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リガロの錬金術師

 オレール先生へ


 例年に比べて厳しい寒さが続いていますが、いかがお過ごしでしょうか。


 私はリガロの街で元気に暮らしています。

 初めは先生と別れて暮らすことや、新しい場所でやっていけるかなど、不安がたくさんありました。

 しかし、いつも元気なロザリーや、親切にしてくれる街のみんなのお陰で今は楽しくやっています。


 錬金術の練習も毎日続けていて、今ではだいぶ作れるレシピの種類も広がりました。

 特に先生から頂いた本がかなり助けになってくれています。

 こんな役に立つ本を書いて下さって、本当にありがとうございました。


 そういえば、先日なんと『エリクシール』を作りました。

 そう、あの霊薬『エリクシール』です!

 まさか私に作れるとは思ってもみませんでしたが、この一年でそれだけ錬金術の腕が上達したのだと思うと嬉しく感じます。


 さて、今回お手紙を出したのは他でもない、来年の帰郷に関してお伝えしたいことがあるためです。

 突然なのですが私、来年以降もこのリガロの街で暮らしたいと考えています。


 理由はいくつかあるのですが、先生の元を離れてもっと錬金術の腕を磨きたいのと、親切にしてくれた街のみんなに恩を返したい、というのが主な理由です。

 あと何より、このままロザリーを一人にするのは心配だなあって。


 先生は来年サントスへ帰られるのでしょうか?

