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錬金術師とミネランフィード

 それからしばらく、ジュストさんと色々な話をした。

 先生が長期の依頼で王都へ出掛けていること、そのため私一人でこの街へやって来て雑貨屋さんに住まわせて貰っていること。

 今は一人前の錬金術師を目指して練習しており、今回街の外まで採取しに行った素材『ミネランベリー』も街の人から相談された品を作るのに必要な素材であること。

 他にも先生の昔話など、ジュストさんの食事が終わってからも会話は続き、ふと気付くと食堂にお客さんが増えてきていた。

 窓から差し込む光もいつの間にか茜色を通り過ぎて紫色に染まっており、私は弾かれたように立ち上がった。


「え、もうこんな時間……!? ロザリーに心配かけちゃう!」

「そうか。長々と話に付き合わせて悪かった」

「い、いえ! 色々とありがとうございました。もし私で力になれることがあれば、いつでも来て下さい」

「ああ、その時は世話になろう」


 私は最後にジュストさんに頭を下げると、飛び出すようにお店を出る。

 街を囲う壁の向こう側に沈みかけた夕日を見て逸る気持ちを抑え、早足で大通りを抜けてお店を目指す。

 住宅街の際までは立てられていた街灯も森林の周囲にはなく、ぽっかりと口を開けた暗闇に一瞬躊躇してしまうが、そのうち何か灯りになる道具でも作ろうと心に決めつつ森林へ足を踏み入れた。

