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錬金術師と狩猟師

 周囲に魔獣がいないことを入念に確かめると、ローブの内ポケットから本を取り出し、あらかじめしおりを挟んでおいたページを開く。

 そこには『ミネランベリー』の生育場所や特徴などが詳しく記載されており、また簡単ではあるがスケッチも描かれていた。

 本には小さな粒が集まったような実が特徴的であると書かれており、岩陰にひっそりと生えたその植物と見比べるまでもなく同じ物だと分かる。

 念のために葉っぱの形や色なども確認し、目的の素材であると確信した私は本を閉じてローブへしまうと、実を採取してローブの左側に提げた袋へと入れていく。


 先生から教えてもらった街の外での採取のコツは二つ。

 一つは必要な素材を必要な量だけ取ること、そしてもう一つは同じ場所で採取しすぎないこと。

 必要のない素材を採取したり欲張って採取を続けたりするのは魔獣に見つかるリスクが増えるだけであり、また荷物が増えればその分動きも鈍る。

 また、同じ場所で採取しすぎると、当たり前のことだけど次が育たなくなる。


「素材の種類の数だけ錬金術の幅は広がります。特に野生の素材は貴重なので、大切にするよう心掛けて下さい」


 初めて先生と一緒に採取へ出掛けた際、微笑みながらそう言っていたのを今でも覚えている。


 そんな先生の教えを思い出しながら、岩陰に生えていた実の中で熟したものを採取して袋へ入れる。

 『ミネランフィード』の作成に必要な分だけ採取した後、袋の口を閉め、後ろの街を振り返った。


「さて、次は、っと」


 そう口に出しながらここから街までのおおよその距離や方角を目測で確認し、メモに取る。

 最後にメモ帳をパタンと閉じてローブへしまったところで、私は「ふう」と一息ついた。

 これで次に『ミネランベリー』が必要になった時はまっすぐこの場所へ来られるだろう。

 本当は他にも採取できる場所が数箇所ほどあると色々と便利なのだけれど、それを探すのはまた今度にしておく。

 あえて意識しないようにはしていたが、アッシュラビットが突然いなくなったことがまだ頭の片隅に引っ掛っているからだ。


 周囲に視線を巡らせて魔獣がいないことを確認してから、その場を離れ、遠くに見えている街を目指して引き返し始める。

 遠くに見えた灰色の壁が徐々に大きくなっていき、それに比例して安心感も増していく。


 ロザリーや門番さんには大丈夫だと言ったが、やはり魔獣の生息する場所を歩き回るのは神経を使うし、もし魔獣に襲われたらと考えると恐怖もある。

 もちろん両手の指では足りないほど街の外へ出たことはあるし、魔獣と戦ったこともあるが、どちらもいつまで経っても慣れる気はしない。

 それを先生に言った時は「慣れなくて良いのですよ」と余裕のある表情で返され、説得力がないと思ったものだ。


 やがて街も近くなり、遠くに門番さんの姿も小さく見え始めたことで緊張を緩めた――その瞬間だった。

 耳をつんざくような「キィー!」という甲高い鳴き声が背後から聞こえ、振り返ると同時に視界に飛び込んでくる()()()影が映った。


「――きゃっ!?」


 口から漏れたような小さな悲鳴を上げてお尻から倒れ込んだ私の数メートル手前で、二つの影が交わる。

 お尻から伝わる痛みを堪えながら顔を上げる。

 二つの影のうち、唸り声を上げる方は長い耳と鋭利な牙を持った魔獣、アッシュラビットであり、しかしその体長は知っているものよりも数倍大きい。

