6.1_創業記念パーティー〜詩織19歳〜
私は内部進学はせずに、大学は東京の大学を選んだ。
一番は東京の大学にすれば、湊さんの側にいられるからだけど、護衛のみんなを見て、漠然と英語を使う仕事がしたいと英文科を選択した。
湊さんもそうだけど、チームの人は海外経験者が多く、自然とそういう話をする機会が多かったからかもしれない。
誰の話でも共通しているのは、日本でも英語は学べるけど、現地の経験から学ぶ事もすごく多かったって事。
だから私も湊さんやチームのみんなが見てきた世界を一度は経験してみたくなった。
そんな理由から東京にある大学に決めた。
ここは留学も単位として認めてくれる所で、時期を見て留学したいと考えていた。
本音を言えば、湊さんとは離れたくないけど、今のままじゃたとえ隣に立てても、胸を張れない気がするから。
でも、パパと一緒に暮らすなんて何十年ぶりかな。
一緒に暮らし始めてすぐ、ママを殺した犯人達はもう私達を狙ったりしない、これからはもうそんな心配をしなくていいとパパは言った。
「長いこと不自由な思いをさせたが、これからは詩織の望む事を好きにしていい」
流石にパパの娘で身代金狙いの誘拐はあるかもしれないから完全に護衛を外したりしないけど、これからは規模も時間も大幅に減らす、パパはそう言った。
買ったものを見られたりする事がなくなるのは嬉しいけど、せっかく湊さんの近くに来たのに、更に会える時間が減っちゃうのが残念だな。
「……犯人達はどうなったのか、聞いてもいい?」
警察が逮捕すらできなかった犯人達なのに、突然いなくなるなんてことはない。
何か理由があるはずだ。
「犯人達はテロリストとも繋がっていて、軍隊にテロリストとして壊滅させられた。結果として逮捕はできなかったけど、私達が狙われる心配はもうないんだ」
これで沙織にも報告に行けると、すっきりした顔で言ったのを聞いたとき、あぁやっぱりか、と思った。
これは多分嘘だ。
パパは何か私に言いたくない事を隠してる。
「そう……わかった。話してくれてありがとう、パパ」
恐らく護衛以外の何かをHRFに依頼したのかも知れない。
だからと言って、パパを責める程子供でもなくなってしまった。
「ところで詩織、今度パパの会社の創業記念パーティーがあるんだけど、一緒に出てみないか?」
沈んだ空気を払うように、パパは話題を変えた。
「ママの事もあったからずっと詩織の事は伏せていたけど、そろそろグループにお披露目しようと考えてるんだ。詩織はどうかな?」
「かまわないけど、お披露目って何?」
「グループの人にこれからウチの娘をよろしくお願いしますという紹介と、これからは詩織のお見合い話を受け付けしますっていうパパの意思表示かな」
えっ、お見合い!?
聞き捨てならない単語にぎょっとして慌てふためいてパパに言った。
「待ってよパパ。私、結婚なんてまだする気ないよ!!」
大体私まだ19歳、大学だって始まったばかりなのに、大学生活楽しむ間も無く結婚なんてあり得ないよ。
……湊さんなら別だけど。
「詩織をお披露目したからって、パパには見合い相手を見繕うつもりはないから安心しなさい。パパだって後継者は自分で選びたいからね。恋愛でも見合いでも結婚するもしないも詩織の好きにしたらいい」
笑いながらパパはお見合いを否定した。
「でね、詩織はまだ結婚する気はないし、パパも後継者は自分で選びたい。そこで、日本で小さくやれば招待客も限定できるから、お互いメリットがあると思わないかい?」
いい事を思いついたように、パパは言って続ける。
「あとね、グループへのお披露目が済めば、彼の見る目も変わるかもしれないよ」
「パパ?」
「グループではね、お披露目が済めば何歳でも成人と見なしてるんだって。私も初めて知ったよ」
その昔、お披露目は私のような経営幹部の子供同士をお見合い結婚させて、グループ内同士の結びつきを強固にする為に行われていたそうだ。
今は時代も変わって、女性が社長にも役員にもなれるし、会社の方針によってはパパのように始めから後継者は自分の血縁によらない人にすると決めてる事もあるから、お見合いの部分は殆ど形骸化し、今では単に家族を紹介する場となっているらしい。
勿論、昔ながらのお披露目もグループ主催のパーティーとして、今でもアメリカ国内で行われているそうだ。
お披露目情報はグループ内に公表されるから、HRF社のような所にも影響を与える事ができるかも知れない、というのがパパの目論見だ。
「当日は会場警備に指名したから、彼が来るよ」
