錬金術師とエリクシール
領主のお屋敷を後にした私は、診療所に寄ることなく『妖精の贈り物』へ帰ってきていた。
モルガンさんとシルヴィーちゃんの協力を得て、霊薬『エリクシール』を作る素材は全て揃った。
ここから先は私の頑張り次第だ。
私はお店の二階へ上がると、ローブをベッドの上に放り投げてさっそくテーブルへ向かう。
テーブルの上には出掛ける前に用意しておいたスクロールと錬金術で使う器、そして『クーレ溶液』が置いてある。
そこへ手提げバッグから取り出した袋を置き、中身を取り出していく。
「うーん……ちょっと大きいかな」
しかし取り出した素材はどれもそのまま使うには大き過ぎるため、つい独りごちてしまう。
『氷晶花』は私のこぶしほどの大きさがあるし、『サラマンダーの鱗』にいたっては一枚一枚が両手を合わせたよりも大きいのだ。
貰って来た素材の量は十分にあるとはいえ、無駄遣いはできない。
私は仕方がなく窓際のテーブルへ素材を持って行く。
そこには昨夜から置きっぱなしになっていたプレゼントがいまだに置かれていた。
「ロザリーが元気になったら、また開けるから。それまで待っててね」
そう呟きながらいったんプレゼントを脇に寄せ、素材をナイフやハンマーで細かく割っていく。
素材にも寄るが、たいていは割ったところでその素材が持つ効力は特に変わらない。
変わらないのだが、何となく『氷晶花』のような高価で綺麗な物を割るのは気が引けてしまう。
まあ、気が進まないと言いつつも割るしかないのだが。
素材を器に入れられるくらいまで細かくすると、それを持って再び部屋の中央にあるテーブルへ移動。
そして本に書かれたレシピ通りに量りながら素材を器へ入れていく。
そもそも『エリクシール』という薬は、『サラマンダーの鱗』が持つ高い治癒の力と、『氷晶花』が持つ高濃度のエーテルを混ぜ合わせた、言わば一種の劇薬である。
もちろんそのままではただの毒にしかならないため、人体への悪影響を抑えるため『星屑の貝殻』の成分を混ぜ、その分落ちた効力を『クーレ溶液』で元素の力を高めることで補っている。
つまり、一歩間違えれば霊薬ではなく劇毒。
この薬を作った錬金術師と当時の国王様は、よくこれを王太子に飲ませる決心をしたものだと感心してしまう。
まあ、エーテル欠乏症は当時まだ不治の病だったのだし、今の私以上に切羽詰っていたのだろうことは想像に難くない。
「うん、これで大丈夫だね」
過去の錬金術師たちに思いを馳せながらも、素材の量を何度も確認して器に入れ終えた。
次に本を手に取り、エーテルを流す量とタイミングをしっかり記憶していく。
『エリクシール』の難易度は、私がこれまでやってきたどの錬金術よりもはるかに高い。
本来は先生のような王都や王宮で働く一流の錬金術師が作るレベルの道具である。
もちろん錬金術師の腕は作れるレシピの難易度で決まる訳でなく、むしろ新しいレシピを生み出す能力に重点が置かれているくらいだ。
それでも『エリクシール』を作れる人は間違いなく一流の錬金術師である。
そう言い切れるだけの難しさが、手順を読んだだけでひしひしと伝わってくる。
元来、私はあまり物覚えが良くない。
だからいつも先生の本を持ち歩いているのだし、エーテルを流す手順も何度も読み込んで覚えている。
しかし、今日の私はどうやら頭が冴えているようで、何度か読んだだけで手順がしっかりと頭に入ってきた。
「よし、やってみようかな」
両手を握ったり開いたりした後、ゆっくりと深呼吸をして心を落ち着ける。
そしてスクロールへ手を伸ばすと、エーテルを注ぎ込み始めた。
身体の中を巡るエーテルが腕を通りスクロールへと流れていく。
スクロールを見つめながらも、頭の中の手順通りに必死にエーテルを流し込んでいく。
