6.4_グループへの招待
私は部屋の明かりもつけずに、ひっそりと窓際に座っていた。
窓からはあれだけ輝いて見えた夜景も今は輝きを失い、暗く静かな海だけが不気味に見える。
湊さんは私を控え室だったホテルのスイートへ送り届け、また出て行った。
多分、ドアの外で立哨している。
パパの命令の『側にいろ』の為だ。
私の命令の連れ出せを無視するくせに。
今はドア一枚分の厚みが、こんなにも遠い。
私達はどこまでいっても依頼人と警護員。
結局、何も変わらなかった。
フラれて悲しいのに涙ひとつも流れない自分に嫌気がさす。
私の想いはそう簡単に変わるものではないのに。
でも、あの様子だと私の言葉には絶対に頷いてくれないだろう。
あの人が欲しい。
あの人に私が必要なくても、私には必要なの。
どうしても諦めたくない。
随分昔、咲良に言われた事をふと思い出した。
――結婚や恋人だけが恋愛のゴールじゃない、想い方もそれぞれある。
私にしかできない想い方、できるのかな?
考え始めた頃、スマホからメールの着信音が聞こえた。
こんな時に誰かとメールを開けば、差出人は見覚えのない外国人からだったが、ccがパパのプライベートアドレスで、タイトルからグループからのメールと伺い知れた。
私のお披露目が済んだから、グループの幹部用データベースに私のデータを公開した事と、私にデータベースのアクセス用アカウントの通知メールだった。
データベースのアドレスもあったのでアクセスした。
初回パスワードを変更し、ログインしてみる。
中はごくシンプルな作りで左にグループ傘下の社名、上に検索窓と詳細検索ボタンがある。
ちゃんと日本語にも対応しているようで、右上に言語選択のリストがあった。
空きスペースに検索結果が表示されるのだろう。
試しに自分を検索すると、表示された。
高坂詩織、19歳、現住所は日本、家族は一人で父親は高坂崇詩、所属はTKエネルギー開発社、役員経歴なし、お見合い希望はなし、などの情報が並んでいる。
どこで撮られたのかご丁寧にお披露目の時のスナップ写真付きだ。
パパに聞いたお見合いはここから相手を検索して申し込んだり、交渉したりするんだろう。
パパを検索すると同じ様に出てきた。
今度は空欄で検索ボタンを押すと、グループの幹部やその家族の名前が沢山出てきた。
私はポチポチとランダムにクリックしていく。
父親の会社の重役になっている人、お披露目後すぐに結婚して旦那様が副社長になった人、大学を卒業して研究者になり研究所の所長をしてる人、ボランティア財団を立ち上げて運営をしている人。
幹部の子供とはいえ、本当に色々な道があるようだ。
何となくHRF社に関係する人を絞り込んで、トップを適当にクリックする。
その人は女性でHRF社の役員からスタートし、あちこちの傘下企業の役員を経験した後、今はグループの役員をしてるようだ。
こんな風に役員として関われるなら、私も湊さんの側に居られるかもしれない。
連絡先をタップしてメッセージ欄を開き、少し考えて英語でメッセージを入れた。
『初めまして、スタンリーさん。私は高坂詩織です。あなたの経歴にとても興味があるので、メッセージかメールでお話し聞かせて貰えませんか? お返事待ってます』
送ってから気がついたけど、グループの役員ってきっとパパより偉いのよね。
もう少し丁寧な文面の方が良かったかしら。
気を取り直して、左側の社名一覧からHRF社のリンクをクリックすると、支部の国名が展開されたので私は日本をクリックした。
結果にはずらりと沢山の人名が出てきた。
トップには黒崎さんの名前があったから、多分社員名簿だ。
何となく湊さんのページに飛んでみる。
そこには以前黒崎さんから貰った警護員名簿より詳しいデータが載っていた。
あの時は写真と名前くらいだったのに、ここには他にも経歴、所属課や役職、受けた案件とランク、警護ランク、単価、懲罰歴、顧客指名率、リピーター率などがある。
驚いたのは単価の高さだ。
単価順に並べ換えると湊さんは日本支部で一番高かった。
一番偉い黒崎さんが2番目なんて初めて知った。
私の護衛チームに居てくれたみんなも大体10番以内に入っていて、昔の私は本当に特別扱いをしていてくれたのだと初めて知った。
※ ※ ※
眠れないままデータベースを眺めて朝を迎えた頃、パパの秘書の原田さんがチェックアウトと私の荷物を取りにきた。
「詩織さん、外のドアノブにこれが掛けられていましたよ」
原田さんはショップ袋に入ったものを渡してくれた。
誰かからのお披露目祝いかな?
プレゼントは白の綺麗なリボンでラッピングしてあり、不似合いなメモ用紙も一緒に挟んであった。
メモを開くと走り書きが一行あった。
『遅くなりましたが入学祝いです。気に食わなければ処分して下さい 藍野』
プレゼントは藍野さんからだった。
昨日あんな事になったから、メモ用紙に書いて挟んだんだろう。
リボンを解いて包装紙を開けると、綺麗なワインレッド色の皮のシステム手帳だった。
ペンホルダーにペンも差してあり、見返しには私の名前が入れてあった。
開くと一通りのレフィルが綴じ込んであった。
スケジュール帳の4月をめくれば、大学の入学式の日付に付箋が貼ってあり「入学おめでとうございます。大学生活、楽しまれて下さい」と記されていた。
メモ書きも付箋も書き慣れた様子が窺える、私が初めて目にした手書きの日本語だ。
目にした途端、ぱたぱたと涙が溢れて止まらなくなった。
「馬鹿ね、湊さん……」
あの人は本当に馬鹿でひどい人だ。
私の気持ちに気づいていて、入学式の日付も知っていた癖に、会いに来てくれなかったのが答えだと言うの?
こんな風に渡すくらいなら、いっそ渡さなければ私も傷つく事もなかったのに。
でも馬鹿なのは私も同じだ。
この手帳も、好きだった気持ちも捨てられない。
こんなにされてもなお、好きなんだもの。
私は手帳をそっと抱きしめ、あの人に愛されたかったと泣いた。