 私も一度先生に顔を見せに行きたいので、いつ頃帰られるのか連絡貰えると嬉しいです。


 それでは、くれぐれも食事を忘れて研究に没頭しないようお気を付け下さい。


 レティシア・ライエ


 ◇◇


「オレールよ、どうした?」


 レティからの手紙を読み終えた私に声を掛けてきたのは国王でした。

 いつの間に背後にいたのでしょうか。

 そういえば、昔から彼は人の目を盗んで城を抜けだしたり食料庫へ侵入したりするのが無駄に上手いのでした。

 私は手にした手紙をひらひらと振ってみせます。


「レティから手紙が来たのですよ」

「例の拾い子か。通りで珍しく顔が緩んでおるかと思った」

「……そんなにですか?」


 顔に手を当ててみると、なるほど、確かに少し緩んでいる気がします。

 何度か頬を揉んだ後、話題を変えるように国王へ向き直ります。


「それより、国王がどうして一人でこんなところに?」

「ああ、そろそろ返事を聞かせて欲しくてな」

「例の『王立錬金術学校』の指導役のことですか?」

「そうだ」


 この一年、私は国王の元、新しく設立される『王立錬金術学校』の準備を手伝っています。

 何でも、国を挙げて優秀な錬金術師を育てることで、結果として国を豊かにする取り組み、と国王は熱弁していました。

 そして私は、その学校の指導役として抜擢されている、という訳なのです。


「その話でしたら、引き受けましょう」

「……先日まで渋っていたくせに、いきなりどうした?」

「何、大したことではありません。ちょっと()に触発されて気が変わっただけですよ」


 困惑した表情を浮かべる国王に、私は再度手紙を振ってみせます。


「何にせよ引き受けてくれるのならありがたい。よろしく頼む」

「ええ、引き受けるからにはしっかり役目を果たしますよ。――そうですね、まずは錬金術の基本をまとめた本でも書きましょうか」


 そう言って私はメガネを上げて微笑んだのでした。


 ◇◇


「うーっ! できないー!」


 何度目かの黒い物体を作り上げた私は、両手をスクロールから離してイスの背もたれに上体を預けた。

 突然大声を上げたことに驚いたのか、逆さまになった視界の端でロザリーがふわりと近付いてくるのが見える。


「どしたのレティ? って、あー。また失敗したんだ……」


 テーブルの上の黒い物体を見て、ロザリーが納得したように声を漏らす。

 私は勢い良く身体を起こすと、テーブルの上に着地したロザリーへ助けを求めるように手を伸ばした。


「うう、ロザリー。何度やっても『エリクシール』が作れないんだけど、何でだろう……」

「いやいや、あたしに聞かれても錬金術のこと詳しくないし、知らないよ」


 私が伸ばした手をぺちんと払いのけたロザリーは、そのまま顔の前で手を振った。

 そう、黒い物体の正体は『エリクシール』を作ろうとして失敗した残骸なのである。


 今から一月ほど前。

 エーテル欠乏症にかかってしまったロザリーを救うため、私は作れれば一流の錬金術師と称される霊薬『エリクシール』を作り上げた。

 その際に使わなかった素材のいくつかはモルガンさん――この街の領主様――へ返したのだが、さすがに細かく砕いてしまったものを返す訳にはいかず。

 練習と備蓄を兼ねて『エリクシール』を作っておこうと思い立ったのが昨日のことだった。


 そして昨日から数えること十数回。

 一月前は一発で成功したはずの『エリクシール』の調合が、なぜか一回も成功せずに今に至る。

 いや、原因は分かっている。

 エーテルの操作が難しすぎて上手くいかないのだ。


「どうして上手くいかないんだろう……。というか、最初は成功したんだし、こうも失敗が続くのっておかしいよね」

「あっ、そもそも最初が偶然だったとか?」

「……泣くよ? 私、泣いちゃうよ?」

「うん、ごめん」


 まあ、おそらくロザリーの言うことがほぼ正しいのだろうとは思っている。

 さすがに偶然とは言わないが、あれは火事場の馬鹿力――つまり、ロザリーが病気になって追い込まれ、本来よりも集中力などが増したがゆえなのだと思う。


「あれ、要はもっと集中力が増せば良いってこと? ……はっ! じゃあ、いっそのこと徹夜でもしてみれば――」


 そんな明後日の方へ向かっていく思考を引き戻したのは、一階で鳴ったドアベルの音だった。

 今はまだ開店前。

 こんな朝早くに誰だろう? と私とロザリーは顔を見合わせた後、ロザリーがいち早くテーブルからふわりと浮かんで一階へ飛んで行った。

 すぐにロザリーとお客さんであろう女の子の話し声が聞こえ始める。


 お客さんはロザリーに任せ、私は先に器の中の黒い物体と余った素材を片付ける。

 片付けが終わった後もまだ話している二人の様子を見に一階へ下りると、ロザリーが「あっ!」と声を上げた。


「遅いよ、レティ!」

「ごめんごめん、片付けしてたから。というか、もしかして私に用事?」


 ロザリーに謝った後、入口近くでおろおろとしていた女の子へ視線を向ける。

 私と同い年くらいだろうか、女の子は私の視線に気付くと、慌てたように深々と頭を下げた。