 これではウサギではなくクマではないか、と思わず心の中で突っ込みを入れてしまうが、そのお陰で少し冷静になれた。

 そして、そんなアッシュラビットと私の間に割り込み、鋭い牙を両手で握った剣で食い止めているのは、さっき門のところで見掛けた狩猟師(ハンター)の男性だった。


「ど、どうしてこんなところに……!?」

「その質問には後で答えよう。今はこの魔獣を何とかするのが先決だ。一つ尋ねるが、その袋に入っているのは『元素石』で合っているか?」

「……は、はい!」


 肩越しにこちらを振り返った男性の真剣な黒い眼差しに、なぜそれを、と言いかけた言葉を飲み込んで返事をする。

 男性は満足したように頷くと、再び前へ向き直り握った剣に力を入れる。


「私が合図したら、とびきり威力のある物をコイツに投げるのだ」

「え、でも、それだとあなたが巻き添えに……」

「避けられるようにするから安心すると良い」

「わ、分かりました!」


 私は力強く頷いて立ち上がると、ローブの右側に括り付けられた袋の中へ手を伸ばし、その中から一番大きな塊を取り出す。

 手のひらほどあるルビーのような真紅の透明さを持ったその結晶は、火の『元素石』だ。

 それを握り締めると、男性の剣越しに見える鋭く赤い眼を逸らさず見据え、大きく振りかぶる。


「今だ!」

「――えーいっ!」


 男性の合図とともに口から剣が引き抜かれ、こちらへと突進するように向かってくるアッシュラビット。

 その鼻先目掛けて、私は『元素石』を放り投げた。

 太陽の光をキラキラと反射しながら放物線を描くようにアッシュラビットの眉間へとぶつかり、赤い光が『元素石』から漏れ出した――次の瞬間。

 アッシュラビットの鳴き声を上書きするような爆音と熱風が『元素石』を中心として広がる。


 投げたと同時に身を守るように(うずく)まって頭を両手で押さえていた私は、吹き荒れる爆風が収まるのを待ってから、そっと頭を上げる。

 アッシュラビットの方へと目を向けると、そこには焦げた巨体だけが横たわって残っていた。


「そ、そうだ。さっきの人は……」

「呼んだか?」


 近くから声が聞こえて振り返ると、いつの間にか男性は蹲った私の隣まで来ていた。

 アッシュラビットの死体を見ながら「相変わらずの威力だな」と呟きつつ、剣を振って腰の鞘へと戻す。

 そして私へごつごつした大きな手を差し伸べてくれる。


「立てるか?」

「は、はい」


 男性の手を借りて立ち上がった後、頭一つ以上高いところにある顔を見上げてから、私は改めて頭を下げた。


「あの、助けてくれてありがとうございます」

「何、気にするな。……と言いたいところだが、狩猟師(ハンター)でもない者が一人で街の外へ出るなど、少し無謀すぎるぞ」

「はい……ごめんなさい」


 腕を組んで眉間にしわを寄せた男性の言葉に、その通りだとうなだれる。

 先生と一緒に何度も街の外へ出たことがあるという慢心と、街の人の役に立ちたいという思いから、気が逸っていたようだ。

 もしこの人が助けに入ってくれなかったら今頃……。

 そう考えるだけで背筋が寒くなる。


「うむ、分かってくれれば良い。さて、ではひとまず街へ戻るとするか。本来は死体の処理もしないとならないが、今の爆発で他の魔獣が寄ってくるかもしれない」


 私の謝罪に男性は表情を和らげると、組んでいた腕を解いて街を指差した。


 ◇◇


 門番さんたちの「凄い爆発が見えたぞ!?」という驚きと心配の混じった言葉を苦笑いでかわしつつ、街の中へと戻った私と男性は、大通り沿いにあったそこそこ大きな食堂へ足を運んでいた。


