6.5_グループで生きる
原田さんがチェックアウトを済ませ、私の荷物と一緒に家に帰りついた頃、メッセージの返信が来た。
少しドキドキしながら開封する。
『こんにちは、ミスター高坂の娘さん。あなたから連絡貰えるなんて思ってもみなかったわ。ちょうど来週日本に行くから、メッセージより会って話しましょう。楽しみにしているわ』
メッセージにはホテルとラウンジの名前と日時、泊まる部屋の番号があった。
まさか会ってくれるなんて。
すぐさま訪問すると返事をした。
※ ※ ※
いよいよスタンリーさんに会う日が来た。
指定されたラウンジは高級ホテルだ。
失礼の無いようにと一応、ホームページからラウンジのドレスコードを確認し、ワンピースにジャケット、ヒール付きの靴に小さめなバックを合わせた。
今日は用事があると言って、護衛ではなくパパの秘書に送ってもらった。
秘書なら報告書も書かないし、ホテルの中にまでついてこないから、私が誰と会おうと何をしようとHRFが知る方法はない。
真っ直ぐラウンジに向かい、受付に部屋の番号とシャーロットさんの名前を出すと、こちらでお待ちですと案内された。
そこにはソファに座るスタンリーさんと、傍らに制服姿で控える黒崎さんと湊さんがいた。
「詩織様、何故ここに……」
「嘘、湊さんと黒崎さん……どうして?」
湊さん達に知られたくないからパパの秘書に頼んでわざわざ送ってもらったのに、こんなに早く知られてしまうなんて。
「私どもはスタンリー様の護衛です」
黒崎さんが答えた。
そういえばスタンリーさんはパパより上のグループの役員だ。
護衛がいてもおかしくはないし、グループ役員ならベテラン2人がつくのは当然なのだろう。
呆然と私を見つめる湊さんを尻目に、スタンリーさんはさっと立ち上がり、右手を差し出して、握手を求めてきたので、私はその手を握り返した。
『初めまして、ミス高坂。私がシャーロット。シャーロット・ルイス・スタンリーよ。よろしくね。シャーリーでいいわよ』
データベースの写真通り、セミロングで少しウエーブのかかったダークな金髪が綺麗な女性だ。
身長は私より少し高くて、通った鼻筋に白くて綺麗な肌、瞳もグリーンがかっていて正に白人女性の風貌だ。
お仕事モードなのかベージュ色のパンツスーツに白いカットソーを合わせていた。
『こちらこそ失礼しました。高坂詩織です。私も詩織と呼んで下さい』
一旦湊さんの事は脇に置いて挨拶をする。
『それじゃあシオリ、場所を変えましょう。こんなのが側にいるとゆっくり話もできないものね』
シャーリーは親指で後ろを指差し、二人に部屋へ戻ると指示した。
黒崎さんが先導し、湊さんはラウンジの受付に行った。
私達がエレベーター前に来ると湊さんも戻ってきて、4人でエレベーターに乗り、シャーリーの泊まっている部屋へ案内された。
この前の事もあって沈黙がすごく気まずい。
早く着かないかと視線をウロウロさせているうちに着いた。
※ ※ ※
シャーリーは私をスイートの応接室に通し、湊さん達を部屋の外に追い出してくれた。
湊さんは追い出される前、シャーリーと何か話して、私を心配そうにチラチラ見ながら、しぶしぶ出て行った。
その視線が痛くて居心地が悪い。
湊さんと入れ替わりに客室係がルームサービスのコーヒーをワゴンで運び入れてくれる。
客室係が私達の前にコーヒーを置き、出て行くとシャーリーはため息混じりで私に謝った。
『ごめんなさい。ミナトは本当にデリカシーが足りないわ。後で言っておくわね』
シャーリーはコーヒーにミルクを注ぎ、スプーンで一混ぜして、口をつけた。
好みの味なのか、口元が少しほころんだ。
『いいえ、私も悪かったんです。あまり叱らないでください。彼は私の事を何か言っていたんですか?』
私もソーサーごとカップを引き寄せて、ミルクとお砂糖を入れ、一口飲んだ。
コーヒーはそんなに飲める方じゃないけど、これは飲めそうないい味だ。
『貴女には通訳が必要だから自分を残せと言ってたわ。今はスマホでも何とかなるのにね。ああ、貴女も気にせず分からなかったらスマホを使ってちょうだい』
困った子だと、シャーリーは小さくため息をついた。
『あの人はそうなんです。いつまでたっても私は小さな詩織のまま……』
私は目を伏せて、力なく笑った。
そんな私をシャーリーは力づけるように明るく話題を変えた。
『さて、私の経歴に興味があるのよね。何なりと質問どうぞ!』
私はまずHRF社について質問した。
シャーリーからはHRFの色々な話を聞けた。
役員だから知っているのかと思ったが、HRFは元々軍人を多く輩出するシャーリーの一族が始めた事業である事、その流れで特に軍関係者と縁が深く、持ちつ持たれつの関係で事業を行っているそうだ。
