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警護員藍野と詩織お嬢様の初恋  作者: ななしあおい
3.0_変化〜詩織15歳〜
16/30

3.4_誘拐事件後の夜

 肩口を軽くたたいて、私を呼ぶ声がする。


「……様、詩織お嬢様」


 呼び声に導かれるように意識が浮上する。

 早く起きないと、起きてここから逃げないと殺される!


(嫌ーーっ!)


 私は目を開けるのと同時に飛び起きた。

 心臓はバクバクし背中は冷や汗の不快さで少し顔を顰めた。

 隣を見れば心配そうな顔で私を見ている藍野さんがいた。


「申し訳ありません。大分うなされていたようなので起こしました。大丈夫ですか?」


 藍野さんは昨日と同じ服装だ。

 私が引き止めたから、一晩中、家にいてくれたんだ。

 起こしに来たって事は、部屋の外で一睡もせずにずっと待機していたに違いない。


「藍野さん……。今何時?」

「まだ朝方の4時過ぎです。もう少しお休みになられても……」


 腕時計を確認し、言い募ろうとする藍野さんを遮って、努めて明るく言った。


「ううん、もう起きるから大丈夫。付き合わせてごめんなさい。藍野さんも帰っていいよ、寝てないんでしょ」


 あれ?

 久々に藍野さんの眉間に皺が出来てる。

 怒ってるみたいだけど、何が不味かったんだろう。


「そんな顔色で震えてるのに、あなたは帰れと仰いますか?」


 藍野さんは地を這うような大きなため息をついた。


「別に震えてなんか……」


 両手を見ると確かに震えてる。

 何度か手を握ったり、開いてみても治る気配がない。


「眠りたくないのであれば、時間までせめて横になって目を閉じて下さい」


 またベッドに押し込まれたので、仕方なく言う通りに横になった。


「午前中に検査の予約を入れてありますから、その際先生に相談しましょう」


 藍野さんは近場にあったドレッサーの椅子をベッドまで引き寄せて座り、震える私の手を握った。

 じんわりと伝わる藍野さんの手の温もりと握る力が心地良い。

 こんな風に手を握られて寝るなんて、小さな子供の頃以来だ。


「情けないなぁ。もっとしっかりしないといけないのにね」


 見られてるのが何だか照れ臭くて、握られた方に横向きになり、目線を握られた手に向け、言われた通り目を閉じた。

 握られた手を空いてる手で包み、引き寄せて額に当てる。

 藍野さんの指はちょっと骨張って、ゴツゴツしてる。

 ほんの少し前には、この手に抱えられていたのを思い出し、急にドキドキし出した。


「こういう時は誰かを頼ってもいいんですよ。その為に私達はいるのですから」


 藍野さんは空いてる手でわたしの私の髪を直しながら、甘やかすように頭を撫でていて、少しこそばゆい。

 まるで猫になった気分だ。


「ねぇ、湊さん。昨日の『サマータイム』もう一回歌ってよ」


 目を瞑っていて見えないせいか、好きに要望が言える気がして、リクエストした。

 昨日は途中までしか聴けなかったから。


「構いませんが、どこがお気に召したんでしょうね……」


 湊さんは照れ臭そうな声音で言い、律儀に歌ってくれた。

 テノールほど高くもなく、バリトン程低くもない、綺麗なハイバリトンの優しい声が耳に降りてくる。