やがて全ての手順が終わり、注ぎ込むのを止めた――次の瞬間。
スクロールに描かれた図形から眩しいほどの光が溢れた。
『クーレ溶液』を作った時と同じ、全てを包容するような陽のごとき純白の光。
それは、四元素全てを扱った際の現象であると、この時ようやく理解した。
固唾を飲んで見守る中、やがて光は収まり――。
器の中には菫色の液体が満たされていた。
「……できた……の?」
まさか一発で成功するとは思いもよらず、驚きよりも戸惑いが先に来てしまう。
唖然としながらもスプーンで少量掬い、本に書かれた色や匂いと見比べていく。
何度か確認したところでようやく実感が伴ってきて……。
「や、やったー! 私にもできたーっ!」
私の歓喜の叫びが森林中に響き渡ったのだった。
◇◇
「ロザリーの容態はどうですかっ!?」
「――ライエさん。とりあえず他の患者さんにご迷惑なので落ち着いて下さい」
できあがった『エリクシール』をビンに詰め。
ロザリーが寝ている診療所へと駆け込んだ私は、しかしお医者さんに別室に連行され諌められてしまった。
まあ、これに関しては私が悪かったと素直に反省。
『エリクシール』ができたことによる興奮と、ロザリーのことが心配という不安から、つい我を忘れてしまったのだ。
私は慌てて口を塞いだ後、深々と頭を下げた。
「す、すみません!」
「いえ。親しい人が病気になれば慌ててしまうのも当然です。ですが、エーテル欠乏症は症状が急変するようなことはありませんので、そこは安心して下さい」
「えっと、それは安心していいものなのでしょうか……」
彼なりのフォローだったのだろうが、思わず突っ込んでしまう。
いや、今はそんなことよりも『エリクシール』の方が優先だ。
私はローブから小ビンを取り出すと、お医者さんへ差し出した。
「それよりも、『エリクシール』作ってきましたので、見て貰っても良いですか?」
「もちろんです」
何度も確認をしたので問題ないとは思うが、お医者さんであればより正しく判断できるだろう。
私から小ビンを受け取ると近くのテーブルへ腰掛け、ガラスでできた棒状の器具で別の皿へ数滴移す。
そして、何か別の液体を加えて様子を見たり虫眼鏡のようなレンズで覗き込んだりすることしばらく。
おもむろに頭を上げてこちらに向き直った。
「確か、『エリクシール』を作る素材は相当高価な物だったと記憶していますが……」
「モルガ……じゃなくて、領主様にお願いして分けて貰いました」
「なるほど、通りで。私も過去に一度だけこの薬を見たことがあるのですが、それよりも品質が高いように見えますね」
「じゃあ……!」
「はい、正真正銘の『エリクシール』です。さっそく患者さんに飲ませてあげましょう」
お医者さんと一緒に病室へ移動するや否や、私はベッドへ静かに駆け寄った。
今朝見た時から様子は変わっておらず、ロザリーは横になったまま静かに呼吸を繰り返している。
たまにうめき声に似た息が漏れるのも変わらずだ。
私は乱れた金色の髪をかき分けながら頭を撫でた後、その細い肩を叩いた。
「ロザリー、起きて」
「んう……れ、てぃ?」
「うん、私だよ。お薬を作ってきたから、飲める?」
「……う、ん」
私の言葉に反応して頷いたのを確認し、ベッドの反対側に移動したお医者さんが、ロザリーの上体に片手を添えてそっと起こした。
そして小さなその口の中へ少しずつ『エリクシール』を流し込んでいく。
こくん、こくん、と喉を鳴らす音が静かな病室に木霊する。
数十秒ほど掛けてゆっくりと『エリクシール』を飲み終えたロザリー。
それだけで体力を使い果たしたのか、そのまま再び寝入ってしまった。
お医者さんが脈や熱を測ったりするのをはらはらしながら見守る。
