4.2_お嬢様らしさ特訓中
私の誘拐事件の後、心配したパパは学校と交渉して学校の周囲の警護と校内の監視カメラ設置を納得させたらしい。
一体どんな説得をしたのか、別の意味で心配だ。
先生達の間で、パパがモンスターペアレンツとか呼ばれてなければいいけど。
パパも湊さん達を信頼してしているのか、この頃には護衛を離さなければ、大抵の事を許してくれるようになった。
友達と買い物行って、カフェでお茶して、テーマパークだって、コンサートや映画もカラオケも、友達の家に泊まりにも行ける。
普通の高校生と変わらない生活を出来ていた。
そして湊さんは誘拐事件のすこし後から、東京のパパの護衛チームがメインとなっているようだった。
杜山さんが言うには、全体指揮の黒崎さんが別件で少し抜ける事になったそうで、その代理を湊さん、湊さんの代理を杜山さんが務めることになったそうだ。
二人ともあくまで代理だから神戸護衛チームリーダーは湊さんのまま、私の護衛は杜山さんが中心となっている。
神戸にあった湊さんの社宅も、今は違う人が使い、こちらに来る時は神戸のホテルか待機所から来てるようだった。
お陰で神戸にいる私の所には来ない日が増えた。
それが少し寂しい。
でも、今日は朝からニヤニヤが止まらない。
テストは今日で終わりだし、明日からテスト休みだ。
いけない、いけない。
お嬢様はニヤニヤしない。
ほっぺたを叩いて優雅な微笑みを貼り付け直す。
私は今、来月の咲良の婚約披露パーティーに向けてお嬢様らしさ特訓中なのだ。
咲良は来月で16歳になる。
いよいよ総一さんと婚約して、その婚約披露パーティーが来月行われる。
私とパパもパーティーに招待されていた。
パーティーで誰の助けも借りずにうまく社交出来たらご褒美が欲しい湊さんと約束したのだ。
もちろん期末テストとは別口だ。
「ちょっと詩織、今日は百面相で気持ち悪いわよ。何があったの?」
にやけた私に咲良は引き気味みたいだ。
でも今日は引こうが寄せようが何だってウェルカムよ。
「今日は久しぶりに神戸に来てるんだ〜。嬉しくって」
咲良の問いに、お嬢様笑いではない方でへらっと笑った。
「単純ねぇ。で、今日はどこか行くの?」
ちらりと咲良は目線を外に向けたので、一緒に私も外を見た。
ちょうど立哨の交代時間で出てきている。
立哨だから制服姿だ。
袖口を直しながら誰かと話して、後ろで腕を組んで校門の側に立つ。
立哨って立ち姿も決められてるらしいけど、背が高いから映えるなぁ、と思う。
「放課後、好きなところ付き合ってくれるって。ね、だから今日はゴメン、咲良!!」
両手を合わせて咲良を上目遣いで見る。
期末テストも終わったし、本当は二人でショッピングしながら街を歩こうと話していた。
予定はみんなに伝えていたから、咲良は放課後具合が悪くて先に帰ってもらう予定だ。
その代わりのキャンセル料代わりに、最近咲良が気に入っているカフェのランチを奢ることを提案した。
「しょうがないわね、ケーキつけて、どこ行って何したか教えてくれたら許してあげる」
恋バナ大好きな咲良らしい要求だ。
舞い上がってる私には痛くも痒くもない要求だけど。
「ケーキでもパフェでも、何ならお土産もつけてあげる。ありがと咲良! 愛してる」
よしよし。
これで買収は成功だ。
後はテスト頑張って、来月に来てくれたら何をおねだりしようかと妄想して、またにやけた。
「詩織、来月に向けて、お嬢様らしさを特訓中じゃなかったの?」
生粋のエリートお嬢様から、お嬢様はそんな黒い笑顔はしないわよと指摘された。