 その食堂は宿屋も兼ねているようで、宿泊客らしき人たちが数人集まってお酒を飲みながらカードゲームに興じていた。

 けれど、お昼の時間はとうに過ぎているが夕方にはまだ早いという時間帯のためか他にお客はおらず、ゆっくり話をするにはちょうど良い場所だ。

 男性は店内に入るなり一番人気というステーキセットを大盛りで注文するとテーブルへ着き、私も後を追うようにその向かい側へ座る。


「改めて、さっきは助けて頂いてありがとうございました」

「いや、こちらこそ助かった。旅の途中で許可証を失くしてしまい、どうしようかと悩んでいたところだったのだ」


 私が頭を下げるのを手で制した男性は、顎ひげを手で撫でつつ苦笑する。

 どうやら私が街を出る際に門番さんと問答していたのは、許可証がなくて街に入れなかったかららしい。

 許可証は身分証も兼ねているため、それを失くしてしまうと街へ入る際に色々と面倒な手続きや手数料が必要になる。

 今回は許可証を持っている私が同行し口添えしたため問題なく入れたという訳だ。

 ――もちろん後ほど再発行して貰う必要はあるが。


「それで、どうしてあの場にいたか、だったか?」

「あ、はい。それと、この『元素石』のこともご存知みたいですよね?」


 ローブの右側へちらりと目を向けてから男性へと戻す。

 男性は水の入ったコップを持ち上げ一口飲むと、コトンとテーブルへ置いてから口を開いた。


「ああ、知っている。その前に名前を聞かせてくれないか?」

「そうですね。私、レティシア・ライエって言います」

「……やはりそうか。君はオレール・ライエという錬金術師の養子だろう?」


 先生の名前が出てきてもあまり驚かなかったのは、頭のどこかで何となく予想が付いていたからだろうか。

 『元素石』とはそもそも、先生が考案した、錬金術師などの力のない人が魔獣に対抗するための道具だ。

 しかし、先ほど私の身長ほどある大型のアッシュラビットを丸焦げにしたことから分かる通り、その威力は絶大である。

 ゆえにその作り方を知っている人は先生が信頼を寄せる人物だけであり、私を含めても片手で数えるほどしかいないと聞いている。

 そんな『元素石』のことを知っている人物であれば、先生の知り合いである可能性が高いという訳だ。


 男性の質問に私が頷いて返すと、そこで初めて男性は相好を崩した。


「そうかそうか、君が噂の。オレールから何度か手紙を貰って話は聞いている。私はジュスト・カッセル、見ての通り狩猟師(ハンター)をしている」

「ジュスト……? もしかして、たまに家に魔獣の素材を送ってくれていた、ジュストさんですか?」

「む、そうだな。そんなこともしていたな」


 故郷に住んでいた時、年に三、四回ほどだが、ジュストという差出人から先生宛てに魔獣の牙や鱗などが届いていた。

 しかし、数年前からそれが途絶え、また手紙を送っても返ってこないため、もしかしたらと先生が悲しそうに言っていた覚えがある。

 私は両手を軽くパチンと打ち鳴らすように合わせる。


「生きていたんですね!」

「おいおい、勝手に殺してくれるな」

「あ、ごめんなさい、つい」

「……いや、確かにこの数年、私は旅をしていたからな。それも仕方がないだろう」


 そこまで話したところで、このお店の女将さんらしき恰幅の良い女性がステーキとパン、スープのセットをトレイに載せて持ってきた。

 ジュストさんは女将さんにお礼を言ってからフォークを手に取り、食べやすいように小さくにカットされたお肉を口にする。


「うむ、美味い。……話が逸れてしまったな。私があの場にいた理由だが、単純にオレールと同じ『元素石』を持つ人物が気になって追いかけたからだ」

「なるほど、そうだったんですね。でも、そのお陰で助かりました」

「先ほども言ったが、いくら『元素石』があるとはいえ、一人で街の外へ行くのは危ないぞ。今度からは他にも戦える者を連れて行くと良いだろう」

「はい、そうします」


 私は表情を引き締めると、忠告を胸に刻むようにしっかりと頷く。

 その様子に満足したのか、ジュストさんはふっと口元を緩め、食事を再開する。

 しばらく無言の時間が流れ、食事の邪魔をするのも悪いかなと席を立とうとした頃、先にジュストさんが口を開いた。


「本当は私が付いて行ってやりたいところだが、数日滞在したらすぐに経つつもりでな」

「そういえば、旅をしているって言っていましたね」

「ああ。とある道具を作るための素材を探しているのだ。この近くの山に生息する魔獣から採れると聞いている」

「……とある道具、ですか。あれ、でも、なんで歩いてこの街に来たんですか? この近くの山にというなら、この街まで飛行船で来れば良かったのに」


 素朴な疑問を口にした途端、フォークを持った手の動きを止め、具合悪げにつつっと視線を逸らすジュストさん。


「……もしかして、飛行船が苦手なタイプですか?」

「どうしてあれが飛ぶのか理解できないだけだ。ああ、決して苦手という訳ではない」


 先ほどのまでの精悍な様子とは打って変わって、焦ったように捲し立てるジュストさんに、何とも言えない感情が込み上げてきたのだった。

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