やがて立ち上がったお医者さんの顔には、心底驚いたような表情が貼り付いていた。
「……凄いですね。もう呼吸や脈が安定しています。これであれば、半日も経てば目も覚めるでしょう」
「よ、よかったあ……!」
「これが『エリクシール』の効力なのか、はたまた……」
お医者さんの言葉に私はほっと胸を撫で下ろした。
その後、なにやら難しそうな顔で呟き始めたが、あまり関係なさそうなので気にしなくても良いだろう。
正直、エーテル欠乏症と告げられた時、私はかなり焦りを感じていた。
錬金術の腕はまだしも、素材が手に入らなければ錬金術師は何もできないに等しい。
結果としてはモルガンさんやシルヴィーちゃんの協力があって素材を手に入れることができたが、もしそれがなかったらと思うとぞっとする。
考えないようにはしていたが、王都にいる先生から素材を送って貰うとしても、それまでロザリーが持つ保障はないのだ。
ベッドに視線を向けると、どこか穏やかな寝息を立てているロザリーが目に入る。
落ち着いた様子のその姿を見て、本当に良かったと私も口元をほころばせた。
――と同時に、ついに緊張の糸が途切れたのだろうか。
突如視界がぐにゃりと歪んだ。
「……あ、あれ?」
揺れる景色を遮るように手で頭を押える。
しかし次第に身体に力が入らなくなり、ついにはベッドを支えにして座り込んでしまう。
「ライエさん、どうしました……?」
ベッドを迂回して駆け寄ってきたお医者さんの声が徐々に遠くなっていく。
そして私は、唐突に意識を手放した。
◇◇
私が目を覚ましたのは、それから一晩経った翌日のお昼のことだった。
どうやらロザリーに『エリクシール』を飲ませた後、すぐに倒れてしまったらしい。
お医者さん曰く「寝不足や心労による発熱なので、薬を飲んで一日安静にしていれば治りますよ」とのこと。
そして目覚めた私に待っていたのは、元気になったロザリーのお説教だった。
「……もうっ、レティ! 心配させないでよ!」
「あ、あはは。ごめん」
私が倒れている間にロザリーは目を覚ましたらしく、一晩経った今はもう普通に起き上がれるまで回復していた。
『エリクシール』の効力と妖精であるロザリーの回復力は、お医者さんですら想定していなかったようだ。
お陰でこうしてお叱りを受けているのだが……まあ、これはこれでロザリーが元気になった証とも言えるだろう。
「聞いてるの、レティ! いくらあたしが元気になったからって、今度はレティが倒れたら意味ないでしょ!」
「ご、ごめんって。反省してるから」
「もうっ!」
頬を膨らましたロザリーの姿につい笑みを零すが、じろりと睨まれてしまったので慌てて表情を引き締める。
このまま延々と続くかと思われたお説教は、しかし途中で病室に入ってきたお医者さんによって止められお開きとなった。
私もロザリーも病み上がりどころかまだ動けるようになっただけなので当たり前だろう。
強制的にベッドに押し込まれた私は、じっと病室の天井を眺めながらこの一年間のことを思い出していた。
このリガロの街に来てから、私はいろんな人たちと関わりながら、錬金術の腕を磨いてきた。
錬金術でいろんな人を助けるとこができたし、逆に昨日のように助けられることも何度もあった。
もちろん失敗することもたくさんあったけど、その度にロザリーに励まされていていた気がする。
まだまだ未熟な私が霊薬と呼ばれる『エリクシール』を作ることができたのも、ロザリーを助けたいという一心からだっただろう。
私は首を傾けて隣のベッドを見ると、ぽつりと呟いた。
「ロザリー。私、決めたよ」
「……うん? 何を?」
きょとんとした表情を浮かべてこちらを振り向くロザリー。
そんな彼女に、私は決意を胸にこう言った。
「私、このリガロの街に残ることにする」