お嬢様らしい笑顔を貼り付け直して、私は言った。
「まぁ、おかしな事を言うのね、咲良さん」
どの辺がそう見えるのかしら、困ったわと表情を曇らせ頬に手を当て首を傾げた。
咲良には思いっきり笑われた。
※ ※ ※
スキップ込みで駆け出しそうな足を必死に宥めながら、お嬢様らしく楚々と静かに歩き、湊さんが立哨している校門に向かう。
顔は思いっきりにやけちゃってるかもしれないけど。
湊さんは近づいてくる私の姿を見つけて
「お帰りなさいませ、詩織お嬢様」
と挨拶をした。
私は鞄を預けながら、湊さんを見上げて言った。
「ただいま戻りました。湊さん、久しぶりだね」
咲良が帰る前に少しだけ付き合ってもらい、髪を巻いて色つきリップでちょっぴりメイクをした。
気づいてくれるといいんだけど。
「本日、西園寺様がご一緒と伺っておりましたが?」
「うん、ちょっと体調悪いから先に帰るって」
一応のガッカリ顔を作って、残念そうに返事をする。
「そうでしたか。早く良くなると良いですね。本日のご予定だと、テスト明けで遊びに行かれるとお聞きしておりますが、中止なさいますか?」
車を止めてある待機所まで2人で歩きながら、湊さんは今日の予定を確認する。
「遊びには行きたい! だって咲良の誕生日と婚約祝いのプレゼントの下見くらいはしたいの!!」
私は咲良をダシに食い下がった。
ただでさえ一緒の時間が減ってるのに、これ以上減るのは嫌だもん。
「そういえば来月でしたね、西園寺様の婚約披露パーティー。お祝いも大事ですが、ご自身の準備は済みましたか?」
にっこり笑って湊さんは痛い所を突いてくる。
「う、まだです……。だって今日まで期末テストあったし、内々で済ませるから、そんなに沢山招待してないって咲良が言ってたよ。だからドレスは既製品のつもりだったけど、ダメかな?」
湊さんは車の前でドアを開けて、鞄を奥に置いた。
私も続いて座席に座ると、ドアを閉める。
今日の運転手は杜山さんだ。
湊さんは助手席に座り、会話を続ける。
「今回、プレタはやめた方が良いでしょう。高坂社長がエスコートとして一緒に出席なさいますし、西園寺様と西九条様の家格と招待客を考えるとドレスはオーダーされた方が宜しいですよ。」
高坂社長よりそう承っておりますと、湊さんは渋い顔をして言い、悲しい提案をした。
「本日はドレスのオーダーに参りましょう。ちょうどメイクもしているようですし。プレゼントは明日にしましょう」
湊さんはいつものデザイナーさんの所に行くよう、杜山さんに指示した。
絶対私が準備してない事、知っていたに違いない。
予約もなしにデザイナーと会える訳ないもの。
ちぇっ、謀られた気分だよ。
メイクにちゃんと気がついてくれて嬉しいけど、今は遊びに行けない残念さの方が大きい。
オーダーのドレスかぁ……。
嫌じゃないけど、あれデザイナーと話すだけだもん。
湊さんと一緒にお店でドレス選ぶ方が楽しいのにな。
やっぱり遊びに行きたかったなぁ。
ん? でも、プレゼントは明日って、あれ??
「ねぇ、藍野さん。今回はいつまで神戸にいられるの?」
「明後日の夕方までです。明日と明後日で行きたい所は今日中にお伝えください」
準備がありますので、行き先は今日中にお願いしますと言った。
いつもは1日居て次の日の午前中には帰ってたのに、今回は3日間!
行きたかったリストが大分消化できそうで、内心でにんまりした。
「そうだ、パーティー当日って護衛はどうなるの?」
もしかしたら、私についてくれるかも?
