錬金術師と誕生日
ついにロザリーの誕生日がやってきた。
いつも通り午前中はお店の掃除や在庫確認をして過ごし。
二人で昼食を取った後、私は買い出しという名目でロザリーにお店を任せて街へ来ていた。
「うーん……。もしかしてロザリー、気付いてるのかな?」
朝からロザリーがたまにぼーっとしたり、かと思えばどこかそわそわしたりしているので、感付かれている気がしないでもない。
まあ、もし気付かれていたとしても仕方がない。
私も昔は誕生日になると先生がお祝いしてくれるのを楽しみにしていたものだ。
そんなことを考えながら私はヴァネッサさんのいる技師さんたちの工房へ足を運ぶ。
「すみませーん。ヴァネッサさんいますか?」
「おう、レティ! 待ってたぜ!」
「あ、ヴァネッサさん。こんにちは」
工房の入り口で呼び掛けると、待っていてくれたのかヴァネッサさんがすぐに現れる。
そして手にしていたオルゴールを差し出してきた。
「ほら、しっかりと直しておいたぜ。あと、表面の細工も磨いておいたから、多少はマシになったと思うぜ」
「わあっ、そんなところまで……!」
「ついでだよついで。気にすんな」
私が頭を下げると、そっぽを向いて手をひらひらとさせるヴァネッサさん。
あ、これは照れているんだな、と今回は私でも分かった。
周りの技師さんたちも微笑ましいものを見るかのようにヴァネッサさんに温かい視線を向けているので間違いないだろう。
ヴァネッサさんは誤魔化すようにこほんと咳払いをすると、ポケットから小さな袋を出して私に手渡してきた。
「あとこれ、オレからのプレゼントだ。大した物じゃないが一緒に渡しておいてくれ」
「はい!」
オルゴールとヴァネッサさんのプレゼントを手提げカバンに入れる。
そして最後に一礼してから工房を後にした。
◇◇
その後、事前に伝えておいた知り合いからロザリー宛のプレゼントを集め。
最後にエマさんに頼んでおいたケーキを受け取ってから、私は『妖精の贈り物』へ帰ってきた。
本格的に冬が訪れたためか、さっきまで顔を覗かせていたはずの夕日も木々の向こうへ隠れてしまい、いつの間にか夕闇が森林を包み込んでいる。
時間的にまだお店を閉めるのは早いが、暗くなってからはお客さんもほとんど来ない。
何より今日はロザリーの誕生日。
そんな日くらい早めにお店を閉めてもバチは当たらないだろう。
「うん、今日はもうお店閉めちゃおう」
私は独りで頷くと、ドアノブを捻って勢い良く開いた。
「ただいまー!」
「ん? あー、レティか。お帰り、遅かったね」
チリンと鳴ったドアベルの音をかき消すよう元気に帰りを告げる。
ロザリーは少しびっくりしたような顔を浮かべるも、すぐに手を振って出迎えてくれた。
ただ、その目はどこかぼんやりとしている。
「……なんか眠たそうだけど、お昼寝でもしてた?」
「あ、分かる?」
「うん。まあ、お客さん来てないみたいだからいいけど」
「アハハ、ごめんごめん。そういえば、やけにたくさん買って来たんだねー」
力なく笑ったロザリーは話題を逸らすように私の手提げカバンを指差した。
手提げカバンには知り合いから集めた誕生日プレゼントやケーキが入れてあるため、普段よりも膨らんでいる。
何が入っているか知らなければ、買い込んできたように見えるだろう。
私は手提げカバンを持ち上げると不敵に笑う。
「ふふっ、まあね。今日はもうお客さん来ないみたいだし、お店閉めよっか」
「んー、そうする」
「じゃあ、私は二階で夕食の用意をしてるから。準備できたら呼ぶね」
「りょーかい」