「湊さんって護衛にしとくのが惜しいくらいの美声部だよ。背も高いから舞台俳優か歌手にでもなればよかったのに……」


 子守唄だけにトロトロと瞼が重くなり、私はまた眠りに落ちた。

 次に起こされるまで、今度は悪い夢も見ずに眠り、目を覚ますことができた。

 震えも大分収まって、多少気分はスッキリとした気がする。

 何より、私の目が覚めるまで手を握っていてくれて嬉しかった。

 でも、これでパパが神戸に来て報告するまで、湊さんは眠れないのが確定してしまった。

 仕事柄、体力はあるから平気だと言われても気にはしてしまう。

 病院の時間になったら迎えに来ると言い残して、湊さんは家にある待機所の方へ行った。

 せめて朝食をと声をかけたけど、連絡事項や用事が色々とあるからと断られてしまった。


 準備して待っていると時間通りに湊さんは迎えに来て、病院へ連れて行かれた。

 予約された病院で検査を受け、心配された薬物の反応もなく、特に問題はないとの結果だった。

 手の震えも一過性のもので徐々に良くなります、無理しない程度に普通の生活をしなさいと言うことだった。

 寝付けないのと、目が覚めてしまう事は睡眠薬と安定剤を処方された。


  ※ ※ ※


 病院から戻ると、桐山さんから綺麗になった湊さんのハンカチを受け取った。

 瞬間、胸が締め付けられて、返したくないと思った。

 何か理由をつけて、似たものか、同じ物を買って返そうか。

 でもお買い物は護衛が付くし、通販だってみんなの手を通って届くからバレちゃうしな。

 そうだ、咲良なら大丈夫かな?

 咲良の所もウチと同じ外商だから、咲良に買って貰って、直接受け取れば分からないかも知れない。早速メッセージアプリを開くと、咲良から無事を確認するメッセージが入っていた。

 返事の代わりに、写真を添付してメッセージを送信した。


『これと同じか、同じブランドのメンズのハンカチを咲良の所の外商に大至急頼みたいの。お金は学校で払うから、頼めるかな?』

『元気そうで安心したけど、いきなり訳ありそうな頼み事ね。後で理由教えなさいよ。今日夕方届けさせればいい?』

『ゴメン、咲良が直接持ってきて。じゃないと護衛にチェックされちゃうから。買った事を知られたくないの』

『じゃ、私が届ける。待ってて』


 数分後、同じ物を買ったと返事が届いた。

 学校帰り寄ってくれるそうで、早速湊さんに咲良が学校帰りに私の様子を見に来るから通して欲しいと伝えておく。

 湊さんは特に疑いもせず、他の者にも伝えますと言った。


 放課後、約束通りに咲良は家に来た。

 私が買ったことを知られたくないと言ったからか、咲良はしっかりとカモフラージュ用の手土産を準備していて、それを湊さんに渡した。

 湊さんはざっと確認して、桐山さんに渡しに行った。

 私と咲良はその姿を見送ってから、私は咲良を自分の部屋に通して、ソファに座ってもらう。


「相変わらず厳しいわね、詩織の所の護衛って」

「昨日の今日だから余計に厳しいかも。いつものでいい?」


 咲良の返事を確認すると、私は部屋の片隅にあるミニキッチンに立ち、カプセル式のコーヒーメーカーでカフェラテを入れ、自分は冷蔵庫から作り置きのアイスティーにミルクを入れて持っていく。