 しばらく歩いた後、木々の奥に明りを見つけたことでホッと息を付くと、駆け寄ってお店のドアを開いた。


「ただいま、ロザリー」

「お帰り! もう、心配したんだよ!」

「ごめんなさい、ちょっと知り合いに会ったから話し込んじゃって」


 頬を膨らませてふわりと飛んでくるロザリーに謝罪しながらお店へ入り、ドアベルをチリンと鳴らしてドアを閉める。

 ロザリーは私の顔の少し手前で止まると、顎に人指し指を当てて首を傾げた。


「知り合い……? あれ、街の外に素材を取りにいったんじゃないの?」

「うん、街の外で会ったんだ。ほら、『ミネランベリー』もちゃんと採取できたよ」


 ローブから袋を外して持ち上げると、口の紐を緩めて見せる。

 中に入っている白い果実を興味深げに覗いたロザリーは「ふーん、これが『ミネランベリー』なんだ」と呟いた。


「詳しい話はまた夕食を食べながら話すよ。私、お腹すいちゃった」

「ん、そうだね。アタシも」


 そして今日あったことをロザリーに話しながら、二人で夕食の準備を進めるのだった。


 ◇◇


 陶器の食器の上にフォークを置くと、私は両手を合わせて「ごちそうさま」と言う。

 目を開けてテーブルに用意した小さな箱の上に座ったロザリーを見ると、手のひらほどの大きさの白い果実――『ミネランベリー』を両手で持って大きく口を開けていた。


「――って、ロザリー! それ、食べるつもりなの!?」

「え? だって、どんな味か気になるじゃない?」

「ま、まあ、気になると言えば気になるけど……」


 ロザリーに聞いたり先生から貰った本を読んだりする限り、人の食べられるような味ではないというだけで、別に食べられない物ではないらしい。

 そもそも食べられない物を動物の餌の素材にしないだろう。

 私の曖昧な頷きを肯定と受け取ったのか、ロザリーは満足げな笑顔を浮かべると『ミネランベリー』にかぶり付き――瞬く間に顔を赤くし、その後一気に青ざめた。


 数秒ほど様子を見てみるが、そのまま眉一つ動かさなくなったロザリー。

 両手から落ちた齧りかけの『ミネランベリー』がテーブルの上を転がり、食器にぶつかって止まった。

 私は「あれ?」と思いながら顔の前に手を持って行って振ってみる。


「もしもーし、ロザリー?」

「……はっ!? あ、あれ? 今お花畑と、その向こうに綺麗な川が見えたような……?」

「うん、それ渡ったら駄目だからね」


 我に返ったようにビクリと肩を震わせ、辺りを見渡し始めたロザリーに、冷静に返しておく。

 そしてテーブルの上に転がった『ミネランベリー』を拾い上げると匂いを嗅いでみる。


「香りは良いんだけどね」

「た、食べないほうが良いよ、レティ!」

「いや、食べないよ……。うーん、香水とかに使えそうだね。今度試してみようかな?」


 頭の中で錬金術のレシピを妄想しつつ、とりあえずは『ミネランフィード』を作ることが先決だなと思い出して頭を振る。

 その後、食器を片付けた私はテーブルの上に錬金術のスクロールを広げる。


「さっそく作るんだね。また見てて良い?」

「うん、もちろん」


 ロザリーに返事をしつつイスに掛けていたローブの内ポケットから本を取り出す。

 本に書かれたレシピを確認しながら『ミネランベリー』を何個か金属製の器に入れ、『活性粉』も量りながら入れていく。

 粉や液体、昨日の『オウカ草』のような葉っぱなどであればレシピ通りの分量を入れれば良いが、今回の『ミネランベリー』のような物だとそういう訳にはいかず、微調整を加える必要がある。