小さなところでは彼らの教育研修カリキュラムや合同演習の相手。
極秘案件クラスになると軍と共同で作戦行動も行なう事もある、いわば民間軍事会社の面もあるという。
私が案じた依頼されれば殺しを請け負うのも本当だという。
現にパパの依頼した犯人の始末もHRFの人間が実行したという。
『でもね、どんなに優秀な軍人でも実際に人を殺す事によって起きるPTSDや精神的な後遺症で潰れる事があるのよ』
シャーリーは少し顔を曇らせて言った。
たとえ戦場で命令でも人が人を殺すのは本能で忌避感を覚えたり、罪悪感を感じるものだ。
人にもよるが、後遺症を発症して一生苦しみ続けたり、自殺をしてしまうこともあると言う。
HRFにとって殺しを請け負うリスクより、その人が廃人になったり、使えなくなってしまう事が余程損失だとシャーリーは言った。
『だから引き受ける際、一定のルールはあるし、実行者も厳しく選別しているから、そういう案件は簡単に受けたりできないのよ』
ママを殺した犯人の件もシャーリーは知っていて、パパが言った通り、彼らはテロリストとも本当に繋がっていて、実行者はHRFだけどアメリカ軍に協力した形にしているらしい。
その際、拠点からテロリスト達の繋がりや今後の計画などが入ったPCを押収できたので、犯人を庇いだてしていた中東の王族は、テロリストを支援していた事実をアメリカ政府に引き渡さない事を条件に大人しくさせたという。
少しでもおかしな動きを見せれば即座に通報できるようHRF内で常時監視するし、彼らとてアメリカと真正面に事を構えることは避けるだろう、今後も安心していいとシャーリーは言った。
『そんな大事な事、私に話していいんですか?パパ、いえ父さんからも詳しくは聞かされなかったのに』
湊さんだって機密事項だと言って教えてくれなかったし、父さんだってテロリストとして始末されたとしか言わなかった。
『構わないわ。私の意思はグループの意思。私が話すと決めたのなら、下部組織のHRFには口出しさせないわ』
シャーリーはきっぱりと言い放った。
グループ側にいるとみんなそうなのか、シャーリーは私とHRFを分けていて、私が幹部側だと考えているように見えた。
「何故、役員になろうと思ったのですか?」
シャーリーがグループの役員を目指したきっかけは好きな人の手助けになりたい、その為にグループの役員になりたいと考えたのが始まりだそう。
創業一族に生まれ、銃社会のアメリカでは護衛がつくのはそう珍しくもない話で、小さな頃からずっと護衛のいる窮屈な生活だったそうだ。
夏休みのサマーキャンプも兄弟だけだし、ハロウィンだって使用人相手、映画もビーチもショッピングモールも貸切で街中を普通に歩くこともできない。
テレビや映画で見る普通のティーンの生活にずっと憧れていたそうだ。
ある日、護衛にこれから見る事を誰にも言わないよう言い含めて、両親にも言わずに街へ出かけた。
一人で電車に乗り、雑誌で見たショップを巡り、お腹が空けば公園でケバブを食べてごろ寝して。
それはとても楽しくて、両親にもバレなかった。
おかげで普段の窮屈さが何倍にも感じられて、両親に嘘をつく回数も段々と増えていき、生活は少しずつ荒れていった。
ティーンの考えつく危険な遊びは一通りやったとシャーリーは苦笑いする。
学校をサボって夜通しのパーティーにお酒にドラッグ、彼氏だって取っ替え引っ替えして遊んでいた。
どんな護衛だって創業一族に楯突く者はいないから、シャーリーはますます深みにハマっていった。
そんな時、ある護衛がつけられた。
『その人が護衛になるまではね、両親はこんな荒れた生活をしてるなんて全く知らなかったの』
『えっ。ご両親への報告書には何も書かれていなかったのですか?』
『その頃はまだ無線の録音なんて習慣はなかったし、私が書くなと口止めすればおしまい。あの人は違ったけど』
その人は下っ端なくせに、勤務だろうとオフだろうと関係なく、自分を止めようとどこまでもついて回り、命令しても歯向い、延々とあれは止めろ、これは危険だ、君はいつまでこんな生活をするつもりだと口うるさく言い続け、とうとう根負けしてしまったという。
『あの頃、日本人ってみんなあんな風にクレイジーなのかと思ったわ』
『日本人?』
『そう。一人はイオリ、もう一人はレイジ。クレイジーなのはイオリの方ね』
レイジは今とさほど変わらなかったわね、となんだか楽しそうに言うけど。
今と変わらないって……。
『あの……レイジさんってまさか黒崎さんの事ですか?』