「じゃ早速、はいこれ」


 咲良は通学鞄からデパートの小さなショッピングバッグに入ったハンカチを渡してくれた。

 取り出して確認すると、全く同じ物だ。


「うわぁ、本当にありがとう、咲良!」


 言った側から部屋をノックする音がする。

 慌ててハンカチを隠して返事をすると、何故か湊さんが手土産を持って来てくれた。

 こういうのはいつも桐山さんなんだけどな。


「あれ、桐山さんは?」


 隠したハンカチがいつバレるかと、内心冷や汗もので適当な話題を探した。


「夕飯の準備をされてますよ。私が少々西園寺様に用がございまして」


 湊さんは手土産を乗せた皿を私達の前に置くと、咲良の前に片膝をついて話す。

 何だか私よりも扱いが丁寧な気がする。


「西園寺様、高坂からの伝言で西園寺様を夕飯にお招きしたいとの事ですが、ご都合は如何ですか?」


 咲良は少し考えて、返事をした。


「お招きありがとうございます、ぜひご一緒させてください」


 咲良はさっきまで私と話していた砕けた口調を綺麗に隠して、にっこりとお嬢様らしく返答をした。

 昔からお嬢様やってるとやっぱり違うなってこういう時に感心する。


「では、高坂に申し伝えます。お帰りは当方で用意致しますので、お車はご自宅へお帰ししても宜しいですか?」


「そうね。お願いします」


「では、ごゆっくりお過ごし下さい」


 湊さんがドアを閉めるのを見送ると、二人で顔を見合わせて同時に言った。


「ちょっと、何アレ。私と咲良で扱いが違うじゃない!」

「ヤダ、何アレ? あの人ホントに護衛なの? ギャップ萌え!」


 言って二人で吹き出した。

 ひとしきり笑うと、咲良は言った。


「でも、私分かっちゃった。あの人のハンカチでしょ?コレって」


 咲良は隠し場所を指差した。


「うん、まあ、そうなんだけど。今更ながらちょっと迷ってる」


 慌てて隠したハンカチをテーブルの上に出して、折り目をそっと指で撫でる。


「分かってるけど、どうしても返したくないって思って咄嗟に咲良に連絡しちゃった。やっぱり返した方がいいよね?」


 まるで騙して()っちゃうようで、気がひける。

 大体貰う理由もなく、返さなきゃいけないのに、姑息にも同じ物と交換しようとしているのは浅ましい気がする。


「真面目な詩織のことだから、嘘つくのは良くないとか、今思ってるでしょ?」


 ハンカチを撫でてる指を、ぴたりと止めた。


「……どうしてわかっちゃうのかな」


「わかるわよ、どのくらい付き合ってると思ってるの? 今の詩織と昨日までの詩織の顔、全然違うよ。下で会った時、私びっくりしたんだから」


 恋愛奥手の詩織がねー、と感慨深げに言った。

 てっきり誘拐された時、何かあったんじゃないかと心配していたそうだ。


「ね、詩織。元のハンカチは?」


「ベッドルームのドレッサーの引き出しだけど……」


 咲良はすっくと立ち上がり、私の手を掴んで隣の部屋のベッドルームに入る。

 人感センサーで照明がつき、咲良は私を連れて真っ直ぐにドレッサーに向かう。

 私は引き出しを開けてハンカチを出した。

 その間に咲良はヘアアイロンをコンセントに差し、設定温度を最高まで上げて使えるようにしている。


「咲良、一体何するの?」


「本当の事なんて、言わなきゃ分からないんだから、黙っとけばいいの。嘘つくのが気になるなら本当に自分で焦がしちゃえばいいんだよ?」


 ビシッと咲良は言うと、ハンカチを広げて端の部分で目立たない所にヘアアイロンを挟んで離す。

 ハンカチは少し色が濃くなった程度で縮んで、焦げるという程ではなく、ほとんど目立たない。


「二人で髪の毛いじりあってるうちに、私がうっかり焦がしちゃったの、だから新しいのを用意したって言えばいいよ」


 咲良は元の通り折りたたんだハンカチを渡してくれる。

 何ならその時側にいて、一緒に謝ってあげると咲良は言ってくれた。


「咲良……ありがとう」


 受け取ったハンカチが涙で滲む。


「泣くのは後よ。次は詩織のお父様が来るまでに私達の髪も急いで巻かないと」


 じゃないと言い訳が立たないからと、二人で髪を巻きあって、ヘアアクセをつけた。

 鏡の中の私も咲良も髪型を変えたせいか、少しだけ大人っぽく見えた。


「私達はさ、みんなより早く大人にならないといけないし、どうにもならない事もたくさんあるけど、だからって、全部諦めるなんてしなくていいんだよ」


 たとえ思いが通じても、家や会社のために諦めなきゃいけない事もあるし、好きになった人と私達では立場や価値観が違いすぎて、避けられるかもしれない。

 それでも好きなら好きでいいじゃない、と咲良は言った。