 この調整や、その後注ぎ込むエーテルの量やタイミングを間違えると錬金術は失敗してしまう。


 ちなみに失敗すると、何も変化が起こらないか、別の物ができあがってしまうことがある。

 過去に失敗した際、変な黒い物体ができあがって先生が頭を抱えていたものだ。


「よし、これで大丈夫そう」


 何度も分量を確認した後スクロールへ手を伸ばす。

 目を閉じてゆっくり深呼吸し、身体の中に流れるエーテルに意識を傾けながら、レシピを思い出す。

 今回作る『ミネランフィード』は『ミネランベリー』の持つ豊富な栄養を『活性粉』で固めるだけの物だ。

 素材の入手し難さを考慮しなければ、作り方自体は『妖精の塗り薬』よりも簡単である。


 私は目を開けるとスクロールへ向けてエーテルを流し始める。

 数秒ほど経って必要なエーテルを注ぎ込んだことを確認してから注ぎ込むのを止めると、スクロールから光が漏れだす。

 やがて光が収まった後、指の先ほどの小さな茶色の粒が器一杯に入っていた。


「できたーっ!」


 本に書かれた完成品の特徴と見比べて一致することを確認した私は、本ごと両手を上げると歓喜の声を上げる。

 ロザリーも身を乗り出して器に入った『ミネランフィード』を見ながら「おー!」と目を輝かせている。

 しばらくはしゃいで落ち着いた後、改めて『ミネランフィード』を一粒手に取って見た目や匂いを確認してみる。

 さすがに食べることはしない――さっきのロザリーの件もあるからなおさらだ――が、品質も問題ないように思える。


「問題はこれをウシが気に入ってくれるか、だね」

「大丈夫じゃない? 美味しそうだし」

「……食べちゃ駄目だよ?」

「食べないよ!」


 念のため忠告しておくと、ロザリーは口をとがらせる。

 そんなロザリーの様子に私は冗談だよと笑って返してから、器の中の『ミネランフィード』をあらかじめ用意していた袋に移し替え、再度素材を量って入れていく。


「あれ、まだ作るの?」

「うん。これだけじゃさすがに足りないかなって思って」

「確かに足りないね……。でも、昨日みたいにヘトヘトにならないように気を付けてよ?」


 ロザリーの心配するような目つきに、昨日『妖精の塗り薬』を作った時のことを思い出す。

 私としても二日連続でエーテル不足で倒れたくないし、何よりロザリーに心配も掛けたくない。


「ありがとう。じゃあ、これだけ作っちゃったら今日はもう休むことにするよ」

「うむ、よろしい」


 腕を組んで満足したように頷いたロザリーに、私は心の中で苦笑しつつ、スクロールに手を伸ばすのだった。


 ◇◇


 そして翌日、残りの素材を使って『ミネランフィード』を全部で三袋作った私は、前日に作った二袋と合わせて手提げのカバンへ入れた。

 一袋は片手で持てる程度なのでそこまで重くないが、さすがに五袋ともなるとずっしりとした重量を感じる。


「じゃあ、行ってくるね」

「いってらっしゃーい。健闘を祈っているよー」


 笑顔で大きく手を振るロザリーに見送られて、私はお店を出る。

 空を見上げると、ところどころ雲が浮かんでいるものの澄んだ青色に染まっており、爽やかな風が吹き抜けては木の葉がさらさらと心地の良い音を立てる。

 お店の周囲に咲き乱れる花々も風に揺られて元気よく踊っているのを見て頬を緩めると、軽やかな足取りで街へ向かう。


 お昼の時間だからだろうか、人の往来の増えた大通りを避けて一本南の道を歩くこと数十分。

 そろそろカバンを持った両手が痛くなってきたと思い始めた頃、ようやく目的のデフォルメされたウシの絵が描かれた軒だしテントが見えた。

 たたたと早足になって駆け寄ると、昨日と同じように軒下に立っていたマチルドさんが私に気付いたようで、笑顔を向けてきた。


「ああ、昨日の錬金術師さんかい! よく来たね」

「こんにちは、マチルドさん」

「ちょっと待ってておくれ。奥に旦那がいるから、すぐ呼んでくるよ」

「あ、はい。ありがとうございます」


 そう言ってお店の奥へ消えて行ったマチルドさんを見送ると、私はカバンを石畳の道の上に降ろして一息付く。

 春先とはいえ昼間は太陽の日差しが暑く、髪をかき上げるようにハンカチで汗を拭う。

 しばらく待っているとお店の奥からマチルドさんと男性の声が何度か聞こえ、やがてダミアンさんが奥から顔を覗かせた。


「おう、ライエ嬢ちゃん、待たせたな!」

「いえ、大丈夫ですよ。それで、昨日お話した『ミネランフィード』ですが――」

「できたのか!」

「は、はい。こちらです」


 興奮したように目を大きくしたダミアンさんに驚いて少し引きつつ、地面に降ろしていたカバンから袋を一つ手渡す。

 ダミアンさんは勢いよく受け取ると、袋の口を開いて中から茶色の餌を数粒取り出し、まじまじと観察を始める。

 手のひらの上で転がしたり匂いを嗅いだりした後、おもむろにそのうちの一粒を口に運んだ。

 あっ、と思い止めるよりも早くダミアンさんは口に入れてしまい、目を閉じて味わうように何度か咀嚼し、最後に飲み込んでしまった。


「あ、あの……。大丈夫ですか?」


 そのまま動きを止めたダミアンさんに、私は昨日のロザリーを重ね、おそるおそる声を掛ける。

 まさかロザリー同様に意識が飛んでいるのではないかと伸ばしかけた手をさまよわせていると、ダミアンさんは突如目を見開いた。


「こりゃあ凄い!」

「――ひゃう!」


 突然の大声に飛び上がり、思わず数歩後退りしてしまう。

 しかしダミアンさんはそれを気にした様子もなく、『ミネランフィード』を見つめている。


「味はもちろん、匂いも良い! それに、かなり栄養が豊富なようだな!」

「え、えっ? 味、良いんですか?」

「もちろんだ! 嬢ちゃんも食べてみたらどうだ?」

「え、遠慮しておきます……」


 私は顔を引きつらせつつ横に振り、ついでに両手も横に振っておく。

 さすがに食べる勇気はない。

 そこでようやくダミアンさんは我に返ったのか、私に向かって差し出していた手を引っ込め、握っていた『ミネランフィード』を袋へ戻す。

 そして気持ちを落ち着けるように深く息を吐いてから口を開いた。


「悪かった。あまりのできについ興奮しちまった」

「い、いえ。気に入って頂けたようで何よりです。ひとまず作った分だけお渡ししておきますね」

「ああ、ありがとう。そうだ、お代を渡さないとな」


 地面に置いていたカバンを持ち上げダミアンさんに手渡すと、ダミアンさんはそれを片手で受け取り、もう片方の手に持っていた一袋をその中へしまう。

 その後、ズボンのポケットを漁り出したのを見て、私は慌てて首を横に振った。


「あ、それは試作品なので、お代は結構ですよ」

「だが、それじゃ悪いだろ? 嫁に聞いたが、素材探しに苦労していたようだしな」

「うーん……でも分かりました。じゃあ、今回は素材に使った『活性粉』の金額だけ貰っておきます。もしそれをウシが気に入ってくれて食べてくれるようでしたら、今度からは『妖精の贈り物』で買って下さい」

「ははっ、分かった。きっとウシたちも気に入ると思うから、そのうち買いに行かせて貰うとするよ」


 豪快に笑うダミアンさんに、私も釣られて笑顔になる。


 その数日後、『妖精の贈り物』に訪れたダミアンさんは、例のウシが食べるようになってくれたと嬉しそうに話しながら『ミネランフィード』をあるだけ購入していったのだった。

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