『そうよ。その頃のイオリのパートナーがレイジだったの』
今までの生活態度を反省して学校へ戻ったが、ハイスクールは退学寸前。
その頃はsophomore(16歳・アメリカの高2)で成績も良くなかったし、受験に必要な課外活動やクラブ活動もしていなかった。
日本と違い大学に行くためには学校の内申書が重要なアメリカでは受験するにはギリギリのラインだった。
そこからはドラッグの治療やカウンセリングを受けながら真面目に勉強をし、ボランティア活動もした。
「おかげで、滑り止めには受かって何とか卒業したわ」
その後は、一族のHRF役員から始め、傘下企業のあちこちを歴任したのち、2年程前にようやく念願叶ってグループの役員として活動しているという。
役員を目指した理由が私と似ていて、急に親近感が湧いた。
『じゃあ今はグループ役員になって、好きな人の手助けができているんですね』
結婚指輪と婚約指輪を重ねづけした左手の薬指を見ながら、私は言った。
『そうね、目標は達成したわ。今はもういないのが残念だけど』
『今は、もういない?』
『彼、殉職したの。もう8年になるわ』
彼はお披露目にこの指輪を贈ってくれたと、と幸せそうにシャーリーは笑った。
『今回の来日は仕事もあるけど、もうすぐ彼の命日なの』
もう仕事やプライベートの都合がつかなくなり、命日に来る事はできなくなったけど、今でも来日した時に会いに行くという。
『で、貴女は何が欲しくて私に会いに来たの?』
先程までのにこやかで朗らかな印象と同じなのに、口調は変わり、真剣な眼差しを私に向ける。
嘘を吐けばすぐに見破られてしまいそうだ。
『……私、あの人が欲しいんです。会社ごとあの人が欲しいんです。どうしたらHRFの役員になれますか?』
一息に言ってカラカラになった喉に水分が欲しくなり、コーヒーを一口飲み下して、小さく呼吸をした。
『そうねぇ。一番簡単なのは私の兄と結婚する事かしら。それ以外となると貴女の場合、私と同じように自分の家の役員を経験してから異動ね。どちらでもまずは大学を卒業しなさい。アメリカの大学をね』
少し考えて、シャーリーは言った。
アイビーリーグとは言わないが、せめてベスト30に入る大学を卒業するのがいい。
シャーリー自身もそうだと言う。
HRFはグループでも特殊な立場の会社だから、役員もそれなりに要求が高いという。
現副社長のシャーリーのお兄さんもアイビーリーグ出身の次期社長なんだそう。
『日本の大学ではダメですか?留学はする予定ですが』
推薦で入った大学だが、そんなに偏差値は悪くない。
割と自信はあった。
『ダメよ。新規の事業家や社長以下の重役クラスならともかく既存社の役員になりたいのならアメリカの大学を卒業した方が断然有利よ』
私の質問にシャーリーは即座にノーと言った。
父の会社だけならともかく、私の希望がHRFなら確実に他社を回る必要がある。
その為にはアメリカの大学の方がわかりやすく、周囲を納得させやすいと言う。
『アメリカへ来なさい、シオリ。貴女の欲しいものは日本では絶対に手に入らない』
来る気はあるかや来ないかではなく、来なさいと命令口調な所に、これ以上ぐずぐずと日本に留まる理由はないと言わんばかりだ。
「これが湊さんを手に入れる対価かぁ……」
ついポロリと日本語で本音が出てしまった。
来年行ったとして最低2年、母国語じゃない上にレベルの高い授業。
たとえうまく転学できても、卒業までそれ以上かかってしまうかもしれない。
そこからもまだまだ経験を積む必要がある。
今の私には、厳しい対価だ。
『タイカ?何の意味?』
シャーリーは耳ざとく質問してきた。
『対価《consideration》です。欲しい物があるなら適正な対価を支払いなさい、と子供の時からの父の教えです』
『ミスター高坂らしい教育ね。貴女は支払う準備はあるの?』
『ありますが、払いきれる自信がありません』
元々、パパの援助の約束は大学の4年間のみ。
来年転学したら残りは2年。
正直2年で卒業できる自信がない。
私がそれを伝えると、シャーリーは考え込み、パッと顔を輝かせた。
『いい事を思いついたわ。担保として私があなたを預かるのはどう?』
『私が担保ですか?』
『そう。あなたはミスター高坂の援助内で大学を卒業できれば希望通りTKエネルギー社の役員に就任する。出来なければ私が更に1年ずつ支援するわ。ただし1年後、HRF副社長である私の兄さんと結婚する。どうかしら?』
えーと、つまり。
予定通りに父さんの援助内で卒業できれば、担保の私を取らないけど、できなければ担保の私をシャーリーのお兄さんと結婚させるの?