まだ少し眠いのだろうか、へにゃりと額に手を付けるロザリー。
そんなロザリーに苦笑しつつ私は二階へ上がる。
手提げカバンをイスに置き、ローブやマフラーを脱いでポールハンガーへ。
「さっ、急がないと」
ロザリーには呼ぶと伝えたものの、モタモタしていたら来てしまうのでここからは時間との勝負である。
まずは午前中に作っておいたシチューを弱火にかけ、その間に白パンや買ってきたケーキをテーブルに並べていく。
ケーキは生クリームをふんだんに使ったもので、中には瑞々しいフルーツが挟まっている。
とはいえ、ロザリーはあまり量を食べられないので一ピースだけではあるのだが。
それが終わったら今度は窓際のテーブルにプレゼントの袋や箱を置いていく。
ポーラさんとアリエルちゃん、ボダン夫妻、ヴァネッサさん、そして私。
ちなみに中身は聞いていないので、何が入っているかは完全にお楽しみである。
「シチューももう温まったかな?」
最後に十分に温まったシチューを器に盛り付ければ完成だ。
私が一階へ下りると、ロザリーが階段の方へ飛んで来たところに遭遇する。
ちょうど戸締りや片付けが終わったところなのだろう。
危うく準備の途中で見られるところだった。
「夕食の準備できたよ」
「わーい、ありがと」
私は何食わぬ顔でロザリーを連れて再び階段を上がっていく。
そして――。
「ロザリー、誕生日おめでとう!」
「……へ?」
ロザリーが二階を覗くと同時。
私は精一杯の拍手とともに熱気のこもった声でロザリーを迎え入れた。
当の本人は呆気に取られたようで、ぽかんと口を開けたままケーキやプレゼントなどを見渡している。
その後、数秒ほど経ってようやく状況を把握できたのか。
ロザリーは「あー」と間延びした声を上げて私へ顔を向けてきた。
「そっか。今日アタシの誕生日なんだ」
「あれ、気付いているのかと思ったけど」
「いーや、全然? 普通に忘れてた」
あっけらかんとそう言い放ったロザリー。
どうやら気付かれているかもという朝の予想は私の杞憂だったようだ。
まあ、自分の誕生日を忘れているのもそれはそれでどうかと思うが、今回は助かったので気にしないでおくとしよう。
「サプライズ成功、かな?」
「うん。凄いびっくりしたよ!」
「あはは、なら良かった。まあ、とりあえずシチュー冷めちゃうし、食べよっか」
「そうだね」
私が腰を下ろすと、ロザリーもテーブルの上に用意したいつもの箱にふわりと座る。
二人で一緒に両手を合わせて「いただきます」をし、さっそくシチューを一口。
ほかほかの芋と鶏肉に牛乳の甘みが染み込み、優しい味を生み出している。
やはり寒い冬に温かいシチューはとても良く合う。
「うん、美味しい」
「ふはー、あったまるー」
ロザリーも小さな器に盛り付けたシチューを食べるとほうっと息を吐く。
同じく小さく切っておいた白パンをさらに細かくちぎっては一度シチューにつけて口へ運んでいる。
心の底から滲み出たような穏やかな表情に、私も釣られて笑みを浮かべた。
夕食の後、ケーキも美味しくいただいた私とロザリー。
次はお楽しみの誕生日プレゼントである。
「という訳でプレゼント開封の時間だよ!」
「なんかたくさんあるねー」
「うん、知り合いにも声掛けてたからね。ちなみに私も中身は知らないから」
「あ、そうなんだ。んー、まずはレティのから見てもいい?」
「もちろん。私のはこれだね」
プレゼントの中から可愛らしい袋を手に取ると、ロザリーがふわりと飛んで来る。
そのまま袋を眺めて意味深に頷いているが、何か分かるのだろうか?