藍野君の事が詩織は好きなんだろう、とパパは懐かしそうに目を細めた。
「パパがママと結婚したのは、ママが19歳の時だったんだ」
パパにできる事はこんな事くらいだけど、後悔しないようにしなさいと、私の背中を押してくれた。
※ ※ ※
パーティーまではあっという間だった。
ドレスはママが海外の映画賞にノミネートされた時に、初めてレッドカーペットを歩いたイブニングドレスをカクテルドレスにデザインを変更して新しく作った。
このドレスを選んだ時、パパはやたらとニコニコして機嫌が良かった。
後で桐山さんから『あのドレスは旦那様が贈られた中で、奥様が一番気に入っていると言われたそうですよ』と聞いた。
道理で機嫌がいい訳だ。
当日はお披露目らしく、ピアノやバイオリンの演奏をする人もいるらしいけど、生憎と私には楽器はできないので、英語でのスピーチにした。
事前に原稿は秘書さんにもチェックしてもらってるし、発音はチームのみんなを相手に練習したから多分大丈夫。
後はパパに連れ回されてあちこちに挨拶をして回り、やっと一息ついた所に湊さんが来てくれた。
「詩織様、大分お疲れのようですね」
くすり、と笑いを噛み殺しながら湊さんが近づいてきた。
今日は黒に近いダークスーツの三つ揃えに、シルバー色のネクタイ。
警護中は絶対に開けてる筈のジャケットは、きっちりボタンを閉めていた。
「うん、すごく疲れた。そうだ湊さん、どうかなこれ」
ぱっと立ち上がって、ひらひらと裾を揺らしながらドレスを見せた。
黒以外なら何色でもいいと言われて、紺色に近い深めの青にほんの少しラメの入ったシルクで膝より少し長めの丈。
ワンショルダーのワンピースで裾はアシンメトリーに仕上げてあり、動くとひらひらするのがお気に入りだ。
アクセサリーはパールとダイヤを使ったネックレスとイヤリングをセットで身につけている。
「よくお似合いですよ。こちらはチームからのお披露目祝いです。お披露目おめでとうございます」
可愛いラッピングの小さめな小箱。
多分ヘアアクセサリーかブローチとかかな?
お披露目のお祝いは男性ならお仕事に関するもの、女性ならドレスやアクセサリーで、親族や恋人だけがドレスやスーツ、ネックレスや腕時計など身体に直接触れるものを贈れて、友人や取引先などはそれ以外とルールがある。
肌に触れる物を贈れる権利が親族や恋人限定なのは、グループの一員として、その人を今後も自分達が守るという意思表示なのだそうだ。
「ありがとうって、みんなにも伝えておいて」
受け取った時、湊さんの左手の薬指に指輪がしてあるのが見えた。
怪訝そうな顔をした私に気がついた湊さんは、
「ああ、今日は夫婦でパーティーに参加してる設定です」
あかり、と奥さん役の名前を呼び、妙に手慣れた様子で手を取り、腰に手を回して私に紹介をする。
「初めまして、詩織様。高坂社長の護衛の柴田と申します」
この人がパパの護衛か。
綺麗より可愛らしい人だな。
こんなに細くてパパの護衛なんて出来るんだろうかと心配になってしまう。
ちらりと見るとやっぱり左手の薬指にお揃いの指輪。
すごくお似合いの夫婦にしか見えない。
さっきのエスコートといい、護衛のためのお芝居だってわかっていても、チリチリと胸が痛む。
「ねぇ、貴方が高坂社長にご挨拶している間、私達、控え室に行ってもいいかしら。少し疲れてしまって。終わったら迎えにきて頂戴」
「ああ、後で迎えにいこう」
「さぁ、詩織さん行きましょう」
柴田さんは強引に私の手を取り、控え室に歩き出し、私だけに聞こえるよう耳打ちをした。
『詩織様、申し訳ございません。事情は控え室でご説明致しますので、このまま移動をお願いします』
柴田さんの何だか只ならぬ雰囲気に飲まれ、私は言う通り控え室として借りているスイートルームへ向かった。
※ ※ ※
柴田さんはスイートのドアを開け、私を部屋に入れてから自分も入り、音がしないようそっとドアを閉めた。
「柴田さん、事情って何ですか?」
さっきのエスコート姿がちらついて、つい言葉にトゲを含んでしまう。
ダメだなぁ、余裕ないや、私。
「高坂社長のご命令で、藍野が定時報告に行くタイミングで私が詩織様を控え室にお連れするようにとの事です。また、伝言も預かっております。この控え室は明日まで詩織様がお好きに利用ください、詳細はメールしたとの事です」
さっき湊さんが言った『高坂社長に挨拶する』という所が、『定時報告の時間だから報告してくる』の隠語らしい。
報告が終わったら控え室に来るそうだ。
まあ、それはいいとして、パパは一体どうしたんだろ?