それ以上は脳みそが考える事を拒否してしまった。
一方、シャーリーは『兄さんは今30歳よ、あなたと結婚する頃には33歳でちょうどいいわね』と、ウキウキしながらタブレットを出して契約書を準備し始めたシャーリーに、冗談ではなく本気で私とお兄さんを結婚させようとしている事を察した私は、思わず椅子から立ち上がって日本語で叫んだ。
「そんなの絶対ダメです! 私、頑張ります!!」
日本で取った単位を転学先で認めるよう手を回すとシャーリーも請け負ってくれたから、なるべく日本で取れるだけ単位を取っておいて、来年に転学しよう。
そして、パパの援助内で絶対に卒業するんだ。
そうでないと、一番望まない結果になってしまう。
為せば成る為さねば成らぬ何事も。
私は、最悪のバッドエンドだけは絶対避けようと決意を胸にパパを説得すると心に決めた。
※ ※ ※
私のために取ってもらった時間もあと少しとなった。
そろそろ辞去すると挨拶すると、シャーリーは言った。
『彼と話していく?』
『いいえ、このまま帰ります。早く父とも話したいので』
小さく笑ってシャーリーは言った。
『そうね、あなたはこれからやる事が沢山あるものね』
何か困ったら事が起きたら連絡しなさいとシャーリー直通の連絡先を貰い、私とシャーリーのスマホの連絡先を交換しあった。
『貴女と来年会うのを楽しみにしているわ。早くここまでいらっしゃい』
『はい、今日は貴重なお話をありがとうございました。シャーリーもお元気で』
私達は再び握手とハグをして、私は一人で応接室を出た。
※ ※ ※
部屋の外に出ると、湊さんと黒崎さんが立哨に立っていた。
私の姿を見て、早速湊さんは問い正そうと話しかけてくる。
「詩織様、シャルロット様と一体何を……」
湊さんの言葉を遮って私は言った。
「湊さん、黒崎さん。シャーリーが呼んでるわ、行ってあげてちょうだい」
シャーリーは二人を本当は呼んでないけれど、きっとシャーリーなら私がホテルを出るまで二人を引き止めてくれるだろう。
私の言葉に黒崎さんが返事をしてくれた。
「承知致しました。行くぞ、藍野」
黒崎さんは話したそうな顔の湊さんを連れて応接室に足を向ける。
湊さんがスイートのドアを閉める時、私を一瞬見て視線が合い、そのままドアを閉めた。
私は二人を見送ると、一人でエレベーターへ向かった。
この日以降、私は護衛の指名の全てを取り下げた。
シャーリーのコソコソ話
■碧月 伊織
シャーリーの恋人で婚約者で護衛。
沈着冷静タイプな黒崎は正義感が強く嘘の嫌いな碧月と全く考え方が合いませんでしたが、黒崎はシャーリーの件で巻き込まれてるうちに多少碧月に感化され、似たタイプの藍野をパートナーにしました。
シャーリーの護衛についたとき、荒れ果てた生活をするシャーリーが性格的に許せず、自分が性根を叩き直すと孤軍奮闘しました。
シャーリーが贈った腕時計の本当の持ち主。
ある案件で殉職しました。
その後、腕時計は黒崎の手に渡り、シャーリーと黒崎は付き合い始めますが、別れました。




