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錬金術師と領主との対談

「お、お初にお目に掛かります。私はレティシア・ライエと申します。えっと……」

「ふふ、そんなにかしこまらなくて良い。私は領主としてここにいる訳ではなく、あくまでも娘の友人に会っているだけだからな」


 領主様はイスから立ち上がると、口元に柔和な笑みを湛えた。

 いざ領主様と会うことになって多少なりとも緊張していたのだが、それもすっと溶けていくように消える。

 私は心を落ち着けるように静かに深呼吸をすると、再度目の前の男性を見据える。


「分かりました。では、モルガン様」

「ふむ、まだ固いな。娘とはもっと親しげに話しているのだろう?」

「ええっと、それは……」


 モルガンさんの言葉に思わず口ごもってしまう。

 確かに今まではシルヴィーちゃんが貴族のご令嬢だなんて知らなかったため普通に話していた。

 しかし、貴族だと分かった今は敬語を使わないと失礼なのではないだろうか。

 そんなことを考えていると、シルヴィーちゃんが不満げに頬を膨らませた。


「もうっ、お父様! レティシアお姉様がお困りになられていらっしゃるでしょう! お姉様も、今さら口調をお変えになったら怒りますわよ?」

「あ……うん」

「失礼、冗談はこれくらいにしておこうか。ああ、私のことは普通にさん付けでお願いするよ」


 シルヴィーちゃんの抗議にモルガンさんはどこか楽しそうに口角に微笑を浮かべる。

 ……意外とお茶目な人らしい。

 そして執務机を回って私の前まで来ると、右手をソファへ向けて差し出してきた。


「改めて、よく来た、レティシア嬢。歓迎するよ」

「ありがとうございます、モルガンさん」

「まあ、まずは座ってくれたまえ」


 モルガンさんに促されるままフカフカなソファへ腰掛ける。

 向かいにモルガンさん、そしてなぜか私の隣にシルヴィーちゃんが腰を下ろした。

 視線を横へ向けるとにっこりと笑みを返される。

 ……まあ、気にしないでおくとしよう。


 ちなみにメイドさんは入口近くで風景に溶け込んでいる。


「さて、それでは本題に入るとしようか。レティシア嬢の事情は聞いている。確か『エリクシール』を作るそうだな」

「はい。同居人がエーテル欠乏症にかかってしまったので、それを治すために必要なんです」

「『エリクシール』を作るための材料は分かっているのか?」

「もちろんです。これを見て下さい」


 私はローブから本を取り出して『エリクシール』のレシピが書かれたページを開き、モルガンさんに手渡す。

 モルガンさんはそのページに目を通しながら静かに頷いている。

 その表情からは何を考えているのかは見えないが、手を当てられた口元が少しだけ引き締まった気がした。


「噂に(たが)わず、なかなかに貴重な素材を使うようだな。しかし、この『クーレ溶液』だけは名前を聞いたことがないな」

「あ、『クーレ溶液』は錬金術で作る道具で、それだけはもう持っています」

「なるほどな。ふむ、少し待っていてくれ」


 そう言って席を立つモルガンさん。

 固唾を飲んで見守っていると、壁際の本棚から紙の束を取り出し戻ってきた。

 そのまま無言で紙の束をめくり始めたが、表紙は白紙のため一体何を見ているのか分からない。

 やがて紙をめくる手が止まる。


「ふむ。『クーレ溶液』を除いた他の素材は全て保管庫にあるようだな」

「ほ、本当ですか!」


 突如告げられたモルガンさんの言葉に、私は思わずソファから立ち上がった。

 どうやら見ていたのは保管庫の在庫リストで、素材があるか確認してくれていたようだ。

 勢いのまま前のめりになりそうな私を、シルヴィーちゃんが袖を引っ張って止めてくれる。


「落ち着いて下さいませ、レティシアお姉様」

「あ……す、すみません。いきなり大声を上げてしまって」

「いや、構わないさ。どれだけ友人のことを大切に思っているのか伝わって来たよ。ただ、とても伝え辛いのだが、この素材を無償で譲ることはできない」


 それに関しては想定していたからだろう。

 今度は驚くことなく私はゆっくりと落ち着いて頷いた。


 元々『エリクシール』を作るための素材は非常に希少かつ高価であることは分かっている。

 だからこうして領主様のお屋敷を訪ねているのだし、もちろんそれ相応の準備もしてある。


「分かっています。なので、取引をしたいと思っています」

「……取引?」

「はい、これです」


 私は脇に置いていた手提げカバンから大きなビンを取り出しテーブルに置く。

 このビンが、今の私がすぐに用意できた物の中で最も高価な物である。

 モルガンさんはビンを手に取ってしげしげと眺めるが、すぐに首を傾げた。


「これは一体?」


 まあ、ラベルも何もないのでその疑問は当然だろう。


「――『またたび酒』です」

「まさか……」


 私の言葉に息を飲み、再度ビンに視線を落とすモルガンさん。

 そう、私の交渉の切り札、それが『またたび酒』である。


 以前、古い教会を探索しに行った際に出会ったネコの妖精ノワール。

 彼? に『元素石』を渡した対価として受け取ったのがこの『またたび酒』だ。

 妖精から貰える物は貴重とノワールも言っていたし、私もその時はそう思って素直に受け取ったのだが……。

 驚くことにこの『またたび酒』、貴重な品どころか数十年に一本出回るか否かという名品であったのだ。

 雨女ちゃんから貰った『雨含石(うがんせき)』といい、妖精の価値基準はあてにしない方が良いということを改めて痛感させられた。


 もちろんその価値は言うまでもなく。

 モルガンさんも心なしか酒瓶を持つ手が震えている気がする。