「私ね、結婚や恋人だけが恋愛のゴールじゃないと思ってるんだ。想い方もゴールもそれぞれあっていいと思うよ」


 私達はお嬢様で普通の人より断然に恵まれてるんだから、お金でもコネでも使えるものは徹底的に利用して、結婚や恋人以外の道を作ればいいじゃない、と言う。


「お金は正義なのよ、詩織。極端な話、会社の株を買えば好きな人を会社ごと手に入れる事だってできちゃうのよ!」


 まぁ、全部総一さん受け売りのちょっといやらしい手だけどね、と咲良は力説した。


「すごいなぁ、咲良は」


 でも、それもいいかもしれない。

 たとえ恋人になれなくても、側に居られる理由ができるし、何より私達にしかできない裏ワザだ。

 何より諦めなくてもいいと言ってくれる咲良の気持ちが嬉しかった。


「そろそろリビング行こっか、咲良」


 ちょうど時間も夕方6時。

 そろそろパパも帰ってくる頃だ。

 私達はリビングに移動した。


  ※ ※ ※


 私達の準備がちょうど終わり、リビングに移動した頃、パパは帰ってきた。

 パパも今日は秘書を連れておらず、黒崎さんだけが一緒に来たみたいだ。

 多分湊さんと一緒に昨日の報告をする為だろう。

 パパはリビングで私の顔を見るなり、鞄をその場に落として抱きしめた。


「詩織! 黒崎君から一報を聞いた時どれだけ心配したか……。本当に無事で良かった!!」


 私の顔を見て、パパは心底安心したようだった。

 パパの背中越しにリビングの入口で控えている湊さんと黒崎さんが見え、湊さんもいつ着替えたのか黒崎さんと一緒の制服姿だ。

 初めて会った時以来の久しぶりの制服姿にドキッとした。


「パパ。私ちゃんと戻ってきたでしょ。どこも怪我してないから、みんなをあまり叱らないでね」


 私はパパの耳元で囁いた。


「分かっているよ。学校から連れ去られたのでは彼らに落ち度はない。これから二人とは今後の方針についての打ち合わせだ」


 それだけ言うと咲良との挨拶もそこそこに黒崎さんと湊さんはパパと一緒に仕事部屋に行った。


 一方、私達はのんびりとおしゃべりしながらパパ達とお夕飯を待っていた。

 ダイニングテーブルにお夕飯が並んだ頃、リビングには着替えたパパだけが戻ってきた。

 湊さん達は裏口から出たらしく、私達と会わずに行った様子だった。

 ハンカチの事を言い損ねてしまい、少し残念には思ったけど、咲良のお陰で気分は大分軽くなった。

 私達も席に着き、お夕飯を眺める。

 今日は鰆の照り焼きに春菊とオレンジのサラダ、あさりとスナップエンドウの白ワイン蒸しに一口ステーキ、人参とグリンピースとトマトのムース、筍ご飯、はも入りのお吸い物と桐山さんは色々出してくれた。

 デザートは無花果と胡桃のケーキがあると桐山さんは言った。


「いらっしゃい、咲良ちゃん。さっきは済まなかったね。いつも詩織と仲良くしてくれてありがとう」


 パパはワイングラス、私達はウーロン茶を片手に乾杯をする。

 今日のパパはあさりの酒蒸しをつまみに白ワインを飲んでいた。


「高坂のおじさまもお久しぶりです。詩織が無事で本当に良かった」


 一口ウーロン茶に口をつけて、咲良はちらりと私を見る。


「それに嫌な事ばかりでもなかったみたいですよ。実は……」


 ニヤニヤと意味ありげな視線で、さっきの事をパパに話そうとしていたけど、私は全力で阻止した。


「咲良!それ以上は喋っちゃダメ!!」


 パパはそんな私達を微笑ましそうに見やりながら、

「ところで今日は二人共とても綺麗だけど、私の為におめかししてくれたのかな?」とクスクスと笑いながら聞いた。


「そうよ、パパ。どう?」


 髪を巻いて、ちょっとだけメイクもしてある。

 部屋着と制服じゃ合わないからと、咲良と二人で外デートのコーディネートをし合ってみた。

 咲良はクリーム色のワンピース、私は花柄フレアスカートにカットソーを合わせてある。


「二人ともよく似合ってるよ。こんな美人が接待する夕食なら、パパはお酒が進んでしょうがないよ」


 パパは上機嫌でワインを飲み、私達も桐山さん手作りのお夕飯を食べる。

 昨日湊さんが私を助けてくれなければ、こんな何気ない時間も永遠に来なくて、今日もあの小さな暗い部屋に閉じ込められて怯えていたのかもしれなかった事に身震いがする。

 パパや咲良の話し声に引き戻され、はっとして、嫌な考えを振り払うようにそっと頭をふる。

 病院の先生も湊さんも、あんな事は忘れた方がいいと言っているのだから、考えない方がいいのだ。

 私は目の前のお夕飯と咲良やパパとの会話に戻っていった。

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