期待を込めて聞いた。
「高坂社長には私が、詩織お嬢様には杜山がつきます。会場内の護衛は西園寺様のお宅と調整中です」
やっぱり湊さんはパパにつくのか。
ガッカリして浮上もできないまま、私はデザイナーの元に連行された。
※ ※ ※
次の日は私が行きたがっていたプレゼント選びに付き合わせた。
実はもう両方ともメインであげるものはリサーチ済みで、下見というほどのものはないのは内緒だ。
車を降りると街中はすっかりクリスマス仕様で、見てるだけでも楽しい。
可愛い雑貨が売っているショップには沢山のクリスマス用のグッズが並び、一角には小さなツリーやスノードームが沢山並んでいる。
一つスノードームを手にとって、逆さにおいた。
はらはらと雪が舞い、雪だるまやもみの木に降り積もる。
海外とは言わないけど、国内でいいからこんな雪景色、一緒に見てみたいなぁ、と隣をこっそりと見上げた。
ウチもそろそろ桐山さんがクリスマスツリーを出してくれる時期だ。
大きいから飾るのは大変だけど、去年は湊さんも手伝ってくれて楽しかったな。
「ねぇ、藍野さん。待機所ってクリスマスは毎年何してるの?」
毎年桐山さんがケーキとチキンの差し入れをしているけど、離れでは何が行われてるかは知らないんだよね。
そして空っぽになったお皿と共に、絶対桐山さんの好みを外さないお返しが毎年来る。
去年は桐山さんの食べたがっていた京都の老舗和菓子屋さんの生菓子だった。
どうやって調べてるのか毎回謎だけど。
「基本業務ですが、クリスマスツリーを飾って、チームで差し入れを頂いて、世間並みのクリスマスですね」
「へぇ、クリスマスツリーあるのね。知らなかった」
返事をしながら、別のスノードームを手にとった。
全部真っ白でかわいいな、これ。
私が欲しいかも。
つい熱心に見入ってしまう。
「デスク用のごく小さな物ですが。プレゼントは見つかりましたか?」
湊さんはすっと近づいて、私の手元を覗き見た。
顔の近さとふわりと香るシャンプーの香りに、どきーん、と心臓が跳ね上がり、手にしていたスノードームを落っことしそうになってしまった。
「う、うーん、いまいちかな。疲れちゃったから休憩してもいいかな?」
挙動不審に思われないよう、なるべく自然に返事をして、スノードームを元の場所に置いた。
あんな不意打ちはズルいと思う。
顔が赤いのは、暖房とコートで暑いせいと自分に暗示をかけて、手でパタパタと自分を仰いだ。
「承知しました。ご指定はございますか?」
「ここの6階のカフェ行きたい! クリスマス限定のケーキがあるの!」
湊さんは杜山さんに目配せして、先に6階に行かせた。
混雑してなければ、私達が6階に移動した頃には席が確保されている。
私達もお店を出て6階のカフェへ向かった。
※ ※ ※
エスカレーターで6階に向かう途中、4階のメンズフロアを通りかかり、私は一体のマネキンに吸い寄せられて立ち止まった。
綺麗なミックスグレーの暖かそうなニットのカーディガンに白のインナー、黒のスキニージーンズ。
モノトーンコーデで素敵だなぁ。
ロープロ護衛につく湊さんの私服は大体ジャケット姿で、こういったオフっぽい姿は見せてくれない。
「ねぇ、湊さん。オフの日はどんなの着てるの? これとかすごく似合いそう!」
私はマネキンのニットを指差した。
試着なんてしてくれないから、脳内で着せてみると結構似合うのだが、湊さんはとても残念な事を言った。
「オフの日も今と変わりませんよ」
オンもオフも服選びにまで煩わされたくないから、ロープロ用のコーディネイトは全てアシスタント任せなんだそうだ。
サイズだけ伝えておいて、アシスタントが買って神戸に送ってくれる。
それをそのままオフにも着ているそうだ。
自分で買うのはトレーニングウェアや下着程度らしい。
なんともったいない話だ。
「じゃあ、パーティーのご褒美は、湊さんのオフの日コーディネート、私にやらせてくれる?」
着せてみたかったあれやこれやを想像する。
うん、試着で絶対写真撮っちゃおう。
「それではご褒美にならないのではありませんか?」
なるよ、と言いかけたけど、理性を総動員して飲み込んだ。
これって、私に消え物以外のプレゼントを選んでもらうチャンスだ!
パンと手を叩いて一つ提案をした。
「じゃあ、私のお休み用のコーデを湊さんが、湊さんのオフの日コーデは私が考える。これでどう?」
「……それ、アシスタントに相談は?」
「もちろん禁止。うわーすごく楽しみ! 絶対、私、パーティー頑張るね!! ほら、杜山さんが待ってるから、早く行こう!」
私はウキウキと湊さんと連れ立って、上りのエスカレーターに向かった。
そうだ、行きたいリストも更新しなくちゃね。
ふふっと見えないように笑いつつ、来月、湊さんが来てくれる日がとても楽しみになった。