メールを確認しようとスマホ取り出した所に湊さんが戻ってきた。
「それでは私も高坂社長の所へ戻ります。藍野さん、詩織様の護衛よろしく〜」
ひらひらと手を振って入れ替わりに柴田さんは颯爽と出て行った。
「えっ、柴田さん? ちょっとこれ警護計画にない……!」
ドアが閉まると同時に湊さんのスマホにメールかメッセージが着信したらしく、湊さんはスマホを操作して、固まっちゃった。
そうだ、スマホ。
私にもパパからのメールが来ていたんだった。
急いでメールを確認する。
中身はたった一行だけ。
『彼はパパが一晩拘束したから、好きにしなさい』
二人で惚けること数秒。
パパったら……。
後悔しないようにの使い方がおかしい。
良家のお嬢様はこんな事、普通はしないんじゃないかしら。
「み、湊さ……」
湊さんは静かにするようにゼスチャーすると、耳元で話した。
『申し訳ございません、詩織様。少々確認したい事があるので、私がいいと言うまで話さないで貰えますか?』
こくん、と頷くと湊さんはあちこちをひっくり返して何かを探し、見つけてはポケットにしまっていく。
この部屋、盗聴器があるの?
一通り探したのか、部屋の片隅に山積みにして私を反対側の方へ手招きする。
『この部屋だけで盗聴器が5つありました。ただ全部ダミーで本命が見つかりません』
こういうパーティーで潜入しての警護は無線が目立つので、定期的に直接報告に行ったり、別の警護員に伝言したりして行うんだそうだ。
今日の湊さんは無線を身につけてないから、代わりに盗聴器を仕掛けたのでしょうと言った。
湊さんも諜報関連はいつも4課に依頼するので、本命を探すのは難しいと申し訳なさそうに湊さんは言った。
『しかも、高坂社長から私達を外に出すなとのご指示らしく、部屋の外にも監視がいます』
一晩拘束ってこういう事か。
パパが湊さんに迷惑かけてどうするのよ。
申し訳無さすぎて、居た堪れない。
湊さんだけでもここから出してあげたいけど、どうしたらいいんだろ。
『ねぇ、湊さん。湊さんは今どんな命令をされてるの。さっき警護計画がどうとか言ってたけど?』
『パーティー会場でのお二人の警護でしたが、先程急に詩織様の専属警護に変更されました』
『なら、どこにいても二人でいれば、湊さんは処分されない?』
『されませんが、依頼人の命令無視で処分はされますね』
命令のうち、外に出すなの部分がダメらしい。
何とかしないと。
とりあえずパパに電話してみたけど、秘書が出た。
大事なお客様と会談中で取り次ぎできないと言われ、また連絡するからと折り返しは断った。
『パパに連絡つかない事を理由に、娘の私が代わりに命令変更するのはありかな?』
私だって依頼人の娘で護衛の対象者だ。
私が命令変更したと報告書に書いてもらえばいい。
そうすれば書類にも残るから、湊さんが処分を受けることはないはず。
『そうですね、お披露目も済んでますから代行の権利はありますが、一体何を命じるつもりですか?』
湊さんは私を訝しそうな表情で見ている。
『そんなの決まってるじゃない。こんな所に閉じ込めるなんてパパの横暴よ。ここから私を連れ出して、これが新しい命令』
報告書にも閉じ込めた事に私が抗議した事を絶対書くように、湊さんには念押しした。
『監視は如何致します?』
命令が変更された事を知らせれば、監視はなくなるけど、パパが会談から戻って変更を知られれば、パパが命令を戻してしまうかもしれない。
そんなの、一択だ。
『排除して。湊さんなら出来るんでしょ?』
湊さんはニヤリと笑った。
『変更、承りました。あいつらに一泡吹かせてやりましょう』
『じゃあ私、着替えてくるね』
※ ※ ※
着替えて出ると湊さんは部屋の外に出るように指差したので、ドアを開けて外に出た。
「二人の無線は部屋の中にあるので、もう話してもいいですよ」
クツクツと笑って、湊さんは言ってドアを閉めた。
見れば見張り役は二人、自分のネクタイで後ろ手に縛られて立っていた。
「嫌だ、怪我とかさせてないよね。二人とも大丈夫?」
コクコクと2人は頷いた。
喋るなと湊さんが命じたのかも知れない。
「そんな野蛮な事はしてません。話し合いで平和に解決しましたよ」
再び二人はコクコクと頷く。
「それより急ぎますよ。私達を見逃すのは一度きりという約束なんですから」