 ひとまとめにして肩から下げている長いアッシュブラウンの髪があわせて揺れる。


「こ、こんにちは! ……じゃなかった、おはようございます!」

「えっと、おはようございます。あなたは?」

「わたし、ルネって言います。この雑貨屋に凄腕の錬金術師がいるって聞いて来たんですが」

「凄腕……かどうかは怪しいですけど、私が錬金術師ですね」


 ついさっきまで『エリクシール』を失敗し続けていたし、と心の中で付け足しておく。

 思い出したらまた悲しくなってきたので、切り替えるように自己紹介する。


「レティシア・ライエです。気軽にレティって呼んで下さいね」

「あたしはロザリーだよ」

「レティさんに、ロザリーさん、ですね。それで……あの。レティさんにお願いがありまして。この薬液を一瓶分作って欲しいんです」


 ルネさんは懐から一枚の紙を取り出すとそれを差し出してきた。

 受け取って確認してみると、どうやら錬金術のレシピが書かれているようだ。


「……『アプリットオイル』?」

「はい。わたし、数日前にこの街に来て美容院を立ち上げたんですが、その薬液を切らしてしまって。それ、前の街で錬金術師に作って貰ったもので……」

「ああ、なるほど……。うん、分かりました。私で良ければ作りますよ」

「ほ、ほんとですか! や、やった!」


 小さく握りこぶしを作るルネさんに、私も釣られて頬を緩めた後、再度レシピに視線を戻す。

 どうやらその錬金術師が独自に作ったレシピのようで、使う材料もエーテルの注ぎ方もかなり独特。

 とはいえ、さすがに『エリクシール』や『クーレ溶液』よりは簡単なので、この程度のレシピであれば問題なく作れるだろう。

 後は材料だが……。


 私はロザリーを手招きすると、ふわふわと寄ってきた彼女にレシピの一か所を指差して見せた。

 そこには、この地方では採れない珍しい花の名前が書かれていた。


「ロザリー。この花って確か育ててたよね?」

「どれどれ? うん、これならどっかの鉢に植えてあるよ」

「さすが。他の素材はあるし、ぱぱっと作っちゃおっか。えっと、ルネさん。今ってお時間大丈夫ですか? 十五分ほど待って貰えれば、すぐに用意しますけど」

「え……じゅ、十五分?」


 狼狽を顔に浮かべたルネさん。

 もしかして忙しかっただろうか、と尋ねると、ルネさんはぶんぶんという音が出そうなほど勢い良く顔を横に振った。


「い、いえっ! ただ、そんなに早くできるのかと思いまして」

「はい。特に難しいレシピじゃないので、すぐ作れますよ」


 そんなルネさんに心の中で苦笑しつつ。

 私はにっこりと微笑んだ。


 ◇◇


 そして十数分後。

 特に問題もなくちゃちゃっと『アプリットオイル』を作り終えた私は、ルネさんにビンを手渡した。


「ほ、ほんとに十五分も掛からずできちゃった……。やっぱり凄腕という噂はほんとだったんですね」

「いえいえ。私なんてまだようやく一人前になったところですよ」


 火事場の馬鹿力とはいえ『エリクシール』を作れたのだし、駆け出しからは卒業できたと思うが、ようやく一人前といったところだろう。

 先生のような一流の錬金術師にはまだ遠く及ばないと思う。

 顔の前で手を振ると、ルネさんは「そうなんですか」と難しそうに首を傾げていた。


 その後、小さく手を振ってお店から出ていくルネさんを見送ってから、ロザリーに向き直る。


「ロザリーも、お花採って来てくれてありがとね」

「どーいたしまして。あの花、もう少し植えておこっか」

「そうだね。また来てくれるって言ってたし」


 私とロザリーはそう話しながら、開店準備を始める。

 新しいお客さんが増える嬉しい出来事もあったけど、準備はいつもと変わらない。

 掃除をして、在庫整理をして、最後にドアの外に木製のプレートを掛ける。


 プレートには可愛らしい文字で『妖精の贈り物』と書かれている。


 私にとっては、このお店との……いや、この街との出会いがこそが、最高の『贈り物』だったのかもしれない。

 そう、今では思える。


「ねえ、ロザリー」

「うん?」

「これからもよろしくねっ!」


 この先何年、何十年この街にいるかは分からない。

 いつかはこの街を出て行ってしまう時が来るのかも知れない。


 でも、今はこの街で精一杯頑張ってみよう。


 先生のように一流の錬金術師になるため。

 そして、錬金術を通してたくさんの人を助けられるようになるため。


 この街、リガロの錬金術師として――。

この度は拙作「リガロの錬金術師 ~妖精と不思議な雑貨屋さん~」を最後までご愛読頂きありがとうございました。

この作品は某錬金術のゲームに感銘を受けて作り上げたお話で、元々はゲームのシナリオとして書いたものでした。

途中でスランプになり一時は挫折しかけましたが、感想や評価を励みにしてどうにか最後まで書き上げることができました。

ひとえにみなさまのお陰です!


改めて、最後までご愛読頂きありがとうございました!


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