期間中は代わりをつけます」


「謹慎て……何で?昨日の木戸の人が藍野さんですよね……あ!」


 言ってからしまったと思った。

 ここにはパパもいる。

 警備が入ってる時間に出歩いてるのがバレちゃうじゃない。

 そっと伺うように二人を覗くと、今の所叱られる気配はなさそうだ。

 ほっと見えないように安堵した。


「はい。昨日の立哨は藍野が担当でした。ですが詩織お嬢様をお止めすることもできず、何より警護員としてあるまじき無礼な振る舞いで、詩織お嬢様をご不快にさせご迷惑をおかけしました。そのための謹慎です。この度は誠に申し訳ございませんでした」


 黒崎さんは深々と頭を下げた。

 私がいう事を聞かずに出て行ったのに、私のせいじゃなくあの人のせいになるなんて。

 怒られた時は物凄く怖かったけど。


「詩織、これはね藍野君の作成した報告書。見なさい」


 パパは私に2枚のコピー用紙を差し出した。

 全部英語で私にはちんぷんかんぷんだけと、行間には手書きの日本語が書かれていた。

 パパが翻訳してくれたようだ。

 どちらも作成者には藍野さんの名前があり、少し前の日付と昨日の日付で藍野さんが何をしたのか事細かに書かれている。

 古い日付はパパ、もう一つは昨日の私の分だろう。

 パパの方は時刻やパパが話した事まできっちりと書かれていた。

 一方、私の方は途中まではパパの報告書と同じように書かれているのに、私が夜抜け出した時刻の部分がすっぽりと抜けていた。

 私が言うことを聞かずに抜け出した事も、ひどい言葉も、それを注意された事も一切、何も書かれていなかった。


「藍野君は以前パパに付いてくれた人だ。謹慎になるような事は一度だって起こした事はないし、突然こんな報告書を書く人じゃない。詩織は何か知っているかい?」


 こんな時のパパは、知らないって言っても聞いてくれるパパじゃない。

 こくんと頷き、観念して答えた。


「私、藍野さんにたくさんひどい事言って怒らせたの。ごめんなさい」


 私はパパに全部話した。

 夜中にこっそりと家を出た事。

 バカ犬と呼んだ事。

 犬なら飼い主の言う事を聞け。

 ほかにもたくさんひどいことを言った。

 自分で言ってて恥ずかしくなって、途中からパパを見られなくなった。


「黒崎君、聞いての通りだ。詩織が随分と失礼な事をしたようだ。教育が行き届いていなかったようで申し訳ない。藍野君の謹慎は解いてくれ」


 パパはひとつため息をついて、私のした事を黒崎さんに謝った。

 パパに謝らせちゃった。

 胸の奥がズキンと痛い。


「承知いたしました」


 パパは私を向き、言い聞かせるように話す。


「詩織。パパは確かに彼らの雇い主だけど、私も詩織も彼らの尊厳まで傷つけていい訳じゃない。怒鳴ったり怒らせたりする悪い環境で嫌々働いてもらうより、いい環境を用意して気分良く働いてもらった方が効率もいいし、彼らだってパパや詩織が困っていたら助けてあげようって気になるだろ?」


 私はこくんと頷いた。


「あともう一つ。昨日の腕時計はどうした?」


 言われて、びくりとした。

 ばつが悪くて、さっと左手を引っ込めて隠した。


「捨てたの。その、壊してしまったから……」


「じゃあ、それは藍野君が出てきたら彼に相談しなさい。詩織もきちんと謝るんだよ。彼らにとって処分を恐れず忠告するのは、とても勇気のいることなんだから」


 そういう人は貴重だから大事にしなさい、とパパは言った。


「パパ、私ってそんなに危ないの? その……これから護衛についてくれる人を死なせてしまうくらいに」


 私の質問はパパの代わりに黒崎さんが答えてくれた。


「普段は社内で秘書や社員と一緒にいる高坂社長より、出歩く機会の多い詩織お嬢様の方が数倍危険な事はどうかご理解ください」


 秘書や部下に囲まれたパパに近づいて脅すより、私を誘拐し人質にして、パパを脅す方が簡単で効果的だと黒崎さんは言った。


「そんな輩を近づけさせないのが、我々の任務です。残念ながら殉職が絶対ないとは言い切れませんが、護衛とはそういうものです。ですが我々はそう簡単に死んだりしません。それなりに訓練もしておりますし、実戦経験もある者達です。どうぞご安心ください」


 死ぬ事がないとは言い切れないし、護衛とはそういうもの。

 黒崎さんの突き放した言い方にゾクリとした。

 じゃあ、もし昨日、外に出た時襲われていたら?

 私の行動一つで護衛の誰かを危険に晒すかも知れないし、それが原因で死ぬ事もあるなんて。

 藍野さんがあんなに怒っていた理由もようやく分かった気がする。


「黒崎さん、昨日は……勝手な事をして、本当にごめんなさい」


 しょげかえった私の姿に、黒崎さんは「ご理解頂けて何よりです。藍野にも伝えましょう」と言った。


 パパは何か思いついた顔をして、黒崎さんと話した後、私にこう言った。


「詩織、今後は藍野君と話して、自分で護衛を動かしなさい。パパは口を出さないから」


 パパは「ちょうどいい機会だから、詩織も人を使う事はどういうことか覚えなさい」と言った。


「護衛を動かすって……私、何をしたらいいか全然わかんないよ」


 困った顔をしていると、黒崎さんが助け舟を出してくれた。


「詩織お嬢様が今後どのような生活をしたいのか、藍野にお話し下さい。ご希望に沿ってフォロー致します」


 私の希望を藍野さんに伝えればいい、そう難しく考えることはございませんと言われたけど、今の私には藍野さんと話す事が怖かった。

 あんな風に怒られたことなんて一度もなかったから、どんな顔をして会えばいいのかわからない。

 明日なんて来なければいいのにと不安な気持ちのまま、パパの仕事部屋を出た。

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