4.3_藍野の心境〜藍野27歳〜
黒崎課長から「別件調査と準備で少し抜けるからしばらく頼む」と護衛の総指揮を引き継いでから3カ月ほど経過した。
あんな事があった直後に詩織様を残して神戸を離れる事になり心配だったが、俺の代理を任せている杜山の報告書では、現場となった学校も嫌がらずに登校し、プライベートは西園寺様以外との交友も広がっているようで、少し安心した。
このまま事件の事など忘れてくれればいいのだが。
高坂社長の護衛は詩織様と違い、俺のハイプロと柴田さんの潜入護衛のミックスで警護している。
外から見れば俺のハイプロしか見えないのだが、いざという時、柴田さんが高坂社長を連れて逃げるよう指示してある。
この辺の護衛事情は高坂社長の秘書チーム責任者の百瀬さんしか知らない。
引き継ぎの情報通り公安の監視は厳しいが特段何かしてくる訳でもなく、中東グループも公安の目を気にして、高坂社長には手を出しづらいようだ。
護衛としてはラクでありがたい。
そういえば柴田さんから告白するから、自分と付き合っている風を装ってほしいと頼まれた。
水谷はいいのかと一応尋ねたら、俺なら安心、絶対手を出さないから、だとさ。
なんだろう、このモヤモヤは。
柴田さんは同じ秘書チームで指導役の四ノ宮さんに近づかれて悩んでいたらしい。
始めは食事などだったが、最近帰り道や出社時に尾行して付き纏われて処理に困っていたそうだ。
潜入護衛だから叩きのめして解決する訳にもいかず、いっそ誰かと付き合ってるのを見せれば諦めてくれる、だけど水谷の顔を知られたくないとの事で俺にお鉢が回ってきた。
まぁ、確かに水谷の顔を知られるのはまずいし、俺なら護衛で真正面に喧嘩をふっかけられる事もないだろう。
別に構わないと気楽に引き受けたら、俺と柴田さんが親しくする姿にイライラするのか、何度も四ノ宮さんから睨まれる羽目になった。
腕力で敵わないと知っているから睨むだけで実害はないが、嫉妬に狂った男ってあんなに醜いのか、と嫌なことを一つ知った。
俺はああなりたくないと、ひっそりと決心した。
そんな東京生活の合間に、時折神戸に様子を見に行った。
詩織様も今年で16歳、日を追うごとに亡くなられた奥様に似て綺麗になっていく。
でも、綺麗になる程に俺の好きだった活発過ぎるところや、強気なところ、明るく笑う姿も神戸に戻る度に少しずつ消えていき、大人になる詩織様を喜ばしく思う反面、ほんの少しだけ寂しいと感じてしまう。
甘やかしたいから、もう少し子供でいて欲しいなんて俺の我儘だな。
いかん、いかん。
そして12月も半ばを過ぎ、詩織お嬢様の学校も冬休みに入った。
神戸にいれば高坂社長のご帰宅に合わせてクリスマスから年末に向けての来客用の警護体制を整えながらも、少しだけのんびりした雰囲気なのだが、今年は東京で少し忙しい。
昼間は高坂社長の会社内で護衛と神戸の指示、夕方から夜間は俺と柴田さんが高坂社長と共にあちこちの忘年会やパーティーについてまわるというなかなかハードな日々だった。
そんな年末までの合間を縫って、神戸で西園寺様の婚約披露パーティーが行われる。
招待客は70名程度のそれほど大きくない、内輪のパーティーだ。
西園寺家で神戸県警にお祖母様の警護の依頼をされるらしいので、事前に県警には話を通しておいた。
会場内警護は俺と杜山がロープロで担当し、宴会担当に変装して潜り込ませた一ノ瀬を通して、外の小清水や朝海と連絡を取り合うことにした。
無線を使えないのはやっぱり痛いな、と思いながらジャケットの内ポケットに無線機とイヤホンマイクを入れておく。
今回はロープロと言っても制服のスーツでネクタイを明るめのグレーに変更して、ジャケットはボタンを止める程度だ。
高坂社長より目立つ訳にはいかないからな。
当日の詩織お嬢様はドレスもよくお似合いで、随分と人目を引く姿だった。
あの杜山が霞んで見えるとは。
流石名女優の娘でさぞ鼻が高いでしょうと高坂社長に申したら、『私と沙織が出会ったのも16歳だったから、あの頃の沙織をエスコートする気分だよ』と嬉しそうに惚気られた。
そのかわり、高坂社長は申し込まれた縁談を断るのに苦労してらしたようだが。
詩織様は見た目だけでなく、中身もこの日の為に大変努力されていたようで、社交デビューもまだなのにルールやマナー、人の顔と名前を苦労して覚えていたようだ。
俺と杜山も顔と名前だけは一通り覚えていて、困っていたら手助けするつもりだったのに、しっかりと挨拶をし、社交をこなしていた。
ちゃんとできたらご褒美に『オフの日コーデ』をやらせて欲しいと強請られていたから、次、神戸に行った時には、大人しく詩織様の着せ替え人形に徹しないといけないな。
いや、その前に詩織様用のオフ用コーデを考えないと。
正直、自分の服でも面倒だと思うのに、女子高生に何を着せればいいのやらさっぱりだ。
(……うん。こっそりアシスタントに相談しとこう)
高坂社長を捉えている視界の端に映る詩織様は、西園寺様や西九条様と楽しそうにおしゃべりしていた。
俺たちが側にいないのが正常なのだから、早く用済みになればいいと思う一方で、もう少しだけ側で見ていたいと離れがたく思う自分が実に未練がましい。
この手を離す日が来た時に向けて、そろそろ気持ちの整理をする時期に来ているのかもしれないと思った。
柴田燈李のコソコソ話
柴田ちゃんは秘書チームに配属後、四ノ宮という男性について業務を教わったりしていたのですが、四ノ宮は、好みどストライクな柴田ちゃんに一目惚れ。
四ノ宮君は度々食事に誘ったり、パーティーの打ち上げでは隣をキープしたりと猛アピール。
同僚と思い付き合っていたけど、勘違いし始めて、後をつけ回してストーカーになりかけていました。
柴田ちゃんもプロの警護員なんで素人の尾行などなんともないのですが、本気を出して叩きのめす訳にもいかず、このままでは樹と会う時間もなくなってしまう! と危機感を持っていた頃、黒崎と藍野が入れ替わり、これ幸いとアプローチするふりと女性の秘書仲間に『私、藍野さん好きなの。告白しようかしら』と噂を流し、付き合ってるフリをしました。
柴田ちゃんは何故藍野にしたか?
『樹が殴られるのはイヤだけど、藍野さんなら上手いこと避けそう』
だそうです。
ちなみに民間警備が手を出して怪我をさせると過剰防衛で逮捕されちゃいます。
なんせ警察じゃないので。