彼らは私達が見えなくなったら、二人は自力で抜け出して無線を取り戻してから連絡するという取引をしたそうだ。
湊さんは私を連れて、エレベーターに乗り込んだ。
行き先は地下の駐車場みたいだ。
駐車場に着くと私の手を握り、真っ直ぐ目的の車に向かう。
私の使っている車ではないから、みんなが使っている車なんだろう。
湊さんが助手席を開けてくれた。
「後ろは機材積んでますので、助手席に座って下さい」
湊さんはエンジンをかけて、何かのスイッチをいくつか入れると、カーナビに赤の丸印といくつかの白丸印が表示され、誰かの会話が聞こえてくる。
「会場がベイエリアで助かりました。一度社に戻ります」
湊さんはアクセルを踏んで、駐車場を出た。
ナビも見ずに日本支部に向かう。
「えっ、こんな状況で?」
HRFに追われてるのにいいのかな。
「こんな状況だからですよ。少なくとも車両は変えないと簡単に追跡されてしまいます」
湊さんはカーナビを指差した。
カーナビの赤丸は私達の車両、白丸印は各車両の位置で、同じようにこの車両の位置も他のナビから簡単に割り出せてしまう。
その前に車両を変えてしまいたいそうだ。
「うわぁ、本当に追って来てる」
白丸がこの車両に近づこうと動き始めてる。
動いてるのだけで5台もいる。
「着きました、降りてください」
車両はHRFの地下駐車場に止められた。
見回すといろんな種類や色の車両があって、まるで販売店の様相だ。
依頼人の希望や状況で使い分けていると湊さんは言っていた。
エンジンを切って降りると助手席のドアを開け、私に降りるよう促す。
「私も着替えたいので、中に入りましょう」
指差した方向には出入口があった。
湊さんは社員証をかざしてゲートを通り、守衛さんからタブレットを貰って、私が入れるように手続きをしていた。
「お待たせしました。どうぞ」
湊さんはゲートを開けて、私にゲストパスを渡した。
守衛さんは私に一礼をして下がっていく。
私はゲストパスを身につけて、湊さんと一緒にエレベーターへ向かう。
こうしてると、一緒に働いてる気分だ。
2人でエレベーターに乗り、湊さんは真ん中くらいの階を押した。
夜で人も少ないから、目的の階にはすぐついた。
そこは広いフロアで、座り心地の良さそうな椅子とテーブルや、ソファとコーヒーテーブルの席、ファミレスみたいなボックス席、畳とクッションなど沢山の種類がある。
こんな時間でも誰かしら働いているのか、ポツポツと人影がまばらにある。
「着替えてる間は、こちらでお待ちください。すぐに戻ります」
窓際のテーブル席に案内されて、目の前にはどこから持って来たのか、紙コップに入った紅茶とフィナンシェがテーブルに置かれていた。
立ったままの湊さんの手にも紙コップがあった。
「ねぇ、もしかしてここって社食?」
出された紅茶を一口飲んで、あたりを改めて見る。
前に情報番組で見た、IT企業のお洒落なカフェテリアみたいな造りだ。
「そうですよ。さすがにこの時間だと夜勤向けの軽食程度しかありませんが。では、行ってまいります」
湊さんを見送り、窓から外を眺めると中層階なせいか一つ一つが大きく見えて、高層階とはまた違う華やかさで夜景が広がっている。
紅茶を飲みちょうどフィナンシェを食べ終えた頃に湊さんは戻って来た。
「お待たせしました。参りましょう」
湊さんはいつもの見慣れた私服のジャケット姿に、無線を使っていて、手にはタブレットを持っていた。
ロープロ警護とほぼ変わらないスタイルだ。
「マイクは切ってあるので、話しても大丈夫ですよ」
訝しそうな顔をした私に、湊さんは言った。
タブレットはこれから乗る車両には無線も特殊なナビも付いてないからだそう。
私の使う車両ではなく、みんなが使う車両でもないと言ったら、誰かの自家用車位だけど、もしかしたら、湊さんのかな。
「私の車ですよ。手狭なのは我慢して下さいね。詩織様、パーティーでお食事はできましたか?」
「できる訳ないじゃない。すっごくお腹空いてるよ!」
「では、先に食事行きましょうか」
うわぁ、ドライブデートみたいで嬉しい。
ちょっとだけパパに感謝した。
神戸護衛チームのコソコソ話
彼らはお披露目祝いにヘアアクセサリーを贈りました。