「レティシア嬢、これを一体どこで?」

「ノワール……ネコの妖精から貰ったものです」

「……なるほど。君は森の妖精以外の妖精とも付き合いがあるのか」


 森の妖精とはロザリーのことだろう。

 言われてみれば、リガロの街に来てからロザリー以外の妖精――雨女ちゃんやノワール――と関わる機会も増えている。

 まあ、どちらともロザリーの知り合いなので、私と直接付き合いがあるとは言い難いが、それは置いておくとする。


 モルガンさんはテーブルにそっと酒瓶を戻した後、膝の上で手を組んだ。


「結論から言おう。この『またたび酒』は素材に釣り合わない」

「お父様、それはなぜか聞いてもよろしくて?」


 私より早く質問を投げたのは、今まで静観していたシルヴィーちゃんだった。

 ちらりとシルヴィーちゃんを横目で見てから、私も疑問を込めた視線をモルガンさんへ向ける。


「勘違いしないでくれ。『またたび酒』の方が価値が高く、こちらが得をし過ぎてしまうのだ」

「あら、そういうことでしたの」

「正確には『またたび酒』の値打ちが分からない、と言った方が正しいか」


 相当な額で取り引きされるのは確かだがな、と付け足すモルガンさん。

 その言葉に私はほっと安堵の息を吐いた。

 まあ、例え『またたび酒』だけでは足りないとしても、私には『雨含石』というもう一枚の手札があるのだけれど。

 そんな私の算段など知るよしもなく、モルガンさんは真剣な面持ちで人差し指を立てた。


「そこでレティシア嬢に提案がある。君の欲している素材はすぐに渡そう。その代わり、『またたび酒』の売却に関しては私に一任してくれないだろうか? 春の建国祭に王都で行われるオークションに出品しようと思うのだ」

「はい、それで良いですよ」


 私があっさりと即答すると、モルガンさんはぎょっとしたように私の顔を見つめてくる。

 かと思えば一転して眉間を押さえ始めた。


「……私が言うのも何だが、もう少し人を疑うことをした方が良いぞ?」

「ロザリーの命に比べたらそれくらい安い物です」


 どうやら私が取引などで騙されることを懸念してくれていたようだ。

 実際、あまり交渉事に向いている性格とは言えないのは自覚しているし、普段はもう少し慎重にことを進めている……と思いたい。

 とはいえ、今はそんな些細なことよりもロザリーの病気を治すことが最優先である。


「そうか、そうだったな。失礼した。素材をすぐに用意させよう」


 今の言葉で納得してくれたのか、モルガンさんはすぐに執事さんを呼んで素材を用意するよう頼み始める。

 内心で胸を撫で下ろしながらそんな二人を見ていると、隣でシルヴィーちゃんがくすりと笑った。


「良かったですわね、レティシアお姉様」

「うん。これもシルヴィーちゃんがモルガンさんに話を通してくれたお陰だよ。ありがとうね」

「ふふっ、お姉様のお役に立てたのであれば光栄ですわ」


 その後、シルヴィーちゃんやモルガンさんに頼まれ『またたび酒』を手に入れた時の話をすることしばらく。

 やがて袋を三つ抱えて執事さんが戻ってきた。

 執事さんはテーブルに袋を置くと、静かに一礼だけして再び下がっていく。


「お待たせした、レティシア嬢。これが素材だ。確認してくれ」


 モルガンさんに促されるがままテーブルに置かれた袋を順番に手に取っていく。


 燃えるような真紅の薄い板状の『サラマンダーの鱗』。

 『星屑の貝殻』は暗紫色の貝殻に白い斑点が浮かんでいる。

 そして『氷晶花』は氷のように透き通った水晶でできた花。


 どれも先生の本に書かれている見た目通りである。

 念のためそれぞれの素材と本のページを見比べて品質も確認していく。

 さすが貴族のお屋敷に保管されていただけあり、生物(なまもの)がないとはいえ、どの素材に関しても保存状態が非常に良い。

 やがて全ての素材を確認し終え、私は顔を上げた。


「はい、確かに確認しました! どれも状態が良くてとっても助かります」

「そうか。それなら良かった。ところでレティシア嬢はすぐに帰るのか?」

「そうですわ! レティシアお姉様は朝から何もお食べになられていらっしゃらないのでしょう? もうすぐお昼ですし、ご一緒にどうでしょう?」


 シルヴィーちゃんが良いことを思い付いたとばかりに嬉しそうに両手を叩いたが、私は首を横に振る。

 正直なところ、今はロザリーのことが心配なのと睡眠不足が重なり、あまり食欲が湧かないのだ。


「ごめんね。お誘いは嬉しいんだけど、今はすぐにでも帰って『エリクシール』を作りたいの」

「……そうですか。残念ですが仕方がありませんわね」

「本当にごめん」

「いえ。そのかわり、妖精様の病気が治りましたら、今度こそご一緒にお茶会をいたしますわよ!」

「うん、その時は楽しみにしておくよ」


 いつものように勝気な笑みを浮かべたシルヴィーちゃんに釣られ、私も相好を崩す。

 約束をするようにしっかりと握手を交わすと、次にモルガンさんへ向き直った。


「モルガンさんも、いろいろとありがとうございました」

「いや、こちらも良い取引をさせて貰った。『またたび酒』のことは責任を持って預からせて貰う。またオークションの結果が分かり次第、使いを出そう」

「はい、分かりました」


 よろしくお願いします、と頭を下げようとしたが、なぜか手で制される。

 首を横に振って差し出されたモルガンさんの右手を、私はおずおずと握り返した。



 その後、モルガンさんとシルヴィーちゃんに見送られながらお屋敷を後にし……。

 私は『エリクシール』の素材を詰めたカバンの持ち手をぎゅっと握り締め、『妖精の贈り物』への帰路につくのだった。

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