「うん、分かんないね」
「だよね……。今取り出すよ」
私は苦笑いしつつ袋を開け、中からオルゴールを取り出す。
ヴァネッサさんの手によって表面の細工が磨かれ、雑貨屋で購入した時とは見違えるように綺麗になっている。
光を反射して輝く金属の箱をテーブルの一番手前に置くと、ロザリーが近寄って眺め出した。
「んー、宝石箱?」
「ふふっ、残念。開けてみて」
こてんと首を傾げたロザリーだが、私の促すままにオルゴールの上面の蓋に両手を掛ける。
そして蓋が開かれると同時――。
オルゴールから高く澄んだ音色が響き渡り始めた。
子守唄のようにそっと耳を撫でていくゆったりとした調。
ロザリーは驚きを通り越して茫然としたようにじっとオルゴールを見つめている。
一分ほど経った頃だろうか、ロザリーがポツリと呟いた。
「この曲……アタシ知ってる……」
「えっ?」
「教会に住んでた頃、知り合いのシスターが良く口ずさんでた曲だ……。懐かしいなあ」
ロザリーは柔らかな声色でそう漏らしながらも、オルゴールの音に耳を傾け続けている。
やがてゼンマイが切れたのか、曲は徐々にゆっくりと遅くなっていき……。
最後は眠りに落ちるように演奏を終えた。
「あ……止まっちゃった」
「ゼンマイが切れたんだよ。中にねじまきが入ってるでしょ? それを巻けばまた鳴るよ」
「そっか、良かった」
安堵するようにホッと息を吐き、そっとオルゴールを撫でるロザリー。
どうやら気に入ってくれたようで私も一安心だ。
「……ねえ、レティ」
「うん? どうしたの?」
ロザリーはその場でくるりと反転し、後ろ手を組んで私を見上げてくる。
そしてエメラルドの瞳を細めると、小さく花を咲かせるようにはにかんだ。
「すてきな誕生日プレゼント、ありがとねっ!」
◇◇
それからねじまきの巻き方を教えつつ、何回かオルゴールの曲を聴いた後。
ロザリーが「ふわあ」とあくびを漏らした。
「ロザリー、眠いの?」
「あー、なんかびっくりし過ぎて疲れちゃったかも……」
「あはは。どうする、このまま他のプレゼントも開けてみる? それとも先にお風呂でも入る?」
「ん……お風呂かなー」
「分かった。お湯入れてくるね」
どこかぼーっとした様子のロザリーに仕方がないなと苦笑しつつ、私はお風呂小屋へ向かうためお店を出る。
途端に肌を刺すような寒さを感じ、思わず身震い。
「ううっ、寒い! 早くお湯入れて来よっと」
ローブを着に戻ろうか一瞬迷うが、多少の我慢だとそのままお風呂小屋へ。
お風呂小屋の明かりを灯して浴室に入り、レバーを浴槽へ向けて蛇口を捻る。
湯気を上らせながら流れ出るお湯の温かさを近くで感じ、私はホッと息を吐いた。
「それにしても、ロザリー喜んでくれてたなあ」
浴槽に溜まっていくお湯を眺めながら思い出すのは、先ほどのロザリーの嬉しそうな笑顔。
プレゼントが決まらない時はどうしようかと思ったが、喜んで貰える物が用意できて本当に良かった。
また今度あの雑貨屋の店主さん、それとオルゴールを直してくれたヴァネッサさんにお礼を言わないと、と頭の隅に留めておく。
それから浴槽に十分お湯が溜まったのを確認して止め、私はロザリーを呼びに再び外へ出る。
暖かなお湯の近くにいたからか、来た時よりも寒さが身に染みるようだ。
白く凍った息を追い掛けるように空を見上げると、金色の月が分厚い雲で覆われてしまっていた。
「ただいまー」
寒さから逃げるようにお店へ戻り声を掛けるが返事がない。
疲れたのか眠そうだったし、もしかしてもう寝てしまったのだろうか?
そう考えながらそっと二階へ上がり、部屋を覗く。
「……あれ、いない?」
果たして、ロザリーがベッド代わりに使っているソファの上はもぬけの殻だった。
食事用のテーブルやプレゼントが置いてあるテーブルの上にも見当たらない。
きょろきょろと部屋中を見渡しながら歩みを進め……。
「ロザ……リー……?」
――まるでゼンマイが切れた人形のように。
床に伏したその小さな姿を見つけたのだった。




